5.意思

一ヶ月も過ぎ、シンバにとっては始めての給料日。

シンバは、たったの2週間でレンダーの戦闘方法は全てマスターし、完璧までの強さを手にしていた。

可愛げのない奴だと、レンダーはブツクサ文句を言っていたが、シンバが早く強くなる事を願ったのはレンダーだ。

生活にも慣れて、フラッシュバックやトリップの症状もなく、仕事も順調——。

そして、シンバは今日という日を待ちに待っていた。

最初の給料で、ラインに何かプレゼントをしようと決めていたからだ。

沢山の御礼を言えないまま、一ヶ月も過ぎてしまい、だが、このままって訳にもいかない。

だから初めての給料で、何かプレゼントをしたいと思っていた。

でもサプライズという事を知らないシンバは、

「ライン、何か欲しい物とかないのか?」

と、聞いてしまう。

「あるよ、食器洗いの洗剤かな、後シャンプーもキレてたし」

朝御飯の仕度をしながら、ラインが答える。

「そんなんじゃなくて」

「どうしたんだ? 早いじゃないか、シンバ。雨でも降るか?」

と、現れたのはレンダー。

朝御飯を食べる為、もうすぐフリットも来るだろうが、朝が苦手なシンバは、いつも一番遅かった。

テーブルに朝食が並ぶ。

食べる前に、レンダーが、一人一人に給料を渡し、シンバも受け取る。

無表情のシンバに、

「嬉しそう」

そう言ったのはライン。シンバはコクンと頷き、

「多分、初めてだ、自分で働いて、金をもらったのは」

と、給料の封筒を大事そうに持っているから、ラインはクスクス笑うが、

「わっかんねぇな、コイツ、表情乏しいのに、なんで、嬉しいとかわかる訳? まだ犬の方がわかりやすいぞ。尻尾を左右に振るから」

フリットがそう言って、シンバの顔を見るが、どこら辺で、ラインはシンバの感情を理解するのだろうと、よく見てもわからないと首を傾げる。

ラインはクスクス笑いながら、

「私はフリットのご機嫌斜めになる時の方が解り難いけど」

そう言うから、フリットはムッとしながら、

「オイラが機嫌悪くなる理由がわかれば、ラインはもう少しオイラに優しくなるさ」

そう言うから、

「ね? よくわからないでしょ? 今、ご機嫌斜めになる理由。しかも私のせいみたいな言い方だし」

シンバに意見を求めるようにラインが言う。

シンバは、フリットを見て、

「変化球つけすぎなんじゃないか? ラインには、もっと直球じゃないと伝わらない」

変なアドバイスを言い出すから、フリットは顔を真っ赤にして、

「バカだろ、お前! 伝わらないように言ってんだよ! ここでは!」

と、立ち上がる。

ここではって辺りで、レンダーがギロリとフリットを睨み、

「ここ以外でも、それ以上、ラインに近付くなよ」

と、釘を刺され、ほらみろと、シンバを睨むフリット。

そして、いつものように食事をしながら、今日の予定を話すレンダー。

「午前中の仕事は高層ビルの窓拭きと、3歳の女の子の子守りと、庭の草むしりの依頼が来ている。午後からは仕事がないから久し振りに休みにしよう、さて、誰がどの仕事をやるんだ?」

レンダーが、そう聞くと、直ぐに、

「オイラ、草むしり!」

と、フリットが一番に仕事を取った。

ラインはシンバをチラッと見て、

「私、子守りで」

と、どうやら、シンバには向いてないだろう仕事を選んでくれたようだ。

「じゃあ、俺は窓拭き」

シンバがそう言うと、

「よし、決まり!」

と、レンダーが頷く。

食事が終わり、仕事に行く前、フリットがラインとシンバを呼び止めた。

「今日さ、仕事終わったら、映画でも行かねぇ?」

ラインだけじゃなく、何故、シンバも誘ったかと言うと、シンバも誘った方が、ラインも行くと言い易いだろうという考えだ。

フリットの考えはそれだけではない。

高層ビルの窓拭きなんて、そう簡単に終わる仕事じゃない。

午前中に、シンバだけ、仕事が終わらないだろう。

待ち合わせを12時にしとけば、仕事が終わらないシンバは、待たせたら悪いと思い、先に映画に行ってくれとメールが来るに違いない。

ラインはきっとシンバが来ないなら帰ろうと言うだろうが、『折角だし、給料も入ったからオイラが奢るよ、シンバには土産を買って帰ればいいじゃないか』そう言えば、ラインも頷くに違いない。

