季節二巡り
16 名刺
名刺の代わりに、
ゲームのアバターを設定するように、自分自身を表すフィギュア、ぬいぐるみ等を作り、自己紹介をするのだ。
アバターの服には、本人の性格等の簡単な性格診断結果が表記されたパネルをつけるのが好評だった。
元々ゲームマニアのとある社長の酔狂で始まったが、今ではビジネスの場でも欠かせない名刺となり、親指サイズの人物紹介プロフィール付アバターを交換するようになった。
小学生でも誕生日プレゼントにアバター作成グッズを買ってもらうことが主流となった。
僕は、一つ後輩のレイナと首を傾げ合った。
レイナが目についたフィギュアをこっそり指差した。
「これ、プロフィールに『優しい』ってみんな書くから結局、何も人物紹介になってないよね?」
「ぶっちゃけ、そうだね……」
中学二年の夏季休暇目前の、放課後。
僕は中学校の図書室のテーブルに、レイナと向かい合って、読書していた。彼女とは同じ図書委員なのだ。
僕らから少し離れた席に、男女のグループが座った。
各々がその手にフィギュアやぬいぐるみ、キーホルダー等アバターを握っている。
机の上に座らせたぬいぐるみで手遊びしている女子生徒同士の会話が漏れ聞こえた。
「アカリちゃんの可愛い~」
「え~、そんなことないよ~。何か耳が変になっちゃったんだよね。ツキナちゃんの方が可愛いよ~」
ひたすら謙遜してみせながら双方とも自分が一番可愛いと思っている。一度は聞き覚えのあるやり取りだ。
僕は吹き出しそうになった。
レイナもそうだったらしい。彼女の場合は苦笑いだ。
彼らが退室したところで、僕は気になっていたことを尋ねた。
「レイナちゃん、合宿楽しかった?」
実は先週、一年生の合宿があったらしい。
当然レイナから、その思い出話が聞けるものと思っていたが、彼女はその話題に触れもしないのだ。
「ん、まあまあだったよ……」
歯切れが悪い。
僕は手元の本を閉じて、おそるおそる、
「何か、嫌なことあった……?」
「あ、違う違う!」
彼女は数回手を振って否定し、床に置いていた自身のスポーツバックを膝に乗せた。
ガサゴソと中を探って、手を止めた。
「……カイ君、ちょっと本当にくだらない、話なんだけど」
レイナが取り出したのは、桃色のイルカの置物だった。
人形を支える台座の波のシルエットが、彼女のツインテールとどこか似ている。
人形の背中にはプロフィールがついていた。
最近流行りの名刺アバターだ。
レイナは髪の毛先を忙しなく引っぱった。
「これね、合宿の帰りに道の駅でクラスの子たちと買ったんだ。ついつい流されて、プロフィールまで書いて。くだらないって分かってるけど、捨てるに捨てられなくて……」
「ええと、自分へのお土産なんでしょ? 何も捨てなくても。それ、可愛いと思うよ」
ジトッとした、羞恥を堪えているようなレイナの目が僕を睨んだ。
「大衆受けするよね、これ。こういうの、僕のキャラじゃないって思う? カイ君はちょっとガッカリかな?」
「何でそんな風に思うの?」
僕が訊き返した声に、若干、心外だという響きが混じってしまった。
「……普段はさ、流行りに逐一乗っかるなんてくだらないって思ってる。でも、この間は楽しくもないのに流されちゃったりして、僕ってブレブレだよね。
で、何で流されたのかって言うと、一つくらいはこういう女の子らしいものを持ってた方がいいかなって思ったんだ」
「うーむ、無理をして持つものではないと思うけどな」
彼女の話は何だか要領を得ないので、僕も曖昧な答えになった。
「でも、でもだよ。僕は、カイ君に女の子扱いされたいんだ。
……やっぱり可愛い小物を持ってる子って、何だかんだで同じ女子でも美意識高いな、可愛いなって思うんだ。
