4.記憶
「契約を交わす以上、二度とLTはやるな。LTをやったら、契約を忘れてしまうかもしれないからな。いいか、もう二度とLTはやるな。LTをやらなければ、今日からの記憶はちゃんと思い出されるだろう。大事な記憶をふと思い出し、心に残る感情は悪くないぞ」
レンダーは厳しい口調で、言い聞かせるように言った後、強面の顔を本の少し優しく微笑ませ、そう言って、シンバを見る。
シンバは無言で、首を縦に振り、頷いて見せた。
だが、記憶なんてそんなに大切なものなのだろうか。
LT関係なく、記憶はなくす事もあるだろう。
大事な記憶だって、忘れる事もあるだろう。
シンバは、頷いては見せたが、どうでもいい事だと思っている。
契約を忘れたら忘れた時——。
「それから、この契約の話はラインには内緒にしてほしい。ラインが知ったら、あの子の事だ、自分の身くらい自分で守ると言うだろう」
レンダーがそう言うので、シンバはフッと鼻で笑い、
「確かに、結構な強さだからな。あれは武術なのか?」
そう聞いた。
「俺様が少し戦闘の基本を教えて、鍛えてやったら、後は自分でボクシングやら雑技やらを見て、独特の戦闘法を編み出したんだよ。あの子には戦いのセンスがあるんだろうな。その辺は父親似だな。お前には俺様の全ての戦闘方法を教え込んでやる。武器は剣だ」
「——剣?」
「俺様が入団していた軍は剣を用いた戦闘技術をマスターした者が特Aクラスの隊員になれたからな。俺様にとって剣は最強の武器。それをお前に伝授してやる」
「剣より銃とかの方がいいんじゃないか?」
「これだから素人は。お前、喧嘩しかした事ねぇな? それじゃあ強いって言っても、戦闘には使えねぇ。LTをやっていない俺様でも、軍人だった頃に鍛えた事で、それなりに強さってものがある。それなりに強い奴は体そのものが凶器だったりする。銃も悪くはないが、弾を弾き返されたり、避けられるような事があったら終わりだ。だから自らの体を使って戦う方法の方が、更に強さをアップさせるって訳だ。しかもLTリミットレベル2の奴が銃を撃ったところで、弾の方が遅いだろ、まどろっこしくなる」
「・・・・・・」
「本領発揮したお前は、いい表現じゃないが化け物だ。弾なんて避けて当然。そんなのレベル1でやってる事だ。ラインだって——」
レンダーがそう言いかけた時、ノック音がして、ドアが開いた。
「まだシンバを休ませてないの!?」
ソファに座っているレンダーとシンバを見て、ラインが驚いた顔で言う。
ラインは点滴薬を持って来たようだ。
「あぁ、いや、話が弾んでな」
どんな弾む話があったと言うのか、レンダーがそう言うと、ラインは呆れ顔。
「シンバは3日間、苦しんだ挙げ句、気絶さえできなかったんだから、眠る事もできてないんだよ? それに飲まず食わずだったんだよ、早く点滴しないと!」
「あ、あぁ、そうだな、点滴だったな」
レンダーは頷きながら、ラインから点滴薬を受け取り、シンバに、ベッドに横になるよう命じる。
袖を捲り上げ、シンバの腕に細い針を入れるレンダー。
「こんな事もできるんだな」
そう言ったシンバに、レンダーは笑いながら、
「何度も言わせるなよ、俺様は元軍人だ、簡単な薬剤免許も持ってるし、あらゆる乗り物の免許もある。最も国がなくなった時に免許は全部無効となり、無免許になったがな」
と、太い短い指の癖に器用に、注射針をシンバの腕に入れた後、腕を曲げないように、板で固定し始めた。
「シンバって夕飯は食べれるの?」
「あぁ、そうだな、まぁ・・・・・・腹が減ったなら食わせてみるか」
レンダーがそう答えると、ラインは頷き、
「好きな食べ物とかある?」
と、ベッドで横になっているシンバを覗き込み聞いた。
だが、シンバはベッドに横になると、眠気が一気に来て、意識が朦朧とし始めている為、何も答えられない。
「あれだろ、覚えてないだろ。ラインの飯は何でも美味いから何でも気に入るだろうよ」
レンダーがそう言って、部屋を出て行く。
続いて、ラインも、シンバに布団をかけると、部屋を出て行った。
夢うつつの中で、シンバは、これから本当にどうしようか考えていた。
やがて、うつつから夢へと入り込み、リグドが現れる。
クックックッと喉を鳴らし笑いながら、『お前は前世紀の子供みたいだな、加減ってものを知らない』と。
だが、直ぐに背を向けて、もう興味ないと行ってしまう。
——待って、リグド!
——俺を置いて行かないで!
——俺を一人にしないで!