ラインと二人でデートができると計算したフリットは、やけに笑顔で、

「12時に町の映画館前で待ち合わせな?」

と、シンバとラインに言うだけ言うと、仕事に上機嫌で行ってしまった。

「そんなに観たい映画があったのかな? 今、何やってるんだっけ?」

「さぁ?」

何故、俺は誘われたんだ?と、こればかりはよくわからなくて、首を傾げるシンバに、

「ま、たまにはいいよね、じゃあ、12時にね」

と、ラインも仕事に行ってしまった。

シンバはラインが何を欲しいのか聞き出せなくて、溜息。

でも映画を観終わって、それから一緒に買い物すればいいかと、シンバも仕事へ向かう。

鬱蒼と生い茂る緑の中にある廃墟を出て、少し行けば、獣道があり、そこを自転車で走る。

やがて町に出るので、自転車置き場に自転車を置いて、そこからバスや電車などに乗り、依頼のある仕事先に向かう——。

200メートルは超えるビルを見上げるシンバ。

依頼者が、困った顔で、

「まさか1人で来るとは。しかもこんな子供。何でも屋なんて頼むんじゃなかった。値段も安かったから節約になると思ったのに。業者に頼むから、帰っていいよ、1人じゃ無理だから」

と、少し怒り気味の声で言った後、

「しかもなんで背中に剣背負ってるんだよ、道場行くついでかよ」

文句をブツブツ。

「俺1人で充分です」

「は? 何言ってんの、キミ?」

「ちゃんと綺麗にやります。寧ろ、俺1人の方が時間はかかりません」

シンバは腰に窓拭き用洗剤を装備し、タオルを持って、飛び上がり、一階の窓の縁に立ったかと思うと、更に二階の窓へと飛び上がり、縁に立ち、また更に三階へ、四階へ、あっという間に登って行く。

「う、嘘だろ、命綱なしで!?」

依頼者は驚きを隠せないが、LTリミットレベル2のシンバにとって、こんな事、どうって事もない。

一番上の窓に辿り着くと、窓を拭き始め、ちゃんと自分が踏んでいる窓の縁も拭き、綺麗にすると、隣の窓に移り、グルッと、最上階の窓を全部、拭き終わると、ひとつ下に下りて、再び、窓を拭き始める。

数時間後、シンバは一階の最後の窓を拭き、窓の縁も綺麗に拭いて、仕事を終わらせた。

依頼者はシンバのパフォーマンスにも喜び、

「いやぁ、面白いものを見せてもらったよ、凄いんだな、キミは。しかも業者に頼むより窓がピカピカだ、またキミの所で頼むよ」

と、封筒に入れた金を差し出した。

シンバは封筒の中身を取り出し、金額を確認して、

「確かに」

と、受け取り、

「ありがとうございました、またの依頼をよろしくお願いします」

と、棒読みの台詞だが、丁寧に頭を下げると、急いで待ち合わせ場所に向かう。

12時を過ぎてしまったが、映画館の前、ラインの姿があった。

「ライン」

声をかけると、

「シンバ、フリットからメールが来て・・・・・・」

と、携帯のメールをシンバに見せる。

『草むしりする範囲、広すぎ! ありえねぇ! 12時までに終わらない!』

「・・・・・・来ないのか?」

そう聞いたシンバに、

「来ないとは書いてないけど、来ないんだと思う。帰ろっか」

と、ラインは歩き出す。

シンバもラインと二人ではフリットに悪いと思い、

「俺、買い物あるから。じゃあ」

と、手を上げ、背を向ける。

「シンバ? 買い物って?」

ラインが追いかけて来て、そう聞くが、ラインへのプレゼントと言うと、ラインも一緒に来る事になりそうで、やっぱりラインと二人は、フリットに悪いと思い、

「いや、ちょっと・・・・・・」

と、ラインの手の中にある携帯に目をやる。

ピンクの飴玉のストラップが揺れている。

「そういうの、どこで売ってるんだ?」

ストラップを指差して、シンバが聞いた。

「あぁ、ストラップが欲しいの? そっか、シンバの携帯、ストラップついてないもんね。フリットはどこで買ってるんだろう? メールして聞いてあげようか?」

「いや、フリットがしてるような奴じゃなくて、そういうの」

「そういうのって、こういうの?」

ラインは飴玉のストラップを見て、シンバを見て、首をコテンと横にする。

「そう、そういうの」

「・・・・・・シンバってば可愛い系が趣味?」

「・・・・・・」

ちょっと誤解してるかもしれないが、まぁ、いいだろうと、シンバは頷く。

「ふぅん。意外でいいかも」

と、ラインはニッコリ笑い、

「私がよく行くファンシーショップに連れて行ってあげるよ」

そう言って、案内してくれる事になった。

行く前にお腹が空いたからと、ラインはクレープ屋で、クレープを買う。

苺たっぷりのクリームたっぷりのチョコレートたっぷりの、ストロベリーチョコ生クリームと、バナナたっぷりのクリームたっぷりのチョコレートたっぷりの、バナナチョコ生クリームを両手に持って、シンバに、どっち?と尋ねる。

