7.嫉妬
『レンに伝えて。オレのペットをもう暫くよろしくってね』
リグドの台詞が、シンバの全てを支配するように、他の思考が停止する。
この場所が、リグドに知られていて、今にも背後から通り抜ける風のように、気付いたら、既に目の前にいる・・・・・・なんて事になるのではと、シンバは表情を硬直させる。
「シンバ?」
黙ったまま、動かなくなったシンバの顔を覗き込むライン。
シンバはラインの顔にハッとして、レンダーを見ると、レンダーは、シンバを疑わしい表情で見ている。
それはお互い様だろと、シンバは、
「シンバ・ルーペリックと言うのは誰なんだ? 俺じゃない誰かなんだろう?」
そう聞いた。
「・・・・・・」
「デンバー・ルーペリックは本当にセク部隊隊長、それだけなのか?」
「・・・・・・」
「答えれないのか?」
「いや、話そう。デンバーは俺様の戦友だった男だ。部隊は違うが、ジュキトと言う国の軍人だった。ジュキトと言う国は他国から戦闘民族とも言われる程、軍に力を入れた強さを誇る国だった。もっと強さを手に入れる為LTが開発され、軍に使用する前にリグドという少年をテストにかけた。テストは失敗——、いや、ある意味で成功だったのか、強さを誇る我が国ジュキトは、たった8歳という幼い子供に潰され、それはLTを使用した人の強さを証明する事でもあった。あれから12年、現在、LTは各国に流出した・・・・・・」
レンダーの右目は遠い所を見ている。
記憶の旅だろうか、その目はレンダーの想い出の中の遠い所に行っている。
「LTは未完成の薬だ。リグドが特殊だっただけで、一般的に使い、飲み続ければ、リミットを越える所か、直ぐに記憶崩壊が始まり、肉体だって筋肉の膨張について行けず、死に至るのが普通だ。軍人の肉体はそれなりに鍛えてもある分、LTに耐えれる者も少なくなかったが、結局は滅びを辿った。だが、国が滅びた後も、生き残った者達で、薬の開発は続き、LTを完成へと導こうとした。その為、LTのテストを行う為の人体実験は耐えなかった。それがこの場所だ——」
「・・・・・・この廃墟がジュキトの研究所だったのか?」
そう聞いたシンバに、レンダーは頷いて、
「あぁ、ジュキトの武器や薬、技術や知識も、全て、ここに——」
そう言った後、少し俯き、再び、話し出した。
「ジュキトの国の生き残りは、どの国も受け入れてもらえなかった。戦闘民族と言われる程、戦いを好み、平和とは掛け離れた価値観と文化があり、前世紀には、子供達でさえ、凶暴で、只の喧嘩も加減を知らない程の国だったからな」
リグドとデンバーの『本当に前世紀の子供みたいだな、加減ってものを知らない』その台詞が重なったのは、同じジュキトと言う国にいたからかと、シンバは思う。
「当時は悪魔の国と言われ、やたらと忌み嫌われた事もあったらしい。だから今も尚、ジュキトという国の名を口にする者はいない。他国から見たら、恐ろしい戦闘民族であり、国が潰れたのも当然であると言われているしな。確かにそうだ、平和より戦争で力を魅せ付け、世界を脅かす存在で頂点を目指そうとする、それが我等が王だったからな。王の言う事は絶対だ、誰も逆らわない。王がそれだから、子供まで凶暴性の高い生き物だったよ。だが、そんな考えは間違いだったんだ」
レンダーのグリーンの右目が悲しそう。
「この建物を買い取り、身柄を隠しながら、各国で受け入れてもらえなかった自分の存在を、再び世界で認めさせようと、ジュキトの生き残りは密かにLTの研究を続けた。だが、LTを服用し続けて、リミット越えする法則は結局、わからないまま・・・・・・」
レンダーは言葉を失う。
わからないまま、その後の台詞を口の中で、止めている。
「じゃあ、LTは結局、未完成のままなの?」
そう聞いたラインに、
「あ、あぁ、そうだ」
何か言いたげな雰囲気を残したまま、レンダーは頷いた。そして——
「どこの国にも受け入れられなかった我々は、この国にだって受け入れてもらえず、だが、ここで隠れてLTを研究し続けていた結果、この国のセク部隊に捕まった。建物も破壊され、無残な姿のままの廃墟となり、その時の人体実験をされていた子供達も、どこへ連れて行かれたのか、或いはどこへ逃げたのか、俺様の他の生き残りもどこへ消えたのか、俺様にはわかる術もなかった。そして、ある日、ラインに出会った、ストレートチルドレンとして生き抜いたようだった、LTを買う為、人を襲った事もあったみたいだ、そんなラインを連れて、ここへ戻ってみたと言う訳だ。武器も殆どそのまま残っていたし、薬もあった。後は生きて行く為に何でも屋を始めた。それが今に至るって訳だ」
「・・・・・・」
「デンバーは故郷であるジュキトという国の名を出さず、生まれも育ちもこの国だと偽り、セク隊に入団したらしい。ま、ジュキトの軍人だったんだ、この国のセク隊ぐらい、あっという間に締め上げる力はあるだろうよ、隊長になる迄、時間もかからんよ」
シンバは腕を組んで、顔を俯かせ、上目遣いで、レンダーを見ながら、話を聞いている。
「今回の依頼は、何でも屋として、俺様の携帯でいつものように、かかってきた。それが昔の戦友デンバーだった。向こうは俺様だとわかっていて、電話をかけて来た。グールダールに何度も捕まっている事もあったしな。昔の研究所に住んでいると話したら、直ぐに来た。奴はよくこんな廃墟で生活がやっていけるなって笑ったよ。生活状況を話したら、まるで軍のキャンプだってな。昔を思い出すってよ。そんな下らない話から始まった事だ。お前達にデンバーの話をしなかったのは、特にする必要はないと思った。それに奴は部下を引き連れて行動をする。部下に俺様と戦友である事がバレる訳にいかねぇ。奴は今、隊長という地位を手に入れている。元軍人が、潰れたとは言え、背負っていた国を捨てて、手に入れた地位だ。奴の立場を大事にしてやりてぇし、奴もそうしてくれと願った。だから、お前達の前でも、初対面のように振る舞い、戦友である事は伏せた」
「昔の戦友ってだけじゃなさそうな程、レンダーにしては、随分と優しくないか?」
「・・・・・・戦友ってだけだ。只、デンバーが笑う時が来るなんて、昔は思ってなかったから、笑っているアイツを見て、今のまま、そっとしておいてやりたいって思う事は、優しさとか関係なく、普通じゃねぇか?」
——笑う時が来るなんて思ってなかった?
——それ程、大変だったって事か?