追いかけても、リグドには追いつけない。
わかっている、リグドに追いつき、追い越す事など、絶対に不可能だ。
リグドは俺にとって、崇拝する絶対神そのもの。
『シンバ』
——誰かが、俺を呼んでいる。
——リグドとは違う声だ。
『シンバ』
振り向くと、ラインが立っている。
『いいものあげるよ、手を出して』
ラインがそう言うので、シンバは手を出すと、シンバの手の中に飴玉を落とし、
『あげる』
と、ラインはニッコリ笑う。
『シンバ』
また誰かが名を呼ぶ。
振り向くと、今度はレンダーが立っている。
『リグドを殺すんだ』
そう言って、剣を差し出して来るが、シンバは首を左右に振り続ける。
そんなシンバに無理矢理、剣を持たせ、
『リグドを殺すんだ』
と、レンダーは繰り返す。
『シンバ』
再び、名を呼ばれ、振り向くと、リグドが立っている。
『その剣でオレを殺すのか?』
——違う、リグド、話を聞いて。
——俺がリグドを殺す訳ないだろう?
——只、ラインを守って欲しいって言われただけで殺せとは言われてない!
——嘘じゃない!
——レンダー、頼むよ、レンダーからも説明して?
——俺はラインを守るよう言われただけだ! そうだろう?
『もういい、わかったよ、シンバ』
——リグド! わかってくれたのか!? 本当に!?
『あぁ、わかるよ、お前がラインを殺せばね』
——ラインを・・・・・・!?
リグドが喉を鳴らしながら笑い、耳元で囁く。
『大丈夫大丈夫、お前ならできるって』
シンバは手に持った大きな剣を見つめていると、ふと目の前にラインがいる事に気付く。
リグドの声が耳元から離れない。
『大丈夫大丈夫、お前ならできるって』
何度も、耳元でそう囁かれているようで、シンバは自分でも言ってみる。
——大丈夫大丈夫、俺ならできるって。
ラインがニッコリ笑う。
なんだか、とても懐かしい笑顔で、だけど、その懐かしさを守りたいと思う程、シンバには何もない記憶過ぎて、剣を振り上げた——。
瞬間、ハッと目を開け、ガバッと起き上がり、まるでこれからの事を暗示するような嫌な夢だったと思う。
もう点滴もとれている。
どのくらい寝たのだろう、夢のせいで、そんなに寝た感じがしない。
ベッドの脇に箱が置いてある。
なんだろうとベッドから出て、箱を開けると、靴が入っている。
そういえば、靴を買ってくれると、ラインが言っていた事を思い出す。
その靴を履かずに、手に持ち、シンバは部屋を出る。
ローカに出ると、いい香りが充満していて、その香りに誘われるがまま、歩き出し、キッチンに繋がる扉を開けた。
扉を開けると、本当に廃墟とは思えぬような部屋作りで、別の場所へワープしたんじゃないかと思ってしまう。
「シンバ、起きたの? そろそろ夕食もできるから待ってて?」
いい香りはラインの作っている料理のようだ。
「・・・・・・これ」
シンバは靴をラインに見せる。
「気に入らないの?」
「・・・・・・いや」
「じゃあ、なんで履かないの?」
「悪い気がして」
「悪くないよ、履いて? サイズはどう?」
そう言われ、シンバは靴を履いてみる。
「大丈夫そう」
「良かった」
と、ラインはニッコリ笑う。
「金は・・・・・・幾らした?」
「あぁ、いいよ、プレゼントだから」
「もらう理由はない」
「あるよ」
「?」
「新しい仲間が増えた事が嬉しいから、新しい仲間にプレゼント。これ理由だよね?」
新しい仲間——。
シンバはどう答えればいいのか、わからなくて黙ってしまう。
そこへフリットがやって来て、
「腹減ったぁ」
と、シンバの存在を無視するように、ラインの傍に行く。
だが、ラインはフリットを無視するように、
「あ、それでね、服も何着か買っておいたから」
と、テーブルの上にある大きな袋をシンバに渡す。
気に入らないのはフリットだ。
だが、シンバもラインもフリットの機嫌が悪くなった事に気付いてはいない。
シンバは袋を開けて、中の服を取り出して見る。
「・・・・・・」
「気に入った?」
黙って服を眺めているシンバに、ラインが尋ねるが、
「もっと・・・・・・こう・・・・・・普通の・・・・・・で良かったのに」
不満がある訳じゃないが、シンバはそう言って、服を眺めている。
これもまた普通のシャツに変わりはないのだろうが、訳のわからない所にチャックがついていたり、破けていたり、チェーンが付いていたり。
「気に入らなかった?」
「あぁ、いや、いいんだけど、こういうの俺、似合うのかな」
「似合うよ。て言っても、私もよくわからなくて、フリットが着てるのを参考にしたの」
フリットは益々気に入らない。シンバはふぅんと頷いて、服をまじまじ見ながら、
「・・・・・・リグドみたいだ」
そう呟いた。
