6.疑惑


LT中毒者の女1人、男4人を、セク部隊に引き渡す為、その5人がよく現れるというクラブの前に来ていた。

狭い路地に身を潜め、5人がクラブに来るのを待っている。

「面積約500坪、総収容人数3000人の大型クラブ。オールミックス系のイベントを中心に、OLやサラリーマン、主婦、学生、フリーター、幅広い客層から人気で、週末には一日辺り2000人が来店。アパレル業界関係者や芸能人にも幅広く支持を受けている・・・・・・だってよ」

どこで仕入れた情報かと思えば、雑誌かネットでの受け売り文句だなと、シンバはフリットを睨む。

「そんな顔するなよ、他にも調べて来てるって。この男。よく5人に接触してる。ここ一週間、見てたんだけど、この男がさりげなく、コイツ等に擦れ違う時とかにさ、LTを渡してる。5人は動きが余りないし、LTキメてても売ってはなさそうだな」

と、フリットは、携帯で撮った画像をシンバの携帯に送信する。

シンバは携帯を取り出し、メールを開き、画像を見た。

フリットはシンバの携帯についているブタのストラップを凝視。

何つけてるんだとばかりに、ジィーっと見ている。

「・・・・・・コイツ、ラインがファンだって言ってた男だ」

画像は見覚えのある男の顔で、シンバがそう言うと、フリットはブタから目を離し、

「え? ファン?」

と、聞き返した。

「あぁ、なんか、街のモニターで歌って踊ってた」

「コイツ芸能人なの!? 知らなかった・・・・・・オイラ、女しか見ないからな」

「俺も」

「お前はタレントそのもの興味ないだけだろ! でも一応サインとかもらっちゃう!?」

本当に緊張感のない奴だなぁと、シンバはフリットを睨む。

「5人じゃなく、コイツが黒幕の売買人か、運び屋の可能性ありだな。報告しとくか」

と、シンバはレンダーに、男の画像をメールで送信する。

「じゃあ、どうすんの? 5人を捕まえて、コイツも捕まえんの?」

「レンダーからの返信待ちだな」

だが、幾ら待っても返信が来ない。

「おい、まだかよ」

そう言われても、返信が来ないものはしょうがない。

シンバは何度も携帯をチェックする。

「おかしくないか? レンダーが直ぐに返事をくれないなんて」

そう言ったシンバに、フリットは、

「何かあったって言うのか?」

と、聞き返す。

シンバとフリットは見合う。

廃墟にはレンダーとラインしかいない。

レンダーもラインも強いが・・・・・・。

「帰るか?」

フリットがそう言った途端、お目当ての5人がクラブに入って行くのを目にする。

「仕事が先だ。俺達がしてる仕事以外でヤバイ事なんて何もない。もし、レンダーに何かあったんだとしても、この仕事が片付けば、問題ない」

シンバがそう言って、路地から出て、クラブへ向かって行くのを見ながら、フリットもクラブへ向かって行くと、シンバが立ち止まり、携帯を急いで耳にやった。

レンダーからの電話だろうと、フリットは駆け足で、シンバの傍に行く。

「ラインがいなくなった!?」

『あぁ、まさかとは思うが、そっちへ行ったんじゃないか!?』

「いや、俺達とは合流してない」

『もうクラブ内に浸入してるかもしれない。シンバ、ラインを頼む』

「わかってる」

携帯を切って、ズボンのポケットに仕舞い、シンバはフリットを見る。

「ラインが来てるかもしんねぇって?」

シンバだけの会話で、内容を察したフリット。

「・・・・・・もう中に浸入してるかも。大人しくしてたのに」

「大丈夫だろ、ラインは強いからよ。大体、この任務に入れてやるべきだったんだよ、反対なんかせずにさ。お前もレンも心配しすぎなんだよ」

「フリットは心配しないのか?」

「してるけど、マジでラインは強いよ。アイツの戦う姿見たら惚れるよ。いや、惚れんなよ!?」

どっちなんだよとシンバは思うが、フリットがラインを信頼してる気持ちに嫉妬しそうで、何も言わず、只、頷き、

「とりあえず、俺達も中へ入ろう」

と、クラブへ入る事にした。

勿論、金がかかる事はしない。

裏にまわり、狭い幅の壁を登り、小さなトイレの窓から侵入。

大音量で流れる音楽。

鼓膜が痛くて、しょうがない。

シンバはフロア、フリットはステージ付近をうろつく。

5人の位置を確認し、一番、見やすい場所、それでいて近くなく遠くなく、向こうからは見え難い場所に移動。

ラインもどこかにいないか、辺りを確認しながら、聞きなれない音楽と、飲み慣れない飲み物を片手に、その場で、待機。

そして、シンバは、ある男を見つける。

「・・・・・・リグド?」

今、リグドに似た男が、人の影に隠れてしまい、よく確認できなくて、シンバは、人を掻き分けながら、男を追う。

シンバの突然の勝手な行動に、フリットは何やってんだと舌打ち。

男は通路に出ると、通路脇にあるトイレに入った。思わず、シンバもトイレに駆け込み、それを見たフリットは、仕事の前に済ませておけよと、シンバを追うのを止めて、狙いの5人の見張りに徹する。

トイレに入ると、鏡の前で、立っている男に、シンバは立ち止まる。

ジャラジャラと鎖のようなものを巻きつけた服装と銀のアクセサリー。

そのせいか、シンバと同じように背負われた剣は、アクセサリーの1つとして、身につけている感じで、セク部隊に入団したい為と言うよりは、風変わりなお洒落としてと言った感じにとれる。

背はシンバより少し高い。

ダークレッドの長めや短めの髪が無造作で、そして鏡に映っているリグドの瞳も髪の色と同じダークレッドで美しく、今、その瞳に、シンバが映っている。

鏡越しに見つめ合う二人。

間違いなく、リグドだ。

リグドが、今、直ぐ目の前にいる。

何故、シンバは、リグドを追って来てしまったのだろう。

シンバ自身、わからない。

LTが必要ないシンバは、今更、リグドには何の用もない筈だ。

寧ろ、レンダーの事もあり、ラインを守らなければならないシンバにとって、一番、会っちゃいけない相手だろう。

シンバはゴクリと唾を呑み込み、リグドから視線を逸らした瞬間、

「元気そうだ」

リグドがそう言った。シンバは痛いくらいの鼓動の速さに息を呑み、フリーズ。

そして、ゆっくりとリグドを目だけ動かして見ると、リグドは、体を向き直し、鏡越しではなく、シンバ自身を見ている。

今、リグドの細く白い指が、リグドの口元へ行く。

そして、リグドは口の中に何か入れた。

LTだ。

「ほしいか?」

そう聞かれ、シンバは首を左右に小さく振るが、ちゃんと振れていない。

「お前、今、レンに飼われてるのか?」

「・・・・・・」

「そんな顔するなよ、オレがお前を捨てたと思っているのか? そして忘れられていると思ったか? 飼い主が大事なペットを忘れる訳ないだろう? お前はオレのお気に入りだから。だから忘れないようにシンバ・ルーペリックって名付けてやったんだろう?」