「ねぇ、シンバ、レンは特に何も隠してないんじゃない? レンの話、嘘じゃないと思う」
ラインがそう言うが、シンバは納得いかない。
それはフリットも同様。
『レンダーとの取引はどうなっている?』
『ご安心下さい、必ず成立させます』
デンバーと、ジュキトのピンバッチの男との、そんな会話をシンバもフリットも聞いているからだ。
「俺とレンダーが出会った事は偶然か?」
「偶然だろ、俺様はグールダールに捕まっていたが、お前と出会う為に捕まった訳じゃねぇ。寧ろ、お前を放っておけないと言い出したのは俺様じゃねぇ。ラインだ」
確かにそうだと、ラインは頷いて、
「あ、別に、その、大した意味はなくて、只、シンバって初めて会った気がしなくて。だから放っておけなくて。ほら、シンバだって、私と前に会っていた気がしてたでしょ?」
そうだったなと、シンバは頷き、
「じゃあ、ジュキトのピンバッチをしている男は何者か、心当たりは?」
と、尋ねた。
「携帯のムービーだけでは、何とも言えないが、恐らくソルク・モルザじゃねぇかと・・・・・・」
「ソルク・モルザ? 誰それ?」
フリットがラインを見ながら、そう問うが、ラインも首を振り、
「元ジュキトの人?」
と、レンダーに聞く。
「お前等・・・・・・少しはニュースとかチェックしたらどうだ? どうせ歌番組やドラマやアニメしか見てねぇんだろ」
レンダーは呆れたように、そう言うと、フリットもラインも苦笑い。
「ソルク・モルザ。この国のプレジデントとは腹違いの兄弟になり、一時期、どちらがこの国の王となるか、ニュースでも話題になった。何故か本妻の子供ソルクの方が、王には選ばれず、愛人の子供の方がプレジデントに選ばれた後、ソルクは国家から姿を消したと言われている。何故、ソルクがプレジデントに選ばれなかったのか、それは謎だ」
「そのソルク・モルザって人が、このジュキトのピンバッチの男なの?」
ラインは携帯のムービーを見ながら、そう聞くが、
「さぁ? さっきも言ったが、携帯のムービーだけでは何とも。只、もしそうだとしたら、ソルク・モルザとデンバー・ルーペリックの関係がわからねぇな」
レンダーは考え込むように、そう言って、うーんと唸り出す。
「関係は未来計画の一致って所じゃないのか。そのソルクって男は、国家から姿を消したと言っても、元プレジデントの本妻の子供だろう? その男がこの国の軍とも言えるセク部隊隊長と繋がりを持ち、そして、そのセク部隊隊長は元ジュキトの軍人。そのソルクって男が、何故、本妻の子供にも関わらず、国の王に選ばれなかったのか、理由として、王に相応しくなかったからだろう。どう相応しくなかったのか、それは絶対に国を任せられない理由があった。例えば、もう既に、ソルクに似た考えの王がいて、その王がいた国は滅びてしまっているとか。そう、ジュキトという国の王と同じで、ソルクは強さを極め、他国へチカラを見せ付けるような考えの持ち主だったとしたら? その野望を見抜かれ、王に選ばれなかった。だが、その野心は捨ててはいない。元ジュキトの軍人であるデンバーと手を組み、この国をジュキトにし、王になり、全ての国を支配下にしようって魂胆じゃないのか。デンバーはジュキト復活に反対はないだろう?」
シンバがそう言うと、成る程と、ラインとフリットは頷くが、レンダーが、
「有り得ないだろう」
と、鼻で笑う。
「ジュキトは、只、滅びただけじゃない、抹消されたんだ、歴史からも、人類の記憶からも、なにもかも。チカラを捨て、戦争を終わらせ、平和へと導く王達と共に世界の1つとならなければ、国は滅びる事位、デンバーも理解している。再びジュキトを復活させるにしても、二度と同じ方法で国を発展しようとは、絶対にデンバーは考えない筈だ」
——デンバーは?
——どうしてデンバーはって言い切るんだろう?
「それはレンの考えだろ」
フリットがそう言うが、レンダーは、
「元ジュキトの考えだ!」
そう言った。
「でもさ、元ジュキトだからこそ、他国から受け入れてもらえなかった事や、今、レンのように無国籍で、どこにも行き場がなくなった奴等とかは、世界の国々を恨んでるんじゃねぇの? レンはいいよ、元軍人で強いし、オイラ達がいるから、何でも屋をやっていけてるだろうけど、そうじゃない奴等は?」
「確かに世界を恨んでいる奴もいるだろう、しかしデンバーは今セク部隊隊長なんだ、特に行き場がない訳でもない」
そう言われれば、そうなんだがと、フリットは黙ってしまう。
「兎に角、国が滅びるような事など、今更、誰も望んじゃいないだろう」
そう言ったレンダーに、
「国なんてどうでもいい! リグドは? リグドはまだジュキトの実験台なのか? アイツ等、リグドの事を、『我々の目の届く範囲で動いている』そう言っていた。それはどういう意味なんだ? リグドは未だジュキトのテストなのか!?」
シンバは、そう叫んだ。
ラインもフリットも、レンダーも、黙って、シンバの気迫にシンと静まり返る。
「俺達が倒した5人組、アレはリグドの取り巻きだったのか? 『彼のお気に入りが我々の指示に従っている事、彼を支持する若者達が我々のモルモットのようなものという事を、いつまで彼に隠し通せるか』そうも言っていた。アイツ等はリグドをどうしようって考えてんだ! まさかあのタレントもアイツ等の差し金か? リグドはソレを知らずに、あのタレントの事を可愛がってるんじゃないのか? リグドに懐きながら、何れリグドの前から姿を消すのか? 俺みたいに!!!!」
「シンバ・・・・・・お前・・・・・・リグドの心配をしてるのか?」
レンダーがそう尋ね、シンバはハッとする。
「べ、別にそうじゃない。只、『リグドと対等のチカラを得る者がいるとしたら、シンバ・ルーペリックしかいない』そう言っていたから、リグドが気になるだけで・・・・・・」
ちょっと言い訳くさくて、シンバは途中、声が小さくなる。そして、
「そのシンバ・ルーペリックって俺の事? それとも違う誰か?」
レンダーを見て、そう聞いた。
「わからない」
「何故わからないとか言うんだ、誤魔化す必要がある事なのか?」
「誤魔化してる訳じゃない、その台詞がデンバーによるものだとしたら、それがお前の事なのか、それとも違うのか、わからないんだ!」
「どういう意味だ?」
「ここで、この建物でLTの研究を続けたが、LTを服用し続けて、リミットを越える法則は何もわからないまま・・・・・・第二のリグドが生まれた。ソイツはリグドと同じでリミットレベル3となった。リグドと異なったのは、リグドのように凶暴さはなく、とても大人しい性質で、確かにLTのせいでハイテンションではあったが、LTがキレても、人を傷付けるような事はなく、只、苛立つ自分と戦うように小さく蹲り、頭を抱え苦しそうにしていた。ソイツの名前がシンバ・ルーペリック。デンバーの息子だ」
シンバもラインもフリットも、驚きの余り、何も言葉が出てこない。
LTリミットレベル3。
そんな奴が、リグドの他にいると言うだけで驚きなのに、それがデンバーの息子であり、しかもシンバと同姓同名。
「な、なぁ? それってシンバなのか?」
フリットはシンバを指差し、そう聞いた。レンダーは首を振り、
「シンバはリミットレベル2だ。デンバーの息子ではない。逆に何故シンバがシンバ・ルーペリックと名乗っているのか、俺様が聞きたい。シンバ、その名前は誰が付けたか覚えてないのか? その辺の記憶はどうなっているんだ?」
と、シンバを見る。
『シンバ。お前はシンバ・ルーペリックだ』
リグドがそう言っていた——。
『そんな顔するなよ、オレがお前を捨てたと思っているのか? そして忘れられていると思ったか? 飼い主が大事なペットを忘れる訳ないだろう? お前はオレのお気に入りだから。だから忘れないようにシンバ・ルーペリックって名付けてやったんだろう?』
シンバはリグドがそう言っていた事を思い出しながら、何故か心に穴が空いたような気持ちになり、凄く凄く悲しくなって行く。
——リグドが忘れられないのは俺じゃない。
——自分と同じリミットレベル3だったシンバ・ルーペリックだ。
——ジュキトの実験台となったシンバ・ルーペリックだ。
——リグドにとって、俺は・・・・・・たった一人じゃないんだな。
——リグドのたった一人の、変わりだったんだな・・・・・・。
「なぁ? デンバーはさ、何故、息子を? 自分の息子なんだろう?」
フリットが尋ね、レンダーは、俯いて、話し出した。