首を傾げるシンバに、バナナの方を差し出すが、シンバがいらないと首を振る。

だが、ラインはグイッとクレープをシンバの顔に近づけ、シンバの鼻にクリームが付く。

笑いながらラインは、更に渡そうとするので、シンバは仕方なく受け取り、クレープを口にする。

甘すぎて、逆に苦い顔をするシンバは、横で、その甘すぎるクレープを美味しそうに頬張るラインの頭を、後ろから、食べてるクレープに押し付けるように、突いた。

やられたと、鼻の頭にクリームをつけて笑うラインに、シンバも笑う。

突然、何かを見つけ、走り出すライン。

外のウィンドウに飾られたマネキンが着ている服を見て、こういうのはどうかとシンバに聞く。それはピンクのワンピースで、ラインに似合うような気もするが、いつもパンツ姿のラインしか見た事がない為、シンバは、腕を組み、考えるが、答えは出ず、首を傾げる。

じゃあ、その隣のマネキンが着ている服は?と指を差すラインに、シンバは直ぐに頷く。

それは男性の服で、ラインはシンバに殴る真似をして、怒った顔をした後、笑う。

町中に流れる曲。

ビルの上に設置されたモニターに、男性が映り、踊って歌っている。

ラインが大はしゃぎで、モニターを見上げる。

時々、こうして街のモニターなどでしか見かけないが、それでも彼のファンなんだと言う。

テレビにも出ていない、CDも出してない、歌のダウンロードサイトにもない、よくわからないそんなタレントに、キャアキャアと喜びの声をあげ、カッコイイを連発し、目を輝かせるラインに、ちょっといい気分はしないが、また1つ、ラインの事がわかった事が嬉しくて、シンバもモニターの中の男を見る。

そして今度は、ケーキ屋の前で立ち止まるラインに、まだ甘いのが欲しいのか聞くと、パティシエになりたいんだと夢を語るライン。

パティシエが何かわからないシンバに、菓子職人だと教えると、ラインならなれるだろうと言い出す。

無理だよと言うラインに、料理の後のデザートはいつも美味しいとシンバが言う。

いつも残す癖にと、イーッと歯を出して、ラインがシンバを突き飛ばすと、シンバは大袈裟によろけながら、甘いのが苦手なだけと笑う。

シンバは将来の夢とかないの?そう聞いたラインに、シンバは少し考えて、首を傾げた。

急に現実に引き戻された気がして、シンバは俯く。

夢は、これから幾らでも見つかるよと、ラインは言うが、シンバは俯いたまま。

シンバの将来はレンダーの契約の元、もう決まっているようなもの。

それが嫌な訳じゃなく、只、それをラインに話せない事が凄く悲しく思えた。

このままずっと、このままで、レンダーがいて、フリットがいて、こうして横にラインがいて、未来なんて来なくて、今がずっと続いて、こうしてずっと過ごせたらと、それこそトリップでもいいからと、シンバは思う——。

「お店、ここだよ」

ラインにそう言われ、店を見上げるシンバ。

「・・・・・・ここ?」

「うん」

「お、女ばっかりだ」

「そりゃそうだよ。あ、でもほら、恋人同士かな、男の人も一緒にいるよ」

「・・・・・・俺、ここ、1人で入る勇気ない」

「勇気って大袈裟な! 私が一緒に入ってあげるってば」

「・・・・・・」

店の前で立ち尽くすシンバの腕を持って、無理矢理、中へ突入するラインに、心の準備ができてないシンバは、本当に無理矢理、店内に入って行き、それを見ていた客の女性も店員もクスクス笑う。

参ったなと俯くシンバ。

ラインは商品に夢中になり、店内に入った途端、シンバの存在を忘れている。

外に出ようと思うシンバだが、ここで出たら、二度と入る事はできないだろうし、何か買わないと、ラインにこれまでの御礼ができないままだ。

でも色んなものがあって、何を買えばいいか、迷っていると、ラインがブタのヌイグルミを手に持ち、そのブタに向かってブーっと言っているのを目にする。

すっかりシンバを忘れ、可愛いものに夢中のラインは、ブタのヌイグルミを置くと、頭をポンポンと撫でるように手で弾ませ、またブーっと言って、ヌイグルミにバイバイして、二階へと向かう。

——二階には何があるんだろう?

