11 ロボット

 とある株式会社が人工知能搭載の家庭用お手伝い人型ロボットを開発した話題が一世を風靡した。

 会社が打ち出した一週間無料お試しキャンペーンの効果もあり、家事に辟易していた人々が瞬く間に食いついた。


 僕と後輩のレイナは「未来になったねえ」を呑気に繰り返した。




 僕の家にも一体、人型ロボットがやってきた。


 予想より上背のあるロボットで置き場がない。

 結局、稼働していない間は僕の部屋に押し込められた。


 いざやってくると業者による点検が一日三回必要だったり、水をかけてはいけなかったり、重い物を持たせてはいけなかったり……と面倒だらけだった。

 が、不愛想でのっぺりした白いロボットの顔を僕は案外気に入っていた。


 レイナの方はというと、彼女の父親がロボットなど呼ばないと頑ならしい。

 それ故か彼女に「ロボットを見せて!」と再三ねだられた。


 本日、レイナは僕の家にロボットの見物に来ることとなっている。


 何の気なしにメールの保存フォルダを開いて、レイナのメールを遡る。

 彼女は可愛らしい絵文字を付けたりは滅多にしないので一見淡白な文章が並ぶけれど、僕はもうそれで満ち足りた気持ちになっている。


 不意に電灯の光が遮られた。

 振り返るとロボットがぬっと立って居る。


 ロボットの胸元に設置された電子パネルがパッと光って、『恋をしていますか?』と表示された。


「なっ」


 頭が混乱する。

 今時の人工知能ってこんなに高性能なのか?


 またもパッと光って、ロボットが畳み掛ける。


『彼女が好きなのですね』


 パッ『彼女との出会いを教えてください』


 パッ『彼女は可愛いですか?』


 そりゃ可愛いよ、という心の声が恐らく顔に出ていた。


 パッ『彼女を私に紹介してください』


「何言ってんの⁉ ナンパするつもりじゃないよね⁉」


「いいじゃん、ナンパくらい!」


 ロボットが野太い声で未練たらしく叫んだ。

 直後、ドシドシ足踏みして狼狽えた。


 僕は「ハンダ……?」と訊いた。


 ロボットが観念したように頭を取り外した。


 ロボットのヘルメットの下から、二つ年上の幼馴染の男――ハンダの顔。


 男同士、暫し見つめ合う不毛な時間。


「……どういうこと?」


 僕が呻くように訊くと、ハンダはロボットボディを脱いで正座した。


 アルバイトの募集があったらしい。

 集められた体力のある若者は一週間ロボットを演じるように指示された。


 バイトの遵守事項は『ロボットの中身が人間であることを知られてはならない』だった。明らかな詐欺。


 それから時間を置かずレイナが到着して、ロボットの正体を知ってしまった。

 楽しみにしていた分落胆が大きかったのか、苦虫を嚙み潰したように眼を眇めるレイナ。


 ハンダが目で助けを求めていますアピールをしてくるが、これはハンダが悪いので僕は慰めない。


「反省しろよ」


 僕は一言、ハンダを叱った。

 ハンダはがたいの良い肩を縮こまらせた。




 後日、朝のトップニュースは『ロボットがセクハラ被害を訴えた』というものだった。


 被害女性はロボットなりきりアルバイトを辞めてすぐ被害届を出したらしい。

 加害者が人工知能搭載の家庭用お手伝い人型ロボットのお試しキャンペーン中に、ロボットボディ越しにお尻を触って『硬いな』と言ったとか何とか……。


 このニュースが流れるやいなや、家庭用ロボットサービスを利用した消費者も、ロボットなりきりバイトをしていた人も、それを開発した企業も泡を食った。

 当然、信用の失墜した企業は倒産した。


 そのニュースの話が挙がった時、レイナが確信的に「僕の父さん、知ってたのかも」と呟いた。


 以前に、レイナの父親はゲーム機から幼児知育パズルまで手広く販売するオモチャ会社の社長だということは聞いていた。

 ライバル企業が働かせていた悪知恵の気配に一切気付かなかった、とは思えないのかもしれない。


 レイナの横顔に浮かんでいるのが怒りか不信か無関心か、僕には判別が付かなかった。


 だが、無理してそれを知り得ようとは思わない。

 彼女の内面がどうであれ僕が彼女の味方で居続けるのは変わりないから。


 僕は彼女の左手をそっと包んだ。

 彼女がぎゅっと握り返してくれた。





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