「その頃はもう切羽詰った状態だった。リグドが世界中で指名手配され、他国にリグドを渡す訳にはいかないと、ジュキトの生き残り達は、必死だった。もしもリグドが捕らわれ、その国とリグドが手を組んだら、ジュキトを恨んでいるリグドは、必ずジュキトの生き残りを見つけ出し、全てを全滅させるだろうと、そして、ジュキトは終わってしまうと・・・・・・既にジュキトは終わっていたのに、あの頃はまだ誰も諦めていなかったんだ。諦めるくらいならと、デンバーは自分の息子にLTを飲ませた。他にもLTのテストとして子供達がいたが、テストできる子供が、一人でも多く、もっと、もっと必要だった。こんな場所で、金も尽きて、人を買う事も、攫ってくる事も、何もできない状態だった。そして・・・・・・リグドはどの国でも捕まらず、ここに現れた。やはりジュキトを恨んでいるリグドは生き残りを探していたんだ。リグドはジュキトへの恨みを忘れない。絶対に。どんなにLTをキメても、記憶障害が酷くても、リグドは忘れないんだ。それは執念なのか、或いは、只、メモや日記のような記録で常に記憶を呼び覚ますのか、わからないが、アイツは忘れないんだ・・・・・・自分がジュキトが生み出した闇だと言う事も——」
「・・・・・・それでデンバーの息子ってのはどうなったんだ?」
俯いて落ち込んでいるレンダーに、聞き辛そうに、フリットは尋ねる。
「シンバは・・・・・・デンバーの息子はリグドに連れて行かれた・・・・・・」
「連れて行かれた? それって? つまり攫われたって事か?」
フリットは驚いて声を上げて聞く。
「いや、そうじゃない。攫われたというよりは、デンバーの息子の方から付いて行ったと言うべきか・・・・・・リグドに魅力を感じたのか、自分と似ていると思ったからなのか、それもわからない。わかる事は、デンバーの息子は父であるデンバーから離れ、リグドと共に去ったと言う事。そしてその後、デンバーの息子は消息を絶った。リグドの噂は聞いてもデンバーの息子の情報は何も得れなかった。それからデンバーは廃人のようだった。俺様はデンバーの為に探したんだ・・・・・・デンバーの息子をリグドから取り返そうと、俺様はリグドを追った。だが、本当に何もわからないまま——。デンバーの息子はLTのせいで亡くなったか、リグドに殺されたか、それとも今も生きて、どこかにいるのか、本当に何もわからない。もしもリグドに尋ねる事ができたとしても、それこそ今更、記憶にあるのか、どうか。そして俺様がここに戻った時はセク部隊に乗り込まれた後で、廃墟となった有様だった。だから、俺様には、その時の人体実験をされていた子供達も、俺様の他の生き残りもどこへ消えたのか、わかる術もなく、今回、デンバーから連絡をもらう迄、元ジュキトの生き残りに会えるなんて思ってもいなかったし、デンバーの口から、シンバ・ルーペリックと言う名前が出ても、それが、息子の事なのか、ここにいるシンバの事なのか、俺様には、わからねぇんだよ。レベル2と言ったのなら、シンバ、お前の事かもしれねぇ、だが、言い間違えたのかもしれねぇ。だってよぅ、シンバよぅ、お前の名前を聞いたデンバーは、普通だった。まるで息子を忘れているかのように、いや、まるで息子は今も傍にいるかのように。本当に傍にいるのかもしれねぇだろ・・・・・・?」
シンと静まり、レンダーの悲しそうな表情を黙って見つめるしかできないラインとフリット。シンバだけが、何故か冷めた表情で、足元の床を見つめている。
「だからな、そんなデンバーが今更ジュキト復活を望み、チカラで全ての国を捻じ伏せるような遣り方を繰り返すとは思えない。二度とリグドや息子のシンバのような人間をつくってはいけないと、だから奴はセク部隊隊長であり、この国の安全と秩序を守る為に頑張っているんだと思う」
「その話、納得はいかない」
そう言ったシンバに、ラインもフリットも、そしてレンダーも、シンバを見る。
シンバは床を見つめたまま、
「納得なんてできる訳ないだろう、だったら俺は——・・・・・・」
言葉を失う。
——俺にシンバ・ルーペリックと名付けたのは、リグドはソイツを忘れられないから?
——だったら俺は?
——その息子と俺と、リグドにとって、どう違うって言うんだ?
——ソイツがレベル3で、俺がレベル2だからか?
——俺のレベルが低いから、リグドは俺を対等に見てくれないのか?
——なんで・・・・・・なんでこんなにも、俺の記憶はリグドだけなんだ!!!!
苛立ちで、シンバは拳をギュッと握り締め、床を睨むように見つめている。
「納得なんてしなくていい。だが、お互い信用は大事だ。そうだろう?」
そう言ったレンダーを無視するよう、シンバは床を見つめたまま、その部屋を出て行く。
——リグドは俺だけじゃない。
——そんなのわかってる。
——でも、沢山いる連中の中で、俺だけしかいないって、どこかで思っていた。
——俺だけじゃないけど、きっと俺だけがリグドの特別。
——俺がリグドを特別なように・・・・・・。
——なぁ、リグド?
——もし、俺がリミットレベル3になれば、リグドは俺を見てくれる?
——シンバ・ルーペリックは俺しか知らないって、俺だけを見てくれる?
「シンバ」
その声に振り向くと、フリットが立っている。
「明日の夕方、デンバーが依頼の報酬の件でここに来るってよ」
「・・・・・・そうか」
「その時に聞いてみようぜ、レンダーとの取引ってなんだったのかってさ」
「・・・・・・どうでもいい」
「は?」
「どうでもいいんだよ、もう、そんな事。何を聞いても、俺は変わらない」
「何が?」
「どうせ何も変わらないんだよ、お前と違って、俺は今も昔も何も変わってない。LTやってようが、やってなかろうが、俺は・・・・・・お前みたいに誰かを愛せたらな」
「何言ってんの? サッパリわからん。お前、もう少し自分の中で整理してから、台詞にしろよ、毎回毎回、感情表現の下手さ加減にイラッと来る」
そう言ったフリットに、コイツさえいなければ、真正面向いて、正直に、真っ向勝負で、ラインを愛せたかなとシンバは思う。
フリットがラインを好きだと言う事を知っているから、ストップしている自分がいる。
そして、ラインには、真面目で優しくて、LTとは無関係の男と幸せになってほしいと言う気持ちがある。
だから、自分の中からラインを消したら、残っているのは、リグドしかなくて、ラインの幸せを考えると、ラインに縋りつくのは間違っているから、リグドに縋りつくしかなくて。
「兎に角さ、あの5人がジュキトの紋章の武器を持っていた事も、レンは知らないって言うし、だったら、明日、デンバーに直接、聞いてみようぜ? な?」
「・・・・・・あぁ」
シンバはフリットに頷き、フリットは、頷いたシンバに、意味のわからない事を言わず、素直に頷いてくれたとホッとする。
次の日の朝食は、皆、無言で、どこか、よそよそしくて、ちょっとした事で、簡単に壊れそうになるなんて、やはり他人なんだなと感じさせる雰囲気が漂っていた。
午前中の仕事は、シンバが引越しの手伝い、フリットがビルの清掃、ラインが行方不明の仔猫探し。
午後からは、シンバとフリットがスーパーでの万引き常習犯を捕まえる為の見張り、ラインは引き続き、仔猫探し。
万引き常習犯を捕まえたら、急いで帰ろうとフリットは言う。
夕方からデンバーが来る。
その為だろうが、そう簡単にこちらの都合に合わせ、万引き常習犯が来るとは限らず、まして、今日、必ず来るとも限らない。
スーパーの閉店時間は夜の9時。
それまで、常習犯が現れなければ、見張りは続く。
「4時か。デンバーって奴、夕方って何時に来るんだろうな? 5時くらいかな?」
フリットは携帯を取り出し、時間を見て、そうぼやく。
「つーかさぁ、オイラ達が、スーパーのカゴ持って、買い物してる風に歩いてると、変じゃねぇか? やっぱ、ここはオイラとラインが組めば良かったよな! オイラの家で手料理つくってくれる彼女と一緒にラブラブ買い物中ってシュチュエーションでさ!」
何の理想を妄想しているのか、フリットは言いながら、ニヤニヤ。
「俺とラブラブ買い物中でいいだろ」
「・・・・・・お前、そのシュチュエーション嫌じゃないのか?」
「嫌だ」
「だったら言うなよ、真顔で。お前の感情の無さは冗談なのか、本気かわからん」
だが、ラインとフリットがラブラブ買い物中よりはいいと思うシンバ。
「あ、ラインからメール来た! 仔猫見つかんねぇってよ。いなくなって数年経つんだろ?もう仔猫じゃないだろ。替え玉用意しろよっと」
持っていた携帯を見ながら、返信し、そう言ったフリットに、シンバも携帯を見てみるとメールが入っている。ラインからだ。どうせ同じ内容だろうと、開くと、
『ねぇー、この猫に黒いブチをマジックで書いちゃうってどう?』
と、画像付き。
見ると、真っ白の猫の画像。
探している猫は黒いブチのある猫。
フリットが替え玉用意しろと返信したからだなと、シンバはクッと軽く笑みを零すと、
『いいかも。バレても俺のせいじゃないけどね』
と、返信。
『えー? 共犯でしょ?』
『パス』
『ひどっ!』
『俺のアイディアじゃないだろ』
『じゃあ、バレたらフリットに全て罪を擦り付けよ♪』
『いいかも。フリットが怒っても俺のせいじゃないけどね』
『えー? 結局、そうなんの?』
メールのタイトル部分にリターンが続く。
今朝の険悪なムードを消す為だろうか、ラインは仕事中にも関わらず、シンバとフリットに楽しげな絵文字たっぷりのメールを送る。
「おい、シンバ、来たぞ」
そう言われ、シンバはハッとして、メールに夢中で見張りを忘れていたと我に返り、携帯をポケットに入れる。
スーパーの店長に見せてもらった映像に映っていた男だ。
この店内に設置されているカメラで撮られてた映像だが、商品を盗んでいる所は、映っていない。
只、彼で間違いないと店長は言う。
だから、来たと思って見張っていても、商品をいつ盗ったか、全くわからず、いつも捕まらないと。
万引きというのは、その場で現行犯逮捕ではないとダメらしく、セク部隊に頼んで大袈裟にするのも店の評判的にどうなのかと、困っていると言う依頼だ。
「・・・・・・年齢・・・・・・微妙だな、オイラ達より年下って感じするから14歳か、15歳って感じ? どうでもいいけど、あの服、ブランドもんだぜ、お坊ちゃんかよ」
フリットが男を見ながら、そう言って、こっちから回り込むと指を差すので、シンバは逆方向に回る。
シンバは男を見ながら、男が着ているシャツを見て、
「アレがブランド物? 俺には普通のシャツに見える」
と、呟く。
だが、お洒落にうるさいフリットが言うなら間違いないだろう。
万引き犯は金に困ってる訳ではなく、只の遊び程度で万引きをしていると言う事だろうか。
今、男が鞄に駄菓子を入れた。
——速い。
——あの手捌き、普通じゃないだろ。
——まさかLTリミットレベル1?
シンバがそう思う通り、フリットも思ったのだろう、『見えたか? LTやってんじゃねぇの? このガキ』と、フリットからメールが来た。
ラインからメールが来ているが、それは後でチェックすればいいだろう、とりあえず、フリットのメールを見て、『俺もそう思った』と、だけ返信。
男は手に持っている大きめの鞄に、次から次へと駄菓子を入れていく。
——根こそぎ盗る気か?
——アイツが来て、棚の商品が全て消えれば、そりゃ店側も疑うだろうな。
——根こそぎ盗らなきゃ見つからないだろう。
——なのに、疑われる事をわざわざやるって、どういう心理だ?
——犯人は俺だと言っているようなもんだ。
フリットからメール。
『もしもアイツがLT中毒者だったら、人気のない所で捕まえないとバトルになったら被害が大きくなる。とりあえずオイラは店長に話して、人気のない所まで尾行し続けてから捕まえると伝えてくる。ついでにアイツを縛る縄ももらって来る。シンバはこのまま尾行続行。携帯は電源入れとけよ、GPSで場所確認するから』
『わかった』と、返信すると、シンバは携帯をポケットに仕舞い、男の後をつける。
男は暫く駄菓子コーナーでウロウロしていたが、暫くして、青果コーナー、精肉コーナーをグルッと周り、惣菜コーナーで、フランクフルトを手にすると、それをナイロン袋に入れて持ち歩き、棚の影で見えなくなったと思ったら、もう手には何も持たれていない。
——鞄に入れたか?
そして、男はスーパーを出た。
シンバは後を追う。
100メートル程、歩くと、男は鞄の中から、フランクフルトを取り出し、食べ始める。
——万引きした奴だ。
——アレは駄菓子の時と違い、食べたいから盗ったって感じだな。
男はフラフラと歩きながら、フランクフルトの棒を捨てると、そのまま公園に入って行く。
シンバは男が捨てた棒を拾っていると、フリットが走って来た。
「アイツは?」
「公園に入った」
「よし、じゃあ、捕まえに行こうぜ」
と、フリットは手に丈夫そうな縄を持って走って行く。シンバもフリットに続き、公園に入る。男は、公園のゴミ箱に、鞄の中身を全て引っ繰り返し捨てていた。
人気がないから調度いい。無論、男も人気がないから駄菓子を捨てていたのだろう。
シンバは男が道に捨てた棒をゴミ箱に捨てる。
「勿体ねぇだろ!!!!」
そう吠えるフリットを、男はチラッと見ると、無視して行こうとするが、直ぐ傍で、シンバが立ちはだかる。男は振り向いて、フリットが立っているのを見ると、また向きなおし、シンバが立っているのを見て、
「何か用ですか?」
そう尋ねて来た。
「お前なぁ、何か用かじゃねぇだろ、万引きしといて!」
フリットがそう言うと、男は再び振り向いてフリットを見て、また向きなおし、シンバを見て、
「セク部隊・・・・・・ですか? バトルスーツ着てないけど」
そう聞いた。
「セク部隊じゃない。だが、店長の依頼で、お前を捕まえに来た」
そう言ったシンバに、男はクスクス笑い出し、
「セク部隊じゃないの? なぁんだ、ビックリして損した! 僕を捕まえる? 無理だよ、だって僕、相当強いよ? やめといた方がいいと思うなぁ」
と、シンバとフリット二人を目の前にして、余裕の台詞。
「奇遇だな」
「え?」
「俺も相当強い」
シンバがそう言うと、
「ホント、奇遇だねぇ」
「は?」
「オイラも相当強いよ」
フリットもそう言って、ニヤリと笑う。
男は少し考えるような仕草をした後、鞄からゴソゴソと何か取り出し、そして、鞄を地に捨てるように置くと、
「わかってないなぁ。僕はね、普通じゃないんだよ」
と、両手にナックルを嵌める。
「・・・・・・ジュキトの紋章!」
思わず、ナックルに描かれた印に、そう呟くシンバ。
「ジュキトの紋章? あ、これ? この紋章、ジュキトって言うんだ? へぇ」
男は、両手のナックルを見ながら、フゥンと頷いている。
「その武器、どこで手に入れたんだ?」
そう聞いたシンバを見て、男はフンッと鼻で笑うと、
「さぁね?」
と、生意気な態度。そして、
「知りたければ、まずは僕に勝つ事じゃないの? 無理だろうけど」
更に生意気な台詞。
シンバは剣を抜き、男に構えると、
「武器の紋章まで奇遇だな」
そう言った。男は、少し首を傾げると、
「ホントホント。武器の紋章まで同じって、やっぱ、LTリミット越えてるって感じ?」
と、フリットが言うので、男は驚いた顔でフリットを見る。
「どうしてLTリミット越えてるって!?」
「わかったのかって? そりゃわかるだろ、お前の手捌き、異常に速すぎて、あんなのオイラ達じゃなきゃ見れないっつーの。オイラ達って、つまりLTリミット超えてる奴って意味ね、ちなみに、そこにいる奴はレベル2。オイラはレベル1だけど。で、まさかの予想外の展開? そこんとこ、わかった上で喧嘩売った方が良かったね」
フリットがそう言うから、男は驚きを隠せず、目を丸くして、
「レベル2!? レベル2だって!? そんなバカな!? そんなの嘘に決まってる!」
と、シンバを見ている。
「素直に捕まって、スーパーの店長の所へ一緒に向かい、その武器の出所を話せ」
シンバがそう言うと、男は少し焦っていたが、
「冗談でしょ、そんな事したら、僕がLT中毒症だったって親にバレてしまう」
と、ナックルをした拳を構え出した。
「バカだねぇ、やめときゃいいのに、やっちゃうんだ? 大体、親にバレる前に、死刑になる心配しろよ、LT関係のある人間は捕まると死刑なんだぞ」
フリットがそう言うと、男はうるさいと大声で怒鳴るように吠えたかと思うと、耳にイヤフォンをつけ、深呼吸するとリズムをとるように体を動かし、シンバをキッと睨むと、拳を振り上げ、飛び掛かった。
突然の事だったが、予想しなかった訳ではない。
シンバはスルッと身を交わし、再び、シンバ目掛けて飛んでくる拳を剣の平らな部分で受け止める。
——レベル1って割りに、まぁまぁいい動きをする。
——コイツも喧嘩ではない戦闘というものを少しばかり知っているって感じだな。
——耳に入れたイヤフォンは何だろう?
