10 宇宙人

 自分は宇宙人だと言い張ることが流行り、やがて社会現象となった。


 元ネタは巡り巡ってあやふやだったが、皆こぞって宇宙人を名乗った。

 馬鹿げた作り話の中でゲラゲラ笑う心地良さは万人に受けが良かった。




 教室内で頼んでもいないのに耳に流し込まれる会話。


「今朝、惑星からワープしてきたんだ」


「起きたらブラックホールが隣に来てて」


「地球の重力、俺の星の十倍あるから体育だりぃ」


「私の星の歴史じゃないから戦国大名とか覚えらんない」


 僕はそれらの一切を取り合わずに過ごした。


 一週間も経った頃、実は僕が宇宙人なのではないかという噂が立った。

 曰く「本物の宇宙人だからこそ地球人だと言い張っているのではないか」。


 僕が微苦笑で聞き流すほど噂に尾ひれがついた。


 中学校からの帰り道、夜闇に圧迫されそうな心境になりながら、等間隔に背を伸ばす街灯の光に息継ぎをし、緩やかな坂道を下る。


 隣で後輩のレイナが神妙な顔をしていた。


「どうしたの、レイナちゃん」


 レイナはひとけもないのに声を潜めた。


「カイ君さ、宇宙人ってほんと?」


 僕は図らず身を竦ませた。

 

 まさか他学年にまで噂が広まっているとは……。


 意味深に周囲に目を走らせてみせて、レイナの耳に口を寄せた。


「実は、ほんとだよ。ごめん、今まで言えなくて……」


「え、じゃ、じゃあ……」


 レイナが地球外生命体の実態を知れるかもしれない期待と不安とで狼狽えた。


 僕は急いで否定した。


「嘘、嘘だよ」


「……は?」


 レイナが固まった。

 安直に嘘を吐いたことへの羞恥が僕の胸を占めた。


「ごめん、嘘。レイナちゃんがあんまり真剣だったからつい出来心で……」


 レイナがプイと顔を背けた。

 髪の毛先を弄っているのはへそを曲げた証拠だ。


「……カイ君がそんな冗談言うなんてね。珍しいから騙されたよ」


 僕が誠意を込めて謝罪を繰り返すと、漸く彼女の機嫌も直ってきた。

 が、冷静になった彼女は聡い。


「じゃあ、何で宇宙人じゃないって否定しなかったの?

 否定すればするほど誤解を深めそうだった?」


「それもあるね。あと、元物理部の尊厳にかけて、下らない流行に取り合いたくなかった」


 僕は吐息混じりに失笑した。


 その後、二人の間に予期せぬ沈黙が生まれた。


 正確に僕の不自然さを汲み取ったらしいレイナが僕の正面に回り込んだ。


「あとは? 何か引っかかってること、あるんだよね?」


 彼女の目は誤魔化しを許さなかった。


 僕は細く白い息を吐く。


「……あとは、僕の母さんがね、先週から宇宙人ごっこに熱中してて大はしゃぎなんだ。

 みっともないからみっともないからやめてくれって父さんが言うけど聞く耳持たず。

 けどさ、僕としては母さんの気持ちもわかるっていうか……。

 今、僕の家ちょっとギスギスしてて、何とか和ませようっていうのと、そうやってブームに乗っかってれば現実逃避になるっていうのが、あるんだろうなあって」


 だから、クラスメイトに宇宙人なのかと訊かれて、すげなくすることができなかった。

 この流行りに乗っかれないが、母に悪くて拒絶もできない。


 きっと今、僕の顔には白々しい笑みが貼り付いている。


 レイナが僕の隣に並んだ。


「僕、カイ君のこと好きだよ」


 押しつけがましさの一切ない労いが沁みわたってくる声だった。


 僕は、苦しさの何もかもを打ち明けて泣き喚きたくなるのを堪えなければならなかった。


 レイナは爪先立ちになって僕の頬と頬をぴとっとくっつけた。

 滑らかでひんやりした肌の感触。

 いつか僕があげた制汗剤の香り。


 レイナは大真面目に「温かいから人間だね」と呟いた。


 僕はお道化るように動揺を取り繕った。


「皆、宇宙人だけどね。地球も宇宙にあるし」


「そりゃそうか。……それなら宇宙人同士、心の底にある理論を完全に解読できたりはしないね」


 どんなに奇妙な風習でも宇宙人たちにはそれが日常。


 僕らはいきなり途方もなく広がる闇に放り出された気がした。


 レイナが道標のようにツインテールを跳ねさせて、僕の前を歩く。

 僕は彼女にただただ導かれていた。





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