牙の8

『貴様、一体何が望みだ?』

 烏帽子男はやっと入って来た酸素を飲み込んで、それでも荒く肩で呼吸をしながら、顔を上げて俺を見た。随分恨めしそうな眼をしている。

『別に、何も』

 俺はかがみ込んで、獣(こういう表現は適切ではないのだろうが、俺には判別がつかない。だからこういうより仕方ないんだ。学者じゃないからな)達の顎を撫でてやりながら、素っ気ない口調で答え、懸けていたゴーグルのフレームを指で叩いた。

『ここには小型のCCDカメラがあってね。俺の依頼しごとは、この連中が、ニホンオオカミの生き残りかどうか探ってきて欲しいというものなんだ。』

 そこで言葉を区切ってから、社に目をやった。

『あんたが言ってるのは、どうせあの中にある財宝おたからだろ?戦国時代末期に、織田信長に敗れてこの地まで落ちのびてきた何とか言う武将の子孫が隠したとか、違うかね?』

 烏帽子男は傍らに落ちていた太刀に手を伸ばそうとしたが、俺はそれより早く太刀を掴んで引き抜く。

『あんたらが先祖代々守って来た財宝だか、埋蔵金だかがどんなものなのか。俺には関心も興味もない。依頼人も同じさ。これで俺の仕事は終わりだ。じゃな』

 俺は太刀を遠くへ投げ捨て、口笛を吹きならしながらその場を去った。

 山は昇るより降りる方がなんだが、目的を半分以上達成した身にはどうってことはない。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 二日後、俺は東京に帰るとすぐに奥田博士に会い、CCDで撮った映像を録画したチップと報告書を博士に渡した。

 動物学には無知な俺だが、研究に命を賭けてきた彼には、俺が写したあの獣の正体が直ぐに分かったようだ。 

 彼は興奮したような眼差しで画面を確認し、俺に”有難うございました”と言いながら、分厚い(俺にとっちゃな)を渡してくれた。

 当り前の話だが、映像にはあの村の連中も映ってはいたものの、博士もそれには全く関心はなかったし、俺も同じだ。

 だから連中と演じた大立ち回りについては、障りを少し書いただけにしておいた。

 いい天気だ。

 俺は洗濯を終えた後、屋上のテラス(笑うなよ。本当にそうなんだから)に出したデッキチェアに寝そべり、傍らに置いたウッドテーブルに置いたバーボンを呑りながら、昼間からうとうとやっている。

 事務所オフィスのドアには、

”本日休業”の看板をぶら下げてあるし、電話には留守番メッセージが流れるようにしてある。

 自由業のいいところは、いつでも好きな時に休んだって、どこからも文句が来ないところだな。

 ああ?

 その後奥田博士はどうなったかだって?

 どうしても知りたいか。

 仕方ないなぁ。

 博士はあの映像からプリントアウトした写真と音声を学会に提出し、発表をしたが、石頭のお偉いさん達の反応はやっぱり、

”これは野犬だ”

”オオカミが人になつく筈はない”

 だとさ。

 まあ、学者なんてそんなもんさ。

 俺はグラスを傾け、胸に置いていたアメリカンコミックを顔に被せ、気分はスパイダーマンで、また眠りの中に落っこちた。

                             終わり

*)この物語はフィクションです。登場人物その他全ては作者の想像の産物であります。

 

 

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幻の白い牙 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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