第26話 フランクさんの息子はかっこよかった。

「おぉ。馬子にも衣裳とよく言うけど。これまた、印象が変わるもんだな」


 それはデイジナがジェラル君用に用意した、俺の服を元にして作ったもの。

 フランクさんに呼ばれたとき、デイジナが俺に仕立ててくれたのは黒を基調にしたもの。

 それをベースに、要所を若い感じに変更。

 色はジェラル君の髪の色、薄いブラウンを目立たせるために濃い目のブラウンの生地。

 俺のズボンは昔からのこだわりでツータックだが、あえて若者向けにワンタックに。

 この世界のズボンはノータックがほとんど。

 タックを入れることで、ズボンの折り目が綺麗なシルエットになるのと、動きにゆとりを出しやすいのだ。

 こっちのノータックって、綿パンみたいで『スラックス』って感じがしないんだ。

 やはりお客さん相手の戦闘服は、スラックスじゃないとびしっとしない。


 シャツは俺と同じ白で、ジェラル君用に、白地に青のワンポイントの入ったネクタイ。

 結び方はデイジナに教えてある。

 ちょっとがっしり目のジェラル君にはダブルで結ぶ方法を勧めた。

 俺は細身だからシングルだが、彼はこういう感じの方がいいだろう。

 髪型もしっかりとセットさせたら、なんと。

 ちょっとした、いいとこの坊ちゃんみたいな感じに仕上がっていたじゃないか。


 カーミリアさんはシックな感じのベージュを基調とした、落ち着いたイブニングドレス。

 俺はいつもの副支配人型戦闘服だな。


 それと今回はちょっとしたいたずらを思いついたんだ。

 俺がイメージしたものをデイジナに縫い上げてもらった。

 それは俺が旅館時代にエスコートしたことがある、某国の王女様が着ていたもの。

 落ち着いた漆黒をイメージした生地で、腰からすーと広がるようなフレアースカート。

 肩が出る形のノースリーブのブイネック。

 それに白いショールを羽織らせたクレーリアちゃん。

 髪も綺麗に結い上げて、まるでどこぞの王女様のような感じになっている。

 彼女をエスコートするのはジョエル君。


「……クレーリア姉ちゃん。別人みたい」

「……これ、恥ずかしいです。ジェラルだって別人じゃないの」

「こらこら。そこはクレーリア姉さんって言わないと駄目だろう?」

「はいっ。ソウジロウさん」

「いやそこも、おじさんって呼ばなきゃ。俺の甥と姪ってことになってるんだからな」


 俺の上着の裾をつんつんと引っ張る感触。


「ソウジロウさん。あたしは?」

「うん。美しいよ」


 こういうことはさらっと言える。

 職業病ともいうけどな。


「そんな……」


 うん。

 照れたカーミリアさんは少女のように可愛いもんだ。


「ぷっ……」


 デイジナ、だからなぜそこで笑う?


