2.再会

微かな光が目に入り、目を開けると、知らない場所にいた。

ジャラッと言う音で、首と手首と足首、それから胴体にまで大きな鎖で繋がれているのに気がつく。

「・・・・・・なんだよ、これ・・・・・・?」

言葉が口を吐いた途端、物凄い激痛が脳に走った。

「ぐはっ!」

余りの痛さにヨダレと胃液を吐き出す。

リグドが俺の失態に激怒した仕打ち!?

何もない部屋。

小さな窓から光が漏れているだけの薄暗い部屋。

こんな鎖、引き千切ってやりたいが、LTがきれて数十分しか、凄まじいパワーは出せない。

あれから、どのくらい時間が経ったのだろう。

自分の呼吸音でズキズキと頭が痛み、心臓が破裂しそうだ。

ポタリと床に落ちた汗の気配さえ、体の全てに響き渡り、気を失いそうになる。

ガチャっと音をたて、ドアが開く。

もうその音と、足音だけで、眩暈と嘔吐が止まらない。

「起きたな」

その声に、かろうじて、顔を上げると、レンダー・バミッシュが立っている。

「・・・・・・てめぇ、何しやがる」

「喋るな喋るな。苦しいだろう? おっと、俺様の声も苦痛か? その痛みと苦しみの中じゃあ、トリップもできんだろう」

「・・・・・・LTをよこせ」

「ねぇよ、そんなもん」

「よこせぇぇぇぇぇ!!!!」

「おいおい、無理するなって! 耳と鼻から血が出てるぞ」

「うるせぇ、リグドに会わせろ」

「リグド? リグド・カッツェルの事か? お前、奴の飼い犬か?」

「うるせぇ! 余計な事言ってんじゃねぇ! リグドに会わせろ、LTよこせぇ!」

「今、お前の血液を調べてるんだが」

「何勝手な事してんだぁ!?」

「まぁまぁ、落ち着けって。知っているか? ラストトリップ、LTは5段階のリミットがある。LTは飲むと直ぐに体が覚醒して、痛みも感じない状態で、ハッピーな気分になる。つまりトリップしてるから、世界が変わる。実際に変わってる訳じゃねぇが、幻覚でも幻聴でもない。LTの怖さは、それが本物だって事だ。全てがスローに感じ、風にだってなれる。だが飲み続けると、気分がハッピー状態も通常になってくる。つまり全ての感覚が覚醒してる状態が普通になり、ハッピーも薄れてくるが、LTをやめると、苦痛が来るのでやめれなくなる。今のお前状態だな」

ヨダレを垂らし、不定期な呼吸と、汗と涙と血が混ざったものが頬や顎を伝い落ちている。

今、どんな状態かなんて、理解できない。

「LTをキメてる時は最強だが、もっと最強になる瞬間はLTがキレて、数十分。LTほしさに無敵になる。だが、無敵状態になる前、LTがキレそうな時は体も痺れ出し、震えも出るし、無敵どころか、最弱になる。お前はその瞬間にやられ、俺様達に捕まったんだな。しかも無敵状態は数十分だけだ。その後は何度も言うが、今のお前状態だ。LTなんていいもんじゃねぇだろ?」

「・・・・・・LTをよこせ・・・・・・」

「それで、その数十分の無敵状態をリミットと言う——」

「・・・・・・LTを・・・・・・」

「とりあえずLTは3日で体から抜ける。だが、その間、気絶はさせてもらえないのに、常に脳は覚醒し続け、感覚が異常に高ぶり、砂一粒、落ちただけで、体中に内臓を抉られたような激痛が走るだろう。3日目、お前は死んでるかもしれねぇ。だが死なずに限界を超えたら、血液検査の結果が出ないとハッキリと断言はできないが、恐らく、お前はリミットレベル2になる。それはLTに耐え抜いた者だけに与えられるチカラ。その時、お前はLTをキメなくても、レベル2のリミット状態を普通に発動させる事ができるって訳だ」