「・・・・・・どういう意味?」

震える声で、そう聞いたシンバに、リグドの口元が笑いながら、何か言おうとした時、奥の個室が開いて、中から、ラインが好きだと言っていたタレントの男性がヨロヨロしながら出てきた。

「今のオレのお気に入りはアイツ。有名人だから、忘れても、誰かって事ぐらいは直ぐにわかる」

言いながら、リグドは、

「吐き終わった?」

男にそう尋ね、男は青冷めた顔で、リグドを見ている。

「鳩尾、蹴っちゃったら、吐いちゃって。次は吐かないように、全部、胃にあるもの吐いとけよって言ったんだよね」

聞いてないが、そう説明するリグドに、シンバは冷や汗が流れる。

「シンバ、妬かないのか? オレがシンバ以外を可愛がったら、いつも嫌な顔して、不貞腐れていただろう?」

「・・・・・・俺はもう・・・・・・LTは必要ないし・・・・・・リグドとは・・・・・・」

「聞こえないよ、もっとハッキリ大きな声で言えよ」

「・・・・・・」

「おいで、シンバ」

優しい笑みで、手招きをするリグド。

歩いて、4、5歩くらいの距離にいるので、おいでと言われる意味がわからない。

充分、近い。

それでも手招きをするリグドに逆らえないのか、シンバは、一歩、リグドに近付き、また一歩、リグドに近付く。

今、リグドの直ぐ目の前で足を止めるシンバ。

鼓動が速い——。

リグドはシンバの首に手を回すと、シンバの顔に顔を近づけて、

「レンの所は居心地いい?」

囁くように聞いた。何も答えれず、只、小刻みに震えるシンバに、

「レンに伝えて。オレのペットをもう暫くよろしくってね」

そう言うと、シンバの腹部に思い切り膝を入れる。

シンバは前のめりになり、ヨダレを垂らしながら、その場に跪く。そんなシンバの前髪を掴み、顔を上に上げさせると、

「シンバ、忘れるなよ、お前の飼い主はまだこのオレだ。オレはお前を捨てた覚えはない」

そう言った。そして、

「それに、あんまりレンを信じない方がいい」

と、

「裏切るのが得意な男だから」

笑うように、そう言うと、リグドは、シンバの髪から手を離し、シンバの顔面目掛け、思いっきり蹴りを入れ、倒れたシンバの頭を足で踏みながら、

「ジュキトの武器か、お前もレンに教わったのか?」

シンバの背中にあるノーザンファングを見て、そう言った。そして、倒れて鼻やら口から血を出しているシンバを暫く見下ろしていたが、飽きたのか、つまんなそうな表情になると、溜息を吐いて、トイレを出て行く。

タレントである男性も、リグドを追うように出て行く。

蹴られた顔も腹部も痛いと、シンバは蹲るようにして、小さく丸くなるが、もしかしてラインがいなくなったのはリグドのせいなのかと、直ぐに立ち上がる。

立ち上がるが、どうにも、こうにも、ダメージが大きすぎて、よろけてしまう。

ふと、鏡に映る自分を見て、よろけながら洗面台に立ち、水を流して顔を洗い、血を洗い流すと、再び、鏡の中の自分を見る。

「シンバ・ルーペリックって・・・・・・誰なんだ・・・・・・?」

リグドが忘れないように名付けたと言う名前。

そして、この名前を聞いたレンダーは、表情を少し変えた。

暫し、自分の顔を見ていたが、こんな事をしてる場合じゃないと、トイレを飛び出し、リグドを探すが、もうどこにもいない。

「シンバ!」

呼びかけられても、音楽のボリュームが大きすぎて、全くシンバの耳に届いておらず、フリットはシンバの肩をグイッと引っ張り、

「おい!」

そう叫んだ。思わず、ビクッとして、体にギュッと力を入れるシンバ。

ビビリすぎ・・・・・・。

「何やってんだよ、トイレ長すぎだろ! こんな時に!」

「こんな時? あ、あぁ・・・・・・悪い・・・・・・」

ここに、何しに来たのか、ようやく思い出したシンバ。

「お前、顔、どうかしたのか? 腫れてないか?」

「いや、ちょっと——」

「あ! それよりあの5人、変だぞ」

「変?」

「いい加減、LTを口にしてもいい筈だ。だが、誰も口元に手を持っていかない。飲み物に何か入れた気配もない。寧ろ、まだ飲み物さえ、口にしてない。さっき、メールしたろ?」

確認してないと、シンバは携帯を取り出して見ると、

『奴等、LTをまだ飲んでない。そろそろキレるんじゃないか? まさかとは思うが、オイラ達の存在に気付いたのかも。どうする?』

今更、メールを読んでいるシンバに、フリットはトイレで何やってたんだと苛立つ。

「ラインは?」

携帯をポケットに仕舞いながら、そう聞いたシンバに、フリットは、わからないと、首を振る。

今、5人の内、1人の男がヨダレを垂らし、呼吸を乱しながら、客の首を絞め始め、近くにいた女性が悲鳴をあげるが、大音量で流れる曲が、悲鳴を掻き消し、誰も逃げようとはしない。皆、上機嫌で踊っている。

「どいてくれ!」

シンバもフリットも首を絞められている女性の所へ行こうとするが、人が邪魔で中々通してもらえない。

——瞬間、鳴り響いていた音楽がピタリと消え、

「火事だぁ!」

DJが叫んだ。

静かになったフロアに女性の悲鳴が一斉に響き渡り、皆、押し合いながら、外へ流れるように逃げていく。

シンバとフリットは流されないよう、突き飛ばされないよう、身を固め、そして、暫くすると、5人とシンバとフリットだけがフロアに残された。

首を絞められた女性は死体として、転がっている。

5人の内の1人、女が正常みたいだ。

「久し振りね、フリット」

女はフリットを知っているようだが、フリットは眉間に皺を寄せている。

「あら、残念、記憶から消えちゃったのね、アタシ。ずっと一緒にいたじゃない? アタシ達」

つまり、それは、フリットがリグドの取り巻きだったとしたら、この女もリグドの取り巻きの一人と言う事か——!?

「時間がないから説明しとくわね、私はLTリミットレベル1、そして、コイツ等はLTリミットレベル1を超えて、尚、LT中毒中。つまり、LTがキレた今から数十分はLTリミットレベル2の強さって訳」

ニッコリ笑う女の顔に、同じ笑顔でもラインとはだいぶ違うと思う。

「なら、LTリミットレベル1のキミは私が相手してあげる」

DJがそう言って、帽子をとった。

「ライン!?」

シンバとフリットが声を上げる。

DJに変装していたなんて!