「おい、お前! 今、何て言った!?」
と、フリットが突然、噛み付くように、食いついて来た。
「は?」
「今、お前、何て言ったんだよ、誰みたいだって!?」
「・・・・・・リグド」
「なんで、その名前を、お前が知ってるんだよ!?」
「・・・・・・お前こそ、リグドを知ってるのか?」
只、問い返しただけのシンバだが、何故かフリットは抑えきれない怒りが込み上げて来て、
「オイラの質問に答えろ!!!!」
気がつけば、シンバの胸倉を掴んで、大きな声で怒鳴っていた。
「おい、どうした?」
フリットの声に驚き、レンダーがドアを開け、入って来た。
フリットは舌打ちし、シンバを突き飛ばすようにして胸倉から手を離し、部屋を出て行く。
「おい! おい!? フリット!?」
レンダーがフリットの背に呼び止めるが、フリットは行ってしまい、部屋に残っているシンバとラインを見て、
「何があったんだ?」
と、尋ねる。
「レンダー、アイツもリグドを知っているのか?」
「何?」
眉間に皺を寄せ、聞き返して来るレンダーに、何も知らないのかと、シンバは黙り出す。
「おい、リグドがどうした? フリットがリグドと繋がりがあるのか? そんな話は聞いてねぇぞ! おい、シンバ、答えろ!」
「・・・・・・悪いが、俺は何も知らないから答えれない」
「なんだと!?」
「レン、リグドって誰なの?」
ラインがいる事を忘れ、リグドの話をしてしまった事に、レンダーは突然、挙動不審な態度で、
「誰でもない」
などと言い出す。それではラインが納得いかないだろう。
機転を利かせ、
「リグドは俺の知り合いかもしれない。只、記憶がないからわからないだけだ。それをフリットが知ってるようだったから、聞きたかっただけだ」
シンバがそう説明した。
「でもレンも様子がおかしいのは何故?」
「それは急に俺の記憶が蘇るようなものが現れたら、記憶崩壊が起きるんじゃないかと心配しての事だろう、違うか? レンダー?」
シンバがレンダーを見て、そう言うので、レンダーはウンウンと頷いて見せる。
「・・・・・・ふぅん」
納得したのか、しないのか、ラインは頷く。
「あぁ、いいニオイだな、今日の夕飯はなんだ? そういえば、昼間、出かけてたのか? 今日は仕事なかっただろう? そうそう、仕事と言えば、明日から仕事のエリアを変えようと思うんだが——」
レンダーは必死にラインに、別の話をする。
シンバはフリットを探す為、部屋を出た。
どこへ行ったのだろう、とりあえず、錆びてはいるが、ドアがある部屋を開けてみる。
トイレ、シャワールーム、薬剤庫、武器庫——
外へ出てしまったかもしれないなと思いながら、ドアを開けると、その部屋はピンクを基調とした部屋で、思わず直ぐに閉めた。
「・・・・・・ラインの部屋?」
そう呟き、そういえば、本の少し苺の飴玉の甘いニオイがしたと思う。
なんだか凄く恥ずかしく思い、早く忘れなきゃとまだ開けてないドアをあちこち開けまくる。何もない部屋もあれば、まだリフォームの途中のような部屋もある。
ラインの部屋が頭から離れなくて、もう何の為に、あちこちのドアを開けているのか、わからなくなっている。だが、ドアを開け続けていると、やっとベッドで不貞寝しているフリットがいる部屋に辿り着いて、フリットを探していたんだったと、中へ入る。
「何勝手にオイラの部屋に入って来てんだ!!!!」
と、フリットに怒鳴られて、確かに、勝手に入ったのは悪かったと思い、部屋を出て行くシンバに、
「お前何しに来たんだよ!!!!」
更に吠えられた。シンバは立ち止まり、フリットを見ると、フリットはベッドから出て、起き上がり、シンバを睨んでいる。
シンバは睨んでいる訳ではないのだが、何故か、二人で睨み合っているようになる。
やっぱり言う事を考えてから出直そうと、背を向けて、部屋を出て行こうとするシンバに、
「待てよ、言っておきたい事がある!!!!」
フリットが叫んだので、シンバは振り向く。
「オイラはラインが好きだ」
なんでそんな告白をするのか、シンバは首を傾げる。
でもフリットが余りに深刻な顔なので、何か言わなければと、
「・・・・・・あぁ、俺も好きだ」
とりあえず、そう言う。
フリットにしたら、宣戦布告返しされたようなもの。
「なんだとぉ!?」
「いい子だと思う。レンダーも大事にしているし、飯も用意してくれてるみたいだし、服や靴まで用意してくれて、嫌いになる理由はない」
「ちっ! ちげぇだろうよ、お前のその好きとオイラのその好きは!!!!」
「は?」
「・・・・・・もういい。話にならない。お前、LTのやりすぎで感情乏しすぎる」
「・・・・・・」
