牙の5

 暗闇の中に、鬱蒼とした樹々に包まれた”御山”、神代山がそびえ立っていた。

 とはいっても、それほど高い訳ではない。

 せいぜい標高300メートルあるかないかと言ったところだろう。

(二千メートルだなんて最初に書いてしまって申し訳ない。)

 俺は暗視ゴーグルの倍率を上げて、山の入り口を見た。

 裾野には細い縄が張り巡らせてあり、そこには白い紙垂しでが、等間隔でぶら下げてある。

 神聖な場所だと村人が信じているならそうなっているのは当たり前だ。

 だが、俺はそれより少し上、丁度俺くらいの背丈の頭にあたる部分に、細い糸が渡してあり、そこにも等間隔で、何やら筒のようなものが下げてあった。

 鳴子、つまり原始的な警報装置ってわけだ。

 まずこいつが第一の関門、上手く潜り抜け、俺は山へと踏み込む。

 そこから頂上までの道のりについては、くどくど話しても仕方がない。

 生い茂っている笹や竹などを、持参したナイフで切りながら前へ進む。

 ブービートラップ?

 ああ、あったよ。

 落とし穴。

 板を踏むと下に仕掛けてあった縄が足に喰い込み、逆さづりになる。

 絹糸を切ると、頭の上から竹かごが振ってきて、中には蛇(恐らく蝮の類だろう)が入っている。

 そんなもんだった。

 しかし村人があれほど厳重に立ち入ることを拒んでいるんだ。これくらいあって当然だろう。

 ものともせずに・・・・と書きたいところだが、正直幾分ビビったのは確かだ。

 兎にも角にも、俺は頂上にたどり着いた。

 そこは平らな草地で、正面に古びた社があるだけだった。

 

”祭り”が行われると聞いていたから、てっきりもう誰か来ているのかと思ったから、その点だけは拍子抜けをした。

 俺はとりあえず背中のザックを傍らに置き、社のきざはしに腰を降ろす。

 神様とやらに尻を向けるのが無礼なのか、それともそうでないのかは分からない。

 しかしどっちにしろこの先、俺は”奴ら”を相手に立ち回りを演じなくちゃならないんだ。

 少しくらい休息をしたところで罰は当たるまい。

 ダウンポーチからカ〇リー〇イトを取り出して齧る。

 それから水筒の水を口に含んでから、シナモンスティックを咥えた。

 薄暗がりが、完全に暗闇になった。

 腕時計のデジタル文字を確認すると、何時の間にか22時を過ぎているのを示していた。

”さほど楽しいこともしていないってのに、時の経つのは早いもんだ”

 俺はシナモンスティックを一本齧り、二本目を口に咥え、そう腹の中で苦笑した。

 恐怖感なんか起こらなかった。

 あまり自慢話は好きじゃないが、空挺レンジャーの訓練の時に比べれば遥かにましだと思える。

 いや、あれを経験したから、こんなに落ち着いていられるのかな。

 とすると、自衛隊の経験も決して悪かぁないな。

 そんなどうでもいいようなことを考える。

 空を見上げた。

 頭の上で沢山の星がまたたいていた。

 口笛を吹いてみる。

”空の神兵”だ。

 まだ事件も解決していないってのに、気の早い話だな。


 


 

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