怒るよりも呆れるが、何より無事だった事に、シンバはホッとした。

そして、こうなったらラインも戦闘してもらうしかないと、

「じゃあ、俺はこっち2人相手だな。フリット、そっち2人でいいか?」

シンバは戦う相手を決めた。

「・・・・・・あぁ、LTリミットレベル2の強さ、しかも2人か」

「不安そうな声出すなよ、勝算はある。数十分、適当に相手して、逃げ切れば、その後はLTキレた、只の中毒症患者だ」

「成る程。逃げるのは得意よ、オイラ」

と、フリットは頷き、ダガーを構えた。

女はフフフと笑いながら、ラインに向かって走りながら、手の甲から爪を出し、

「アタシを指名してくれるなんて、嬉しいわ、子猫ちゃん」

と、ライン目掛け、大きな爪を振り落とした。

——武器!?

——コイツ等、武器を使うのか!?

——只のLTリミット越えのガキじゃない!?

ラインは後ろへ飛び跳ねながら攻撃を避け、背が壁につくと、追い詰められる前に、女の足に向かって滑り込み、女と位置を逆転させる。

「やるじゃない、子猫ちゃん」

「私より、キミの方が猫だっつーの!」

確かに武器からして、猫みたいな女だ。

「言っとくけど、同じレベル1なら、私の方が強いよ」

ラインは3つの棒を1つに纏め、長い棒にすると、反撃に出た。

女は三節棍を受け止め、

「子猫ちゃん、フリットとはどこまでいったの?」

などと聞き出す。

「はぁ!?」

「あら、私の元カレは結構うまいでしょ?」

「何が!?」

「まさか、まだ何も!? フフフ、やだ、そうなの? アハハハ」

意味深に笑う女に、

「おい、何言ってんだ、誤解するような事言うなよ! つーか誰が元カレだ!?」

二人の男から逃げながらフリットがステージの上で、女に吠えた。

ラインは三節棍を振り上げ、その攻撃を爪で受け止めながら笑う女に、

「フリット、キミは女の趣味悪すぎだ!!!!」

そう吠えながら、三節棍を左右反対にグルンとチカラ一杯まわした。

爪で受け止めていなかった反対側で、思いっきり顎に当てられ、女は上に飛ぶように吹っ飛ぶ。

「勘弁してよぉ、オイラはそんな女知らないんだってばぁ」

そう言いながら逃げるフリットを見て、2人共、結構、余裕のバトルだなとシンバは思う。

さて、本領発揮で行きますかと、シンバはノーザンファングを構える。

槍を持った男。

ヌンチャクを持った男。

「・・・・・・どこに持ってたんだよ、そんなもの」

男2人が武器を手にしたのを見て、疑問を呟く。

槍男が走って来て、シンバの目の前で高くジャンプする。

見上げるシンバに、もう1人、ヌンチャク男は、ヌンチャクを投げて、ノーザンファングに鎖を巻きつかせ、ヌンチャクを引っ張り、シンバと引っ張り合い。

飛び上がった槍男が、シンバ目掛け、槍と自分の体重を合わせて、重い風を纏いながら落ちてくる。

——嘘だろ!?

——コイツ等、喧嘩じゃなく、完璧な戦闘マニアだ。

シンバはノーザンファングを放し、床を転がるようにして、槍から避け、ヌンチャクで取り上げられたノーザンファングを取り返す為、ヌンチャク男に走るが、槍男がシンバ目掛け、槍を何度も突き刺して来る。

避けながら、ヌンチャク男の所へ行きたいが、隙のない攻撃と速いスピードに、シンバは思うように動けない。

だが、攻撃に隙がなくても、守備に隙はある。

シンバは槍を避けながら、飛び跳ね、槍男の肩に手を突いて、宙で回転しながら、槍男の背後への着地した。そのまま、ヌンチャク男へ向かって走る。

片手でノーザンファングを持ち、片手で、ヌンチャクを操る男に、

「そんなんじゃ攻撃力半減だ」

と、飛んできたヌンチャクを片手でパシッと受け止める。

背後から飛んでくる槍の気配に、ギリギリで避けると、まさか槍が飛んでくるとは思ってなかったヌンチャク男が、避けきれず、横腹の肉を槍に持っていかれ、その場で倒れる。

シンバは倒れたヌンチャク男の手から、ノーザンファングを取り返し、

「おかえり、相棒」

と、ノーザンファングを見る。

そして直ぐに斜めから降り落ちる槍をノーザンファングで受け止めて、槍男と2人見合う。

ガキンガキンと火花を散らし、槍とノーザンファングの刃がぶつかり合う。

ミラーボールの上、フリットが呼吸を整え、

「マジ勘弁してよ、オイラ1人でレベル2が2人って、無理あるって」

と、無理だと言えるだけの余裕がある台詞。

グルンとミラーボールがまわるように揺れ、見ると、ナックルをした男がミラーボールの上に、フリットを追って、立っている。

「頼むよ、そっとしといて、オイラの事は」

ここでも1人になれないのかと、フリットはグルンと宙返りしながら、ステージへ戻り、バック転しながら、銃をぶっ放して来る男の銃弾から逃げる。

3回宙返りした後、着地寸前で、フリットは横腹に衝撃を受け、吹き飛ばされる。

無防備な横腹をナックルをした拳で思いっきり殴り飛ばされたのだ。

銃を持った男も倒れたフリットに近付き、至近距離で撃とうとしている。

幾ら、スピードに自信があるとしても、レベル2相手に、数十分も逃げ切れる訳がない。

「いってぇ・・・・・・」

横腹を押さえ、立ち上がるフリットは、右斜めからナックルの男、左斜めから銃の男が近づいて来るのを見て、左右ダメなら、真正面と、走り抜けた所で、銃弾が足を掠める。

掠っただけだが、痛みに顔を歪ませながら、踏み切った足は進行方向のまま、振り上げた足を回転へ、それを繰り返し側転で、勢いをつけ、銃弾を避ける為、床に着いた手で思いっきり床を突き飛ばし、体を宙へ上げ、回転しながら、着地。

容赦なく飛んでくる銃弾と、接近戦で殴りかかってくるナックルの男。

フリットはダガーを握り締め、ナックルの男の攻撃を避けながら、男の体の中への潜り込むように入り込み、勿論、接近戦を好むナックルの男はチャンスとばかりにフリットの顔目掛けて拳を振り上げた瞬間、フリットは下から斜め右上に向かって、ダガーを薙ぎ払う。

攻撃はして来ないと思い込んでしまっていたせいか、男は深手を負い、腹から胸にかけて血が溢れるのを見て、少し驚いた顔をするが、直ぐにフリットの胸倉を掴み、思いっきり、投げ飛ばした。

流石、LTキメてるだけあって、痛さに鈍感。

「へへっ、得意なのは逃げるだけじゃないのよ、オイラ」

壁にぶち当たり、呼吸を乱しながら、それこそ、額から血を流して、フリットは笑いながら呟き、ダガーを片手でクルッと器用に回転させ、男2人に構える。

長く鋭い女の爪を弾き飛ばし、三節棍を女の顔に向け、

「セク部隊が来る迄、大人しくしてる? それともやっぱり気絶させてほしい?」

ラインがそう尋ね、女はフンッと鼻で笑う。

「威勢がいいわね、子猫ちゃん」

「もうすぐLTがキレて数十分経過。リミット状態でいられるのも時間の問題。そしたらシンバもフリットもアイツ等を気絶させる。勝機は私達にあるからね」

「どうかしら?」

「可愛くないよ、強がりなんて」

「元から可愛い系じゃないからいいわよ。そんな事より気付いてないから教えてあげる。そっちはアタシ達を捕まえるのが目的。でもね、アタシ達はアンタ等を殺すのが目的。殺意アリアリのアタシ達にどう勝てるのか教えてほしいもんだわね、子猫ちゃん!」