「お前、まだくせぇ。自分の服が手に入ったなら、シャワー浴びて着替えろよ。オイラの服は洗って返せよな」
「・・・・・・」
「それからリグドの事だけど——」
そう言われ、そういえば、リグドの事だったと、シンバは思い出す。
どうもラインの事が絡むと調子が狂う。
「リグドはオイラの憧れだったのかもしれない。よくは覚えちゃいない。お前もそうだろう? リグドの取り巻きの一人・・・・・・お前もそうだったんじゃねぇの?」
「・・・・・・」
何も答えないシンバに、
「お前、マジでやりにくいよ、もう少しテキパキ喋れねぇの? それとも喋る気ないから無言な訳? ここに来たのはリグドの事を聞きたかったんじゃねぇの?」
イラッとしながら、そう言った。
「いや、リグドに取り巻きなんていたのか? 俺はそれこそ覚えてないのかもしれないが、リグドは必ず——」
必ず、シンバに会う時、一人だった——。
「必ず、なんだよ?」
「・・・・・・リグドは俺以外にも・・・・・・いたんだな・・・・・・」
「何が?」
「わからないけど、俺はリグドだけだったから」
「やっぱり取り巻きの一人じゃねぇか。みんな、リグドを好きになるんだよな。で、リグドに夢中になってリグドだけになる。なんでだろうな、不思議なカリスマ性があったのかな。オイラはリグドみたいになりたかったって、今もその気持ちは忘れてないんだよな、理由も記憶にないのにさ」
「・・・・・・」
「リグドはオイラの事なんて、全然、知らないだろうな。いちいち取り巻きの連中の事なんて覚えてないだろ、LTやってなくてもさ」
「リグドに会いたいか?」
そう聞いたシンバに、フリットは少し目を伏せ、そして首を振った。
「オイラはラインの傍にいたいから」
結局、リグドの事は大した事じゃないかと、シンバは、部屋を出ようとドアを開けた。
ドアを開けて直ぐにレンダーが立っているので驚く。
立ち聞きしていたのだろう、だが、レンダーも大した内容じゃないと判断したのか、
「おい、お前等、飯だ」
そう言うと、行ってしまった。
シンバは先にシャワーを浴び、キッチンへ向かうと、レンダーもラインもフリットも、まだ食べずに待っていた。
「仕事について話があるから、食べながら聞いてくれ」
シンバが椅子に座ると同時に、レンダーがそう話す。
「当分、闇ルートの仕事はしない」
「なんで? いい金になるのに」
聞いたのはフリット。
「金なら、もう充分ある。掃除や探し物だけでも稼げるだろ。当分はそういう仕事中心だ。シンバは朝と夜、俺様が鍛えてやる。それ以外の時間で仕事をしてもらう。仕事をするエリアも変えようと思っている。今迄通り、俺様がクライアントと電話で話し、仕事を受けるかどうかは、俺様が決める。仕事内容については、どんな内容でも、俺様が決めた仕事は文句言わずにやってもらう。子守りでも介護でもな」
レンダーはそう言いながら、骨肉に食らいつく。
それにしても、美味いなぁとシンバも肉を食らう。
「美味しい? スペアリブ、安かったから」
ニッコリ笑って、そう聞いたラインに、
「美味い」
と、答え、シンバは食べる事に夢中になる。
「シンバ、給料だが、食費や生活費、通信料金などは先に引き落としてから渡す。料理はラインがやってくれるが、自分の部屋の掃除と自分の洗濯は自分でやれ。トイレやキッチンなどの共有スペースは交代制で掃除する。わかったな?」
食べながら頷くシンバ。
「最後に!」
急に声を大きくして、レンダーが、みんなを見回し言う。
「いいか、俺様達は家族だ。恋愛禁止だからな!」
そう言われ、食べてるものを吹き出したのはフリット。
レンダーは、ギロッと鋭い右目でフリットを睨む。
「よく聞け、ライン!!!!」
顔と目はフリットに向けられているのに、何故か、突然、自分の名前を呼ばれ、ラインは、私?と、首を傾げてレンダーを見る。
「お前はLT野郎なんかと絶対に恋愛するんじゃねぇ! お前の相手はちゃんとした男だからな! わかってるだろうな!」
「・・・・・・レン、何かあったの?」
「黙って俺様の話に頷いてろ!!!! お前は俺様の大事な娘なんだからな!!!!」
物凄い勢いで怒鳴られ、逆らわない方が身の為と、ラインはコクコク頷いた。
「それから——」
「まだあんのかよ!!!!」
恋愛禁止と言われ、フリットは更に何を言われるのかと、レンダーに突っ込む。
「いや、これはシンバにだ」
と、レンダーのポケットから通信携帯が出され、テーブルの上に置かれた。
「最新の機種じゃねぇか、ソレ! オイラのと変えろ!!!!」
フリットがそう言って、手を伸ばし、その手をラインにパシッと叩かれた。
「シンバのだってレンは言ってるでしょ!」
「なんだよ、シンバシンバって、コイツばっかり優遇じゃねぇか!」
