8.接触
シンバとフリットはアニルを連れて、レンダーの部屋に来ていた。
「そうか、親がいるのか。だったら俺様達と一緒に住む事はできねぇな」
アニルを仲間にしようと考えていたのか、レンダーがそう言うが、
「僕はシンバさんとフリットさんの下で働きたいよ、僕も仲間に入れて!」
と、アニルが言う。レンダーがシンバとフリットをギロリと睨み、
「セク部隊に渡さなかった事で随分と気に入られて懐かれたようだな」
そう言うと、シンバはレンダーから目を逸らし、フリットは首を傾げて苦笑い。
「それよりアニル、お前の武器をレンダーに見せてやれ」
シンバがそう言うと、アニルは頷き、鞄からナックルを取り出して、レンダーに見せた。
「ジュキトの紋章が入ってるだろ?」
フリットがそう言うと、レンダーは頷いたが、
「だが、これはお前達が持っているジュキトの武器とは違う。フリット、お前のダガーを貸してみろ」
そう言って、フリットからダガーを受け取ると、
「紋章は同じだが、そのまわりにある武器の装飾が違う。この装飾も紋章を刻む時に付けられたものだ。つまり、この武器は、元ジュキトの武器ではなく、新しくジュキトの紋章が彫られたものだ」
そう説明し、シンバとフリットは、武器を見て、確かに装飾が違うと思う。
「で、この武器をLTで生き残った奴に、タレントが配ってるって?」
レンダーがそう言って、今度はその鋭い片目をギロリと動かし、アニルを見る。
アニルはビクッとして、俯いて、レンダーの瞳から目を逸らし、体を小さくすくめている。
「そんな怖い顔で詰め寄ったら怯えるだけじゃねぇか」
フリットがそう言うが、レンダーはフンッと鼻で笑い、
「LTリミットレベル1が俺様を怖がるのかよ」
と、アニルを見て、また鼻でフンッと笑う。
「そんな事より、レンはデンバーから何か聞き出せたのか? あのジュキトのピンバッチをしてる男は、やっぱりこの国のプレジデントとは腹違いの兄弟だったのか?」
「あぁ、ソルク・モルザ。国家から姿を消したとは言っても、戦士の方に位置し、今はセク部隊や、この国の海軍、陸軍、空軍をまとめる大元帥という立場らしい。ジュキトのピンバッチは特に意味はないと言っていた」
「・・・・・・意味はないか。ソレを信じたのか?」
そう聞いたシンバに、レンダーは黙る。
勿論、信じた訳じゃないだろう、何かあるとは察しているが、聞けなかったのだろう。
深く追求して、何かに巻き込まれるのを避けたか、或いは、昔の戦友との関係を壊したくないと考えたか、聞くまでもなく、納得の上の事なのか——。
「兎も角、俺様とシンバの指名手配は帳消しとなり、これからは仕事もしやすくなるだろう。セク部隊と関わる事もないだろうから、この事はもう忘れるんだ」
そう言ったレンダーに、
「ジュキトの紋章の武器が出回り、ジュキトのピンバッチを付けた男が、この国の戦士達を統一させ、LTリミットを越えた奴がゴロゴロ出てきてるのに忘れるのか?」
シンバが問う。レンダーは即決で頷き、
「俺様達には関係のない事だ。関わる必要はねぇだろ」
そう言った。
「わかった」
シンバも即決で頷き、フリットも、
「オイラもわかった」
と、頷いたので、レンダーは驚いた顔でシンバとフリットを見た。
「随分と物分りがいいじゃねぇか?」
「動くのはオイラ達だけど、決めるのはレンの仕事だ。オイラ達は従うよ」
フリットにそう言われたら、レンダーもそうかと頷くしかない。
「それで、うちの姫はどこにいるんだ?」
レンダーはラインの姿がない事に尋ねる。
「仔猫が見つからなかったらしいが、報酬を渡すと言われたらしく、しかも数年前にいなくなった猫探しをしてくれた御礼にと、食事に誘われ、断れなくて食べてくるらしい。俺達の夕飯は何か買ってくるってメールが来た」
シンバがそう言うと、レンダーは、不機嫌な顔になり、
「何故ダメだと言わなかった!?」
と、シンバに怒鳴る。
「そのメールが来てる最中、俺は仕事中だった! 直ぐに返信できなかったから、メールが来てから時間が経ってたのもあるし、正直、飯位、いいかと思った!」
怒鳴り返すように、そう言ったシンバに、レンダーは、圧倒される。
「な、なんで、怒ってるんだ、お前が?」
