第23話


 由香ちゃんのジュースを補充し、再び席に戻る。

 由香ちゃんはすでに塗り絵を再開しており、僕のランチセットも残りわずかとなっていた。

 ランチセットを食べながら、必死に先程の子の塗り絵のことを考える。

 謎の生き物が黒。二人の人物がそれぞれ黒と白だった。

 しかし、そんなことあるのか?という疑問が浮かぶ。

 たった四キャラしかいないのに、色が被るとは思えない。あの子が自分の好きな色を塗っていた可能性もあるし、どうにも納得ができなかった。


「さいじょー」


 思考を遮るように、由香ちゃんが僕を呼ぶ。


「どうしたの?」

「ぬりえー」


 いつの間にか色鉛筆を片付けていた由香ちゃんが、あれだけ隠したがっていた塗り絵を突然僕に押し付けてきた。


「塗り絵?」

「あきたー」

「飽きたんかい!」


 ツッコまずにはいられなかった。

 僕の努力はいったい……と思いつつも、どこかで安心する僕もいた。

 しかし、そうして安堵を感じていた僕を突き落とす事件が起こる。


「だからのこりぬってー」

「……僕が?」

「うん」

「……」


 由香ちゃんの塗り絵を確認する。

 それは謎の生き物以外はすでに塗られており、僕の知らない二人の人物は白と黒で塗られていた。


「……任せて」

「うん」


 由香ちゃんはめっきり興味が失せたように、おもちゃの方に夢中になっていた。

 ゴクリとつばを飲み込む。

 これは、失敗ができない。

 しかし、よりにもよって一番わからない部分が残っているのだ。


 ───やっぱり黒か?いや、でも幼児向けアニメにそんな禍々しい生物が出てくるか?


 僕の箸が空を切る。

 ランチセットは、いつの間にか空になっていた。


「……」


 仕方がないので、色鉛筆に手を伸ばす。

 そして、黒の色鉛筆を取って───


「そういえば、なんでマギちゃんは黒で塗ったの?」

「かっこいいから!」


 ───手を離した。

 声のした方を見ると、先程の塗り絵をしていた親子がいた。

 マギちゃんが何かは知らないが、おそらくあの謎の生き物の名前だろう。

 あの口ぶりだと、本来は黒ではないらしい。

 ならいったい何色なんだ?と顔を上げると、ふと由香ちゃんの弄るおもちゃが目に入った。

 それは光るステッキのようなもので、よく見るとステッキの尻の部分には謎の生き物───マギちゃんのストラップとしてぶら下がっていて、その色は薄ピンク色だった。

 危なかった。もう少しで黒色に塗ってしまうところだった。

 今度こそはと安心して、ピンクの色鉛筆を取って───


「あー。でもピンクマギちゃんだー」


 ───手を離した。

 どうやら、このマギちゃんなる生物の色は変幻自在らしい。


「由香ちゃんは、ピンクマギちゃんは好きじゃないの?」


 軽めのジャブを入れる。

 由香ちゃんの好みを引き出して、その色を使おう。


「うん」

「じゃあ、何色で塗ってほしいとかある?」


 由香ちゃんが、少し考えるそぶりを見せて───


「なんでもいいよー」


 そして、右ストレートが返ってきた。




「くろー!かっこいー!」

「うん。ならよかった」

 結局、僕はマギちゃんを黒色で塗った。

 僕はいったい何に真剣になっていたのだろうか。

 喜ぶ由香ちゃんの背中を眺めながら、どこか虚しさを覚える。

 そんな昼過ぎだった。

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