18 絆創膏

「物を大切にしましょうキャンペーン」と称して、物が受けた傷を人間に還元できる装置が発売された。


 絆創膏ばんそうこうに似た形状で、体のどこかに貼り付けるだけなので簡単に利用できる。

 自分の持ち物をぶつけたり落としたり壊したりすると、決まって夕方、十八時に持ち物が負った傷の痛みを一秒間感じることができる。




 まず、勝負事が大好きな若い年齢層が、我慢比べ遊びとしてキャンペーンに飛び付いた。


 若者だけのお遊びで済んだかもしれない絆創膏ブーム。

 しかしなんと、支持層の広い政治家が「絆創膏装置を付けてみた」動画を配信したのだ。


 たちまち多くの支持者が真似をし、流行に火が点いた。難色を示していた人々も徐々に好奇心に流された。




 僕らの中学校も世間と同様、話題は絆創膏ブームで持ちきりだ。昨日、どこに絆創膏を貼っていたのか、どのくらい痛みを感じたのか、そんな会話だ。


 驚くことに学校でもプールの授業以外は絆創膏そっくり装置を付けて良いことになった。


 僕と、図書委員の後輩であるレイナは絆創膏ブームに懐疑的かいぎてきだった。


「物を大切にする趣旨しゅしから離れてる気がする……」


 僕が呟くと、


「カイ君に同感」とレイナが自身のツインテールの毛先を苛立たしげに引っ張った。


 しかし、僕らも絆創膏装置を付けざるを得なくなった。学校でも近所でも絆創膏を付けていなければ「物の痛みを知ろうとしない不良」と見なされるようになったからだ。


 僕らは図書委員の活動を終え、帰り道、――とは言うもののまだ学校の敷地内。

 レイナと二人で校門まで行き着いた。夕焼けが容赦なく背に照り付け、汗がにじむ。


 不意に、僕のリュックサックが、ビリッと音を立て、かたむいた。

 左の肩掛けと、荷物の入った袋部分が千切れたのだ。


 僕とレイナの顔は青ざめる。


 時計を見る。十七時五十分。あと、十分後に僕を襲う痛みは……。


 レイナが一息に叫んだ。


「カイ君このリュック僕にちょうだいっ!」


 僕の返事も聞かずリュックサックを奪い、校舎に走り去っていく。


 絆創膏そっくり装置は、自分の所持品の痛みを還元する。

 絆創膏を剥がしたとしても、次の日に装置を着ければ前日の痛みが上乗せされて還ってきてしまう。


 このままでは僕の代わりにレイナが痛みを負うことになる……。


 ――ダメだ! 取り返さなきゃ!


 僕はレイナを追いかけた。負いかけっこをして十分後、リュックサックを二人で掴んだタイミングだった。


 激痛が肩に走った。


「いぎッ……!」


 僕は悲鳴を噛み殺す。レイナも同じく苦悶の表情になる。

 二人で物を所持すると両名とも痛い思いをするのか……。


 どうにか一秒が過ぎ去ると二人とも額に冷や汗を掻いていた。


 レイナが腰に手を当てて、「ふう……痛かったね」と素直な感想を零した。彼女の、普段は綺麗なツインテールがボサボサだ。


「……レイナちゃんまで痛い思いをすることなかったのに」


「嫌だった。カイ君のつらそうな顔を僕が見たくなかったんだ」


 彼女は、ズルい。それは僕も同じなのに。


「……新しいの買おう。レイナちゃんも欲しければおごります」


「はい。奢られます。その代わり僕はカイ君にアイス奢ります」


 膝頭の絆創膏装置をぽんぽんと叩いた彼女は、大人びて見えた。

 罪悪感たっぷりの僕に、これでチャラだよ、と言ってくれたことが分かった。




 後日譚としては、絆創膏ブームの着火剤となった政治家の顛末てんまつである。


 政治家の彼は交通事故を起こした。彼自身は無事だったが、彼の自家用車は大破した。

 病院に到着し、医師に警告されたという。


「今すぐ絆創膏装置を外しなさい。痛みで失神するわよ」


 彼は意気消沈し、絆創膏を剥がした。


 このニュースが話題となり、絆創膏ブームはその危険性が露呈し、早急に幕を閉じた。




 放課後、冷房がよく効いた図書室。僕とレイナは机に向かい合って本を読んでいた。

 レイナは絆創膏ブームを冷たく評した。


「安直だったね。『人間と同じくらい物を大切にする』ってコンセプトだけど、結局は人間こそをないがしろにする効果しかなかった」


 このキャンペーンはまず“痛み”の感じ方は人それぞれ違う、ということから見落としていた。


 更には、悪ふざけでなく、このキャンペーンに心から賛同した人は元々が物を大切にしてきた人々だった。

 悪ふざけの層は最初の一週間で飽きて辞めていた。


 生真面目に物を大切にする市民は、一日の終わり頃にやってくる痛みの強さで、自分を責めた。痛みに怯えるようになり、周囲から自分が粗雑な人間だと思われているんじゃないか、と過度に心配した。


 このキャンペーンは、元から物を大切にする人々の不安を増長させただけに終わった。


 図書委員の仕事を終えて帰り支度を始めても、レイナはまだ怒り冷めやらぬ語調だった。


「大切に使うってさ、強制されることじゃなくて、自分で気付いていくことだよ。

 生活を心地良くするために使う物だから、やっと『重宝する』んだ。逆にしたら本末転倒。

 でしょ! カイ君!」


「そうだねぇ……」




 帰り道、コンビニに寄って、レイナが棒アイスを買ってくれた。

 怒りながらアイスを齧るレイナを盗み見る。


 絆創膏キャンペーンが彼女の腹に据えかねたのは、人命や精神的苦痛に関わる問題に発展したからだろう。

 または、彼女自身が元から懐疑的だったにも拘らず世間の目を気にした……つまり無言の圧力に屈してしまった悔しさもあるのかもしれない。


 ――レイナは心から誰かの為に怒れる人だ。


 僕は彼女の傍にいるに相応しい人間になりたい、と思っている。

 何でか気恥ずかしさが湧いて、彼女には伝えられてないけど。


 レイナのアイスは見る見る小さな口に消えていく。食べ終えてから「美味しかった……」と呟いた。


 僕は苦笑し、レイナに買ってもらったアイスの冷たさに目を細めながら、大切に大切に味わった。





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