「そんな事ないよ、フリットだって最初のはレンが買ってくれたものでしょ? 最新の欲しければ、自分の給料で買えばいいじゃん。私だって、ほら」
と、ラインはポケットからピンクの通信携帯を取り出す。
それは色は違うが、シンバと同じ機種。
最新関係なしに、シンバとラインの携帯がペアだと言う事に、フリットの顔がひくつく。
「それからこれがイヤフォン」
と、レンダーは、更に携帯の横に小さな耳に入れるだけのものを置く。
「ポケットに通話中にした携帯を入れて、それを耳に入れておけば、発信される声は聞こえる。メールアドレスも後で確認しておけ? 仕事中で電話がとれなくても、次の仕事が入れば、メールで確認できるだろ。俺様とラインとフリットのアドレスと電話番号は登録済みだ、後で空メールでいいから、俺様にメールしてみろ」
「・・・・・・」
シンバはスペアリブを咥えたまま、テーブルの上の携帯をジィーっと見ている。
「どうした? まさか、お前、携帯の使い方わからないのか?」
そう聞いたレンダーに、シンバは顔を上げ、咥えた肉を食い千切り、
「使った事ないと思う、多分」
そう言って、もぐもぐしながら、口の中の肉をゴクンと呑んだ。
レンダーは直ぐに納得する。
シンバは生まれながらにしてLT中毒症。
どのように生きて来たかは、わからないが、リグドに出会い、その後もずっとLTだけを欲しがったに違いない。
リグドもLTだけを与えたに違いない——。
靴さえ履いてなかったシンバは、リグドとLTだけが全てだったのだろう。
「今時、携帯使った事ないって、そりゃ嘘だろ、お前、記憶ないだけだって!」
そう言ったフリットに、
「フリット、後で教えてやれ」
レンダーがそう言った。
「なんでオイラが!? 記憶なくしただけだろ、いじってりゃあ、勝手に理解するさ!」
「私が教えるよ」
ラインがそう言って、自分の携帯を見せ、
「同じ機種だから教え易いし」
そう言うので、レンダーは頷いたが、フリットが、
「オイラが教える!!!!」
さっきとは正反対の台詞を言い出した。
「もういいって。私が教えるから」
「ダメだ、オイラが教えるんだ!」
「なんで? シンバと仲良くしたくなったの?」
「違う!!!!」
「ならいいよ、私が教えるから」
「いっ、いいのか!?」
と、立ち上がり、ラインを指差し、レンダーを見るフリット。
何が『いいのか!?』なのか、サッパリわからないラインは、何が?とフリットを見る。
「フリット、お前とラインを二人にするよりはいい」
レンダーがそう言うと、フリットは悔しさの余り、ラインを指差している手をグッと握り締め、下唇を噛み締めて、噴出す苛立ちを堪え、椅子に座る。
「シンバ、後でラインに使い方を教えてもらうといい。なるべく今日は早く寝ろ? 明日の朝早くから鍛えてやるからな」
レンダーからの話はそれで終わり、食事を済ませた後、フリットとラインで片付けを行い、レンダーはシンバを連れて、武器庫へ向かった。
様々な武器が並ぶ——。
装飾品のようなデザインのものばかり。
「・・・・・・この紋章、見た事がある」
シンバはどの武器の装飾にも、必ず付いている印を見ながら、そう呟く。
「我が国ジュキトの紋章だ」
「ジュキト・・・・・・?」
「知らないか? 一時期、ニュースでよく流れた名だ。LT流出国として、各国からの潰しがかかり、LT中毒者じゃないジュキトの民でさえ、どの国も、受け入れてくれず、あっという間に消え失せた国だがな」
「知らない。ニュースとか見た事ない」
「そうか、まぁ、知らないのは当然だ、今となっては、ジュキトに関して、どこの国も人も、一切、語りたがらねぇからな」
「これ全部、そのジュキトって国の武器なのか?」
「あぁ、軍で使用したものばかりだ」
「全部、持って来たのか?」
「・・・・・・全部じゃねぇが、まぁな」
長剣、短剣と、様々な剣に始まり、銃、槍、杖、弓、爪、棒、鞭と、コレクションのように飾られている。
「・・・・・・ラインは爪か?」
「いや、三節棍という三本の棒がヌンチャク状に繋がっている武器だ、早い話が棒だ、棒」
「棒? グールダールの時、棒なんて持ってたか?」
「そりゃ持ってねぇだろう、武器なんて没収されるだろ」
「あぁ、そうか。じゃあ、フリットは?」
「アイツはダガー、短剣だ。割りとスピードがあるからな、武器も軽く攻撃力のある短剣を持たせた」
「ふぅん」
「で、お前は長剣だ。どの長剣にするか決めろ。長剣なら好きなのを選んでいいぞ」
そう言われても、どれもこれも重そうで、まるで美術館に飾られているようなものを選べと言われても、価値さえ、わからないのに無理な話だ。
「・・・・・・シンバ、リグドは剣を持ってたか?」
「え?」
「アイツは俺様が数週間、剣を教えてやったんだよ、勿論、子供だった事もあり、木で出来た玩具の剣だったが——」
なんとなく、LTリミットレベル3と言っても、子供相手に、軍や国が潰されたのが、わかる気がした。
恐らく、レンダーは元々戦闘能力に優れていたのだろう、それで軍に入団して、若くて特Aクラスという出世もできた。
だが、その前に、リグドに戦闘を、遊びだとしても教えてしまったのだろう——。
レンダーが罪を感じる所は、全てはそこからなのかもしれない。
リグドとの出会いから——。
「剣は・・・・・・持っていたのか、なかったのか、覚えてない」
だが、シンバはジュキトの紋章を見ながら、その印をどこかで見た感じがすると、それはもしかして、リグドが持っていた剣についた紋章だったのかもしれないと思う。
「そうか。まぁ、持っていたとしても、お前に会う時は持ってなかったのかもしれんな」
その台詞は、リグドが剣を持っているという確信が、レンダーにはあるんだ。
もしかしたら、レンダーはリグドに剣を与えたのか、もしくはリグドが剣も盗んで逃げたのか、兎も角、それは長剣なのだろう——。
シンバは、多くある長剣の中から、剣をひとつ、手にとって、レンダーを見た。
「それにするのか?」
「あぁ、どれもこれも同じに見えるし、これでいいや」
「そんな適当でいいのか?」
「こういうのは勘で決めるよ」
「冴えてるな」
レンダーはそう言うと、
「その剣の名はノーザンファング。今日からお前の相棒だ。いいか、武器は自分を最強にするパートナーであり、一心同体だ。お前が悪に染まるなら、その剣も邪悪になる。お前が正義を貫くなら、その剣も光になる。只の竹刀でも、英雄が持てば、英雄の剣だ」
武器という分身を、記憶に刻むよう、シンバに話した。
柄の部分は綺麗な蒼い装飾と、ジュキトの紋章があり、長さは1.3m程、重さは2.5kg程、刃は狭く、細めの剣。
「所謂バスタードソードって奴だ」
「バスタード?」
「私生児って意味だな、まぁ、雑種って事だ」
雑種の剣——。
「コイツがどこで、誰に、どういう理由で作られたかは謎だ。殆ど、全部の武器には理由があって作られる。例えば、この風変わりな剣を見ろ、これはある戦争の為に、国が異国から仕入れた刀という種類の剣。剣を作った者の名前も刃の部分に刻まれている。だが、お前が選んだソイツはノーザンファングという名前しかわからねぇ。誰が最初にソイツをノーザンファングと呼んだのか、それも俺様には、わからねぇ。ソイツはノーザンファングと言う名と、そして、月夜に不気味に蒼く輝き、太陽の光を吸い取り闇を呼ぶという事で、伝えられた剣だ」
シンバはノーザンファングを見つめる——。
シンバのブルーの瞳の中に、ノーザンファングが美しく反映している。
「後、もう1つ、言い伝えられた伝説のような話。コイツは相反する神が手を組んで生まれた雑種って事。ま、これは神話に出てくる剣の話を、コイツに重ねただけの作り話だろうが、武器には大袈裟な尾びれをつかせた話を与えるもんだ。この数多くある剣の中でも、こうして神話みてぇな話がつけられているのは、ソイツだけだ。ジュキトの武器はな、LTを使用する軍人の為の武器。その為、理由のハッキリしねぇソイツは、それでも、ジュキトの武器であり、最強の剣だと言う事なんだ、悪くねぇ代物だろ?」
「いや、なんか、大層なものを選んでしまったなと後悔してる」
「おいおい、お前なんかに選ばれたノーザンファングの方が辛いんだ、お前が後悔するのは違うだろ」
そう言われればそうだなと、シンバは、
「頼りないだろうが、よろしくな」
と、剣に挨拶をしたが、ノーザンファングに特に変化はなく、当たり前だが、受け入れられたのか、拒否られているのか、わからない。
「これが鞘だ。背負うなり腰につけるなり、自分が剣を出しやすいような場所に身につけろ。ラインの三節棍やフリットのダガーと違い、長剣は隠して持ち歩けない。武器を持ってますと言って歩いているようなもんだ。だが、堂々と持ってりゃいい。誰もが、セク部隊に入る為に剣術を道場で習っているのかと思うだろうからな、それはいい。問題は誰かを尾行したりする時だ。そういう仕事が入ると、お前自身に何の特徴がなくても、剣を持っているというだけで特徴になる。セク部隊に一度は捕まり、グールダールを抜け出してるんだ、偽名を使ってないだろうから、名前もバレている。お前はセク隊の間では指名手配中みたいなもんだろう。一応、聞いておこう、お前、何をやって捕まったんだ?」
「・・・・・・人殺し?」
よくわからないので、語尾にハテナをつけて言うと、レンダーは額を押さえ、宙を仰ぐ。