と、女は手榴弾を取り出し、ピンを口でとり、ラインに投げつけた。

直ぐにドカンッと言う音と煙が充満し、床が落ちる。

火薬は少なめだが、まともに当たれば死ぬか、運良く重症で気絶か。

「その可愛い顔に傷をつけないよう、ちゃんと守るのね。最も死んだらどうでもいいわね」

女はラインにニッコリ微笑み、ラインは防御体勢を解き、女を睨み見る。

シンバとフリットは爆発音で驚くが、ラインが無事なのを確認すると、他に構ってる余裕はないと、自分の相手とバトルを続ける。

槍を持って高くジャンプする男に、その技は下にいたら危険だと、シンバも高くジャンプし、空中で、槍と剣を交じ合わせる。

フルパワーで、ノーザンファングに槍を落として来る男に、シンバもノーザンファングに力を込めて、刃を上へ薙ぎ払い、直ぐにノーザンファングを振り落とすが、槍で受け止められる。繰り返し、刃を交じ合わせ、足が床に着いた瞬間、お互いが消えるように、また宙へと舞い上がり、シンバはミラーボールから出ているコードにぶら下がり、反動をつける。シンバの姿が目で追いつかなくて、男はキョロキョロしている。

左右に揺れるミラーボール。

男が上かと気付いた瞬間、シンバはコードから手を離し、

「遅ぇっ!!!!」

と、男目掛けて飛び落ちる。

槍で向かい撃ってやるとばかりに、槍を向けるが、シンバは物凄いスピードで、その槍を手に持ち、グルンと男の真下へ潜り込み、ノーザンファングの柄を男の顎へ思いっきり突き上げた。男は後ろへ飛びながら、仰け反って、ドサッと床に落ちる。

「やべ、やりすぎ?」

直ぐに倒れた男の傍に行って確認する。

白目を向いて、何本か歯も折れて、鼻から口から血は出ているが、生きてはいる。

ホッとするのも束の間、シンバは、フリットに銃を向けている男の背後へとまわり、男の後頭部を、ノーザンファングの柄で殴りつける。

ふいをついた攻撃だったから、直ぐに気絶してくれた。

「シンバ、タッチ!」

と、向こうからフリットが手をあげて走って来る。

シンバが手を上げると、フリットは、シンバの手をパシンと叩き、

「じゃあ、後よろしく。オイラはラインを助けに行くんで」

と、ナックルの男を任される。

フリットに負傷を負わされたナックルの男は、シンバではなく、フリットを相手にしたいようだが、シンバが目の前に現れ、舌打ちしながら、邪魔なシンバをサッサと始末しようと、大きく拳を振り上げる。

シンバは、男が拳を振り落とす瞬間、男の頭を超え、グルンと宙で回転しながら、男の背後にまわる。

男はシンバの気配を背中に、空振った拳をそのままグルンと背後にまわすが、また空振る。

とっくにシンバは再び男の頭を超え、グルンとバック宙で元に戻り、男の背後に再びまわっている。

男が再びシンバの気配に気付き、振り向くが、シンバの姿はなく——。

360度グルンとまわりながらシンバを探す男。

「ここだよ」

その声に男が見上げようとした瞬間、ノーザンファングの柄が男の後頭部に落ち、男は口から泡を吹きながら倒れる。

シンバはフゥッと呼吸を整え、ラインとフリットを見る。

フリットに背後にまわられ、ラインに正面から迫られ、逃げ場の失った女は、前と後ろに神経を集中させながらも、左右を確認している。

「右は壁、左は俺。逃げ場はない」

シンバが左側から歩いてくるのを見て、女は再び、手榴弾を出して来た。

その攻撃は反則だと、フリットとラインが顔を伏せるが、爆発音もしない為、そっと目を開けると、シンバが女の手元を蹴り上げ、手榴弾を遠くに飛ばしていた。

シンバのレベル2のスピードの速さに、驚きながらもラインはチャンスだと、女に向かって走り出し、鎖で繋がれた三節棍を3つに解き放つと、1つの棒を投げた。

鎖が伸びて、飛んでくる棒に、女は避けきれず、腹部に入り、前のめりに倒れる。

ラインは鎖をうまく引き戻し、棒も一緒に戻した後、3つの筒状の棒をクルンと宙で回し、纏め、

「任務完了?」

語尾にハテナはついてるものの、そう言って、シンバとフリットを見た。

額から血が出ているフリットを除けば、シンバとラインは掠り傷程度で、リミット超えしている者5人に対し、これは圧勝と言ってもいいだろう。

「被害は、首を絞められて殺された女が一人と、フロアに手榴弾で穴を開けられた事、後はシンバが相手した2人は、かなりの重症——」

フリットが状況を口にし、それをシンバは携帯で、レンダーに報告のメールを打つ。

「ま、一応、任務完了っつー事で」

フリットがそう言い終わっても、シンバはメールを打っている。

「つーか、今時メール打つの遅せぇ。お前、実はじいちゃんだろ。そのストラップも変だ」

「・・・・・・」

シンバは真剣にメールしている。

しょうがないなぁと、フリットは肩を竦め、ラインはクスクス笑っている。

「よし!」

と、メールを送信したシンバは携帯を仕舞い、フリットとラインを見て、

「外は火事だと思った人で一杯だろう、レンダーがセク部隊に連絡すると、もっと大勢の人が集まる。セク部隊が来る前に、それぞれ出口を自分で見つけ、外に出てくれ。人込みから抜け出したら、メールで確認し合い、落ち合おう?」

そう言った。フリットとラインは頷き、

「解散」

そのシンバの言葉と共に、みんな、その場から散った——。

そして、3人は外には出ずに、クラブ内の照明ルームに身を潜めていた。

「おい、なんなんだよ、メールといい、電話といい」

フリットが携帯を見ながら、シンバに聞く。

『クラブ内の照明ルームで待つ』

レンダーにメールした後、シンバは、フリットとラインに、そうメールしていた。

「ステージやフロアの天井に数箇所、カメラが回っていた。俺達の戦闘シーンは録画されてるだろう。もしかしたら声も届くかもしれないと思い、メールで伝えた。それに、ここならステージとフロアを見渡せる。後は俺の携帯を通話中にして置いて来たから、フリットの携帯と繋がってるだろ、フロアでの会話は聞ける」

「意味わかんねぇよ。今回の仕事はセク隊が絡んでるんだぜ? 録画されたテープが押収されても、セク隊の方で消去してくれるだろ。それにここならステージとフロアを見渡せるからなんなんだ? 誰の会話を聞くっつーんだよ? アイツ等が目が覚めて逃げ出すとか? そう簡単に目が覚めるかよ、お前がやりすぎって程、やりすぎてるしな」

