第25話 我に返ってここはどこ?

 ……ふぅ。

 喰った喰った。

 いや驚いたね。

 この状態になると、一応なんでも消化しそう。

 空腹感がちょっとだけ紛れる感じもしないでもない、かな?

 調理前の素材とはいえ、一応食い物だったから助かった。


 美味くなかったけど。

 栄養にはなったみたいだな。

 俺は怪我をすると空腹に襲われる。

 飢餓状態とでもいうのか、餓死寸前なのに死ねないこの身体。

 鉄格子。

 喰えるとは思わなかったよ……。


 口の周りが乾いてごわごわべったりしてるなぁ。

 手もぐちょぐちょ。

 幸いここはキッチン。

 俺はシンクで手と顔を洗った。

 うん、多少すっきりした。

 しかし、あれから何日経ったんだ?


 あいつらが俺のことを誘拐でもしたんだろうな。

 おまけに剣で斬られるとか。

 ……あ、やっぱり斬られた服も直ってやがんの。

 便利つぅか、なんつぅか。


 今の生活では、デイジナがいてくれるから、食い物を収納することなんて考えたことなかったな。

 今後は何かあったときのために、入れておかないと駄目だな。

 もし食い物をストックしてあったら、あの場で消費しながら他の方法を考えたりできたんだろう。

 こんなに派手にやらんでもよかったかもしれないな。


 まぁ、それは結果論。

 とりあえず空腹感は紛れたからいいか。

 俺は顔を洗ってから、冷蔵庫を背にして座ってたわけだ。

 すると、キッチンにいた俺を、衛兵みたいな服を着たやつらが沢山取り囲んでいるのに、やっと気づいたわけだ。


 さっきのことがあったから、俺は怖くもなんともなかったね。

 キングリザードみたいな化け物に比べたら、人間なんて可愛いものだわ。

 俺はとりあえず空腹が紛れて落ち着いてた。

 目の前のやつらに軽くメンチ切りながら、この先どうしたものかと考えてたんだよ。


 そのとき、 『ずんっ』という、とんでもない爆音と振動があったんだ。

 その一度だけじゃなく。

 何度も、何度も。

 爆音と振動が続いてる。


 衛兵たちは俺のこともそうだけど、その対応に追われているみたいだった。

 そこで俺には聞き覚えのある音が聞こえてくるわけだ。


『みょぉおおおおおおおん』


 いつもと違って、その音は共鳴しまくっているみたいだ。

 怒りか、それとも悲しみかはわからないけど、違った感じがする。


 デイジナか?

 俺は無事だ。

 奥のキッチンにいるよ。


『みょぉおおおおおおおん』


 その音はこっちに向かってる。


 あ、衛兵が後ろの方で宙を舞った。

 相変わらず、外から爆音と振動が続いてるみたいだ。

 これ、建物大丈夫か?