「窃盗とかである事を願っていたよ。まぁ、LTキメてたしな、大体想像はしてたが、人殺しで捕まったとしたら、本格的に指名手配中だな」
「俺、仕事できないのか?」
「いや、まぁ、お前、グールダールにいた時は汚い顔と格好で、まだ消毒シャワーも浴びる前だったしな、髪を短く切られ、囚人としてのナンバーボードを持って、その顔を写真に撮る前だ、今とは少し人相も違うし、大丈夫だろ。フリットみたいに、髪をワックスか何かで、ちんちくりんにやってもらえ。そしたら、わかりゃぁしねぇよ」
ちんちくりんにはしてもらいたくないと、シンバは思う。
「ま、どんな仕事しても、絶対に尾行はされるな。ここがバレたらアウトだ、俺様もお前もな。まずは自分の気配を消す事から教えてやるとするか。そうすれば剣を持ってても、気配がない奴の事なんて視界にさえ入らないもんだからな。尾行するにも、されるにも、そうするしかねぇな」
今日は武器も選んだし、後は明日の朝から始めようと言う事で、シンバはノーザンファングを持ち、部屋に戻る事になった。
ノーザンファングをベッドの横に立て掛けて置き、今度は携帯の使い方を教えてもらう為、ラインの部屋を訪ねた。
ノックをしたが出て来ないので、まだキッチンで片付けをしているのかと行ってみるが、誰もいない。
フリットの部屋にでもいるのだろうかと思った時、ローカの壊れた窓から、ランプの灯りが見えた。
壊れた瓦礫の上に、ランプを置いて、ラインが座って、空を見ている。
何を見ているのだろうかと、シンバも、そこから空を見上げてみる。
真っ暗で何も見えない——。
とりあえず、外に出てみる事にした。
外に出て、ここがどこなのか、改めて疑問に思う。
周りは草や木ばかりで、他は何もなく、大体この廃墟は何の建物だったのだろうか。
シンバの気配に気付き、ラインが振り向く。
「あ、携帯?」
「あぁ」
「教えてあげるよ、座れば?」
「ここで?」
「うん」
ニッコリ笑って頷かれたら、何も言えない。
大きな石の瓦礫の上、ラインの横に座り、携帯を取り出すと、ラインもピンクの携帯を取り出し、
「お揃いだね」
と、笑顔がもっと笑顔になって言う。
ピンクの飴玉のストラップがついているピンクの携帯——。
「ピンク好きなのか?」
「うん」
「・・・・・・」
「何? 似合わないって?」
「いや、そうじゃなくて・・・・・・覚えとくよ」
「え?」
「ラインが好きなもの、覚えとく」
シンバがそう言うと、ラインは照れくさそうに微笑みながら俯き、
「うん、忘れないで」
と、直ぐに顔を上げ、そう言うと、携帯の説明を始めた。
ラインの声は高めで、最初に聞いた時は男だと思ったから、まともじゃないと思ったが、女だとわかった途端、とても可愛らしく聞こえるから不思議だ。
「画像もムービーも撮れるよ、そう、そのアイコンを選んで、画面タッチすればいいの、結構便利だよ、人探しの依頼とかは、画像をレンに送信して、確認してもらえるしさ」
「・・・・・・」
「後、コレあげる」
と、ラインは小指の爪程の小さなカードをシンバの手の中に入れた。
「データーを保存して置いておけるよ、レンからはもらわなかったでしょ?」
「・・・・・・保存?」
「うん、ほら、ここに差し込んで入れるの。画像とかメールとか大事に保存しておきたいものをね、カードに入れておけば、携帯が壊れても、カードさえ壊れてなければ、大事なものは残るよ。後は違う機種に同期しとくってのもあるけど・・・」
「・・・・・・大事なもの」
「特にないかもしれないけど、携帯なんて仕事で使うだけだしね。でもね、例えば、今日見た月が綺麗で、でも、何日かしたら、そんなの忘れちゃうでしょ? 画像を撮っておいたら、その綺麗な月、また見られるじゃない? でも携帯をなくしたり、壊れたりしたら、その画像もなくなっちゃうけど、カードに、その画像を保存しておけば、カードさえ、失くしたり、壊れたりしなければ、また綺麗な月に会える」
「・・・・・・また会える?」
「ねぇ、永遠に失わない記憶って、あるのかなぁ? そういうの考えた事ある? 今はもうLTやってないけど、LTの後遺症でフラッシュバックとか、トリップとか、いつまた欲するかとか、記憶障害とか、怖い事ばかりで、だから、いろんな事、忘れないように、カードに保存しちゃうんだよね。今日、作った料理とかさ。そんなの、当然、LTやってない人だって、いちいち、覚えてる訳ないのにね、でも、些細な事も忘れるのが怖かったりして。シンバは、記憶、これ以上、失うの、怖くない?」
「・・・・・・」
シンバは、黙ったまま。
持っている記憶はリグドだけ。
リグドの記憶がなくなったら、何もなくなってしまう。
それは怖い事なんだろうか・・・・・・?