「そうじゃない。誰が来るか確認したいんだ」

3階にある照明ルームはステージやフロアに色様々な照明を当てる為にある部屋。

その為、ステージやフロアが見渡せる大きなガラス窓がある。

今、ここで誰がステージに現れても、直ぐに確認できる。

「誰って、セク部隊だろ、あの隊長が来んじゃねぇの?」

フリットは眉間に皺を寄せながら、シンバに疑問をぶつける。

ラインは外が見える窓の傍で、外の様子を確認している。

シンバはリグドが最後に、『ジュキトの武器か、お前もレンに教わったのか?』そう言っていたのを思い出しながら、

「・・・・・・アイツ等の武器、見たか?」

フリットにそう尋ねた。

「アイツ等って、あの5人の? そりゃあ、戦ったんだぜ? ナックルに銃に槍とヌンチャクと爪だっけ? 手榴弾は驚いたよなぁ、あれは反則っつーか、ナシだろ。それがどうかしたのか?」

フリットが戦いを思い出しながら言うと、外の様子を見ながら、

「私達の武器と同じ紋章があった」

ラインがそう言った。フリットは振り向いて、そう言ったラインを見て、シンバを見て、

「紋章って、レンダーの故郷の・・・・・・今はもうないって言う国の?」

そう問いながら、自分の武器であるダガーを取り出して、紋章を見る。

どの武器も、紋章は装飾に紛れ、小さく刻まれているが、シンバもラインもソレを見逃さなかった。

「妙だと思わないか?」

シンバに聞かれ、フリットは首を傾げる。

「アイツ等、完璧に戦闘モードだったろ? 只、LTキメてる奴が、なんで戦闘方法を知って、それを身に付けてる? ましてや手榴弾なんて・・・・・・ナシだろ」

「・・・・・・それはオイラ達みたいに——」

「疑問はまだある。俺達が住んでいる廃墟の武器庫には数多くの武器がある。あれをレンダー1人で集めたとは思えない」

「・・・・・・つまり、お前はレンを疑ってるのか?」

そう聞いたフリットに、シンバは黙り込み、リグドの台詞を思い出している。

『それに、あんまりレンを信じない方がいい』

『裏切るのが得意な男だから』

「おい、黙ってないで、何とか言えよ!」

「疑問はもう1つ」

突然、ラインがそう言って、シンバとフリットを見ると、

「あの5人、私達を殺す為に、ここにいたんじゃない? 私達が待ち伏せしたと言うより、待ち伏せされていた・・・・・・。現に、あの女は私達を殺すのが目的だと言っていたし」

そう言った後、また窓の外に目を向ける。

「ちょっと待てよ、ラインまで。何言ってんだよ?」

フリットは、冗談だろと、シンバとラインを交互に見て、焦った表情を見せる。

「セク部隊の登場。隊長もね」

と、窓の外を見ながら、ラインが言う。フリットはホッとして、

「なんだよ、やっぱりセク部隊が来るんじゃん。驚かせやがって。シンバは考えすぎなんだよ、いちいち勘繰ってたら、こんな仕事やってらんねぇよ。いいか、こういう仕事はな、信用第一だ。特に仲間を疑っちゃダメだろ」

と、フリットは先輩風を吹かせ、シンバにクドクド言い出す。

シンバはフリットを無視し、フリットの携帯と繋がるイヤフォンを片方の耳に入れて、影に隠れ、窓ガラスからフロアを見る。

ラインも外の窓から離れ、シンバと共に、フロアを覗きながら、携帯でムービーを撮り始める。フリットは舌打ちしながらも、とりあえず身を潜めながら、もう片方のイヤフォンをつけて、フロアに目をやる。

来たのはセク部隊隊長と、もう1人、スーツを着た見た目年齢45から50代くらいの男。

『本当にリミット超えした者を倒しています。それも依頼通り、生きたまま。後で録画を見ればわかりますが、これはかなりの戦力ですね』

倒れている槍男とヌンチャク男を見て、それからナックルの男や銃の男、爪の女を見ながら、隊長がそう言っているのが携帯電話を通じて聞こえる。

『LTリミットレベル2か。当時のリグドがレベル3・・・・・・だったな?』

男が聞いた。

『はい』

頷く隊長。

——当時の?

——なら、今のリグドは?

「男のスーツの襟についているピンバッジを見て」

ラインが小声でそう言うので、シンバは目を細め、ピンバッジを見る。

それは、レンダーの故郷となる国の紋章——。

「あの男、何者?」

ラインが小声で疑問を口にする。

『レンダーとの取引はどうなっている?』

『ご安心下さい、必ず成立させます』

『そう簡単に頷く男なのか?』

『いえ、ですが、彼もよくわかっているのではないでしょうか、リグドと対等のチカラを得る者がいるとしたら、シンバ・ルーペリックしかいないと——』

——俺?

——なんで俺がリグドと対等のチカラ?

『だからこそ、今回の依頼も引き受けたのだと思います』

その台詞に、イヤフォンを通じて会話を聞いているシンバとフリットは、お互いに顔を見合し、やはり、今回の依頼の事で、レンダーは何か隠していると察する。

『リグドは現在どうしてる?』

『我々の目の届く範囲で動いています、特にこれといった大きな動きはないのですが、彼のお気に入りが我々の指示に従っている事、彼を支持する若者達が我々のモルモットのようなものという事を、いつまで彼に隠し通せるか・・・・・・』

『リグドのレベルは?』

『情報によると、ここ最近、LTを食べる量が減ったらしいのですが・・・・・・次の段階へアップするのかもしれません』

『・・・・・・LTリミットレベル4か?』

『いえ、既にリグドのレベルは4です。次は最終段階の5——』

『超えるのか、ラストを——』

シンバとフリットは冷や汗をかきながら、只、会話を黙って聞いている事しかできない。

『リグドはシンバを手放した事で、そしてシンバがレンダーと共にいる事を知り、最終段階に入らなければならないと判断したのでしょう。それ程、リグドもシンバを脅威に感じているのです』

『LTリミットレベルラストとなったリグド・カッツェルとLTリミットレベル2のシンバ・ルーペリックでは、確実に結果が見えている』

『今回、シンバのリミットレベル2の強さがわかりました、この強さには、まだ余裕があると判断し、間違いなく、LTリミットを更に越えれる筈です。肉体的にもレベルアップの必要性と共に、更に分析後、シンバ・ルーペリックを強化できると思います』

セク部隊隊長は自信に満ち溢れるばかりの声で、そう言い、男を見る。

男はフッと笑みを浮かべ、

『キミに任せるよ、デンバー・ルーペリック君』

男は敬意を込めて、セク部隊隊長の名をフルネームで呼んだ。

セク部隊隊長は深く頭を下げ、

『ありがとうございます』

そう言って、男の敬意を栄光と共に、己の記憶に刻み付ける。

——ルーペリック?

——俺のセカンドと同じ?

——同じセカンドなだけか?

——まさか俺と血縁関係にあったりするのか?

——俺の父親と母親はLT中毒症だったんだよな?

——レンダーが俺の血液検査で、そういう結果を出したんだよな?

紋章のピンバッジをつけた男が去り、隊長が1人残ると、倒れている槍男の顔を見下ろし、

『本当に前世紀の子供みたいだな、加減ってものを知らない』

そう言った。

シンバはイヤフォンから聞こえたその台詞が、当然リグドの台詞と同じだと気付く。

隊長は武器の回収だけすると、倒れている連中は、セク部隊に任せるのだろう、フロアから出て行った。

シンバはイヤフォンを外し、フロアへ向かい、カメラには映らないよう、セク部隊が入って来る前に、隠しておいた自分の携帯を持って、外へ脱出。

ラインとフリットも、それぞれ、外へ脱出していた。

ラインは、紋章のピンバッジをつけた男とセク部隊隊長の会話を聞いていない為、よくわかっていないが、シンバとフリットは2人、リグドが関連する何か大きな歯車が動き出した事を感じている。

そしてフリットは、それがシンバと何か関係があるのだと言う事も感じている。

シンバは、シンバ・ルーペリックという名前は、誰の名前だったのか、考えてもわからないが、考えている。

「で、レンダーには何て報告する?」

フリットが地面を見ながら、呟くように聞いた。

自転車には乗らず、3人は自転車をつぎながらトボトボ歩いている。

「普通に任務完了しましたでいいだろ」

そう言ったシンバを、

「でもさ、レンに聞き出したい事とかあんだろ?」

と、更にフリットは聞き、

「聞いても答えないだろ」

シンバはそう言って、ラインを見る。

「そうだね、元軍人だけあって口は堅いだろうし、拷問だって耐え抜くよ、元軍人は」

と、ラインは溜息を吐きながら、そう言った。

暫し、沈黙が続き、シンバが、

「ジュキトのピンバッチをつけてた男、今更、なんでジュキトのバッチなんか。ジュキトって国の事、もっとちゃんと最初から調べてみるか」

そう言った。

「無理だよ、オイラ、昔、レンダーの故郷であるジュキトがどんな国だったのか、気になって・・・・・・ジュキトの紋章がさ・・・・・・オイラの武器にも付いてるだろ? 他でも見た事ある気がして、それで気になっただけなんだけど、ネットで調べたら検索結果はゼロ。世界中がジュキトって国を抹消したがって、ネットで検索しても出てこないんだ。当時はニュースでも騒がれたみたいだけど、今となっては歴史からも消え失せた国だ。それをどうやって調べるんだよ?」

フリットがそう言いながら、足元の小石を蹴った。

コロンコロンと闇の中へ消えていく小石。

ラインは空を見上げ、星を眺めながら、自転車をつぎ、歩いている。

「・・・・・・多分、フリットが見た事がある気がしたのは、リグドが持っていた剣に、ジュキトの紋章があったからだと思う——」

フリットは、そう言ったシンバを見る。

ラインは、リグドって?と、シンバを見る。

だが、シンバは、その事に関しては、それ以上、何も言わず、

「歴史からも人々からも闇に葬られたが、紋章が残ってる。ジュキトはまだ消えてない」

そう言った。フリットは、なんだか、この深刻な雰囲気が耐えれなくなり、

「紋章のピンバッチとか、剣の装飾にある紋章とか、只の飾りじゃん、お洒落お洒落!」

そう言って、一人、笑う。笑えないシンバと、溜息を吐くライン。

「な、なんだよ、考えすぎだって!」

「何を考えすぎなんだよ?」

「何って、だって、歴史からも人々からも闇に葬られた国が、今更だろ」

「何が今更だよ?」

「今更復活なんて有り得ないって!」

そう言ったフリットに、

「俺もそう思う。ジュキトを復活させようとしてんじゃないのかって」

シンバがそう言うから、

「お前! 誘導尋問するなよ!」

と、フリットが怒り出す。

「誘導尋問? 何を考えすぎなんだ? 何が今更なんだ? そう聞いただけだろ?」

「それが誘導って言うんだよ!」

「その程度の質問で本音を言う方が悪い」

「なんだとぉ!? オイラは復活なんて有り得ないって言ったんだ、それが本音なら、有り得ないって事だ!」

「有り得るから、そう言ったんだろ」

「違うね! シンバ、お前はオイラでもない癖に、言い切るんじゃねぇ!」

「いや、言い切る」

「じゃあ、オイラだって言わせてもらうけどな! シンバ、お前の携帯に付いてるストラップ! ラインと色違いじゃねぇのかよ! ラインがセク部隊隊長の動画を撮ってる時、オイラは見逃さなかったぞ!!!! お前の携帯を見た時は妙なストラップ付けてんなぁとは思ったんだが、そういうつもりか? それとも、どういうつもりだ、えぇ!?」

そういうつもりも、どういうつもりも、シンバは何のつもりもなくて、

「・・・・・・フリットも買ってやろうか?」

そう言う他、思いつかなかった。

「は?」

「まだ色違いのブタがあった。緑と黄色だったか・・・・・・」

「死ね! アホ! 仲良し3人組みでもしたいんか! オイラはそんなガキじゃねぇ!」

「どうしろと言うんだ! 成り行きでこうなっただけだ!」

「成り行きで、どうお揃いにしてんだ、コノヤロウ!!!!」

話がずれているが、シンバとフリットは言い合いを続けていると、

「二人共うるさい!!!!」

ラインがイラッとして怒鳴り、シンバもフリットも黙る。

ラインは夜空を見上げながら、

「私もジュキト復活を企んでいるんだと思う。レンはソレに協力してる気がする。かなりの愛国者でしょ、レンって。レンの部屋を調べれば何か出てくるかも」

本来の話に戻し、そう言った。

「マジで言ってる? だったらレンの部屋ってどうやって調べる? あのオッサン、指名手配中を理由に、ずっと廃墟にいるじゃん」

確かにフリットの言う通り、レンダーの部屋を調べるのは難しい。

「あの廃墟って、元は何の建物だったんだ?」

そう聞いたシンバに、

「はぁ? あれは・・・・・・知らねぇよ、そんなの!!」

フリットは、シンバに対しての怒りが治まってなくて、怒るようにそう言った。

ラインも知らないのだろう、夜空を見上げたまま、無言だ。

「廃墟より問題はお前とリグドの関係だろ! それとストラップだ!」

フリットがそう言うと、ラインは顔をシンバに向け、

「前にも出たね、その名前。誰なの?」

そう聞いて来た。

「・・・・・・誰かは、うまく説明できない。只、俺は・・・・・・リグドだけだったんだ、ずっと——」

リグドしか知らない。

そんな記憶しかないシンバは、俯いて、前へ前へ歩く自分の足を見る。

だが、心のどこかで、リグドもそうならいいと思う。

シンバしか知らない。

そうなら、シンバは孤独も悪くないと思え、少しだけ救われる。

「オイラが知ってるのは、リグドはカッコよくてさ、取り巻きがいつもいて。オイラもその取り巻きの一人で、リグドに憧れて、いつかリグドみたいになりてぇなって無謀な夢を見てさ。あの頃、オイラもリグドだけだったよ、ずっと」

