3.契約

突然、ドアがバンッと開き、

「おい、服持って来てやったぞ!」

と、シンバに向かって偉そうな態度で、服を投げつけてくる男。

「フリット、何怒ってんの?」

ラインがそう言って、男に話しかけているので、彼がフリットだと認識する。

「シンバ、コイツはフリット。フリット・ディーグレイ。私と同じでLTリミットレベル1」

フリットはシンバの事が気に入らないのか、ムッとした顔で、シンバを睨む。

シンバも只、突っ立って、フリットを見ている。

もともと目つきが良くないせいか、

「何ガン飛ばしてんだ、テメェ!」

と、見ているだけで、フリットに吠えられるシンバ。

「ガンを飛ばしてんのはフリットの方だよ、あ、シンバ、私、後ろ向いてるから、服、着替えちゃって? はい、タオルで体も拭いて。自分で拭けるよね」

ラインに濡れたタオルを渡され、シンバは着ている服を脱いで体を拭き始める。

そして、服を着替える為、フリットの服を広げて見た。

ジャラジャラと鎖みたいなのがついた妙な服で、シンバは少し面倒そう。

簡単なシャツとズボンでいいのにと言う顔で、チェーンを手に取り、首を傾げる。

「何やってんだよ、そりゃウォレットチェーンだ、ズボンの腰につけんだよ」

モタモタしているシンバに、フリットは苛立った声で言った。

シンバはアクセサリー類を見ながらリグドを思い浮かべていた。

リグドはアクセサリーが好きで、首にも手首にも、ブーツにさえ、チェーンをつけていたからだ。

フリットもアクセサリーが好きみたいなので、シンバはリグドに似ているなぁとフリットをチラッと見る。

「あぁ!? 何か文句あんのかよ、こりゃぁなぁ、オイラの持ってる服の中でも結構お洒落度が高けぇんだぞ!」

柔らかそうなブラウンの髪と優しい色のアンバーの瞳は、全然、攻撃的じゃないのに、十字架のネックレスと左耳の十字架のピアスが攻撃的に見えて、フリットの今の表情と合わせると、今にも殴ってきそう。

「だから何ガン飛ばしてんだよ!」

「・・・・・・別に」

「あぁ!? 別にってなんだ、口の訊き方がなってねぇ! ここではオイラのが先輩だぞ」

「いい加減にして、フリット!」

後ろを向いていたラインが、そう言うと、クルリと振り向き、

「シンバの何が気に入らないの!? キミが先輩だって言うなら、私もフリットの先輩だよね、で、今迄、私はキミのその減らず口を注意した事が一度でもあった? 口の訊き方なんてどうでもいいじゃん、大体シンバ、何も言ってないに等しいし。それに先輩だって言うなら、ある意味、シンバは私達より上なんだよ、LTリミットレベル2なんだから」