——少し音が漏れている・・・・・・何の曲だろう・・・・・・?
シンバは余裕の動きで、男からの攻撃を交わし続ける。
フリットが、
「そろそろガツンと一発やっちゃえよ」
などと言い出すから、男は焦ったのか、拳を大振りに何度も振り上げ、その攻撃は隙だらけで、シンバは、剣を鞘に仕舞う。
武器を使う程でもないかと判断したからだ。
そのシンバの行動で、男は、シンバとのチカラの差を悟り、負けてしまうと判断したのか、走って逃げようとしたが、フリットが立ち塞がり、
「逃げれるって思う辺り、バカだっつーの」
と、呆れ顔。
男は、雄叫びを上げながら、フリットに拳を振るうが、フリットもサッと身を交わし、
「おいおい、落ち着けって。もう少し落ち着いたら、もっといい動きできるだろ、いいか、脇が甘いんだよ、お前。もっとこう、脇をしめて、パンチは振り上げるより、真っ直ぐ狙いを定めて弾丸のように打つべし! 特にお前は小柄なんだから、それを利用しないと勿体ねぇだろ? 怖がってたらダメだ、いいか、相手の懐に入って、その小さな体全体を使って、拳にチカラを入れる。そして上へ向けてアッパー! そのナックルも寄り活かされ、攻撃力も振り上げるより増すっつー訳だ。わかったか? 大丈夫、相手はレベル2って言っても、一人だ。なんとかなるなる! よし、頑張って行ってみよう! 2ラウンド!」
と、男をクルッと回転させ、シンバに向き直させ、男の背中を押すフリット。
何をアドバイスしてるんだと、シンバはフリットを睨み、
「遊びすぎだ」
と、溜息。
だが、フリットのその余裕あるアドバイスの御蔭で、男はブルブル震え出し、絶対に勝てないと思ったのか、その場にガクンと跪き、土下座体勢。そして、
「ご、ごめんなさい・・・・・・許して下さい・・・・・・」
と、頭を下げる。
シンバとフリットは顔を見合わせる。
LTに手を出した者は強さと引き換えに、いろんなモノを失う。
寿命も50年。
この男は、そういう事を知っているのだろうか——。
震える男に、シンバとフリットは近付いて、
「最初から大人しくしてくれれば、別にさ、オイラ達、お前をどうこうしようって思わねぇよ。LTやってた奴は死刑なんだぜ? セク隊に突き出されたくないだろう?」
「万引きはしないと店長に約束し、二度と人に対し、そのチカラを使わず、生きていけばいい。今はもうLTやってないなら、LT中毒者だった事を隠して生きていくしかないだろ」
優しく声をかける。
男は顔を上げて、シンバとフリットを見る。
「その武器はどこで手に入れたんだ?」
そう聞いたシンバに、
「・・・・・・ルーシー・ミストのライブに行くと・・・・・・もらえるんだ・・・・・・」
男は、そう答え、俯く。
「ルーシー・ミスト? ラインが好きだっつー、あのタレントか? ソイツのライブに行くともらえるって、ライブに行った奴全員に配ってるって言うのか?」
フリットがそう言うと、男は首を振った。
「ルーシー・ミストのライブは一ヶ月に一度。テレビには出演してなくて、たまに街のムービー放送でライブの中継が流れても、それ以外のメディアにはルーシーは全く出ないから、ライブだけの活動だけ。ネットもファンがホームページを作ってるぐらいで、特に公式ページはない。タレント事務所もどこに所属してるのかも、わからない。そういう意味でも都市伝説になってるタレントで、架空人物とも言われる程。僕はルーシーのファンで、最初はビルの上に設置されてるムービーにルーシーが出てるのを見て、それからルーシーについて、ファンが作ってるホームページなどを見たりして。そのファンサイトには、チャットもあって、そこで、チケットがあるんだけど、買わないかって言われて」
「そのチケットは、そのホームページの管理者が売ってるのか?」
シンバがそう尋ねると、男は、首を振った。
「ライブチケットは、ネット上の至る所で取引されてて、たまたま、そのホームページの管理者が数枚、手に入れたんだと思う。それで、ライブに友達と一緒に行ったんだ。そしたらLTを配られてて、一ヶ月分あるって。飲みたくなったら飲めって。内容はそんな感じで言われて、最初は怖かったんだけど、ライブにいる皆が飲んでるから、勢いで飲んじゃって。そしたらライブは大盛り上がりで、気分が最高で、トリップできて、でも、LTがキレると飲まずにはいられなくて、そうやって一ヶ月過ぎた頃、今度はライブのチケットを買わなくても、ルーシーから手紙が来て招待されたんだ。もうLTもなかったし、行ってLTをもらわなければって、そしたら僕も友達も3日間の監禁。気付いたら、LTはもう欲しくなかったけど——」
「リミットを越えたって訳か。その友達は?」
シンバが尋ねると、男は俯いたまま——。
「ルーシーの都市伝説のひとつで、ルーシーのライブに行った奴は必ず死ぬって言うのがあるんだ。でもルーシーの人気を煽る為の作られた都市伝説だって噂だった。でも真実は、殆どLTで死ぬんだと思う。僕の友達も・・・・・・多分・・・・・・」
「おかしくねぇか? だってさ、ライブだろ? かなりの人数だよな? 100や200じゃないだろ、500は行くだろ? 下手したら1000? そんな人数が殆ど死ぬとなったら、セク部隊だって動く筈じゃん? その話、信用なんねぇな」
フリットがそう言うと、男は顔を上げ、首を振りながら、
「う、嘘じゃないよ、本当だよ、それに、ルーシーは小規模のライブを開くから、多くても300程で、1000もいかないよ、信じて、嘘なんて言わないよ!」
と、フリットに縋るように、腕を掴み、抱きつく。
「わ、わかったって。そんな怯えるなよ、オイラ達は別にお前をどうこうしやしねぇよ」
フリットはそう言って、後ろへ下がり、男から逃げるような態度。
男に抱きつかれるのは当然だが、嫌らしい。
シンバは、ルーシー・ミストが、何者なのか考える。
リグドの傍にいて、ジュキトの武器を持っていて、そして、タレントという立場で、ファンを利用している。
デンバーが言っていた台詞を思い出す。
『——彼のお気に入りが我々の指示に従っている事、彼を支持する若者達が我々のモルモットのようなものという事を、いつまで彼に隠し通せるか・・・・・・』
やはり、デンバーの差し金か——?