わからなくて、そう聞いたレンダーに、今、ラインはリグドと一緒にいるんだと言いそうになるが、シンバは、言葉を呑み込み、
「そっちが怒鳴るからだ」
そう言って、溜息。
「あの、僕は仲間に入れてもらえるんでしょうか?」
アニルが、そう言って、皆を見回す。
「お前、もう帰れ」
レンダーがそう言うと、なんで!?と、アニルが、
「役に立つよ! これでも結構強いんだ!」
と、必死。
「そりゃ強ぇだろうよ、LTリミットレベル1なんだから。だが、親もいるなら、真っ当な道を歩め。まず親にLT中毒だった事を話し、これからの事を話し合うんだ、お前はこれから先の人生、就職は難しいだろう。だが、自営業って手もある。中毒中でなければ、子供をつくっても、その子供にはLTの影響はない。二度とLTに手を出さず生きていけ」
アニルは黙って俯いて、レンダーの話を聞いていたが、
「親に言いたくないよ」
などと甘えた事を言い出す。そこまで面倒みれるかと、レンダーは、
「追い出せ」
と、シンバとフリットに命令。勿論、シンバとフリットはレンダーがそう言うならと、頷き、アニルは二人に両脇を抱えられて、レンダーの部屋を出る。
「シンバさん! フリットさん! 僕は——!」
「友達になろう」
突然、そう言ったシンバ。
「ここには一緒にいられないが、友達になるなとはレンは言わなかったしな」
にこやかに、そう言ったフリット。
アニルはシンバとフリットを交互に見上げるようにして、コクコク頷く。
シンバとフリットはアニルを離し、
「LTリミットを越えた者同士だ、仲良くやろう」
「そうそう、何かと悩み多き年頃だしな、オイラ達。相談相手になってよ、勿論、なるよ」
そう言うので、アニルは、
「うん! ありがとう! 仲良くしようね!」
と、本当に嬉しそうな笑顔。
「んじゃ、今日の所は帰れ。道わかるか? オイラが途中まで送ってやろうか?」
「ううん、大丈夫! あ、僕の携帯を・・・・・・」
「あぁ、じゃあ、通信で」
フリットとアニルは携帯を取り出し、お互いの番号とアドレスを交換。その後、シンバとアニルも通信で、番号とアドレスを交換。
アニルは嬉しそうに、そして携帯を大事そうに持って、手を振り、帰って行く。
何度も振り返るアニルに、フリットも笑顔で手を振り返し、シンバも見送る。
「かなりの演技力だな。どうする? シンバ? 後付けるか?」
「いや、向こうから動き出すのを待つ。それに尾行がバレて、アニルとリグドに接点があれば、今、リグドとラインが一緒にいる時点で危険度が増す。兎に角、今はラインの無事が先決だからな。でもこれで・・・・・・ルーシー・ミストに近付けそうだ」
小声で口は動かさず、会話。
アニルが全く見えなくなるまで見送り、そして、シンバとフリットは廃墟へ戻る。
時間は8時をまわっている。
キッチンとなる部屋へ向かい、シンバは何か食べれるものがないかと冷蔵庫を開け、食材はあるが、何も作れないと、スポーツ飲料を手に取り、それを飲み始める。
レンダーもフリットも同じ事を考えていたのだろう、二人、キッチンへ入って来た。
フリットも冷蔵庫を開け、牛乳を取り出し、そのまま飲み始めるから、
「コップ使えよ、お前だけの飲み物じゃないんだぞ」
シンバが注意すると、
「全部、飲み切るからいいだろ」
と、牛乳で空腹を紛らわす気だ。
「ラインの奴、遅くねぇか、電話してみろ」
そう言ったレンに、電話したら、傍にリグドがいた場合、こちらが心配しているのがバレてしまう。ラインに対して、無関心だとリグドには思わせたい。
「まだ8時だ、普通だろ」
そう言ったシンバに、
「もう8時だ!」
と、レンダーは怒鳴り、
「おい、フリット、お前もそう思うだろ? 電話しろ」
シンバでは話にならないと、フリットに持ちかけるが、フリットは少し考えて、
「オイラも電話したいけど、こういう時って、電話したらウザイって思われそう。レンだって、ラインに嫌われたくないだろう? あんまりガミガミ言うと、逆に反抗して帰って来なくなると嫌だし、ここは帰って来てから、いつものように説教がいいと思うけど」
一応、尤もらしい意見を言う。
「朝帰りしたらどうするんだ!」
怒鳴るレンダーに、
「その時はその時だろ、17歳の女の子だぞ、それぐらい、たまにはいいだろ」
そう言ったシンバに、
「17歳の女の子だからダメなんだろうが!!!!」
更に大きな声で怒鳴り、シンバとフリットは耳を塞ぎたくなる。
「そんなに心配なら聞くが、ラインが引き受けた仕事の仔猫探しを依頼した人、どんな奴だったんだ? 男なのか?」
さりげなく、怪しいと思われないように、質問するシンバ。
「女だった。電話ではな。だが、わからんだろう、電話だけでは。いつも言っているが、客相手に深入りは絶対にするなってな。危険な仕事の場合のみ、俺様が直々にクライアントに会いに行き、信用なる相手かどうか確認してから仕事を受ける。今回は別に危険な仕事じゃねぇと判断したから、クライアントには会ってない。電話だけだ。それをわかっていながら、ラインの奴、勝手な行動に出て、万が一って事があるだろう!」
「これからは危険じゃない仕事だとしても電話だけってのはやめようぜ? もうレンも指名手配じゃねぇんだしさ、ちゃんと依頼者に会って、ソイツの素性を調べてから、仕事を受けるか受けないか決めた方がいい」
フリットの言う通りだ、レンダーも、そう思ったのだろう、コクリと頷き、
「そうだな、その方がいいな」
そう言うが、もう手遅れだとシンバは思う。
シンと一瞬静まり返り、フリットは、この空気がヤバイヤバイと、
「腹も減るしな! やっぱ仕事終わって直ぐに帰って来てくれないとさ!」
と、笑う。その時、
「どうしたの? みんなして冷蔵庫の前で」
ラインがキッチンを覗き込み、現れた。
「ハンバーガー買ってきたよ」
と、テーブルの上に、買い物袋を置いて、そう言った。
シンバとフリットは、その買い物袋を漁り、ハンバーガーを何個か手にすると、黙ってキッチンを出て行く。レンダーの説教が始まるからだ。
ラインはソレを察して、
「私もシャワー浴びて、寝ようかなぁ」
と、伸びをして、出て行こうとするが、
「ここに座れ、ライン」
怖い顔で、レンダーが言うので、やっぱり?と、ラインは苦笑い。
シンバとフリットは自分の部屋へ向かう途中、安堵の溜息を吐いていた。
「無事に戻って来て良かったなぁ。お前がラインもリグドに魅了されるなんて言うからさ。帰って来ないんじゃないかと心配したぜ、全く!」
「フリットは、ラインとリグドなら、どっちを取る?」
「は?」
「リグドに近付きたいと思う程、リグドに憧れてるんだろう? でもラインの事を好きだよな? もし、どっちかって言ったら?」
「どっちかって何がだよ、比べる対象が違うだろ、それにさ、リグドは関係ないだろ、今回、たまたまラインと出会っただけで、これからは——」
「リグドはラインを殺すかもしれない」
そう言ったシンバに、フリットは足を止める。シンバは振り向いて、フリットを見る。
「レンダーはジュキトの生き残り。リグドはジュキトの実験材料。ジュキトへの恨みが消えてなかったら? リグドはジュキトが生み出した、ジュキトの闇だ。その闇に呑み込まれ死んでいった者が、まだ光の下で生きていると知ったら、闇はどうすると思う?」
「・・・・・・ラインには関係ない話だろ、殺されるならレンだろう!?」
「レンダーが大事にしている者を奪う事も有り得る」
「それがラインだって言うのか!?」
「違うのか?」
「そうだけど!」
「レンダーはソレを恐れている」
「!?」
「だからレンダーには、この事に関して何も伝えたくない。大騒ぎになり兼ねない」
「もしかして、今回、ラインに接触したのは・・・・・・」
「あぁ、多分、俺達に画像まで送らせて、ラインをどれだけ大事に思っているのか、俺達を試したのかもな。大騒ぎせずに正解だ、ラインは無事に戻って来た」
「でもレンに話した方がいいんじゃないのか!?」
「話しても、逃げるだけだろ、直ぐにまた捕まる。それに逃げたら余計に追うだろうな、そして今度こそ、逃げる程に大事だったのだと気付かせてしまう」
「・・・・・・」
フリットは手に持っているハンバーガーをポロポロと下に落とし、何とも言えない表情でシンバを見ている。シンバはそのハンバーガーを拾いながら、
「ラインとリグド、どっちを選ぶ?」
再び、その質問を投げかける。
「ライン」
そう答えたフリットにハンバーガーを渡し、
「そう言うと思ったよ」