シンバはラインを目で追うが、今、ラインが一階にいないのだから、プレゼントを買うチャンスだ。

さて、何を買おう。

シンバは店内をうろつく。

幾つも並ぶストラップを見て、その中に、さっきラインが見ていたブタのヌイグルミに似たものを見つける。

ピンクのブタはピンクのキャンディを持っている。

ブルーのブタはブルーの星を持っている。

グリーンのブタはグリーンのクローバーを持っている。

イエローのブタはイエローの花を持っている。

やはりピンクだろう、ラインはピンクが好きだ。

それにラインの好きな飴玉も付いている。

シンバはピンクのブタのストラップを持って、レジに行く。

初めての給料で買うピンクのブタのストラップ。

「プレゼント用に包みますか?」

そう聞かれ、頷くと、

「何色のリボンになさいますか?」

と、色とりどりのリボンを店員はシンバに見せる。

シンバはリボンを、特に見ないまま、

「ピンク」

そう答える。

店員から、包装されたストラップを受け取り、綺麗にプレゼント用に包んでもらったのに、グシャッとポケットに入れてしまうシンバ。

もうここには用はないと、ラインを探し、二階へ上がると、そこはコスメ売り場。

流石に無理だとシンバは階段を下りて、階段の途中で、ラインがオルゴールを手にとって見ているのを見つける。

いつの間にか一階に戻っていたライン。

シンバはラインを見ながら、一歩一歩、ゆっくり階段を下りている。

身内の贔屓目かもしれない。

だが、少なくとも、この店内にいる女の子の中で、ラインは一番可愛いとシンバは思う。

ブラックの短い髪も、少年のような格好も、ノーメイクの素顔も、他の女の子に比べると、全然女の子っぽくないのに、どこからどう見ても、一番女の子に見える。

不思議だ。

アクアの瞳が微笑むと凄く細くなって目がなくなる所や、柔らかそうな頬にえくぼができる所、それからピンクの唇がニッコリ笑う所——。

ラインの表情が、どの女の子よりも可愛くて、シンバは見惚れてしまう。

ラインを見ているシンバの瞳に、スーツを着た男が入って来た。

ラインに話しかけ、嫌がるラインの手を持ち、強引に何かしようとしている。

シンバは急いで階段を駆け下りて、その男の肩を掴んだ。

「やめろ、ラインから手を離せ!」

「え? あ、友達?」

男はシンバを見て、ラインに聞いた。それがまたイラッと来て、シンバは男の襟首を持つ。

「やめて、シンバ!」

ラインがシンバの腕を掴むが、シンバは苛立ちを抑えれず、男を殴ろうと拳を上げる。

「シンバ! この人は只のスカウトマン!」

ラインがそう叫んだが、遅く、シンバは男を殴ってしまった。

男は店内で倒れ、男にぶつかった商品も床に転がり落ちて、悲鳴まで聞こえる始末。

ラインはシンバの腕を持ち、店を飛び出し、走り出す。

何故、逃げるみたいな事をするのか、シンバはわからなくて、只、ラインと一緒に走っていた。

息を切らせ、公園のベンチに座るライン。

「シンバ、何考えてるの?」

「嫌がってたろ?」

「そりゃそうだけど、ああいう時は適当にしとけばいいじゃん、殴るなんてダメだよ、シンバ、まだ世の中を知らな過ぎる」

ラインは少し怒っている。

「LTキメてた頃はムカついたら、直ぐに殴ったりしてたのかもしれないけど、世の中、それじゃあ通用しないんだよ? すっごーくムカついても、とりあえず手はあげちゃダメ」

「手加減したのに?」

「手加減してもダメ」

そうなのかと、シンバは面倒そうに深い溜息。

「それにああいうのは、しょっちゅうだから、いちいち殴ってたらキリがないよ」

「しょっちゅう声かけられるのか?」

「ああいう人達は誰にでも声かけるんだよ」

「スカウトマンって、何のスカウト?」

「タレント事務所に入らないかって。後、多いのは風俗店とか、夜の仕事関係? そういうのはしょっちゅうだよ、この街では。誰でもいいの、適当に、若い女の子に声かけてんだから。無視が一番!」