もうレンダーの声が、只の痛みでしかない。

「あぁ、悪い、長い説明だったな。今のお前に何を話しても苦痛だけであって説明にならねぇな。ま、3日後に死んでなかったら、説明してやるか。お前からも聞きたい事はあるしな。只、LTをやっていた間の記憶は断片的で曖昧だからなぁ。ま、兎に角3日後だな、お前は大丈夫だろう? 断言はできないが、恐らく、一度、限界を超えて、レベル1になってるんだ、また超えれるさ。覚えてないか? LTを最初にキメた時より、更にパワーアップしてるだろう? きっとお前はレベル2だ。もう充分、人間じゃねぇよ。生きて限界超えれたとしても二度とLTやるんじゃねぇぞ」

「・・・・・・ぃ、おい、待て、どこへ行く、LTよこせよ・・・・・・」

ドアが開く音がして、

「いっそ殺せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

そう叫んだが、

「まだそんな力が残ってるのか? 結構長いぞ、3日は。そう焦るなって」

と、レンダーはドアを思いっきりバンッと閉めた。

自分の悲鳴さえも激痛が走り、空気でさえ、痛みなのに、気絶はできない。

舌を噛み切ろうと、口を動かすと、その口の中の音でさえ、脳を刺激する。

昔、似たような苦しみを感じた気がする。

LTを一度絶った事があったと言うのだろうか。

何も覚えてない。

いや、何か考えようとするだけで、脳を抉られたような痛みが走る。

何も考えないようにしても、体の全てが痛み出し、その痛みに、何度も胃液を吐き出す。

痙攣を起こしては、体中に痺れが走り、血を吐いているのか、目や鼻から流れているのか、どこから血が出ているのかもわからず、只、只、床に血の海を作っていた——。

無限の苦しみで、気がつけば、頭痛が和らぎ、体中の痛みが消えそうになった時、ドアが開いた。

「生きてる?」

返事はできない。急に感覚がなくなって来て、死んでるような気がするから——。

「生きてるみたいだね」

生きてるのか?

ふわりといい香りがして、生温い柔らかいものが頬に当たり、少し顔を上げると、女が目の前にいた。

「もう大丈夫だよ、体、綺麗にしようね?」

お湯で濡らしたタオルを俺の頬に当てて、優しい顔を向けてくる。

前髪は長めだが、ショートの黒い艶やかな髪。

白い肌と大きな瞳は綺麗なアクア。

動きやすそうな格好のせいか、それとも短パンのせいか、ボーイッシュな雰囲気だが、直ぐに女だとわかる程、柔らかい物腰で、優しいオーラを放っている。

誰だろう?

知ってる女だろうか?

覚えていないだけか?

それとも、これはトリップして見えているもの?

