第19話


「西条くん……」

「今更ですからね。それに、今度からは対価をもらいますから」

「それって」


 理事長が頬を赤らめる。


「いやいやいや、違いますから。その想像も反応も違いますから。照れないで下さいよ」


 生徒をなんて目で見てるんだ。

 ……そんな感じのことを言ったのは僕だけども。


「フィギュアですよ」

「フィギュア?」

「由香ちゃんが欲しがってる新作のフィギュア。買ってあげてください」

「……」


 理事長がキョトンとした顔で僕を見つめる。

 そして、花が開くように微笑んだ。


「わかったわ」


 この時僕は、胸の中に痛みを感じていた。

 自分勝手で、わがままに他人に縛り付ける苦しみを。

 やっぱり、理事長はまだまだ子供だ。

 だって、こんなにもおぼろげで、消えてしまいそうなのだから。

 それを手放したくない思っている僕も、まだまだ子供なのだろうか。




 部室に戻ると、すでに秋川さんは居らず、由香ちゃんはテレビを見始めていた。

 時刻もすでに午後の授業が始まっている時間で、僕は少し罪悪感を覚える。

 しかし、今はそんなことより由香ちゃんの方が大事だった。


「さいじょー!」


 僕が戻ってきたことに気づいた由香ちゃんは、先程まで夢中になっていたテレビもそっちのけで僕に駆け寄ってきた。


「由香ちゃん、朗報があるよ」

「ろーほー?」

「うん。いいお知らせってこと」

「なにー?」

「ママが、お勉強頑張ったからフィギュア買ってくれるって」

「……!やったー!」


 全力でバンザイをして喜びを表現する由香ちゃん。

 僕は、畳みかけるように言葉を続ける。


「それと、僕がいる場所教えとくから」

「ばしょー?」

「そう。こっちね」


 由香ちゃんの手を引きながら、部室と教室の間を何度か行き来する。


「僕は教室の方にいるから、用があったらあそこに来るんだよ?」


 また迷子になられても困るから。なんて理由をつけて。


「うん!わかった!」


 満面の笑顔をする由香ちゃん。

 僕は、その笑顔を見てなんとなく救われた気がした。

 そして、救われた気がしたこと自体に、嫌気がさしたのだった。



 余談だが、この日以降由香ちゃんはほぼ毎日教室に来るようになった。


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