牙の7

 烏帽子男はまた鞭を振り上げようとする。

『もう、止さないか』

 俺は警戒棒を片手で構えたまま、もう片方の掌を広げ、奴を制した。

『俺は決して動物愛護論者なんかじゃないがね。しかしこれ以上彼らを使うのはあまりじゃない。口の聞けない生き物に命がけの勝負を強いるくらいなら、あんたらがかかってきたらどうだね?』

 次に彼は鞭を三回半振った。

 すると獣はその音に反応し、倒れていたものも立ち上がると、大人しく後ろに下がる。

 それと同時に、武器を構えた人間が、俺の周りを取り囲んだ。

(男に二言はない、という言葉を知っているかね?)彼は低い声で告げる。

『当たり前だ。俺の先祖だってこう見えても侍だ。多少は其の血筋を引いている』

 俺は答え、一歩前へと踏み出した。

 十人は槍、長刀、そして刀、太刀を構え、俺を中心にして取り囲む。

『こういう場合、時代劇だと一人一人順番にかかってくるもんだが・・・・あんたらはどうするね?』

 俺の言葉に、烏帽子男はむっとしたように、

(かかれ!)と号令をかける。

 俺は咥えていたシナモンスティックを地面に吐き、身構えた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 10分後、その場に立っていたのは、俺と、そして烏帽子直垂男の二人だけだった。

 残りの9人は、武器を放り出し、或いは折れ、その場に全員うずくまったり大の字になったりしている。

 獣たちは心配そうに鼻を鳴らしながら、主人たちの顔を舐めている。


 烏帽子男は太刀を構え、面を取った。

 下から現れたのはもう六十近い男だった。

 彼がつまりは”当番頭”と呼ばれる、この祭りのリーダーに当たる男だ。

『お前が何者かは知らんが・・・・ただのよそ者でないことは確かのようだな』

 頭はかすれた声で太刀を構える。

『・・・・』

 俺は黙って胸のポケットからホルダーを出して、水戸黄門の葵の印籠よろしく奴に向かって突き付けた。

『探偵?探偵だと?』

 奴が言う。

『どうした?刀を放り出して土下座でもしないのかね?』

『ぬかせ!』

 烏帽子男がそういって、いきなり俺に真っ向から斬りつけてきた。

 俺は警棒を横に構え、刃を受ける。

 金属と金属がぶち当たる、甲高い音がした。

 向こうはすごい力で押してくるが、俺の警戒棒を舐めて貰っちゃ困る。

 俺は腰を思い切り沈め、しっかりとバランスを取っておいてから、いきなり片足を振り上げ、前蹴りの要領で、奴の股間を思い切り蹴飛ばしてやった。

 太刀を放り出してそっくり返りながら、奴は後ろに倒れた。

『き、汚いぞ。貴様それでも武士か!』

 一瞬、息が止まったようだったが、30秒ほどして、奴はかすれて居ながらも、甲高い声で俺を非難した。

『何とでも言えよ。戦場いくさばじゃ、勝った方が偉いんだぜ』

 俺は警戒棒を元に戻すと、舌を鳴らして嘯いた。

 獣たちは俺の迫力にびびったのか、大人しく座ってこっちを見ている。

 俺は近づいて、10頭全部の顎を撫でてやった。

 さっきとはえらい違いだ。


 

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