と、シンバは少し笑ってみせる。
「そりゃそうだろ、だって、憧れと大事なものは違う! リグドは確かにオイラにとって憧れであり、そうなりたいと思う相手かもしれねぇけど、ラインは失いたくない家族だ! 傍にいてほしい人だ! 大事な人なんだよ! シンバ、お前もそう思ってんだろ?」
「・・・・・・俺はリグドも家族みたいなもんだったよ」
「え?」
「誰もいなかった、リグドしか——」
「そ、それじゃあ、お前はラインが殺されてもいいのかよ?」
「よくない」
そう答えたシンバに、フリットはホッとして、
「そうだろ? でもオイラのラインだからな?」
と、笑いながら言うが、シンバは黙っているので、フリットは不安になる。
「・・・・・・シンバ? 何考えてる?」
「いや、別に。只、LTリミットを越えて、リグドと同じ強さを手に入れた時、その時に、ラインを守ってやれる奴がいて良かったなって。フリット、お前で良かったよ、ラインの傍にいる奴が——」
「どういう意味だよ?」
「これでも俺は結構お前に感謝してるって意味だよ」
シンバはそう言うと、自分の部屋へと向かう。その背に、フリットは何も言えない。
でもフリットも同じ事を思っている。
最初は気に入らない相手だったが、それでも共に朝起きて、食事して、何気ない会話をして、教え、教えられ、一緒に仕事もこなして来た今は、気に入らないどころか、最高のパートナー。
いつしか、気付かない内に、友達、それ以上の親友だと思う程、心を許していた。
シンバの言動全てを根拠もなく、理由もなく、信じられた。
シンバに対し、『ありがとう』そう言いたい事は沢山ある。
だが、ソレを言葉に出して言う事も、態度で示した事もない。
何故なら、これから先もずっと仲間として傍にいると思っているから——。
「・・・・・・レベル超えてもオイラ達は一緒にいるんだよな?」
今更、見えなくなったシンバの背に、独り言で問いかけるフリット。
シンバは部屋を閉めて、ベッドに座り、ハンバーガーを口にする。
ラインの料理がいいと思いながら、もくもく口を動かして食べる。
そして、ポケットからデンバーにもらったLTの小瓶を取り出して見る。
LTを口にできれば、それだけで最高だった。
口の中で噛み砕く音が、脳に響くと、直ぐにでもトリップできそうで、世界が色鮮やかになり、背中に翼がはえたようで、体が軽くなり、ハイテンションになれる。
自分は世界の中心で、どんな奴でも自分には跪くだろうと、変な自信が湧く。
気に入らない奴は叩き潰せばいい。
それだけのチカラが漲っている。
銃だろうが、大砲だろうが、光線だろうが、どんな兵器も怖くない。
恐怖なんて全く知らない。
知っているのは、最高の気分、最強のチカラ、最大の自信。
最高の気分と最強のチカラと最大の自信をLTという薬で手に入れていた頃——。
『シンバ、ほしいか?』
LTを指で弾き、リグドが言う。
コクコク頷くと、リグドが嬉しそうにニヤリと笑い、
『なら、誰を殺す? そうだな、適当にホームレス辺り、殺してみるか』
そう言って、LTを投げてくる。
小さなLTを、パシッと受け取ると、
『イイコだ、もっと欲しけりゃ、ムカツク奴、手当たり次第、殴り殺して来い』
と、まるで仔犬を撫でるように、頭を撫でてくれた。
今はもう、その後の事は覚えてない。
誰を殺したのだろう、どうやって殺したのだろう、全く記憶にない。
だから罪悪感もない。
記憶とは不思議なもので、失うと、大事なモノでも、大事ではなくなり、持っているだけで、どんなに過酷で辛い運命だとしても、それだけしか知らないから、それが大切なモノになる。
だから忘れたくない、ラインを——。
シンバはLTが体から抜けて、ラインに会い、LTを欲しいと思わなくなった。
そして、最愛という事を知った——。
掛け替えのない存在。
我が身を盾にしても守りたいと思う存在。
生きて欲しいと願い、幸せになってほしいと祈り、愛おしい気持ちが溢れて止まない存在。
シンバはラインを守りたいと思う。
そして、リグドの傍にいようと思う。
そう思う事を忘れたくない。何も失いたくはない。記憶をひとつひとつ覚えていたい。
——アイツ・・・・・・アニルは何故、記憶があるんだろう?