「──旦那様ぁあああああああああああああっ!」


 彼女を妨げることができたものはいないようだ。

 ひとり、またひとりと意識を狩り取られるように、壁や天井に吹っ飛んでいく。


「こっちこっち」


 やっとデイジナの姿が確認できた。

 俺はひらひらと手を振りながら、苦笑する。


「旦那様っ」


 その言葉と共に、デイジナは両手を広げて宙を舞う。

 まるで、ヘッドスライディングをしてるかのよう、に。


 げふっ。

 デイジナ、俺に腹に飛び込んできた。

 感動の再開と言いたいところだけど。

 喰った物全部出ちゃうじゃないか。


 俺の身体はその衝撃を痛みと感じ取ったんだろう。

 俺はその最凶の冥土さんの髪を撫でながら。


「デイジナ」

「はイっ」

「腹減った……」


 ▼▼


 俺は家に戻って飯食ってるんだけど。

 俺の横では俺の首筋からカーミリアさんが美味しく食べちゃってるんだよな。

 だから満腹になりゃしない。


「ごめんな。みんな。心配かけちゃって」

「いエ。旦那様は悪くはないでス」

「そうね。諸悪の元凶はあの男爵よ」

「とにかくよかったです。ソウジロウおじさま」

「おっさん。よかったよ……」


 おっさんいうなし。


 俺はあの日から、三日行方不明だったらしい。

 俺が帰ってこないことから、ギルドでも騒ぎになったみたいだね。

 もちろん、フランクさんも心配してくれたみたいだね。

 デイジナとクレーリアちゃんとジェラル君。

 一生懸命探してくれたみたいだけど、駄目だったらしい。


 今日、たまたまお腹を空かせて(吸血衝動の方ね)カーミリアさんが来たとき事態は動いたそうだ。

 カーミリアさんは俺の匂いが追えるみたいだから。

 そこでやっとあの屋敷に俺がいることがわかったんだってさ。

 ちょうど俺も今日、目を覚ました。

 丸二日寝てたみたいだね。

 きっと俺じゃなかったら即死だったくらいの怪我を頭に受けてたんだろうな。


 俺が帰った日、あのおっさん。

 なんつったっけ。

 あぁ、ダーレンだっけか。

 あれがクビになったんだってさ。


 その理由がまたストレートだったんだ。

 『大公閣下の指示に対する業務上背任』だってさ。

 また日本の言葉出てきたね。

 誰だよ、そんなの伝えたの。

 要は命令違反なんだろうな。

 それで多分、俺が逆恨みされたと。

 俺のことを知らないあの家は、普通の人間だと思ったんだろうな。


 カーミリアさんは一応辺境伯家としての立場もあったから、デイジナには殺傷しないようお願いしたらしい。

 じゃないと、あの家は死屍累々になってたんだろうな……。


「──という、ことがありましタ。以上が今回の顛末と思われまス」

「ありがとう。やっと意味がわかったよ」


 俺はひたすらデイジナの作ったパンケーキを食べてる。

 そりゃそうだよな。

 何度目のおかわりか。

 カーミリアさんが吸い続けてるから。


「あのさ、そろそろお腹いっぱいにならないの?」

「だってあたし、マナ。使い果たしちゃったんだもの」


 ジェラル君がカーミリアさんを見て、まるで日朝スーパーヒーローでも見るような憧れの目になってるし。


「ソウジロウさん。凄かったんだよ。カーミリア様。魔術であの屋敷丸焼きにしてたし」


 なるほどね。

 あの爆音と振動は、カーミリアさんの魔術だったわけだ。

 あれだけ派手にどっかんどっかんやったら、マナも切れるわな。

 カーミリアさんが陽動で、デイジナが直接乗り込んできたという形なんだろうね。


「あの、ソウジロウおじさま」

「ん?」

「私、カーミリア様に魔術を習いたいのですけれど」

「どう? カーミリアさん」

「いいわよ。私が教えられることならね。二人はソウジロウさんの、甥、姪なんでしょう? だからいいわよ。あのフランク君よりは教え甲斐がありそうだから」

「そこでフランクさんの話かよ」

「もう、二十五年くらい前になるかしら。あの子のお父様。先代の大公様ね。あの方にどうしてもと頼まれたの。可愛かったのよ。昔はね」

「えぇ。本当に……」


 そりゃ十三歳くらいなら可愛かったんだろうね。

 でも、今可愛くないみたいじゃないか。

 確かにおなか辺りもフランクな感じになってるけどさ。


「ぷっ……」


 だから読んで突っ込まない。


「ところでさ、カーミリアさん」

「なぁに?」


 血を吸ってるから、ちょっと色っぽいな。


「あのダーレンとかいうの。どうなるの?」

「そうね。よくて取り潰しかしら。フランク君の考え次第よね」

「お嬢様がお止めにならなければ、一家根絶やしにしていたところでス」

「怖いから。まぁ、傷害、拉致監禁だからな。軽くはないだろうね」

「いエ、救国の英雄の、がつきますのデ」

「いや、それ違うから。たまたまだから。……って、謙遜しすぎちゃ駄目なんだろうね。フランクさんとも友達になれたし。あ、そうだ。彼の息子が成人するとか言ってたね」

「えぇ。あたしも呼ばれてるの。それで、ね。ソウジロウさん。お願いがあるのだけれど」

「あぁ。一緒に行こうか。式典ならパートナーが必要なんでしょう?」

「いいの?」

「うん。友達じゃないか」

「……そうよね。『友達』なのよね……」


 はいそこ。

 お願いだから落ち込まないでって……。

 あとで、慰めてあげてくれるかな?

 その、なんだ。

 俺だって嫌いじゃないんだけど、今はまださ。


「ぷっ……」


 だから意味わかんないって。

 俺面白いこと言った?


「あぁでも。あ、そうだ。ジェラル君とクレーリアちゃんも連れていけるかな? 俺の甥と姪だからさ」

「んー、そうね。大丈夫だと思うわよ。美味しいものも沢山でるでしょうからね」

「その代わり、デイジナ」

「はイ」

「クレーリアちゃんはいいかもだけどさ、ジェラル君の躾け。お願いできるかな? 公の場に出しても恥をかかないくらいに」

「かしこまりましタ」

「えー?」

「あ、行きたくないならいんだ。クレーリアちゃんだけでもいいんだよ? じゃ、ジェラル君だけ留守番ね」

「そんなぁ……」

「デイジナ、二人の服もお願い。どうせデイジナは俺の付き添いで来るんでしょ?」

「はイ。もちろんでス」


 こうして俺の誘拐事件? も一段落だったね。

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