牙の6

 そうしているうちに、数字は進んで行く。

 深夜零時を過ぎ、午前1時、そうして、

”02:00”

 という数字を時計が示すと、周囲の空気が変わった。

 風が止まり、暗闇・・・・まごうことない、暗闇の中に、幾つか怪しく光る幾つかの目玉が浮かんだ。

 俺はゆっくり立ち上がり、ゴーグルの目盛りを最高値まで上げた。

 これで辺りはまるで真昼間そこのけの明るさになる。

 草むらから出て来た目玉の数は、ざっと数えただけでも40個。つまりは人だか獣だか分からないが、20人(匹)の”なにものか”が、こちらに向かってくるのが分かった。

 いや、前言は撤回だ。

 奴らは背の高さが違う。

 20の内、少なくとも10は、俺よりは低い位置にある。

 つまりは動物であると判断してもよさそうだ。


 一番先頭にいたのは、立ち烏帽子に直垂ひたたれ(大相撲の行司が着ているあれのことだ)、手甲に脛当て。腰には太刀を帯びている。

 他は全員胴丸にやはり手甲、脛当て。そして頭には鉢金か鎖頭巾。

 そして、特徴的なのは、全員が狐・・・・いや、顔の造作からいってもこれはヤマイヌ。つまりはオオカミの面を被っていることだ。

手に持っているのは槍、長刀。それに刀と、どう考えても時代劇の中から抜けだして来たような格好の人物ばかりだ。

 彼らの足元には、獣がいた。

 体高はそれほど高くはなく、痩せていた。

 耳は立っているものの、尾は巻いていない。

 水平方向にすっと立っている。

 先頭の烏帽子姿の男に従っているのが一番大きいようだ。

 

(麓に二人が倒れていたな。それに、良くここまで罠を潜り抜けて上がって来た。それだけは誉めてやろう)

 立ち烏帽子が低く、くぐもったような声で俺に言った。

『それは有難い。俺は今まで人から誉められたことなんかなかったものでね』

 俺はそう答え、ウェストポーチを探る。

 有難い、シナモンスティックがまだ残っていた。

 俺はそいつを咥え、空を見つめる。

(だが、気の毒だな。お主は生きてこの山を降りることは出来んのだ)

 立ち烏帽子に直垂はそう言ってから、妙な笑い声を出す。

(我々が先祖から守り伝えてきたものを、余所者であるお前に荒らされることは、断固として許すわけにはゆかん)

 立ち烏帽子は手に持っていた細い鞭を振る。

 足元にいた10頭の獣が低いうなり声を上げながら前に出た。

『俺は犬は苦手なんだがね。』

 そう言いながら俺は背中に手を回すと、警戒棒を掴んで振り出す。

 獣たちはじりじりと間合いを詰める。

 次の瞬間、そのうちの二頭が俺にとびかかった。

 俺は出来るだけ低く身構え、飛び上がらんとする刹那、俺は奴らの前足を警戒棒で横に薙ぎ払う。

 甲高い悲鳴を上げて二頭は地面に落ちる。

 立ち烏帽子は舌打ちをし、又鞭を、今度は二回振る。

 今度は三頭がかかって来たが、俺は警戒棒を構えたまま、もう片方の手で、奴らの鼻先に粉を振りかけた。

 再び地面に落ち、悲鳴を上げる。

 後残りは五頭。

 立ち烏帽子は三度鞭を振った。

 残りが一斉にかかって来た。

 だが俺はひるまず、再び粉をぶつけ、警戒棒で足を薙いだ。

 一頭が俺の腕に喰いついたが、俺が腰を捻り、腕を振ると、地面に叩きつけられてしまった。 

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