——いや、記憶は失っているが、本人がそれに全く気付いてない状態とか?
——だとしたら、周りの反応も変わってくると思うが・・・・・・。
シンバはLTの小瓶の蓋を開けて、中の紙切れを取り出し、デンバーの電話番号を見る。
携帯に登録しておくかと、デンバーの番号を携帯に登録した後、その紙切れをまた瓶の中に入れようとして、一粒、シンバの手の中に転げ落ちたLTに、違和感。
——これ・・・・・・? LTなのか・・・・・・?
シンバはその一錠を手の平に置いたまま、ジィーッと見つめ、首を傾げる。
——LTってもっと大きくて、噛み砕かなきゃ飲み込めないイメージがあったけど。
——これ、小さくないか?
——普通に水なしで飲み込めるよな?
そういえば、クラブで会ったリグドはLTを噛み砕いただろうか。
シンバは思い出そうと考え込むが、思い出せず、フリットにこのLTを見せてみようと思い、ハンバーガーを頬張り、食べ終わると、部屋を出た。
フリットの部屋はノックしても返事がなく、少しドアが開いていたラインの部屋から話し声が聞こえ、シンバはそっちへ向かう。
ドアは開いているものの、トントンとノックをして、部屋を覗くと、
「シンバ、聞いてよ!」
と、ラインが早速シンバに話題を振る。
どうやらレンダーの説教はもう終わったようだ。
「フリットがね、私の携帯を見せろって言うの! プライバシーの侵害だよ!」
「全部見せろって言ってないだろ、今日、一緒に食事した奴の番号とアドレスを登録してあるのか、どうか、確認させろって言ってんだよ!」
「そんなのフリットに関係ないじゃん!」
「レンから説教されたんだろ!? 客と深く関わるなよ!」
「もう依頼受けてないんだから客じゃないでしょ!?」
「兎に角、確認させろ!」
そう吠えるフリットに、シンバが、やれやれと溜息。
「いいじゃないか、そんなの見逃してやれよ」
まさかのシンバの台詞にフリットは何言ってんだと怒りの矛先がシンバに向かうが、フリットが何か言う前に、
「あの画像の男、かっこよかったな、名前なんて言う人?」
と、笑顔でラインに聞くから、フリットはシンバがわからなくて、
「何考えてんだよ!」
と、シンバの胸倉を掴んだ。
「お前と同じ事しか考えてない」
小声でそう言ったシンバに、フリットは何が?どこが?と眉間に皺を寄せるが、シンバに胸倉を持っていた手を振り解かれ、フリットはとりあえず、シンバの出方を伺う事にする。
「・・・・・・名前はクロスって言ってた」
そう言ったラインに、やはり本名の『リグド・カッツェル』は名乗ってないなと、シンバとフリットは思う。
名乗っていたら、ラインも気付いている筈だ。
「へぇ、クロス。名前もカッコイイな。良かったな、いい男と知り合いになれて。それより、ちょっとフリット借りる。今日の仕事の事で、ちょっと話があって——」
シンバはそう言うと、フリットをチラッと見て、目で合図するように、ラインの部屋を出て行く。フリットはラインを見て、何か言おうとするが、言葉を我慢して、部屋を出て行ったシンバを追い、ローカに出る。
少し離れた場所で、シンバが待っているので、シンバに歩み寄りながら、
「何考えてんだ、お前」
不機嫌にそう言った。
「あんな風に否定してもラインは納得しない。でもラインにクロスがリグドだと知られたくない。知ったら、ラインがどう思うか、心配だ。リグドに惹かれるまま、リグドの所へ行くかもしれないからな」
「だったら!」
「ラインがシャワーでも浴びてる隙に、ラインの携帯のクロスって登録のアドレスと番号を変えるんだよ。こっちからメールしても届かなくなる。いちいち、どんなアドレスと番号だったか、覚えちゃいないだろ。クロスの本当のアドレスと番号は着信拒否にするんだ。向こうからもメールが届かない。電話もな。後はもう会わせないようにするだけ」
「・・・・・・成る程。そういう手があったか」
「それより、デンバーからもらったLTだけど」