フリットは、あの頃を思い出し、遠くを見ている。

そんなフリットを、シンバは、『あの頃』って言えるくらい、想い出にしているんだなぁと思う。

シンバは違う、あの頃ではなく、今も尚、リグドへの気持ちは続いている。

あの頃も、今も、そしてこれからも、リグドだけだと、シンバは思う。

ラインは、ふぅんと頷き、

「二人が憧れる人なんだね。私も会ってみたいな、その人に」

そう言った。

会うなとも、会わせたくないとも、2人は言えない。

リグドの魅力に敵うものなどないと思う。

リグドに会えば、ラインもリグドに夢中になってしまうかもしれない——。

急に黙り込むシンバとフリットに、ラインはなんで無言?と首を傾げる。

そんなラインに、

「いや、ほら、リグドは本当にカッコイイからさ、ラインが好きになっちゃったら、えっと、ほら、レンが怒るだろ?」

笑いながらフリットが言うと、

「本当にかっこいいの? 当てにならないなぁ、フリットの元カノさんを見ると、かなり趣味悪いから」

ラインが笑いながら、そう言って、フリットも笑いながら、ひでぇ!と、ラインの自転車に自分の自転車の前輪を向けて、ガツンと前輪を当てる。

「でも彼女なんていたのかな、オイラ。マジで覚えてないんだけど! あの女がそうなんて認めたくないなぁ」

「きっとイイ所があったんだよ、多分ね」

趣味が悪いと言いながらもフォローするライン。

「でも嫌だなぁ、シンバの元カノなんて出てきたら」

「えー! なんでだよ、いいじゃん、出てきても。なんでイヤ!?」

フリットがそう言って、唇を尖らせる。

「なんかイヤだよ。フリットに彼女がいたって事もイヤだし」

「うっそ! それって、オイラにヤキモチ妬いてるって事!?」

「そういうんじゃなくて、自分への劣等感かな。私だって彼氏いた事ないのに、なんでコイツが!? みたいな?」

また笑いながら、そう言ったラインに、再び、フリットもひでぇ!と、笑う。

「俺には誰もいないから、誰も出てこないよ」

「え? そんな事ないでしょ、何も覚えてないだけだよ。私も覚えてないだけだな、きっと。うん、そういう事にしよ」

どういう事だとフリットは笑う。だが、シンバが、

「いないよ。誰も。例え、いたとしても、ソイツを殺すよ。俺と・・・・・・俺の記憶に入って欲しくない」

言葉を濁したが、シンバは、俺とリグドの二人だけの記憶に入って欲しくない、そう言おうとしていた。

シンバが殺すなどと、真剣な顔で言うので、ラインもフリットも笑顔が消える。

LTをやってなくても、人が人を殺す事はある。

その人は孤独だからだろうか。

何にせよ、シンバが孤独を耐える事ができたのは、リグドがいたからだろう。

それだけリグドだけだったのだろう。

もう疑惑よりも、只、リグドだけがシンバの脳を支配する。

LTなんて、もう欲しくないのに、今も、リグドはシンバの中で、強く存在している。

だから、リグドを見つけた瞬間、考えるよりも先に、リグドを追いかけていた。

「シンバの記憶には、私がいるよ、入って欲しくないって言っても、入っちゃった」

ラインがニッコリ笑って、そう言うので、シンバはフッと笑い、夜空を見上げる。

「オイラもいる」

フリットもそう言って、シンバが見ている空を見上げ、ラインもまた星を見上げる。

LTをキメた人間は、記憶に障害が起こり、多くの想い出を失くしてしまう。

例え孤独じゃなかったとしても、記憶を失くしてしまえば、孤独となる。

人間は記憶がなければ、独りだ——。

フリットもラインも、孤独をよく知っているからこそ、シンバの孤独もわかるのだろう。

そして、どうしても忘れたくない記憶を守ろうとする事も、わかるのだろう。

シンバにとって、リグドがシンバの全てであるように、そして、今、ここに存在しているシンバが、リグドの記憶で、成り立っているシンバである事も——。

「オイラが一番!」

突然、フリットが自転車に跨り、猛スピードで走っていく。

「ずるい!」

と、ラインも自転車に乗り、フリットを追いかける。

下らない事をするなぁと思いながらも、シンバも自転車に跨り、ペダルを踏む——。

廃墟に着き、リビングとなる部屋で、レンダーは勝手な行動をしたラインに激怒り状態。

顔を真っ赤にし、ラインを叱り付けている。

レンダーの説教は長い。

部屋を調べるなら今がチャンスじゃないかとシンバはフリットを見る。

フリットも同じ事を考えていたのだろう、シンバと目が合う。

「ラインは無事だった訳だし、任務は完了した。俺には説教はないよな?」

そう聞いたシンバに、レンダーは頷く。

「じゃあ、俺は先に休むよ」

「オイラも怪我してるし、先に休むよ。ライン、頑張れよ?」

と、シンバとフリットは部屋を出た。

勿論、向かったのはレンダーの部屋。

ベッド、テーブル、ソファ、棚、これと言って、特別なものがある訳じゃない。

ベッドの下やら、棚に置いてあるものやら、ソファのクッションの下など、シンバとフリットは無言で調べる。

ガチャリとドアが開き、

「男性タレントの件はどうなったか報告がねぇなと思えば、コソコソ何のつもりだ」

と、レンダーが部屋に来て、シンバとフリットはその場で、そのままフリーズ。

レンダーの後ろで、手を合わせ、時間稼ぎができずに、ごめんと口を動かしているライン。

レンダーの表情が今迄見た事もない顔。

「あ・・・・・・あのさ・・・・・・そう、その、タレントは今日は現場に現れなかったんだ、シンバが送った画像は、オイラが前に録ったもので、5人に接触してる男だって言ったら、シンバが黒幕の売買人か運び屋の可能性あるから、レンに報告しとくかってメールしたんだけど、ラインがいなくなった事で、返事が来なかったからさ、なんか、いいのかなぁって・・・・・・そのままになっちゃって・・・・・・あはは・・・・・・な?」

フリットは、そう言った後、乾いた笑いをして、シンバを見たが、シンバは、そのフリットの、な?という振りに無反応。

只、黙って、シンバはレンダーを見ている。それでも、なんとかこの場を切り抜けようと、

「な? シンバ? 現れなかったんだよな?」

フリットは、シンバに一生懸命、話を振るが、

「いたよ」

なんてシンバが言い出すから、フリットは驚く。と言うか、話を合わせて来ないシンバにではなく、いたと言う台詞に。

「いたのか!?」

「あぁ」

「どこに!?」

「・・・・・・トイレに」

「なんで言わないんだよ、お前!」

そりゃそうだ、今更、過ぎた現場の事を言われても遅すぎる。

フリットの表情が怒った感じになるのがわかり、このままでは、険悪過ぎると、

「男性タレントって? 誰なの? 私の知ってる人かなぁ?」

明るい声を弾ませて、全く空気が読めてないような雰囲気を醸し出すライン。

勿論、誰もラインにノッて来ない。

フリットはシンバを、シンバはレンダーを、そしてレンダーはシンバとフリットを睨み見て、シーンと静まり返っている。これではダメだと、

「ねぇー! 男性タレントって? 私にも画像見せてよー!」

と、レンダーの部屋にスルリと入り込み、一番、絡み易いだろうとフリットの腕を引っ張り、携帯を取り上げた。

そして、その画像を見て、

「えー!? ルーシー・ミストじゃん! うっそ! 私、大ファン!」

本気で弾んだ声を出すライン。

画像を何度も見ながら、キャッキャッと一人大喜びしているラインは、ふと、シンバとフリットとレンダーを見て、やっぱり、重い空気から抜け出さないよねぇ・・・・・・と、急に黙り込む。