「・・・・・・ついて行ったりしてないだろうな?」

「行く訳ないじゃん」

「ならいいけど」

「シンバこそ、もう殴ったらダメだよ?」

「・・・・・・フリットの俺への苛立ちがよくわかった」

シンバは自分の拳を見ながら、そう言った。

「フリット? なんで?」

「いや、なんでもない」

フリットにとって、後から来たシンバがラインと仲良くするのは気に入らない。

今にも殴って来そうな時もある。

その気持ちを理解するシンバ。

「——ストラップは買えた?」

そう聞かれ、シンバはプレゼントを渡そうと思うが、今、ラインは少し怒っているので、後の方がいいかと思い、首を振る。

どうせなら、物凄く喜んでもらいたいので、怒ってない時がいい。

「どうする? 今、お店に戻ったら、店員さんに嫌な顔されるよ?」

「もういい」

「じゃあ、帰ろっか、夕飯の仕度もあるし」

頷くシンバ。

二人で駅へ向かい、電車に乗り、駐輪場に行き、自転車に乗り、そしていつもの住処となる廃墟へ——。

人気もなくなり、いつもの獣道へ入り、シンバとラインは自転車を止め、顔を見合わせた。

「・・・・・・人の気配」

ラインの呟き通り、廃墟へと続く獣道の奥の方から、人の気配を感じる。

それも1人や2人じゃない。

シンバとラインは携帯を開き、レンダーから連絡が来てないか確認するが、着信はない。

「こっちから連絡してみるか?」

「ダメ。もしレンダーが身を隠してる事があったら、着信音でバレるもの、着信音を無音にしてあるか、わからないでしょ?」

確かにラインの言う通り。

「とりあえず、行ってみよう」

シンバとラインは自転車を置いて、草の中に身を隠しながら、廃墟へと向かう。

廃墟のまわりはセク隊が大勢、配置するように立っている。

「どういう事!?」

ラインが小声で言う。

「・・・・・・居場所がバレて、俺か、レンダーを捕まえに来たのか」

「レンは捕まったのかな!?」

「いや、まだだろ、廃墟の中で隠れてるんじゃないか? 捕まってたら、こんなに大勢、セク隊がいる筈ないだろう」

「どうする?」

「真っ向勝負で行くよ」

「じゃあ、私は裏からまわる。レンを見つけたら、レンを連れて逃げる。どこで落ち合う?」

「連絡は携帯で」

「オッケ!」

ラインはそう言うと、風のタイミングで草が揺れるのを計りながら、草の中、移動し、廃墟の裏へとまわる。シンバは草むらから出て、背中のノーザンファングを抜く。

シンバ登場に、セク部隊がどよめく。

シンバの位置から、一番近くにいたセク隊を始め、次々と倒していく。

セク隊は突然の事で、まだ戦意がないのか、簡単にシンバに気絶させられていく。

ノーザンファングは脅しと、柄の部分を使い、セク隊をあっという間に殺さずに倒す。

シンバの視界の中に、立っているセク隊はもういない。

だが、油断はならない。

廃墟の中にもセク隊は大勢いる。

とりあえず、目指すはレンダーの部屋。

疾風のような動きで、シンバは駆け抜ける。

目の前に現れるセク隊を一瞬で倒しながら。

向こうから、ラインが駆けて来る。

大勢のセク隊に追いかけられている。

——ラインの奴、しくじったのか!?

ラインはシンバを見つけ、逃げてと叫んだが、シンバはラインに向かって走っていく。

ラインがシンバに手を伸ばす。

シンバもラインに手を伸ばす。

セク隊は隙間なく並び、全員が銃を向けた。

シンバはラインの手を握り、引き寄せ、自分の背後にラインを隠し、銃口に向かって、手を広げ、ラインの盾になる。

もう何発もの銃弾が撃たれるのだろうと、ラインは耳を塞ぎ、悲鳴を上げる。

瞬間——!

「何やってんだ、うるせぇ!!!!」

と、ドアが開き、レンダーが吠えた。

シンと静まり、皆、レンダーを見る。

「おう、帰ってたのか、シンバ、ライン。どうした、シンバ? 大の字に立って?」

「いや、あの、レンダー? セク隊が・・・・・・」

「あぁ、依頼で来てんだ。ん? なんで銃向けられてんだ?」

「彼等が歯向かって来たもので、敵かと」

セク隊の1人がそう説明した。

すると、レンダーの背後から、更にセク隊の男が1人出てきた。

「敵など来ないと言っておいただろう。簡単に銃を向けるな。すまなかったね」

と、紳士的に頭を下げる。

どうやらセク隊の隊長のようだ。

とりあえず、シンバは、他の気絶させたセク隊の事、どう説明しようかと困った顔で、頭を下げた。

シンバとラインは、レンダーの部屋に入り、話を聞く事になった。

ソファに座るレンダーと、レンダーの後ろに立つシンバとライン。

レンダーに向かい合って座るセク部隊隊長。

「この場所を教えたのは俺様だ、安心しろ。隊長自ら、依頼してぇ事があるって電話がかかって来てな。調度、今、この廃墟での暮らしぶりを話してた所だ。電気類は全部、電池式に改造して、ガスはボンベ、水は近くの湖の水を引き上げ、貯水タンクの中でろ過させたものだって話したら、まるで軍のキャンプだとよ、笑える事言うと思わねぇか?」

何の話をしてたんだよと突っ込みたくなる。

「レン、どういう事? セク隊に居場所なんて教えてもいいの?」

ラインが心配して聞くと、

「依頼を受けるかどうか、迷ってる」

と、レンダーは真剣な顔になった。

「依頼ってどういう依頼なんだ? この場所を教えてまで受ける依頼なのか?」

シンバも心配して聞くと、

「依頼の報酬が、俺様とシンバを指名手配から外してくれる事だって言うからよ」

と、それは願ってもない条件だとシンバも思うが、レンダーの顔は深刻だ。

「・・・・・・依頼内容は?」

シンバが尋ねると、セク部隊隊長が話し出した。

「あるクラブを出入りしている若者5人を捕まえてほしいんですよ」

「それだけ?」

簡単な依頼だとラインが聞くと、

「その5人はLT中毒者です」

隊長はそう言って、シンバとラインの表情を変えさせた。

隊長はテーブルの上に5人の写真と名前などが書かれた書類を広げる。

「最近、クラブでLTの売買をしている者がいると通報があり、ある5人が浮かび上がってきたんです。女1人に男4人のメンバー。一度、セク隊が接触したんですが、どうもその5人、只のLT中毒者じゃないようなんです」