 デイジナはいつも通りの、完全無欠のメイドさん。

 今日は辻馬車ではなく、フランクさんの家から馬車を用意してくれるみたいだ。


「旦那様。迎えの方が」

「ほいほい」


 お。

 今日の迎えはエスター君じゃないか。

 よかった。

 あのおっさんじゃなくて。


「ソウジロウ様。お迎えにあがりました。カーミリア様もお美しいですね」

「ありがとう」


 カーミリアさんも慣れたものだろう。

 さっきとは違う、母性溢れる微笑みでしっかりと対応するんだから。


 程なく大公家邸宅に到着する。


 俺はカーミリアさんに手を伸ばし、しっかりとエスコート。

 初めて会ったときとは違う形だな。

 すっごく嬉しそうな表情してくれてる。


 俺の真似をして、ジェラル君もクレーリアちゃんをエスコート。


「ジェラル君。俺たちは女性を綺麗に見せるのが仕事だぞ?」

「はい。ソウジロウおじさん」


 入口で執事のベルガモットさんが出迎えてくれる。


「カーミリア様。ソウジロウ様。お待ちしておりました」


 軽く俯いてカーミリアさんは目礼するだけ。


「こんばんは、ベルガモットさん。お招きありがとうございます」

「はて? そちらのお二方は?」

「はい。俺の姪のクレーリア・カツラと甥のジェラル・カツラです」

「これはこれは。クレーリア様、ジェラル殿。執事を仰せつかっております、ベルガモットと申します」


 二人とも、デイジナに教えられたように、綺麗に会釈をしてくれた。


「では、ご案内いたします。こちらへ」

「ありがとうございます」


 俺は肘をクレーリアさんへ。

 クレーリアさんは微笑んで俺の肘に腕を通した。

 ジェラル君も同じように。

 俺たちの後ろを堂々とデイジナがついてくる。


「カーミリア・リム・アルドバッハ様ならびに、ソウジロウ・カツラ様のご到着です」


 式典の場なのだろう。

 両開きのドアが開く。


 うぉ。

 すげぇ来賓の数だわ。

 あらかじめ二人にも教えておいてよかったね。


 うげ。

 めっちゃ注目浴びてる。

 ただでさえ、辺境伯令嬢のカーミリアさんが目立ってる上に、俺もそれなりに有名だったらしい。

 あちこちで俺のことを囁く声も聞こえるわ。

 何気にクレーリアちゃんとジェラル君のこともね。


 俺たちは祝辞をするための列に並んだ。

 おぉ。

 鳶が鷹を生むとまでは言わないけど。

 かっこいいな、好青年って感じのフランクさんの息子なんだろう。

 それと、綺麗な奥さん。

 ちくせう。

 リア充、爆ぜやがれ。


「ぷっ……」


 だーかーら。


 もちろん、名前は聞いていた。


「この度は、レオニール殿下の誕生の義、並びに成人の義にお呼びいただきありがとうございます」

「うむ。まぁ、気楽にしてくれたらいいよ」


 威厳があるとこは、最初の『うむ』だけかいっ。

 相変わらずフランク過ぎるだろう、フランクさん。


「レオニール・グランケイットです。カーミリア様。ソウジロウ様、ご丁寧にありがとうございま──」


 あれ?

 どうしたんだろう?

 レオニール君の視線の先は。

 あ、クレーリアちゃんか。


「こちらは、俺の姪。クレーリア・カツラ。甥のジェラル・カツラです。挨拶を」


 デイジナ直伝の会釈で笑顔と共に。


「クレーリア・カツラと申します。レオニール殿下、ご成人おめでとうございます」

「あ、はい。ありがとうごじゃいましゅ……」


 うわ。

 噛んじゃったよ……。

 ありゃー、これってもしや。

 一目惚れか?


「ぷっ……」


 もう突っ込んでる暇ないよ。


「あ、あの。クレーリア様は、その。お幾つなのでしょう?」


 ストレート過ぎるだろう、レオニール君。


「はい。今年、十六になるところです」

「そ、そうですか。どうぞよろしくお願いしまう……」


 ありゃー。

 もう、クレーリアちゃんしか見えてないかもな。

 そりゃそうだ。

 レオニール君に引き合わせようと、あちこちの名家からお嬢さん方が来てるみたいだけど。

 クレーリアちゃんも負けてはしないぞ。

 うちの姪っ子、クレーリアちゃんは可愛い。

 レオニール君、見る目あるね、うんうん。


 あれ?

 クレーリアちゃん。

 頬、真っ赤に染めてるじゃないか。

 あれあれあれ?

 こっちももしかして。

 脈あり?


「ぷぷっ……」


 デイジナ、狙ったね?

 まったく……。


 フランクさん、そのニヤニヤした表情どうにかしなよ。

 奥さん、困ってるみたいだぞ?


 式典も進み、次期当主としてレオニール君が紹介される。

 俺たちは立食形式のものをつまみながら、カーミリアさんと一緒に酒を楽しんでいた。

 もちろん二人はジュースな。


 あれ?

 レオニール君、こっち来るぞ?

 主賓は動いちゃ駄目だろう。

 ありゃ。

 今度はフランクさんと奥さんもニヤっとしてる。

 あぁ。

 わかっちゃったわけだね。


 レオニール君。

 右手を胸に当てて、綺麗な所作で一礼する。


「あの。ソウジロウ様」

「はい、何でしょうか?」

「ソウジロウ様の姪御さん、クレーリア様に。改めてご挨拶させていただいて、よろしいでしょうか?」


 来賓の皆の視線が集まっちゃってるよ。


「えぇ、構いませんが」

「クレーリア・カツラ様」

「ひゃ、ひゃいっ」


 あー、クレーリアちゃんも噛んでるし。


「失礼ですが、お付き合いされている方はいらっしゃいますか?」

「いえ。いましぇんが」


 あぁ、もうぐだぐだ。


「不躾な申し出で驚かれるかもしれませんが。よろしければ、私とその。お付き合いしていただけないでしょうか?」


 レオニール君。

 目一杯目を瞑って、右手を差し出してる。


「ふぁ」

「ふぁ?」

「は、はい。よろこんでっ」


 彼のその手にクレーリアちゃんの右手が乗る。

 その瞬間、来賓のお嬢様方のため息が聞こえちゃったよ。

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