と、フリットに詰め寄った。そして更に振り向き、

「ね? シンバ?」

と、シンバを見た瞬間、動きを止める。だが、直ぐに、ニッコリ笑顔で、

「似合うじゃーん! かっこいいよ、うん、やっぱね、素材は悪くないって思ってたんだ」

と、はしゃぎ出す。

「後は靴だね、靴も持って来てくれた?」

フリットを見て、ラインはそう聞いた。

「靴のサイズ知らねぇし、オイラのサイズとピッタリとは限らねぇだろうが!」

ラインのはしゃぎっぷりが物凄く気に入らないフリットは、ラインに対しても少し口調がきつくなる。

「それもそうだね。よし! じゃあ、シンバが休んでる間に私が買って来てあげるよ」

「なんだよソレ!? コイツに靴をプレゼントするって言うのか!? ラインが!?」

「そうだけど?」

「冗談だろ、オイラにだってプレゼントしてくれた事なんてないのに!?」

「なんで私がフリットにプレゼントしなきゃいけない訳?」

「なんでコイツにはプレゼントするんだよ!? オイラはダメで、コイツはいいのか!?」

「あぁ、そうか、なんでフリットがそんなに苛立ってるのか、私、わかっちゃった」

「何が!?」

「ヤキモチ?」

ラインはそう言うと、フリットの顔をジッと見て、クスッと笑う。

「違う!!!!」

直ぐに否定するが、ラインは聞いちゃいない。

「しょうがないなぁ、そんなに私の事が好きだったとは」

「だから違うって!!!!」

「しょうがないから、フリットにも何か買ってあげようか?」

フリットはガキをあしらうような扱いをされた事にカチンと来て、

「いらねぇよ!」

そう言うと、部屋から出て行ってしまった。

ラインはやれやれと溜息を吐きながら、

「本当に何怒ってんだか」

と、呟く。

本当にヤキモチだったのだろうが、ラインは本当はそう思ってないようだ。

「あ、なんかごめんね、フリットご機嫌斜めみたいで。いつもはいい奴なんだけどさ。しょうがない奴だよねぇ、本当に。あ、フリット行っちゃったし、私が部屋に案内するよ」

ラインはそう言うと、部屋から出て行くので、シンバも後を追う。

「凄いね、普通に歩けてるし、回復が早い。流石だよ」

ラインはニッコリ笑って、シンバを見ながら言う。

「・・・・・・その笑顔、昔から変わってないな」

「昔から? 私達、やっぱり昔に会った事が? そんな記憶があるの?」

「・・・・・・ない」

「ないのに、なんで?」

「わからない。勝手に口が喋った」

「なにそれ? 変なの」

確かに変だとシンバも頷く。

壊れた窓が並び、壁を伝う植物が生い茂り、埃っぽい空気と薄暗い長いローカ。

ここは何らかの建物だったが、今は廃墟のようだ。

「あっちのドアがトイレとシャワーがある部屋。こっちのドアはキッチンがある部屋」

廃墟でも使えそうな部屋を使っていると言う事だろうか。

向こうが武器庫で、そっちが外に出る扉だと、歩きながら指差しで案内するライン。

「シンバの部屋はここ」

と、錆びたドアの前に立ち、ラインはノックして入る。

その部屋は廃墟とは思えぬ程、綺麗にリフォームしてあって、ベッドも本棚もソファもテーブルもスタンドもある。

「レン、シンバを連れて来たよ」

ソファに座っているレンダーに、ラインがそう言うと、

「じゃあ、私、片付けもあるし、行くね」

と、行ってしまった。

部屋に取り残されたシンバは、レンダーを見て、レンダーもシンバを見る。

「気分はどうだ?」

そう聞かれ、首を傾げながら、

「悪くはない」

と、答えるシンバに、レンダーはそうかと頷いた。

「まぁ、座れ」

レンダーがそう言うので、シンバはレンダーと向かい合わせになるよう、ソファに座る。

「聞きたい事はあるか?」

「ある」

「そうだろうな、じゃあ、まずはお前の質問からだ。答えられる事やわかる事は話そう」

「アンタ、何者?」

「俺様の名前はレンダー・バミッシュ。ある国の元軍人だ。その国では戦いのエキスパートとも言われる軍の中で特Aクラスの地位だった。今は只の何でも屋のオッサンだ」

「何でも屋?」

「あぁ、軍人だった頃のコネもあるしな、ヤバイ仕事が多いが、簡単な探し物や掃除や老人、子供の世話まで、何でもやる」

「なんで軍人をやめた?」

「やめたんじゃない。もうその国がなくなったんだよ」

「なくなった?」

「LT中毒者が増えてな」

「・・・・・・」

「LTは元々、軍人の為のドラッグとして開発されたんだ。だがLTは体に合わないと、直ぐに血を吐いて死んでしまう毒物でもある。しかもLTは体の覚醒だけでなく、記憶障害を引き起こし、脳を崩壊する危険な薬だ。だが我が軍はLT使用を行い、自滅しただけでなく、LTを流出させてしまい、一般人にまで行き渡らせてしまった。あっという間に国は滅びたよ、LTという薬でな——」

「・・・・・・」

「しかもLTをキメて、お前のように無事でいられたとしても、その者の寿命は50年だ」

「50?」

「危険な薬なんかに手を出した代償は、それだけじゃねぇ。最早、人間離れしたパワーアップは、化け物なんだよ」

「・・・・・・」

「あぁ、そうだ、お前の血液検査な、結果が出てる。やっぱり、お前はLTリミットレベル2だ。レベル3になる為には、またLTを飲み続け、完璧にLTを体に染み込ませたら、再び3日間、LTを絶ち、限界を超える事だな。生きていられるとは限らないが」