シンバは小瓶を取り出し、蓋を開けて、一粒、手の平にLTを乗せてフリットに見せる。
「粒が小さくないか?」
「そうか? もうLTから離れて、かなり経つからなぁ。そう言われても・・・・・・」
「噛み砕いたんだよ、俺。一粒が大きくて、噛み砕いて食べてた。そうして食べた記憶は残ってる。でも、これ、水なしで飲み込める大きさだと思わないか?」
「あぁ、そう言われれば——」
「どういう事だと思う?」
「どういう事って?」
「昔のLTとは違うって事だろ? LTは研究され続けていたとは考えられないか?」
「・・・・・・オイラ達が食べてたLTは開発途中だったと? これは新しいLT?」
「デンバーの台詞、覚えてるか? もしも恐れや不安や悲しみを感じる事全てがって奴」
『もしも、キミ達が恐れ、不安に思い、悲しみを感じる事、全てが解決できるとしたら、キミ達はレベルを上げるんじゃないでしょうか?』
「あぁ、覚えてるよ」
「・・・・・・アニルは記憶を失ってなかった」
「ちょっと待てよ、シンバ。このLTは記憶を失わずに、レベルを上げれるって言うのか?」
「わからない。でも、だとしたら——」
「ちょっと待てって、早まるなよ? まずはちゃんとした情報を得てからだろ? 勝手な思い込みで早まるなよ」
「わかってる」
「とりあえずさ、ジュキトの紋章入りの武器の出所を探ろうぜ? デンバーやソルクって奴等が絡んでる気がするし、アイツ等の狙いがジュキト復活であるという証拠を掴まないとさ、レンはデンバーを信じきってるし、まずは証拠だろ」
「・・・・・・あぁ、そうだな」
証拠を掴んだ所で、どうなると言うのだろう。
この国の軍やセク部隊、そういう戦士達を仕切っているのはソルクだと言うのなら、この国がジュキトに変わろうとしていると、誰に伝えれば、それを阻止できるのだろう。
戦わなければならないのであれば、軍もセク部隊も蹴散らせるチカラが必要だ。
そして、それが、LTというチカラなのではないだろうか。
だが、LTを持っているのもデンバー達だ。
シンバは無力だと、深い溜息を吐く。
だから、敵を倒すという目的じゃなく、ラインを守るという使命で動くしかないと思う。
今、ラインの部屋のドアが開き、
「まだそんな所にいたの?」
と、バスタオルと着替えを持ってラインが出て来た。シャワーを浴びに行くのだろう。
「あぁ、ちょっと話が長引いて」
そう言ったシンバに、フゥンと頷き、ラインは行ってしまう。
シンバとフリットは二人、頷くと、ラインの部屋に入り、充電してある携帯に手を伸ばす。
今の所、クロスからメールが来た形跡はない。
こちらから出した形跡もない。
フリットはクロスで登録してあるアドレスと番号を拒否設定にし、その後、そのアドレスと番号をデタラメに変えて、登録し直す。
「バレなきゃいいけどな」
そう呟く。
シンバは、万が一、ラインが直ぐに戻って来た時の為に、ドアの前に立っている。
「・・・・・・なんでクロスなんだろう?」
「は?」
「偽名。なんでクロスなのかなって」
「そんなの適当だろ」
「そうかな、リグドの大切な何かかもしれないだろ?」
「どうでもいいよ」
「・・・・・・気にならないのか?」
「気になるどころか、気に入らねぇよ」
「リグドが気に入らない?」
「あぁ。オイラ、わかったんだ」
「・・・・・・」
「人ってさ、大事なモノがないと、リグドみたいになるんだ。恐怖なんて知らない人間。それがカッコイイって思ってたオイラは、遠い遠いと思ってたけど、リグドに一番近かったのかもしれない。でも今は違う。怖いんだよ、この生活を失う事が。ラインがいなくなる事が。死ぬ事が。大事なモノがあるから、怖いんだ。それってカッコ悪いって思ってた。だからリグドみたいになりたくて、リグドをカッコイイって思ってた。カッコ悪くても守る事がカッコイイのにさ。あの頃のオイラは大事なモノなんてなかったから、本当のカッコ良さを知らなかったんだ。攻撃的で、歯向かう者には拳を振り上げて、血を見て、喜んで、ハイテンションで浮かれて、オイラは、そうやって、ちゃんと現実と向き合わず、トリップした世界で、強さに勘違いして、何人の大事なものを奪ったんだろう。本当のカッコ良さを知るのが遅すぎて、そんな事も気付かず、今は後悔ばかり——」