リグドは本当に何も知らないのか——?
「お前、バトル中、何聴いてた?」
シンバが聞くと、男はイヤフォンを外し、
「ルーシー・ミストの歌。これ聴きながらだと、戦闘のムービーを思い出せるから」
と、ポケットから携帯を出して来た。イヤフォンは携帯に繋がっている。
「ムービー?」
シンバが聞き返すと、男は携帯の画面にダウンロードしたムービーを映し、ソレを見せる。
そこには誰でも簡単に体を動かし、戦闘モードに使えるステップを踏むCGアニメの男性が、ルーシーの曲に合わせ踊っている。
「すげぇな、まるで流行りのダンスを取り入れたダイエットのムービーみてぇじゃん。アレ売れてんだってなぁ。これもその類で、流行のダンスを取り入れた戦闘方法って奴?」
フリットが笑いながら言うが、笑い事ではない。
「ルーシーは僕を楽屋に呼んで、このムービーをくれたんだ。これでパワーとスピードさえあれば、誰でも戦士になれるって、それはLTで手に入るから、後は武器だねって、武器をくれたんだ・・・・・・」
男がそう言って、シンバとフリットを見る。
「フゥン、やっぱ信用できねぇよ、だってさ、お前、LTやってた割りに普通に記憶あんじゃん? 記憶少しも失くしてる感じしねぇよな?」
確かにフリットの言う通りだ、男は記憶がハッキリしているように感じる。
「記憶って? 僕は別に記憶喪失とかじゃないと思うけど」
そう言った男に、シンバもフリットも顔を見合わせ、眉間に皺を寄せて不思議そう。
シンバはLTをキメていた頃、記憶が殆どないと自覚していた。
それはフリットもそうなのだろう。
そして、今現在、LTは絶ったが、記憶がない事を自覚している。
なのに記憶喪失ではないとキッパリ言う男が不思議だ。
「なぁ、お前、名前は?」
「な、名前言っても、セク部隊に言わない?」
「言わねぇよ。だから覚えてるなら名前言ってみろ」
「アニル・セイファン」
「年齢は?」
「15歳」
「家族構成は?」
「父と母と姉。それからハムスター」
「ハムスター!? それペットだろ」
「ペットも家族だよ!」
そう言ったアニルに、どう思う?とフリットがシンバを見るが、シンバは黙って、どうでもいいから質問を続けろと睨むので、フリットは仕方なく納得し、再び質問を繰り返す。
「好きな食べ物は?」
「フランクフルトとコーラ」
「苦手な物は?」
「昆虫類。でも蜘蛛は平気」
「なんで蜘蛛だけ・・・・・・」
「だって蜘蛛は昆虫じゃないから!」
「知らねぇよ、じゃあ、LTをやり始めてから、家族から妙だと言われた事は?」
「ないよ。言う程、コミュニケーションないし、それにLTやってるのをバレないように、普通にしてたよ、何も気付かれないよう、本当に普通に過ごしてた。何も疑われてない」
「そうじゃねぇよ、最近、忘れっぽいとか言われたりしなかったか?」
「ないよ。別に何も忘れてない。ねぇ、さっきから何なの?」
何なのだろうと、シンバとフリットはお互い見合う。
アニルがLT中毒症だったとは思えない。
だが、強さはLTリミットレベル1に間違いないだろう。
そして、本人もLTをやっていたと話している。
公園に散歩にやって来た親子が、シンバとフリットとアニルの様子が変に感じたのか、チラチラとコチラを伺っている。
ここで、いつまでも話を続けるのは無理があると、シンバは、
「・・・・・・とりあえず、スーパーに戻って、アニルは謝罪しろ。それからレンダーに電話して、状況を話して、コイツをどうするか聞くか」
そう言うと、アニルは、
「どうするかって、どういう事? セク部隊を呼ぶの?」
再び怯え出す。
「そうじゃない。只、お前に協力してもらうかもしれない、そのルーシーって、タレントとは未だ繋がりあるんだろう?」
そう言ったシンバに、アニルは黙ってしまう。
「とりあえず、謝罪が先だ。来い」
シンバにそう言われ、アニルは俯いたまま、トボトボと歩き、シンバの後ろを付いて行く。
フリットはレンダーに電話しながら、アニルの後ろを歩いている。
スーパーで、アニルは反省している態度で、ずっと俯き、謝り続け、シンバとフリットは二度と万引きしないと約束をさせるからと、アニルと一緒に頭を下げる。
そんなシンバとフリットを見て、アニルは、涙をポロポロと落とし、二人が下げた頭の分も絶対に約束しなければと、二度と万引きはしないと誓う。
本当に反省しているようだし、今回はセク部隊に通報しないと言う事になり、シンバもフリットもホッとする。
「レンがコイツを連れて来いってさ。お前、親に電話して、帰りは遅くなるとか言えよ」
フリットがそう言うと、
「電話しなくても大丈夫。いつも帰りは遅いし、一ヶ月帰らなくても平気だから」
と、アニルは言う。
「そういうもん? オイラ、ラインが帰り遅くなったら不安だけど? 家族ってそういうもんじゃねぇの?」
「・・・・・・わからないよ、家族ってどんなものなのか」
「家族がいるのに、わかんねぇのか?」
「・・・・・・うん。それよりラインって誰?」
「一緒に住んでんだよ、オイラ達と同じ仲間って言うのかな」
「そうなんだ、フリットさんの彼女?」
「かっ! 彼女!? あ、あはは、お前、結構いい奴だな!」
と、フリットはアニルの肩を叩くが、
「仲間って言っただろ、聞けよ、ちゃんと」
シンバがそう突っ込むので、フリットは嫌な顔で、
「余計な事言うなよ!」
と、シンバを睨む。
シンバは、フリットとアニルの後ろで、二人に付いて行く感じに歩いている。
フリットの笑顔。
アニルの笑顔。
シンバは、フリットはもうアニルの全てを信じたのだろうかと思いながら歩いていると、
「それからシンバさん」
と、アニルが振り向いて、
「本当にありがとうございました」
と、頭を下げる。
「・・・・・・」
立ち止まるシンバに、フリットは笑いながら、
「あぁ、コイツ、人様に礼を言われるなんて慣れてないからフリーズしてやがるんだよ」
そう言うと、アニルはそうかと笑った。シンバは再び歩きながら、フリットを見るが、フリットはアニルを見て、話をしているので、シンバの視線に気付かない。
——なんでコイツ、俺の名前を知ってるんだ?
——話したのか?
——そういえば、フリットの名前も普通に呼んでいたな。
——コイツを目の前にして、俺達、名前を呼び合う会話したか?
——したとしたら、それで名前を覚えたのか?
——そういえば、コイツ、なんで万引きをしてたんだろう?
——しかも根こそぎ駄菓子を盗んで、棚を空にしていた。
——犯人は自分だとメッセージを残すかのように・・・・・・。
——そういえば、ラインの名前を聞いて、フリットの彼女かって質問も変だ。
——何故、ラインが女だとわかったんだろう?
——ラインという名は男性でも有り得る・・・・・・。
だが、シンバは何も気付かないふりをする事にした。
アニルがルーシー・ミストと関わりがあるなら、その繋がりを手に入れるまで、アニルを手放したくないからだ。
ルーシーがジュキトの紋章の武器を配っているとしたら、ルーシーはデンバーの手下かもしれない。
ルーシーがリグドと一緒にいる理由は、リグドを監視しているからなのかもしれない。
そうなると、リグドは何も知らないで、ルーシーを傍に置いているのかもしれない。
もし、その事がハッキリわかれば、リグドは・・・・・・。
——リグドは?
——俺、何を考えてるんだ?
——まさか、またリグドの傍にいられるって・・・・・・俺、考えてる?