「・・・・・・」

「俺様への質問は終わりか?」

いや、聞きたい事は山程あった筈。

だが、何を聞いたらいいのか、わからなくなってきて、シンバは沈黙する。

「なら、今度は俺様が質問する番だ」

黙っているシンバに質問は終わったのだと思い、レンダーはそう言って、

「名前は?」

問い始める。

「シンバ・ルーペリック」

「・・・・・・シンバ・ルーペリック?」

そう尋ね返したレンダーの表情が少し変わった。

「その名前は・・・・・・確かなのか・・・・・・?」

「あぁ」

「お前の本名なんだろうな?」

「そう呼ばれてたから、そうなんじゃないか? 何か気になるのか?」

「・・・・・・いや、レベル2の割りに覚えてるもんだなと思ってな、じゃあ、年齢は?」

「・・・・・・」

『そういやぁ、シンバ、今日が誕生日だったな』と、リグドがそう言って笑う顔がシンバの脳裏に浮かぶ。

『17歳か、まだ子供だ』

リグドがそう言って笑っていたのを思い出す——。

「どうした? 覚えてないか?」

「17」

「17か、ラインと同じだな。実はな、お前はラインと共通する事がもう1つある。お前はライン同様、生まれながらにしてLT中毒症だったと言う事だ」

「生まれながらにして?」

「あぁ、血液検査のLT濃度でわかったんだが、お前の両親は父親も母親もLT中毒者だったのだろう、そして母親の胎内にいたお前にも、その影響はあった。通常LT中毒者夫婦の間に生まれてくる赤子は99パーセント死産なんだが、お前は死なずに生まれたんだ。LT中毒症の赤子がLTを絶つ訳にもいかず、その為、お前はLT入りのミルクで育てられたんだろう、親の記憶はあるか?」

「ない」

「だろうな。恐らく、お前の親は、LTのせいで、もう死んでるだろ。生きていたとしても、お前の事など、記憶にないだろう。ラインの父親は俺様と同じ軍人でな、友だった。母親も配属は違うが、同じ隊員で、どちらもLT中毒者だった。母親の方はラインを生んで中毒症のせいもあり、直ぐに死んでしまい、父親の方は軍をやめて、どこかへ消えたんだ。その後、ラインは・・・・・・まぁ、いろいろあって、それから国も滅び、俺様がラインと出会ったのは10年前だ」

「・・・・・・アンタ、幾つなの?」

「年齢か? 35だ。軍に入団したのは18の頃、国が滅びたのが23の頃、ラインと出会ったのが25の頃、そして、お前と出会ったのが35か——」

この話しでハッキリわかるのは、レンダーはLTをキメた事が一度もないと言う事。

記憶がハッキリしている。

「ラインは一日にLTを何粒も食べ、上機嫌で音楽を大音量に流しながら、町中で踊っていたよ。LTがキレると、その場にいた人を殴り、中には殴り殺された奴もいただろうな。セク隊に追われる前に、俺様がラインを連れて、この廃墟へと身を隠した。ラインの父親はとっくに死んだか、どこかで彷徨ってるのか。兎に角、ラインだけは助けてやりたいと思い、体からLTを抜く決断をした。死なせる事になるかもしれなかったが、このまま手に負えなくなるよりはいい。それにアイツは女だ。将来、子供だって生みたいだろう。だから俺は本の少しの希望に賭けたんだ、ラインが生き残る事を信じて——」