ただ僕、今までは可愛いものを身に付けたいと思ったことなくて、可愛くもない自分を『可愛い』もので偽るのは嫌だし。特に『これが好きなんだろ』って決めつけられるのが嫌だった。
それなのにプロフィールなんて書いてさ、矛盾ばっかだよ」
彼女は自身への鬱積した感情から離れるためか、一呼吸ついて、バッグから置物を取り出した。
「これ、カイ君へのお土産で買ったやつ……」
買ったものの渡せなかったのだろうと察しがついた。
チェック柄のチョッキを着たアザラシの置物だ。
お土産アザラシの背中のプロフィールには『大好物は、滑車問題』とあった。……僕の物理好きがバレてる。
彼女はそれを両手で贈呈し、僕も卒業証書のように恭しく受け取った。
僕は彼女を安心させるために、にっこり笑った。
「それ、何もおかしなことだとは思わないな。可愛いと思われたいから、プロフィールを書くのだって全然変な事じゃない」
僕は、可愛い子ぶるのを悪いことだと思ったことはない。
そして、男子の大半は、ぶりっ子に絆されるものだと思っている。
だって、ちょっと考えてみてほしい。
その女の子はちょっとした髪型や仕草にまでも気を遣って、可愛くなろうと努力できる人なのだ。
しかも、他でもない目の前の男子……つまり自分に好かれるために。
その仕草が多少わざとらしかろうが、下心が透けて見えようが、それが好きな女の子だったら喜んで騙されたくなる。
女子から見て「あざとい」と批判される子は、逆に言えば、それだけ男子の喜ぶツボを分かっている子なんだと思う。
――勿論、その子と関わったが故にトラブルに発展することは避けたいから時と場合によるけれど。
そして僕の場合に限って言えば、その子の……レイナの内面をまず好きになった。
だから彼女が僕のために可愛くなりたいのなら、その努力がすでに可愛いと思うのだ。
レイナは「はぁー」と長く溜息を吐いた。
そしていつもの彼女らしくシニカルな口調で、
「でもさ、人の性格とか長所短所とか記号にできないし、しちゃいけない気がする。記号にした途端、この人はどんな人なのかっていう想像力がなくなっちゃう。
人間関係そのものが陳腐になるよ」
「うん……。でも、僕はレイナちゃんのイルカを見て、『これがレイナちゃんの性格全部を代弁している』とは思わなかったな。
うーん、普段のサバサバした一面も知ってるから、それに追加して、女の子らしい一面もあるんだなあって、思った。ギャップ萌え、的な……。
だから、僕はそういう大衆受けするものが好きな一面も持ってるレイナちゃんごと……、いいなって、あの、一緒にいて居心地がいいなって、思うよ」
グダグダになったのは、思わず「レイナちゃんごと好きだ」と言いそうになったのを誤魔化したからだ。
僕の言葉に目を見開いたレイナは、しばらくして何か吹っ切れたように瞳を勇ましく輝かせた。
不意にレイナのイルカについているプロフィールが目に入った。一言。
『あこがれてるのは、アガサ・クリスティー』
チョイスが渋い。やっぱりどう転んでも彼女らしくて、口元が緩んだ。
名刺アバターブームは静かに過ぎ去っていった。
単に日頃名刺を使う人々にとって、フィギュアは結構な出費になってしまったり、嵩張るため汎用性が低かったのだろう。
学校でも鞄に下げるキーホルダーが一つあれば事足りることに気付き始めて、徐々に廃れていった。
あれ以来、レイナはキャラに合うか否かには囚われず、「可愛いでしょ?」と訊くことにさほど躊躇しなくなった。
そんな彼女は生き生きとして見えた。
ただその分、僕が不意の仕草にドギマギする機会は増えた。確信犯だな、と気付きつつ、「可愛い」と答えるしかない。
――結論、あざといは正義。
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