——ルーシー・ミストって奴さえいなければって思ってる?
——俺、レンダーやフリット、それからラインと離れて、リグドの所へ戻ろうとしてる?
自分の考えがわからなくなり、シンバは深い溜息。
そういえば、ラインからメールが来ていたんだったと、携帯を開き、メールを確認すると、
『仔猫見つからないって依頼者に話したら、逆に申し訳なかったって、夕飯ご馳走してくれるって言うのね、遠慮はしたんだけど、数年前にいなくなった仔猫を探してくれた気持ちが嬉しいからって。しかも仔猫見つからなかったから報酬はいらないって言ったんだけど、それも払うって言ってくれてるし、余計に断るの悪い気がして食事に行く事にしたの、だから今夜の夕食は、帰りに何か買って帰るから、レンとフリットにも、そう伝えて? あの二人にメールしたら、食事には行くな、絶対に戻って来いって言われそうだからさ、シンバから伝えてほしいの、お願い!』
俺だって行くなと言いたいんだが、そんな権利ないだろうと思いながら、返信する。
『返事遅くなってごめん。こっちは仕事終えたとこ。夕食の事は伝えとく。でもレンダーもフリットも機嫌悪くなるから、余り遅くならないようにな』
シンバは携帯を仕舞うと、
「ラインは依頼者と一緒に食事に行くそうだ」
と、フリットの背中に話しかける。振り向くフリットに、
「数年前にいなくなった猫を探してくれた御礼らしい。見つからなかったらしいが、報酬もくれるって言われて、食事に誘われたら断れなかったみたいだ。俺達の夕飯は何か買ってくるって」
そう説明すると、
「は!? 依頼者って男か!?」
と、フリットの顔色が変わる。
「さぁ? 男かもな」
「なんでお前は反対しないんだよ!」
「なんでって・・・・・・メールの確認も遅かったし、とっくに食事に向かってるだろ、今更、反対したら、余計ラインが困るだけだろ」
「レンが怒るぞ! 絶対に!」
「俺のせいじゃないだろ、ラインのせいでもない。なのに誰に怒るんだ」
「オイラじゃない事は確かだな!!!!」
怒っているのはフリットじゃないかと、シンバは面倒そうな顔で、溜息。
「溜息が多いと幸せ逃げちゃうよ」
と、アニルが言うから、余計に溜息。
廃墟に辿り着くと同時に、アニルが、こんな所で人が住めるのかと不思議そうに聞いていたが、フリットの部屋に入ると、普通に部屋だったので確かに人が住める場所だと納得。
レンダーはデンバーが来ているようで、部屋から話し声が聞こえ、シンバとフリットは、話が終わるのを待つ事にした。
シンバは一人、自分の部屋に戻るが、デンバーが帰ってしまうとわからないと、廃墟から出て、外で待つ事にした。
瓦礫の上に座り、すっかり暗くなった空を見上げ、星を探す。
曇っているのだろう、星は見えない。それでも僅かな光を探すシンバ。
曇っていても、闇ばかりでも、空は美しいと思う。
こうして夜空を見上げていると、思い出すのはラインの事ばかり。
綺麗なモノは全てラインへとリンクする。
シンバは携帯を取り出し、保存してある画像を見る。
そこには、ラインが映っている。
いろんな姿のラインを隠れて撮って来たが、一番最初に撮った、花火を一緒に見た時の画像が一番気に入っている。
「・・・・・・変な顔」
そう呟くものの、愛おしくてならない気持ちが溢れてくる。
初めて手に入れた綺麗な宝物を必死で守るように、シンバはラインを守りたいと思う反面、元々持っていた大切なモノを奪われたくなくて、必死でリグドを奪い返そうとする自分もいる。
LTが抜けて、最初に出会った人。
最初に声をかけてくれた人。
最初に優しくしてくれた人。
最初に微笑んでくれた人。
最初に人として扱ってくれた人。
最初に綺麗なものを一緒に見た人——。
それがシンバにとってのライン。
孤独じゃないと、最後まで思わせてくれた人。
最後まで振り向いてほしいと願った人。
最後まで頼りにして縋った人。
最後まで怖いと思う程に憧れてしまう人。
最後まで悪も善も右も左も運命を決めた人。
最後には同じ景色を見ていたいと思う人——。
それがシンバにとってのリグド。
「シンバ」
その声に振り向くとフリットが廃墟から出て来て、こちらへ歩いて来るので、シンバは携帯を仕舞い、
「アニルは?」
そう聞いた。
「オイラの部屋にいる」
「一人にして平気なのか?」
「なんで?」
「いや、別に——」
「アイツが名乗ってもないオイラやお前の名前を知ってたから?」
そう言ったフリットに気付いてたのかと驚いた顔で見ると、フリットは、シンバと背中合わせになるように瓦礫に腰を下ろし、
「バカにすんなよ? オイラだってアイツが怪しいってわかってんよ。アイツを泳がせてルーシー・ミストと接触しようって、お前もそう考えての気付かないふりだろ?」
そう言った。
「・・・・・・流石だな」
「お前より、この仕事長いっつーの! 言っとくけど、お前レベル2ってだけだからな」
「確かに」
「オイラだって記憶がなくならなければ、LT続けてレベル2ぐらい・・・・・・無理だな、あの過酷な3日間は二度と耐えれない。というか、耐えたくない。薬抜ける事より死を選ぶな、アレは」
「・・・・・・俺は耐えるかもな」
「耐えれるのか!? ボロ雑巾のようになるんだぞ!? ゲロや尿まみれだぞ!? 誰が片付けるんだ、ソレ! つーか、片付けられるのも恥ずぃ! それでも耐えれるのか!?」
「・・・・・・記憶さえ、このままなら、耐えるよ。そしたらリグドと同じになれる」
「何したってリグドにはなれねぇよ、あの人はオイラ達の手の届かない人なんだって!」
「・・・・・・そんなの、わからない。なってみないと——」
言いながら、リグドになりたい訳じゃない、只、リグドの気持ちになってみたいとシンバは思う。そしたら、こんな自分でもリグドに何かできる事があるのではないかと思う——。
「まぁ、な。オイラだって、記憶ない癖にリグドに近付きたいと思ってる。そうだな、お前の言う通りかもな。リグドに近付けるなら、どんな試練も耐えれるかもしれねぇな」
「あぁ・・・・・・でも俺は忘れたくない」
「何を?」
——ラインを。
「お前とか、レンダーとか、ラインとか、かなり世話になったろ? そういう人、忘れたくない」
「へぇ、ラインだけかと思った」
背後でそう言ったフリットに、鋭いなとシンバは思うが、
「それはお前だろ」
と、何も悟られないように言いながら、空を見上げるシンバ。フリットも空を見上げ、
「明日は雨かな」
と、呟く。
メール着信音。
何のメロディでもなく、ピロピロと鳴るだけの音はシンバの携帯だと、フリットは携帯を確認しない。
シンバがポケットから携帯を取り出そうとした時、廃墟からデンバーが出て来た。
長い時間、ずっとレンダーと話していたデンバー。
何を話していたのだろう、その辺も聞き出したい。
シンバとフリットは、瓦礫から腰を上げて、デンバーを見て、とりあえず、軽く会釈。
「キミ達の御蔭で、助かりました」
と、デンバーはシンバとフリットの目の前で足を止める。
「仕事だから」
そう言ったフリットに、デンバーはにこやかだ。
「通りまで出たらタクシーを拾えるかな?」
「通りまで出るのが遠いっすよ」
「ここまで歩いて来たから、距離はわかっているつもりだが」
と、フリットにそう言って、始終笑顔だ。
「あの、今回の仕事の依頼で、報酬はレンとシンバの指名手配を解くと言う他に、何かあったんすか?」
「うん? 何かとは?」
「レンと話が長引いてたし。しかも今回は、隊長一人でここに来た事と何かあるのかなって思って。誰にも聞かれたくない話とか——」
そう言ったフリットに、シンバは話の持って行き方がうまいなと感心する。
「実はレンに取引を持ちかけているんですよ」
正直にもそう言ったデンバーに、シンバとフリットは少し驚くが、顔には出さない。
「レンからは、まだ聞いてないみたいだね?」
そう聞かれ、コクンとシンバとフリットは頷く。
「ワタシから話しましょうか? でも勝手に話したらレンに怒られるかな」
「聞かなかった事にしますんで」
そう言ったフリットに、デンバーは少し笑いながら、話し出した。
「レンがジュキトと言う国の出身者だと言う事は知っていますか?」
頷くシンバとフリット。
「ワタシもジュキト出身です。ここ最近、そのジュキトの紋章入りの武器が出回り、その武器を装備して、喧嘩ではなく、まるで戦闘方法を知っているかのような若者が増えているんですよ。そしてLTリミットを越えているんです。アナタ達が倒してくれた5人組もそうだった筈です。こうなったら、セク部隊のチカラではどうしようもありません。そこで、シンバ君とフリット君を我が部隊に招き入れたいのです」
「俺達をセク部隊にか!? 無理だろう、だって俺達はLTリミットを越えてる。つまりLT中毒者だったんだ。そんな人間が人々を守る為の職業になれる訳ない」
「いえ、そこはワタシの地位で何とでも誤魔化せますから」
「誤魔化すって、それ、悪い事なんじゃねぇの?」
フリットがそう言うと、デンバーは、苦笑いしながら頷く。
「まぁ、良い事ではないですが、そうでもしないと、LT中毒者達を取り締まれなくなって来ているんです、奴等はLTリミット越えした戦闘を知った戦士です。我が部隊は戦闘を知っている普通の人間の戦士なんですから。レンには、今回の仕事、本当に5人も捕まえられる事ができるのなら、是非、二人をセク部隊に入団させたい、その代わり、レンにも部隊を訓練する教官として雇う話を出したんですが、断られたんですよ」
「そりゃそうだろ、そうなったらラインはどうなる? レンダーはラインを一人にするような選択はしない」
シンバがそう言うと、フリットも、
「オイラもラインを一人にはしたくねぇ」
と、頷く。
「もう1人いた女の子の事ですね、それもワタシとしては、彼女を知り合いの菓子職人の家で働いてもらうと言うのはどうかと提案したんです」
ふと、シンバは、パティシエになりたいと言っていたラインを思い出す。
「LT中毒者は平均寿命が50歳だと言います、短いですが、それでも、キミ達はまだ若い。何も人生を捨てる必要はないんじゃないのかな? LTについては、確かに違法だが、今、キミ達のチカラが必要とされている。どうか我が部隊に入る事を考えてみてはどうでしょうか? レンだって、ここでキミ達と何でも屋という不安定な仕事をしているより、ちゃんとした安定ある暮らしをして、彼もまだ若いんだし、何れ結婚でもして、幸せになる権利はあると思うんです。例えジュキト出身でも——」
黙って俯いているシンバとフリットに、
「リグド・カッツェルという人物を知っていますか?」
そう聞いた。
シンバとフリットは、顔を上げる。
「彼は・・・・・・とても恐ろしい人物です。彼のLTリミットは近々ファイナルとなるかもしれません。キミ達は、その彼に立ち向かえる英雄になるかもしれない」
デンバーは、そう言うと、シンバとフリットの手の中に、小瓶を入れる。
なんだろうと、シンバとフリットは小瓶を見て、中に入っている錠剤を確認して、直ぐにLTだとわかり、驚いた顔でデンバーを見る。
「キミ達はLTの何を恐れ、何に不安を持ち、何に悲しみを感じて、手放したのですか?」
「・・・・・・なんでこんなもの——」
フリットは驚愕した表情で、そう呟きながら、震える手で小瓶を持っている。
「もしも、キミ達が恐れ、不安に思い、悲しみを感じる事、全てが解決できるとしたら、キミ達はレベルを上げるんじゃないでしょうか?」
「・・・・・・どういう意味だ?」
シンバがそう尋ねるのを待っていたかのように、デンバーはフッと笑みを浮かべると、
「ワタシの電話番号が、その小瓶の中に入っている。もし気が向いたら、電話を下さい。レンはきっとキミ達がセク部隊に入る事を納得しないでしょうから。直接、話し合いましょう、キミ達だって、何でも屋をやるより、世の英雄になった方がいいに決まっています」
と、じゃあと手を上げて、シンバとフリットの横を通り抜けて帰って行く。
フリットはシンバの手の中の小瓶を見て、自分の手の中の小瓶を見て、
「こ、こ、これ、聞かなかった事にしとけないだろ!」
そう言うが、シンバは、
「俺は聞かなかった事にする」
と、小瓶をポケットに仕舞った。
「お前、まさか——」
「言うな」
「・・・・・・」
「わかってるから何も言うな、何も聞きたくない。俺もお前がどうしようと何も言う気はないし、俺がどうしようと、何も言われたくない」
「でも・・・・・・罠かもしれないぞ」
「だから簡単に言葉にできない。まずはルーシー・ミストに接触する! ジュキトの武器やLTの出所、ハッキリさせよう。レンダーには言うな。俺達だけでやるんだ」
「・・・・・・本気か?」
「嫌なら俺だけでやるから、邪魔しないでくれ」
邪魔をする気はないが、フリットは不安で一杯になる。
シンバは、これ以上、話せば、言い合いになるかもしれないと、フリットから視線を逸らす為、携帯を取り出し、さっきメールが来ていたなと確認をする。
「・・・・・・シンバ、どんな決断をしても、ラインだけは悲しませないようにしようって約束しような? オイラはラインさえ笑顔でいられるなら、別にそれでいいんだ」
それはシンバも同じ気持ちだったので、
「あぁ」
直ぐに頷いた。
そう、確かに、この時は頷いたのだが、メールを見た途端、その約束を忘れ去る程の衝撃がシンバの体を突き抜け、
「・・・・・・ラインと・・・・・・リグドが一緒にいる——」
携帯を片手に、そう呟いた。
「え?」
フリットはシンバが何を言っているのか、わからない。
黙ったまま、硬直するように動かず、ジッと自分の携帯画面を見つめ続けるシンバに、フリットは、シンバの携帯を覗き込んだ。
そこにはラインとリグドが笑顔で一緒に映っている。
訳がわからず、シンバの携帯を取り上げ、フリットは、
「なんだよ、これ!?」
と、メールの宛先を確認しようと、メール内容に戻ると、
『仔猫探しの依頼者の友人さん! 一緒に食事したの! かなり男前じゃない? 思わず一緒に写真撮っちゃった!』
ラインからの、その内容に、フリットは愕然。
シンバは空を見上げ、深呼吸し、気持ちを落ち着かせようとするが、全く意味のない深呼吸で終わる。
「なんで・・・・・・ラインがリグドと一緒に・・・・・・ラインは帰って来るよな?」
わざわざ、こんな画像を撮ってよこしたのだ、こちらの反応を伺っているのだろう、こちらが大騒ぎさえしなければ、ラインは無事に帰って来るだろう、だが——、
「ラインの気持ちは帰ってこないかもしれない」
シンバはそう呟く。
「え?」
「フリット、お前も知ってるだろ、リグドを知ったら、リグドに夢中になる。俺やお前のように。ラインだってリグドに魅了される。きっとリグドに夢中になる——」
そう言ったシンバに、フリットは嘘だろと、その言葉さえ出て来ずに呆然とする。
「フリット、俺はLTリミットを越える」
言うなと言っていたのに、簡単に言葉にできないと言っていたのに!
ハッキリと言い切ったシンバに、フリットはまたも唖然。
その台詞を吐いたシンバの心境は、フリットには、絶対に言えないだろう。
そしてシンバも、リグドに対し、こんな気持ちを抱いたのも初めてだろう。
それは強い嫉妬——。
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