「・・・・・・それで彼女は限界を超え、リミットレベル1となったのか?」

「そうだ。だが生きていくには、金がいる。そこで俺達は何でも屋を始めたって訳だ」

「もう1人いた男は?」

「フリットか? アイツは2年前かな、俺様が拾ってきたんだよ。実はLT中毒者を他にもここへ連れてきて、LTを抜こうとしたが、2日と持たず、みんな死んでしまった」

シンバは少し呆れたように、レンダーを見ると、

「偽善行為で、余計な事するなよ」

吐き捨てるように、そう言った。

リミットを越えるなど、到底無理な話で、実際に超えたシンバでさえ、二度と超えたくない3日間だった事は言うまでもない。

それを望んでもない人間に超えさせ、挙げ句、死なせたのでは、善意ある事とは思えないのだろう。

まるで実験紛いじゃないかと、シンバは思う。

「偽善じゃねぇ。悪意も善意もない。只、俺様は、俺様と契約する奴を探してるだけだ」

「——契約?」

「フリットは強い。LTリミットレベル1だしな。だが、元軍人の俺様の戦闘能力を全て伝授してもいいと思う奴じゃない。どう足掻いても、レベル1だからな」

「・・・・・・」

「だが、アイツをレベル2にステップアップさせる事はできねぇ。もし死なせたら、せっかくのLTリミットを越えた奴がいなくなってしまう。そんな事、絶対にできない」

「・・・・・・何の話だ?」

「リグド・カッツェル。お前、奴の知り合いか?」

突然、そう聞かれ、シンバは言葉を失う。

「お前、LTがキレた時に苦しさの余りリグドの名を口にしていたぞ?」

「・・・・・・」

「知り合いという程、奴を知らないか? それとも覚えてないのか? どちらにしろ、お前はリグドの所には戻れないだろう、戻った所で只では済まないだろうし、またLT漬けにされるだけかもな。LTリミットレベル2でも奴には敵うまい? なんせアイツは、LTリミットレベル3だからな」

「レベル3!?」

「お前、奴に俺を殺すよう命じられたんじゃないのか? でも殺せなかった。今からでも遅くはないか? だが、俺を殺した所で、お前はリグドと共に生きていけるのか? 今もアイツはLTをキメてるんだろう? それを絶ったとして、それでも尚、生きていたら、奴はレベル4になるって訳だ。レベル3で最強だからな、これ以上、絶つ必要もないだろうが、アイツは化け物の域を超え、どこへ向かってるのかさえ、わからなくなっちまってる。そう思わねぇか? そんな奴の所へ戻れるのか?」

「・・・・・・」

「だが、お前は奴の所へ戻る他、行く宛などないだろうな、ましてや普通の生活などLTをキメてた奴ができる訳もなく、職もないだろう。その強さで軍や部隊に入団できたとしても健康診断で、お前がLT中毒者だった事は血液検査で直ぐにバレる」

「俺にどうしろと言うんだ!?」

「ここにいろよ」

「!?」

「こうしてお前の部屋も用意してやってるんだ。俺様の仲間になれ。お前がLTの後遺症でフラッシュバックやトリップに脅える日が来ても、ここなら俺様も、ラインも、フリットもいる。LT後遺症の安定剤もある。レベル1なら、然程、後遺症もないが、レベル2ともなると、どうかわからねぇ。特にトリップは、LTを飲んでいる間も、レベルを超え、飲まなくなった後も、続く症状だ、下手したら自滅だろう」

「・・・・・・」

「仕事もある。何でも屋だが、給料だって働いた分は支払ってやる。その稼いだ金で、休日はショッピングや映画、食べ歩き、何でもやりたい事をすればいい。人間と変わらない生活をさせてやる。身分を証明するようなものがねぇから、国からの保証は何もないが、お前もラインもフリットも、寿命は50歳だ、未来なんてない分、今を楽しめばいい」

「・・・・・・条件はなんだ?」

「話が早いな。ここで生活をさせてやる代わりに、ラインを死んでも守れ」

「どういう事だ?」

「いつか、リグドは俺様を殺しに来るだろう。その時、俺様の大事に育ててきたラインを殺されるかもしれない。それをなんとしても阻止しろ。ラインは、その寿命が尽きる時まで、幸せで笑っててほしいんだ。あの子の笑顔を消したくないんだ」

「・・・・・・アンタとリグドはどういう関係なんだ?」

「リグドは8歳で、国のモルモットとして、軍に引き渡された異民族の私生児だ」

「国のモルモット?」

「LTは元々俺様が生まれ育った国の研究者達によって作られたものだ。LTを試す人間にリグドは選ばれたんだよ。たったの8歳でな。しかもリグドは異端児でもあり、それが天才的な事でもあった。俺様が18で軍に入団仕立ての頃、リグドの世話係の任務を受け、リグドを弟のように可愛がったよ。誰にも懐かなかったリグドが俺様にだけは懐き、心を開いた。よく笑う可愛らしい子供だったよ——」