「只の中毒者じゃないって、まさか?」

シンバの嫌な予感は当たり、

「はい、そのまさかです、彼等はリミットを越えてます。セク部隊の銃弾を避けたと報告がありましたから」

隊長はそう言って、シンバを見る。

「・・・・・・5人共?」

ラインが問うと、それはわからないと首を振る隊長。

「レベルは?」

そう問うシンバにも、わからないと首を振る隊長。

シンと静まる。

沈黙を破ったのは豪快な声で笑うレンダー。

「笑わせるだろ? リミットを越えれる奴がそう簡単にゴロゴロいる訳がねぇ。恐らく1人だな、しかもレベル1。レベル2がいたとしても喧嘩程度しか知らねぇガキが、本当の強さってもんを知らないでイキがってんだろう。なぁ? シンバ?」

と、シンバを見る。だが、シンバではなく、ラインが、

「レン、相手はLTをキメてる奴が5人もいるんだよ。LTがキレて数十分のリミット状態に入ったら、手がつけられないでしょ。中にはリミット越えしてる者が少なくとも1人はいるって話でしょ? ソイツのリミットがキレたら、数十分はレベル2の強さになるんだよ。例えば、ソイツがレベル1じゃなく、レベル2だったら? 数十分はレベル3の強さになるよね。もしレベル3だったら? これは簡単な依頼内容ではないと思う。それにリミットを越えてる奴が1人じゃなかったら? もしかしたら5人全員って事も可能性は薄くても、有り得ない話ではないよね、しかもレベル1とは限らない」

そう言って、事の重大さを語った。

だが、レンダーにとって、本当の重大さは、その裏にリグドがいるかもしれないと言う事。

「ねぇ、この依頼を断ったらどうなるの?」

そう聞いたラインに、

「いえ、別にどうもなりませんよ、今迄通り、指名手配は続くだけです。只、ここは引っ越してもらわないと——」

隊長がそう答え、ラインは、ホッとした顔をする。

「なら、引っ越そう?」

そう言ったラインに、レンダーは黙っている。

「シンバはどう思う?」

レンダーが黙っているので、シンバに意見を求めるライン。

「・・・・・・俺はレンダーに従う」

シンバがそう言うので、ラインは不安そうな顔になる。

「情報が少ねぇからなぁ、先ずは情報収集からだ」

それは依頼を受けると言う事。

隊長はレンダーに握手を求め、レンダーは、その手を握り締めるが、

「ライン、お前はこの仕事には一切関わるな」

そう言い出した。驚いたのはラインと隊長。

「しかし、アナタと彼と2人だけで、5人も相手に戦えるんですか!?」

隊長はレンダーとシンバを見て、聞くが、レンダーは首を振り、

「仕事を行うのはコイツ等。従って、俺様は戦う必要がない。ラインとお留守番だ」

などと言い出す。

「では彼1人で!?」

隊長が驚きの声を上げた時、

「おい、どうなってんだよ、セク隊の集まり場になってんじゃん」

と、仕事を終えたフリットがタイミング良く現れ、

「いや、彼等2人で」

と、レンダーが隊長を見て、そう言った後、フリットは何が何だかわからなくて、首を傾げて、間の抜けた顔。

セク隊が帰った後、ヒステリックに怒り出したのはライン。

「どうかしてる! レンが全くわからない! 私は反対だから! 今直ぐ断って!」

「断れる訳ねぇだろう、もう引き受けちまったもんは」

シンバは隊長が置いていった5人の書類に目を通している。

その横で、フリットが、

「おい、お前、今日、映画行ったのか?」

などと、今はそれどころじゃない事を聞いて来る。

シンバはフリットを見て、コイツと組んで大丈夫だろうかと考えてしまう。

「それになんで私はダメなの!? 私が役に立たないとでも!?」

「そんな事は言ってねぇ。只、シンバとフリットだけで充分だと判断しただけだ」

「充分な訳ないじゃん! 私だって戦力になる! なのになんで!?」

ラインとレンダーの言い合いが続く中、シンバはフリットにも書類を見せる。

「映画は行ってない。それより、この連中、覚えがあるか? 俺はない。リグドの取り巻きって奴等とは違うか?」

映画には行ってないと言う事で、フリットは安心し、書類を見る。

「・・・・・・わかんねぇ。覚えちゃいねぇよ」

「コイツ等をセク部隊に引き渡すのが俺達の仕事。だとしたら、やっぱり1人になる所を狙って、捕まえて、セク部隊に渡すか」

「せこくねぇ? もっとさぁ、派手にやろうぜ」

「派手に? 俺達の顔がバレたらどうするんだ、この5人の裏に誰がいるのか、わからないのに派手にやる意味があるのか」

「バレなきゃいいんだろ? オイラに考えがある」

「・・・・・・聞いてやるが、多分、却下する」

「聞く前に却下宣言するなよ! いいか? クラブに集まった所で、オイラがクラブの内部に侵入してだな、全ての電源を落とす。ブレイカーが落ちて、音楽も光も何もなくなった闇の中、パニック寸前だよな。その時を狙って、お前が5人を気絶させて、吊るし上げる。その間にオイラはセク部隊に連絡。灯りが点いて、コイツ等5人纏めて吊るし上げられてる所をセク部隊が発見。オイラ達は客のふりして、そこで様子を見てりゃいい。まわりの客達はコイツ等5人がセク部隊によって捕まったと思う。オイラ達は何の関係もないってな。どうよ?」

「・・・・・・俺が1人で5人を吊るし上げるのか?」

「当然だろ、報酬はお前が指名手配じゃなくなるってだけだろ、オイラは関係ない話だ。それを手伝ってやるってんだから、危険度が高い仕事はお前の役目だろ」

「・・・・・・ブレイカーが落ちた暗闇で、どうやって5人を見つけるんだ?」

「なんだよ、レベル2とかだと目が暗視スコープみたいになんねぇのかよ」

「なる訳ないだろ!」

「じゃあ、こういうのはどうよ?」

次の案をフリットが言う前に、ラインが、

「シンバからも言ってやってよ!」

と、突然、話に入って来た。

「セク部隊からの依頼を受けるなら、私も仕事に加わる。シンバもレンに言ってやって?」

「なんでオイラじゃなくシンバに頼むんだよ」

フリットがムッとしてラインに言う。

「・・・・・・俺はレンに賛成だ」

シンバがそう言うと、ラインもフリットもシンバを見て、シンと静まり返る。

「・・・・・・危険なんだ、わざわざ自分から仕事に加わる必要ないだろ」

「邪魔って事!?」

「そうじゃない。そうじゃないけど、今日だってセク部隊にしくじったろ?」

「しくじった訳じゃない! 只、最近、子守りの仕事が多くて、油断もあったから」

「向いてると思うよ、そういう仕事の方が」

「どういう事? シンバは私が足手纏いだって言いたいの?」

「そうじゃない。なんでそういう風にとるんだ。ラインは優しいから、只——」

「優しい!? 言っとくけど、シンバが来る前は私がやってたんだよ、どんな仕事も!」

「・・・・・・」

「レベル2だから? 男だから? シンバの方が強いって言う訳?」

「・・・・・・やめよう、お互い、多分、話が行き違ってる」

「シンバなんか大嫌い」

ラインはそう言うと、走って部屋を出て行き、フリットが追いかけようとして、

「待て、フリット。お前、今日の仕事、午前中で終わらなかったらしいな。クライアントから電話で苦情が来てる」

と、レンダーの説教で呼び止められた。フリットはラインを追いかけたいのに、追いかけられず、レンダーの説教を受ける。

シンバは少し迷ったが、ラインを追いかけた。

外の瓦礫の上で、膝を抱え、うずくまっているライン。

近付くと、

「来ないで」

拒まれ、シンバは立ち尽くす。

「・・・・・・ライン? 俺もレンダーも、ラインを危険な事に巻き込みたくないんだ」

「シンバとフリットは危険でもいいの?」

「よくない、でもレンダーは俺とフリットが適任だと判断したんだ、一番それが安全な事だと判断したんだよ、仕事に寄ったら、俺よりラインの方が向いてる時もある。今回はそうじゃなかっただけで、そんなのラインもわかってるだろう?」

「わからない」

意外に頑固だ——。

だが、ラインはシンバとフリットが心配なだけなのだ。

それは伝わる。

だからこそ、話が行き違う方が辛い。

「もうこの話は終わろう。もう決まった事だ」

「・・・・・・」

「どうやったら機嫌が直る?」

「向こうへ行って」

「わかった」

頷いて、背を向けるが、ブーメランのように戻って、シンバは何か言おうとするが、言葉が見つからず、頭をガシガシ掻き毟った後、再び背を向ける。

だが、やはりラインを放っておけず、ラインに近付く。

「あっちへ行ってよ、来ないでって言ってるでしょ!」

「もういい」

「え?」

「怒りたければ好きなだけ怒ればいい。今日、夕方から、ずっと怒ってる。ずっと笑顔見てない。それ、俺が原因っぽい。でもどうしていいか、わからないから、怒ってればいいと思う。どうせ、あっちへ行っても、近くへ行っても怒ってるんだろう? だったら近付く事にする」

「なにそれ」

と、ラインはプイッと横を向く。シンバはそんなラインの目の前に、プレゼントを差し出して見せた。

ラインはシンバの手の平の中、グシャグシャになったピンクのリボンの付いたプレゼントを見て、シンバを見る。

本当は普通に笑顔の時に渡して、更に笑顔になるのが見たかったが、もう機嫌を直してくれるアイテムとして遣うしかないと、シンバは、プレゼントを差し出したが、こんな事で機嫌が直るだろうかと不安。