「・・・・・・お前等、俺様の部屋で、何をしていた?」

シンバとフリットは黙っている。

「何を探していた?」

シンバとフリットは黙っている。

「俺様に何か聞きたい事があるなら、こんな事せず、聞けばいいだろう!」

「聞けば答えてくれるのか!」

レンダーに負けず、大きな声で怒鳴ったのはシンバ。

「答えられる事は答える」

「答えられる事は・・・・・・か」

「なんなんだ? 何が聞きたいんだ?」

眉間に皺を寄せ、レンダーはシンバを見る。

「LTリミットレベル5になった人間はどうなる?」

シンバが一番最初に聞いたのは、リグドの最終段階に入ったLTの症状の事だった。

「——死なないよな?」

「そんな話が聞きたくて俺様の部屋に入ったって言うのか!?」

「答えろよ!」

余りにも怖い顔で、大きな声を出すシンバに、

「・・・・・・記憶は全てなくなり、肉体も増大なパワーについていけず崩壊し、食する事も寝る事もなく、只、死ぬ迄、目の前にある全てを破壊し続けるだろう」

レンダーは、そう答えた。

「今迄、レベル5になった症例はあるのか?」

「ねぇよ。もし俺様の知らない所で、そういう奴がいたとしたら、ニュースにでもなってるだろうよ、肉体が悲鳴をあげ、記憶もない、只の殺戮を繰り返し、そうだな、たったの数時間で何万という人が死に、その被害はまだ続いているなんてニュースが流れるだろうよ。そして数日後、世界中の全ての何もかもの『死』で、終わるようなもんだ」

まるで生物兵器だと、ラインとフリットは思い、改めてLTの恐怖を知る。

だが、シンバは、リグドの心配で頭が一杯だった。

「本当にそんな事が聞きたかったのか!?」

そんな事じゃないと、シンバは、更に質問を続ける。

「・・・・・・リグドはシンバ・ルーペリックとどんな関係があるんだ?」

「あぁ!?」

「シンバ・ルーペリックって誰なんだ?」

「誰って、そりゃお前自身だろうが」

「セク部隊隊長の名がデンバー・ルーペリックと言うのは知ってるだろう? 依頼者だったんだ。俺のセカンドと同じだ。何かあるのか?」

「・・・・・・たまたまだろうよ」

「その隊長が、『リグドと対等のチカラを得る者がいるとしたら、シンバ・ルーペリックしかいない』そう言っていた」

「——何の話だ?」

「隊長は、だからこそ、今回の依頼もレンダーが引き受けたのだと、そう言っていた。レンダー、今回の依頼の真意は、なんなんだ!?」

シンバがそう言うと、ラインは自分の携帯を出し、クラブで撮った動画をレンダーに見せる。レンダーは動画を見ながら、

「依頼は知っての通りだ。LT中毒である5人の若者を生きたまま捕まえろと言う事。真意も何も、それ以外、何もねぇ」

「とぼけるなよ!!!!」

大声で叫んだシンバに、

「落ち着け、シンバ」

と、フリットが言う。そして、

「レン、オイラ達、別にレンを疑ってる訳じゃないんだ。只、今回の仕事、幾つか引っ掛かる部分があるんだよ。まず、セク部隊隊長からの依頼で捕まえて欲しいという5人。アイツ等、武器を持って挑んで来た。それだけじゃない、武器はオイラ達と同じ、レンの故郷だろう国の紋章も入っていた。5人の中の1人いた女がオイラの事を知っていた。と言う事はリグドの仲間なのかとも考えた。オイラは昔、リグドの取り巻きの1人だと言う記憶が少しだけあるから。だけど、武器はリグドが用意したものとは思えない。それに戦い方はまさに戦闘と言った感じで、あれは喧嘩慣れしてるとか、そういうレベルじゃない。そして、5人全員がLTリミットレベル1だった。4人は更に中毒中で、LTがキレて数十分、LTリミットレベル2の強さを発揮した——」

フリットの話を聞きながら、レンダーは、何も言わず、黙っている。

「ねぇ、レン。このムービーの男、レンの国の紋章のピンバッチをつけてたの。レンの国って、潰れたのよね? だったら、どうして今更ピンバッチなんか? 私達はもしかしたら、レンの国が復活するんじゃないかって思ってるんだけど、レンはどう思う?」

ラインがそう言って、レンダーを見るが、レンダーは何も言わず、黙ったまま。

「答えられる事は答えるんだろう? 何も答えないって事は答えられないって事か?」

シンバがそう言うと、レンダーは右目でギロリとシンバを見て、

「答えれないんじゃない! 俺様はそんなに信用ないのかと、悲しいだけだ!」

悔しそうにそう言った。フリットが、

「そ、そういう訳じゃねぇよ、レン。オイラ達は別にレンを信用してない訳じゃない。信頼し合ってなきゃ仕事なんてできないだろ?」

そう言うが、レンダーの部屋を黙って漁っておいて、その台詞は説得力がない。

「レンダー、信用と言うならば、セク部隊隊長は何者なんだ? レンダーにとって、この廃墟に呼べるくらい信用がある相手なんだろう? それさえも話してくれないのなら、俺はここを出て行く。ラインもフリットも俺が連れて行く」

シンバがそう言って、レンダーを見る。

ラインもフリットも、驚いて、お互い顔を見合わせるが、シンバの表情の深刻さに、否定はできなくなる。

シンバは本気だろう、もしレンダーが何も言わないのであれば、ここを出て行く気だ。

行く宛がない事なんて、どうでもいいと思う程、レンダーと共にいる事の方が、身の危険を感じていると言う事だ。

レンダーは深く重い溜息を吐いた——。

「シンバ、お前は俺様じゃなくて、誰の事を信じて、俺様を疑おうと思ったんだ? デンバーの・・・・・・セク部隊隊長の話だけで、俺様への信頼がなくなる程、セク部隊隊長を知ってる訳じゃないだろう」

その通りだ。

シンバはリグドを信じている。

リグドが言った『裏切るのが得意な男だから』その台詞が、レンダーへの疑惑を大きくしている。

黙っているシンバに、

「お前こそ、何か隠しているんじゃないのか?」

レンダーがそう言うので、シンバは俯き、

「——何も」

小さく唇が動き、そう答えるが、その答え方は、レンダーだけでなく、ラインやフリットも、シンバが何か隠しているように感じた。

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