第2話 天使


「ない!ないよー!」

「由香ちゃん、大丈夫だから!絶対お姉さんが見つけてあげるから!ねっ?」


 僕が事務室に向かっている途中で、ふとそんなやり取りが聞こえた。

 片方は小さな女の子のようで、駄々をこねるようにぐずっている。


 なぜ学校に小さな女の子がいるのか?


 そんな好奇心に駆られた僕が声のする方へと近寄ってみると、そこにはやはり少学生にも満たない小さな女の子と、僕のネクタイと同じ色のリボンをつけた女子生徒がいた。


 この学校では男子はネクタイ、女子はリボンの色で学年が決まっているので、相手は同じ学年の生徒というわけだ。

 その女子生徒は綺麗な黒髪を後ろで束ねており、太すぎず細すぎるわけでもない健康的な肉付きを───


「……え?」

「……あっ」


 見つかってしまった。

 いや、別にやましいことをしていたつもりはないのだが、この状況だと僕は覗きのようになってしまっている。というか、紛れもなく覗きだ。

 僕は、慌てて弁明をした。


「いや、その、何してるのかなって……」

「……」


 しかし時はすでに遅く、完全に警戒されている様子だった。

 目つきがとても怖い。これは、選択肢を間違えたら通報されるパターンのやつだ。


「な、なにか探し物?」

「……」


 ダメだ。どうしても声が上ずってしまう。

 キョドっていたら余計に怪しまれると頭の中ではわかっていても、綺麗な女子生徒の前に落ち着いてはいられなかった。


「おにーさん、だれー?」

「……ん?」


 そんな時、突然天使が現れた。

 僕たちの凍り付いた空気を溶かすように、その女の子が笑顔を撒き散らす。

 穢れを知らない純粋で無垢なその笑顔に、なぜか僕は胸が痛くなった。


「僕は西条。西条優成だよ」

「さいじょー?」

「そうそう。西条」

「さいじょー!」


 可愛い。

 それに比べてこの女子生徒なんて……


「……とても綺麗だ」


 あれ?今声に出ていなかったか?


「由香ちゃん、次はあっちを探そっか」

「うん!」


 違うんだ!

 今のは口が勝手に……とか言い訳してる場合じゃない!


「ちょ、ちょっと待って!僕も手伝うよ!」

「いえ、結構です」

「いや、ほら、人手は多い方がいいじゃん?」

「いえ、結構です」


 取り付く島もなかった。

 相手にされないナンパの人ってこんな気持ちなのかな。

 僕は、人生で初めてナンパ男のことを尊敬したのだった。

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