お願い、機嫌直してと、願いながら、ラインの出方を待つシンバ。

「・・・・・・なにこれ?」

「プレゼント」

「誰に?」

「ラインに」

「誰が?」

「俺が」

「なんで?」

「いいから開けてみろって!」

と、シンバはラインの手の中にプレゼントを入れた。

包装紙もリボンもグシャグシャになっているプレゼント。

「こんなもので機嫌直らないよ」

痛い宣告をされる。

とりあえず、ラインはプレゼントを開けて見る事にした。

中からピンクのブタのストラップが出てくる。

どう?と言わんばかりに、シンバがラインの顔を覗き込む。

「・・・・・・これ、シンバが選んだの?」

「そう! 今日行ったあの店で! すっげぇ恥ずかしい思いしたけど! 俺の頑張り通じた? 機嫌直してくれる?」

今迄、シンバがこんなに必死になって、想いを言葉にして伝えた事があっただろうか。

だが、

「大した頑張りじゃない」

そう言われ、確かにその通りと、シンバはガクンと落ち込む。

「——でも、気持ち通じてる」

ラインはそう言って、シンバにプレゼントを渡す。

「・・・・・・え?」

「ほら、いいから開けてみろって!」

と、ラインはシンバの口調を真似て、シンバの手の中にプレゼントを入れた。

中からブルーのブタのストラップが出てくる。

「・・・・・・これ?」

「シンバ、可愛い系が好きなんでしょ? どうせ恥ずかしくてレジにも行けないだろうなって買ってあげたの」

得意げにそう言ったライン。

シンバはブルーのブタと目が合い、苦笑い。

ラインはピンクのブタを自分の携帯につけて、シンバに見せる。

「ありがとブー」

自分の鼻を人差し指でブタ鼻にして、そう言ったラインに、シンバは笑う。

「シンバも携帯につけて?」

「俺はいいよ」

「ダメ! つけるの!」

ラインは瓦礫から飛び降りて、シンバの携帯をズボンのポケットからスルリと抜き取ると、ブルーのブタも、シンバの手から取り上げ、携帯につけた。

そして、自分の携帯を右手に、シンバの携帯を左手に持ち、

「可愛いね!」

と、ニッコリ笑った。

ラインが笑うなら、ブタのストラップをつけてもいいかとシンバは思う。

機嫌が直って良かったとも思う。

そして、その深夜遅く、シンバはベッドで横になりながら、携帯を片手に、ストラップのブルーのブタを見ていた。

ブタを見ながら、今日一日の事を思い返していた。

スカウトマンを殴った事、銃口を目の前に大の字に立った事、そして、危険な仕事を引き受けた事など。

シンバはベッドから出て、部屋を出ると、レンダーの部屋のドアをノックしていた。

まだ寝てなかったレンダーは、直ぐにドアを開けて、シンバを部屋に入れた。

「仕事の話か?」

酒を飲みながら、ほろ酔い気分で、そう聞いたレンダーに、シンバは首を振り、

「レンダーとの契約、無効にしてもらいたいと思って」

そう言い出した。一気に酔いが冷め、

「冗談だろ?」

と、レンダーは怖い声で聞くが、シンバは冗談じゃないと首を横に振る。

「無茶な依頼を受けたからか? だが、俺様とお前が指名手配から外れれば、こんな場所じゃなく、ちゃんとした家を借りられる、そうすればアドレスだって持てる。それにラインもフリットもお前も、ちゃんとした職にも付けるし——」

「俺は何でも屋でいいよ」

「・・・・・・わかった。じゃあ、お前に依頼しよう」

シンバは首を横に振り、

「レンダーからのラインに関しての依頼は受けない」

キッパリと断った。

「——ここを出て行くのか?」

「・・・・・・レンダー、俺、契約とか依頼とか関係なく、ラインを守るよ」

まさか、そんな台詞を言うと思わず、レンダーは驚いて言葉を失う。

「よくわからないけど、無意識の内にラインを守ろうとする俺がいる。俺はレンダーがラインを守りたいと思うその意思を受け継ぐよ。俺がラインを守る」

「・・・・・・いいのか? 一生だぞ?」

「いい」

「でも、ラインは他の男と結婚させる! お前じゃない!」

「勿論。俺なんか、絶対にダメだ。俺はラインが幸せになる相手じゃない」

「いいのか? 本当にいいのか?」

「何度も聞くなよ、何度聞かれても、答えは変わらない」

「・・・・・・」

「契約は破棄してくれ。依頼も受けないからな。これは俺の意思だから」

これはレンダーが最初に望んだ事だった。

だが、望みが叶うと同時に、どうして不安がやってくるのだろう。

レンダーは、シンバの意思に頷けなかった——。


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