「・・・・・・」

「それも数週間の話だ。リグドは国のモルモット。直ぐに研究材料になり、俺様の世話係りも終わった。だが、たったの数週間でも可愛がった奴が気になり、何度も面会に行ったのが間違いだった。リグドは人間扱いなんて誰からもされやしない。LT漬けにされ、LTを抜く3日間の苦しみの後、生きていたとわかれば、直ぐにLT漬けにされた。リグドが苦しんでいる最中、見ているしかできなかった、何もできなかったんだ、何も——」

レンダーは自分の罪に押し潰されそうに、胸が苦しくなる。

だが、忘れてはいけない事なのだろう、しっかりと鮮明に今も蘇る過去——。

『レン、助けて』

今もその声がレンダーの耳から離れない。

8歳の小さな男の子が、次第に化け物のチカラに支配されて行く様も、瞳から離れない。

「まだ小さなガキが言うんだよ、『殺してやる』ってな。呪いをかけるような顔でさ」

「・・・・・・」

「アイツの姿を最後に見た時、アイツは8歳のガキの顔じゃなかった。そして『レン、オレは忘れないよ、絶対にね』そう言い残して消えた。勿論、憎しみたっぷりの声と口調で言われたさ。そりゃそうだ、何もできないなら、他の連中と一緒に、モルモットとして扱ってやれば良かったものを、俺様だけはアイツを人間として扱ってしまったんだ。それが優しさだと勝手に思っていたが、そうじゃねぇよな。リグドがされている事を、俺は当たり前のように見ていたんだから。モルモットとして見れないなら、当然のように見るのは違うよな。アイツはきっと俺様が助けてくれると信じていた筈だ。なのに俺様は、リグドの、信じていた気持ちを裏切って、アイツに残された本の少しの人間らしさを壊してしまったんだ・・・・・・」

「・・・・・・」

「愛情じゃなく、同情とか哀れみとかはな、どんなに優しく接しても、憎しみに変わる。それが好きな相手なら尚更だ」

リグドがレンダーに、どれだけ懐き、どれだけ信じていたのか。

それが大きければ大きい程、憎悪も増すのだろう。

「リグドがレベル3になった時、そのパワーは軍さえも歯が立たない程で、リグドに関わった殆どの研究者はリグドに殺され、リグドは大量のLTを盗み、国から逃亡。その後、リグドがLTの服用をして生きていた事で、まだLTをキメてなかった軍人達もLTを服用し始め、軍は略全滅状態になり、国も潰れたが、LTなどと言う人間を兵器として生み出す薬を作った国の代償だろう」

「・・・・・・」

「アイツは俺様を許さないだろう、そして忘れないだろう。だから、シンバ、お前がグールダールに来たんじゃねぇのか? 最近、闇ルートで何でも屋の仕事が続いたからな。俺様がグールダールに放り込まれたという情報をリグドは聞きつけたんだろう。アイツはこの国にいるんだろう? シンバ、アイツは俺様を殺しに来たんじゃないのか?」

「・・・・・・殺しに来たのかなんて、わからない。リグドは居場所を転々と変えるし、俺は只LTさえもらえれば、どこへでも付いて行くだけだ。でも俺がグールダールに行ったのは、アンタを殺すよう言われたからだ」

「そうか。やっぱり、どんなにLTキメても、リグドは俺様を忘れないか」

レンダーは頷くと、

「俺様はLT中毒者じゃねぇが、軍人としての強さがある。俺の強さをシンバが伝授すれば、リグドに勝てるかもしれねぇ」

そう言って、シンバを鋭い眼力で見る。

片目だけだが、元軍人と言うだけあって、眼力だけで、ビビらせる気迫はある。

「俺がリグドに勝てる? 冗談だろ。悪いけど、俺はリグドに逆らう気はない」

「逆らう訳じゃない。只、もし、もしも、ラインが狙われるような事があれば、その時、ラインを守ってほしいと言う話だ。俺様が殺されようが拷問されようが、それは構わねぇ。只、ラインだけは——」