「・・・・・・」
「それに気付いた今は、もう、リグドに憧れはない」
「・・・・・・」
「シンバ、お前は?」
「・・・・・・でもリグドは被害者だ」
「被害者なら何してもいい訳じゃない」
「わかってる! ラインだけは守る! お前がラインの傍にいればいい。ずっと」
シンバはそう言うと、フリットから目を逸らし、行ってしまう。
「おい、おいって! シンバ!」
シンバを追うが、振り向きもせず、背を向けて行ってしまうシンバに、フリットは追いかけるのをやめて、
「わかってねぇだろ、ラインはお前に傍にいてほしいんだって・・・・・・」
言いたくない台詞を独り言。
シンバは部屋に戻ろうと歩いていると、髪を濡らしたラインが向こうからやって来る。
ラインはシンバと目が合うと、ツンとそっぽを向いて、横を通り過ぎて行こうとするから、シンバはラインの腕を引っ張った。
「何か怒ってるのか?」
「別に」
「怒ってるだろ」
ラインはジロッとシンバを見ると、
「シンバがあんまり物分りいいから驚いてるだけ!」
トゲトゲした言い方で、そう言うと、腕を掴んでいるシンバの手を振り解いた。
「何が?」
「『良かったな、いい男と知り合いになれて』って、そんなのシンバに言われたくない」
「・・・・・・?」
首を傾げるシンバに、ラインはベッと舌を出して、思いっきり怒ってますオーラを放ちながら、ドスドス足を鳴らし、自分の部屋へと向かう。
「・・・・・・は?」
全く理解できないシンバは、ラインの態度に、思いっきり疑問。そして溜息。
また何かやらかしてしまったのだろうかと、意味はわからないが、深く反省気分。
シンバは部屋に戻り、ベッドに寝転がる。
天井を見ながら、ラインは何故怒っているんだろうとか、リグドはルーシーがやっている事を知っているのだろうかとか、フリットはもう迷わないんだろうなとか、いろんな事を考える。
寝返りを何度か繰り返し、その内、寝てしまった。
朝——。
いつものように仕事に向かう。
夕方には終わり、帰り際、アニルからメールが入り、駅前で待ち合わせ。
ポツポツと降っている雨。
ナイロンの錆びた傘を持ち、立っているシンバ。
「シンバさん、ごめんなさい、待ちました?」
と、アニルは青い傘を持って、走って来た。
「いや」
そう答え、アニルの手に持たれている食べかけのフランクフルトを見ると、
「あ、これはちゃんと買いました!」
アニルがそう言うので、シンバはそうかと頷いた。
アニルは、傘を肩と顎で持つと、片手で、ショルダーバッグの中から、
「あの、これ、ルーシー・ミストのライブチケットです」
と、チケットを出してきた。
「・・・・・・どうしたんだ? これ?」
「ネットで、オークションで売られていたので、昨夜、競り落としました!」
「それをなんで俺に?」
「・・・・・・なんででしょうね?」
苦笑いしながら、首を傾げて、そう言ったアニルに、
「誰に頼まれて、俺に渡せって?」
聞いてみると、
「ルーシーです・・・・・・」
意外に正直な答え。
「ルーシー・ミストが俺を呼んでるって事?」
「はい、勿論、僕がチケットを競り落とせたらって事で。今月のチケットはもう完売してますから。なんか・・・・・・よくわからないけど・・・・・・『元お気に入りと話がしたい』だそうです・・・・・・」
「元・・・・・・ね、いいよ、ライブ、楽しみだって伝えてくれ、て言っても、そんな事、言えないか」
「・・・・・・挑戦を受けるんですか?」
「その為に、お前は俺に接触したんじゃないのか? わざわざ万引き常習犯になって。棚にある全ての駄菓子を盗んで、犯人ですって言っているようなもんだろ。しかも証拠が掴めないんじゃあ、店側も御手上げで、何でも屋に相談するしかないよな。セク部隊に頼んで大事になって、万が一、犯人じゃなかった場合、大変な事になるし」