ラインには、例えば月という、例えを出せるくらい、いろんな記憶があるんだなと思う。
だが、何も言えず、シンバは、携帯をいじり出す。
——これから俺にも、リグド以外の記憶が、できるんだろうか。
——失いたくないと思う記憶もできるんだろうか。
「あ、そのボタンはテレビ。それに音楽もダウンロードして聴けるよ、好きなタレントとかいる? 私はねぇ、街のビルの上にあるムービーでよく見かけるタレントがいるんだけど——」
「・・・・・・ここで何見てた?」
「え?」
「上を見てたろ? でも月はないな、星か?」
「うん、町中より、星がよく見えるから」
そう言われれば、星がとても綺麗だ。
景色なんてものに興味がなかったシンバは、初めて感じる感情に、不思議に思う。
夜空を見て、感じる気持ちが、わからない。
何故、切なくなるのだろう。
何故、苦しくなるのだろう。
何故、涙が出そうになるのだろう。
何故、優しくなれるのだろう。
わかる事は、全然、嫌な気持ちじゃなくて、それが、LTをキメた時なんかより、とてもいい気分で——。
初めて、人間なんだなぁと、思えた——。
夜空を見て——。
遠くの空で、ヒューッという音がしたと思うと、パーンと光が弾けて、暗い空一面に大きな火花が広がり、直ぐに消えたが、また続けてパーンパーンと・・・・・・。
「あっちの町で、今日、お祭りなの。フリットと行こうって前から約束してたんだけど、行くの中止にしたんだ、シンバがまだ外に出れないと思って」
不思議な事を言う。
フリットと行けばいい。
シンバは、人に気にかけてもらえている事が不思議でならない。
どうやら祭りがあった事を知っていたと言う事は、ラインは花火が見たくて、外に出ていたようだ。
ランプと花火の灯りで、ラインの顔が闇に照らされる。
シンバは花火を見ているラインを見つめている。
LTが抜けて、最初に出会った人。
最初に声をかけてくれた人。
最初に優しくしてくれた人。
最初に微笑んでくれた人。
最初に人として扱ってくれた人。
最初に綺麗なものを一緒に見た人——。
まだ御礼も言っていないのは、どれだけの『ありがとう』を言えばいいのか、わからないから。
正直、レンダーからの契約は、まだよくわからないし、今すぐにリグドが現れても、リグドからラインを守る気はない。
それでも今日一日で、ラインは、忘れられない人になっただろうと思う。
ここでバイバイしても涙も出ないし、悲しくもない。
でも、二度と忘れたくない人だと感じる。
だから・・・・・・二度とLTはしない——。
パーンッと物凄い音が体に響く程、空で鳴り響き、大きな花火が上がる。
「すごっ! 見た!?」
空を指差して、ラインがシンバを見て、そう言って、また空を見上げる。
花火は大きな花を空に咲かせると、あっけなく終わる。
チラチラと空に落ちる火の粉。
ふと、シンバは、前にも、こうして、ラインと空から落ちる何かを見たような気がすると思った。
チラチラと落ちる白いモノを、一緒に見た気がした——。
トリップだろうか、現実だろうか、だが、シンバには何か感じる事があっても、記憶にはない。
だから、これは記憶に残そうと、シンバはラインを見つめる。
「うわ、連続!」
パンパンパンと、連続花火にパチパチと拍手しながら、ラインはそう言うと、見た?と、またシンバを見て、空を指差した後、再び、空を見上げる。
シンバは携帯をラインに向けて、再びラインがシンバに振り向いた瞬間、シャッターを押した。シンバの携帯にラインの顔が写り、その画像を保存する。
「今、私の画像撮った!? 消して消して!」
「無理」
「なんで!?」
「面白いから」
「変顔だったの!? やめてよ、私の顔を笑いのネタにしないでよ!」
「・・・・・・じゃあ、変顔はいつもなんだよ、いつもの顔だった」
「ひっど!!!!」
ラインが手を上げて、シンバを叩く。
シンバがその手を持った瞬間、また大きな花火が空を覆いつくすように上がり、ラインは空を見上げ、シンバはラインの横顔を見つめる。
ラインの手の温もりは、優しくて、初めて、人に触れた気がした——。
「・・・・・・お祭り、行こうか」
思いがけないシンバの台詞。驚いた顔でシンバを見るが、直ぐに冗談かと思ったのに、
「レンダーには内緒で」
シンバが更に思いがけない事を言い出すから、ラインは本気かと思う。
シンバもラインも、17歳。
まだ子供。大人の手前。
怖さなんて何も知らないし、知ってても、それを怖いと思える程、今は独りじゃなくて、縛られるのは一番嫌いな年頃だし、楽しい事なら、誰に反対されても、やってしまう年齢で、だから、ラインが、
「フリットにも内緒で?」
と、頷く事は、当たり前の事だった——。
記憶なんてあってもなくても同じだと思っていたシンバ。
だが、シンバは、今、『思い出』という記憶が欲しくなった。
何があっても、忘れられない記憶を、大事にして生きてみたいと、夜空を見て、初めて感じていた——。
ラインを忘れられない記憶として——。
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