そう言うと、レンダーはソファから立ち上がり、床に座り込み、頭を床につけ、深く深く頭を下げて見せた。

「な、なにやってんだ?」

「頼む」

「無理だ。俺はそんな約束できない」

断ると、レンダーは顔を上げ、シンバを見上げると、

「まさか、お前、リグドの記憶しかないって言うんじゃねぇだろうな!?」

そう言われ、シンバは暫し沈黙した後、

「アンタこそ・・・・・・彼女の親でもないんだろう? そこまでする理由があるのか?」

そう聞いた。

「ラインの親は俺様の友だったと言ったろう? 母親の方は・・・・・・俺様が嘗て愛した女だった。俺様より、ラインの父親はいい男だったからな、当然、そっちを選ばれた。俺様はラインの父親とも、母親とも、仲良くしていた分、あの子には思い入れがある。特に母親似の姿で成長していくラインを見ていると、どうしても・・・・・・幸せになってほしいと思う。まぁ、何れ、お前にも好きな女ができれば、わかるだろう」

「・・・・・・」

「お前なら、あの子を守れる強さがある!」

そんな事を言われても——、シンバは俯いて、

「俺、アンタを殺して、リグドの所へ戻らないと・・・・・・。ずっと帰らない俺に、リグドは今頃怒ってる・・・・・・」

そう言った。

「いや、グールダールから帰って来れないと思うだけだ」

「え?」

「幸いグールダールは完璧な守備が売りの牢獄だ、でもそれは脱走者がいる事を世間に報告してないだけの事。つまり、誰一人として脱獄した事がないと言うのは、それを世間に公表してないと言うだけだ。俺様達が脱獄した事は世間には誰にも知らされない。現に俺様は幾度となく捕まっている。でもこうして脱獄して来ている。今回、脱獄に時間がかかり、ラインが心配して迎えに来たが、いつもなら、俺様一人で充分、脱獄できる」

「・・・・・・そうなのか!?」

「こんな廃墟に住んでいる理由のひとつは、俺様が世界中で指名手配されてるって事もある。特に何をしたって訳じゃねぇが、ある国の元軍人の生き残りって事でな・・・・・・LT関連って事だろう。殆ど何でも屋の仕事や情報は俺様の携帯でとり、俺様は事務的な仕事をしている。実際に町中に出て仕事を行うのはラインとフリットだ。俺様は特に外に出る事はない。只、まぁ、ヤバイ仕事だったり、二人に何かあった時は外に出なきゃならない。そういう時に捕まってしまう場合があってな。でもここは誰にもバレてない。リグドも俺の居場所を知ってる訳じゃないだろう?」

「・・・・・・」

「お前の人生は、50まで生きれたとして、後33年。ラインもだ。その間にラインに好きな男が出来て、結婚でもしてさ、幸せな笑顔で過ごす毎日も、お前はラインを影ながら見守り続けてほしい。お前は男だ。ちゃんとした職もない人生で、結婚なんて難しいだろう? なら、ラインを黙って見守っていてくれないか? 変わりに何でも屋として働く給料は、それなりに出してやるし、もし、お前達より俺様の方が先に死んでも、俺様の隠し財産は、お前とフリット2人が、後33年くらい遊んで暮らせるぐらいの額はある。後33年、リグドの所で飼い犬するより、よっぽどいい」

「・・・・・・それが契約?」

「あぁ」

「・・・・・・正直に言うが、俺は誰かを守る自信なんてない」

そう言ったシンバに、レンダーは深く呼吸をして、再びソファに腰を下ろした。

シンバはチラッとレンダーを見て、レンダーが、まるで廃人にでもなったかのように生気のない顔をして、黙っているので、

「・・・・・・直ぐに契約はできない。でも——」

何か言わなければと思い、そう言った。

「でも?」

当然、聞き返すレンダー。

「・・・・・・少し待ってくれないか、考える時間がほしい」

「少しってどのくらいだ?」

そんな面倒な事を聞かれると思わなくて、シンバは右手で前髪をかきあげ、苛立つように、そのまま髪の毛をぐしゃぐしゃいじる。

「なぁ、どのくらい考える時間を与えればいい?」

それさえも考える時間を与えてくれないで、同じ事を聞き返すレンダーに、シンバは参ったなぁと、今度は右足を揺すり出す。

「1時間? 2時間? それとも1日? 2日? 一週間? 二週間?」

そう言われても、何とも言えない。

「なぁ、どのくらいだ!?」

「・・・・・・俺が」

「ん!?」

「俺がラインを守りたいと思う時迄」

それは契約すると言う事になってしまう台詞だった。

しかし、シンバが、自らラインを守りたいと思う時など、そんな時が来るのだろうか。

それでも、シンバの青い瞳は答えた後も、真剣に、レンダーを見つめていた。

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