「そこまでわかってたんですか? いつから?」
「お前が俺の名前を知ってた時から」
「・・・・・・そっか」
「わからないのは、なんでお前が、素直にルーシーに頼まれたと吐いたかって事だ。意外にも動き出すのが、昨日の今日で早いのも驚いたが、まさか正直に言うなんて、まさに予想外。何か考えがあっての事か? 何を企んでる?」
そう聞いて、これもまた正直に話すだろうかと、シンバは疑わしい顔をするが、
「企みなんて——、昨日、『友達になろう』って言ってくれたから」
アニルは恥ずかしそうに俯くと、そう言った。
「・・・・・・は?」
シンバは眉間に皺を寄せて、なんだそれ?と、わからないと言った表情。
「あ、やっぱり、友達になろうなんて、嘘だったんだ?」
苦笑いしながら、アニルはそう言って、
「嘘かなって思ってたんだけど、でも、嘘でも嬉しかったんだ。僕、LTリミット越えてから、友達がいないから。レンダーってオジサンは二度とLTに手を出さず生きていけって言ったけど、一度LTに手を出して、リミット越えたら、普通の人じゃないんだよね。あ、確かにルーシーから、シンバさんの所に潜り込めって言われて、昨日は仲間になろうとしたけど、今日は別に仲間になりたいから、こんな事、言ってるんじゃないよ?」
照れくさそうな顔で、シンバから目を逸らし、そう話す。
「僕さ、友達も失って、独りだったんだ。LTリミットレベル1って強さは手に入ったんだけど、孤独でさ、家族にも話せないと思うし、寧ろ、家族だからこそ、話すべきじゃないと思うんだよ。レンダーってオジサンは話せって言ってたけど。僕はまだ子供で、未熟で、独りで決断する事ができなくて、いろんな事、ルーシーに決断してもらって、僕はソレに従う。そうする事でルーシーの傍にいられるって、独りじゃないって——」
チラッとシンバを見て、
「でもまさかレベル2なんてね。聞いてないよってビビッちゃった。ルーシー以外で、俺より強い人に会ったのは初めてだよ」
と、照れたように笑うアニル。
——コイツも孤独なんだな。
——家族がいても独りなんて、LTの代償は大きい。
——コイツにとって、ルーシー・ミストが、俺にとってのリグドみたいなもんかな。
——そして俺が、俺にとってのラインみたいなもんかな。
——そういえば俺もそうだったな、リグド以外で俺より強い奴に会ったのは初めてだった。
——幾らLTがキレそうだからって、小柄なピース・ラバーにやられた事は不覚だった。
——まさか女だったなんてな。
少し思い出し笑いで、顔が緩むシンバに、アニルは首を傾げる。
——でも、あそこで、やられなかったら、俺、未だ、LTキメてトリップしてたのかな。
——それでもリグドの傍にいられるだけ、幸せだったのだろうか。
——あの頃はLTをもらう事でイッパイイッパイで。
——リグドの傍にいられる事に、どうこう考えた事があっただろうか。
——極当たり前に、明日も明後日もリグドは俺の隣にいるもんだと思っていた。
——それを失って、こんなにも自分はリグドだけだったんだと思い知らされた。
「それじゃあ、僕はこれで。塾があるんで。一応、ちゃんと勉強だけはしてるんだ」
と、手を振るので、シンバも手を上げ、バイバイと別れた。
手元に残ったルーシー・ミストのチケット。
シンバはチケットを見ながら、
「元お気に入りか。本当に、俺を気に入ってくれてたなら、こんなにムカツク事もなかったかもな」
と、チケットを手の中でグシャッと握り締めた。
そして、携帯を取り出し、誰かに電話。
「——あ、もしもし、デンバーさん? LTについて、質問があるんですが・・・・・・」
シンバは、この後、デンバーと会う事になる——。
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