「くっせー! なんでこんなボロ雑巾みたいな男の世話しなきゃなんねぇんだよ!」

他にも誰かいるようだ。

声からして男だ。

「人の事言えるの? フリットがこうなった時に、誰がキミの糞尿を片付けてあげたんだっけ!?」

「糞はしてねぇだろ!!!!」

「そうだっけ? してたんじゃなかったっけ?」

「し、してねぇよ!!!! LT以外、口にしてないんだぞ、糞や尿じゃなくて、まぁ、失禁はあるとしても! 糞はない! 臭いのは吐いたゲロと血と尿だ!」

「そんな事より、フリットの服、貸してあげてよ、着替えさせなきゃ」

「なんでオイラが!?」

「体格、同じくらいじゃん」

「オイラの服はなぁ! こんな男に着せる為にあるんじゃねぇ!」

「彼が着た方が似合っちゃったりして? それが悔しいんだ?」

「なんだと!?」

「違うの?」

「待ってろ、今、オイラの服、持って来てやんよ!!!!」

男は部屋を出て行った。

俺は、ぼんやりと、その様子を目に映していた。

女は俺の体を拭きながら、俺の体につけられた鎖を外し、

「レベル2なんだって? 凄いじゃん」

と、話しかけてくる。

「LTほしい?」

そう聞かれ、俺は首を左右に振った。

今は欲しいと思わない。

只、眠りたい。

兎に角、休みたい。

でもその前に、ピース・ラバーという奴に会ってみたい。

俺がリグド以外で負けた相手だから。

「・・・・・・・・・・・・ピース・・・・・・」

「ん? まだちゃんと喋れないよ、無理しないで?」

「ピース・ラバーに会いたい」

「・・・・・・いいものあげるよ、手を出して?」

ちゃんと喋れなかったのだろうか、うまく発音できてなかったのだろうか、まだ舌が痺れているのだろうか、わからないが、女は全く関係のない事を言い出している。

「ほら、もう手錠は外れてるんだから動かせるよね?」

そう言われても、急には体を思うように動かせない。

まだ少し震えもある。

でも、ちゃんと手の平を上に向け、手を出せた。

女はグーにした手を、俺の手の平の上に置き、そして——

「あげる」

と、俺の手の平に、コロンとピンクの飴玉を置いた。

一瞬、何かを感じた俺は、

「・・・・・・どこかで会ってる?」

そう聞いた。今度は通じたのだろうか、

「それ、私が最初にキミに言った台詞」

と、クスクス笑った。

いや、やはり通じてないのか、最初に女が俺に言った台詞は確か『生きてる?』だ——。

「キミ、どっかで会ってない?」

そう聞かれ、俺はハッとする。

それはピース・ラバーが最初に話しかけて来た台詞!

「平和と愛を願う戦士だから、私」

と、笑う女。

ピース・ラバーは、この女!?

ピース・ラバーは男じゃなかったのか!?

今の服装と違い、ダボダボの服装だった事と、男の犯罪者の牢獄へ行く為、男だけを乗せた護送車だった事で、全く見抜けなかった。

幾ら油断したとは言え、しかも弱ってる瞬間だったとは言え、俺は女にやられたのか!?

「キミも私にどこかで会ってる気がしたんだ? 私もキミを見た時に思ったの。私達、どこかで会ってるのかもね。でも思い出せない。悔しいね、LTのせいで、思い出となる記憶は殆ど思い出せない。嫌な後遺症だよ」

俺の体を拭きながら、そう言って、笑顔を絶やさない。

だが、この女も、その笑顔の影で、LTをキメていた時があったんだと知る。

「あ、でもさ、お互い、嫌な奴だって思ってたかもしれないよね? だったら、そんな記憶は消えちゃってオッケーだよね?」

明るく振る舞う女に、俺はどう反応していいのかわからず、只、体を黙って拭かれていた。

「立てる? もうすぐフリットが着替えを持って来てくれるから、そしたら、少し休んだらいいよ、部屋を用意してあるからフリットに案内させる。ここは私が片付けておくから」

「・・・・・・」

「ん? 水? まだダメだよ、キミが眠る部屋でレンが待ってるから、眠る時に、レンから点滴してもらって?」

「・・・・・・違う・・・・・・ここを片付けるのか?」

「そうだけど?」

「俺が片付けるよ。汚いから——」

「そんな事、気にしなくていいから」

「ピースが気にしなくても、俺が気にする」

そう言ったら、吹き出して笑われた。

「ごめん、ピースって呼ぶからさ。あれは偽名だよ、私はライン・ポートリー。キミは?」

「・・・・・・」

『シンバ』と、俺を呼ぶリグドの顔が浮かんだ。

リグドの左耳でピアスが揺れる。

闇の中で揺らめく炎のようなダークレッドの髪を、利き手の左手の長い白い指でいじりながら、髪と同じダークレッドの瞳に俺を映し、不敵に笑うリグドの唇が動く。

『シンバ。お前はシンバ・ルーペリックだ』

リグドがそう言っていた——。

「名前、思い出せない?」

黙っている俺の顔を覗きこんで、ラインが聞くので、俺は首を振り、

「シンバ・ルーペリック」

そう答えた。

「シンバか、かっこいい名前じゃん、キミにピッタリだよ」

ニッコリ笑って、ラインは、多分、褒めてくれた。

いつだったか、前にも、この笑顔に会っている気がする——。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る