第22話
「きたー!」
由香ちゃんがぱっと顔を上げた。
僕は中途半端にポケットに手をかけているという変な体勢をごまかすように、塗り絵をテーブルの隅にずらした。
「ほ、ほら、由香ちゃんも一旦塗り絵は終わりね」
「はーい!」
危なかった。
そして安堵すると同時に、ある作戦を思いついた。
───そうだ。今のうちに由香ちゃんの塗り絵を回収して、確認してしまえばいいんじゃないか?
禍を転じて福と為すとはこのことだろうか?
自分の天才的なひらめきに感動していると、由香ちゃんは自分の塗り絵を隠すようにしまい込んでしまった。
「おわるまでみちゃだめだからね!」
「あー……そうだね」
ショックを隠し切れなかった。
由香ちゃんは夢子ちゃんのおもちゃに夢中なようで、そんな僕とは対照的にテンションがぐんぐん上がっていた。
「ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」
「大丈夫です」
「それではごゆっくりどうぞ!」
店員が下がっていく。
心なしか、店員の視線が完全に不審者を見るようなものだった。
……それもそうか。冷静に今の僕を言葉で表したら、平日の昼間に幼女を連れてキョロキョロ店内を見渡している十代の子供だもんな……
少し冷静さを取り戻した僕は、とりあえず落ち着いて出された食事を食べることにした。
「由香ちゃん、おもちゃは食べ終わった後でね」
「はーい!」
「じゃあ、おてて拭いていただきますね」
「いただきまーす!」
カチャカチャとご飯を食べ進める。
由香ちゃんはお子様ランチにもご満悦なようで、おいしいおいしいと言ってどんどんその量を減らしていった。
───一旦、落ち着いて状況を整理しよう。僕のミッションは、無事に塗り絵を完成させることだ。由香ちゃんに夢子ちゃんのことを全然しらないとバレるわけにはいかない。だが、同時に店員にも怪しまれてはいけない。外出許可証がある以上最悪はなんとかなるが、面倒事は避けたいところだ。
……難易度が高すぎる。
しかし、それをやり遂げた先に僕は───いや、考えるのはやめておこう。
とにかく、作戦会議だ。
ご飯が食べ終わるまで、もう五分もない。
考えろ。何か手は───
「さいじょー。じゅーすー」
「んー。何にする?」
「じぶんでえらぶー」
「じゃあドリンクバーのとこ行こっか」
「うん!」
由香ちゃんがコップを持って席を立つ。
それに続くように、僕も席を立った。
───よし、チャンスだ。ドリンクバーまでには三組別の客がいる。誰か一人でも塗り絵をやっていれば……
不自然にならないように、小走りで駆けてく由香ちゃんを追いながらもテーブルを確認していく。
一組目は───ママさん三人組だ。子供はいなかったため、当然塗り絵もない。
二組目は───スーツを着た男性。当然こちらもなし。
三組目は───子連れだ!
千載一遇のチャンスに、若干怪しまれるのも覚悟で塗り絵を確認する。
僕の視界に映ったその子の塗り絵は、謎の生き物が黒。二人の人物は、それぞれ黒と白で塗られていた。
「さいじょー!はやくー!」
僕の遅い足取りを、由香ちゃんが急かす。
僕は、慌てたようにドリンクバーまで駆け寄った。
「これ!」
由香ちゃんが指差す先には、オレンジジュースがあった。
「オレンジでいいの?さっきもオレンジだったけど」
「うん!おれんじすき!」
なんかいろいろツッコミたかったが、由香ちゃんが満足そうなのでやめておいた。
普段からもわりかしそうだが、幼児の行動はよくわからないものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます