第12話 おっちょこメイドさんと面接。

 俺が家を買って。

 クレーリアちゃんとジェラル君が住むようになって。

 クレーリアちゃんに『おじさま』と呼ばれるようになって。

 俺にクレーリアちゃんがたまに甘えるようになって。

 ジェラル君が困惑するようになって。

 数日が経とうとしていた。


 俺は最初、給金を月あたり金貨一枚に設定してた。

 次の日、倍にした方がいいかシルヴェッティさんに相談したら。

 『そんなことをしたら、応募が溢れかえって大変なことになります』と何気に叱られてしまったよ。


 やはり住み込みという敷居が高かったからなのか。

 それとも全て兼ね備えたというのが悪かったか。

 はたまた、シルヴェッティさんが断っちゃってたりしてな。


 ▼▼


 玄関から走り込んでくる足音が聞こえる。


「ジェラル君。またクレーリアちゃんに怒られるぞ」

「す、すみません。黙っててください。あ、そうそう。応募があったから伝えて欲しいって、シルヴェッティさんから言われました」

「そうか。ありがとう。早速行ってくるよ。わざわざ走らせてすまなかったね」

「えへへ。大丈夫です」


 ジェラル君も、何気に俺が頭を撫でると嬉しそうにしてくれるんだよな。

 この子もいい子なんだ。

 口調はきっと、背伸びしたいのもあるんだろう。


 いつも通りの道順でギルドに向かう。

 おかしいね。

 『不幸』のパラメーターが仕事しないっぽいわ。

 こちらとしては助かるんだけど。

 どこかでしわ寄せが来るのは困るんだよな。


 よくあるのが水巻きの水をかぶる。

 野良猫が足をかじる。

 二三人でじゃれ合いながらこっちへ来る子供が、よそ見をして俺の股間に頭突きとか。

 あれは痛いから勘弁してほしい。


 そんなくだらないことを考えて歩くと、いつもよりも早く着いてしまう。

 ギルドに入るときは左右確認。

 ぶつかって難癖つけられたら、待ってもらってる応募してくれた人に失礼だ。

 よし、大丈夫そうだな。

 シルヴェッティさんまでのルートを確認。

 あれ?

 いつもの受付にいないぞ?

 中に入って見回すと、こっちを見つけたみたいで手を振ってくれる。


「ソウジロウさん。こちらです」

「はい。お待たせしまし、た」


 これまたちっこい人だな。

 俺と三十センチ以上は違うんじゃないか?

 その人は俺が募集主だと知って、綺麗な所作で会釈をしてくれる。

 確かあれ、カテーシーって言ったっけ。

 こんな場所で見るとはね。


「どうぞ座ってください。こちらで条件を確認しましょう」

「初めまして。俺が、募集をお願いしたソウジロウといいます」

「はい。私は、デイジナと申しまス」


 あれま。

 なんとも懐かしい感じのするイントネーションだこと。

 それにしても、どうしたものだろうね。

 黒い侍女のような服を着てるのはいいんだけど。

 裾はボロボロ。

 あちこちほつれて、汚れ染みなのかな、結構目立つ。

 ぼさぼさの白髪の髪が三つ編みに編み込まれて、おさげになってるんだけど。

 丸いビン底眼鏡に、綺麗に揃えられたぱっつん前髪がかかってる。

 頬にちらほらとあるそばかすも愛嬌があるね。


 ただなんだこのどでかい胸は。

 まぁ見なかったことにしよう。

 ジェラル君が喜ぶだろうな。

 またクレーリアちゃんに怒られるかもだけどね。


 一番驚いたのは、首に二重にも三重にも巻かれた革製のベルトのようなもの。


「あの、シルヴェッティさん。デイジナさんって、もしかして。奴隷だったりしないですよね?」

「あ、それは大丈夫です。この方は、デュラハーヌ。デュラハンの女性なんですよ」


 話を聞いていくと、かなりの田舎から来たらしいんだけど。

 ただ、歩きで来たっていうんだよね。


「その。女性一人で大丈夫だったんですか?」

「はい。かくれんぼが得意なのでス」


 あぁ。

 何やら理由があるんだろうな。

 その辺は聞かないことにしておこう。


 炊事洗濯掃除、庭の手入れまで得意なんだそうだ。

 諸条件は問題なし。

 住み込みもオッケー。

 問題ないみたいだね。


「では、今日からでも大丈夫ですか?」

「はい。こちらからお願いしたいくらいでス」

「シルヴェッティさん。すみませんが、募集完了として手続きお願いできますか?」

「はい。こちらで手続きをしておきますね」


 俺が立ち上がろうとしたとき、それを感じ取ってくれたのか。

 デイジナさんが先に立ち上がって俺の前に来てくれる。


「これからよろしくお願いいたしまス」


 スカートの裾を両手でちょこんとつまんで、深々と会釈をして。

 姿勢を戻したときだった。


 ぷつん


 そんな音がしたと思ったら、デイジナさんのしていたベルトが『シュルシュルシュル』と音をたててほどけていく。

 もしかしたら、長旅でベルトの留め金がへたっていたのかもしれない。

 そしてぐらりと、首が傾いた。


「あ」


 頭だけお辞儀をするように、滑り落ちたと思ったら。

 彼女の豊かすぎる胸でバウンドして、そのまま勢いよく前に落ちてしまった。

 髪の毛が多かったからか、『ゴツン』という音はせずに前の方に転がっていく。

 すると、首があったところから黒い靄のようなものが立ち上がる。

『みょぉおおおおおおおん』という可愛らしいBGMのような音がしたかと思うと。


「あぁ、頭が、頭がぁぁ……。待って。そっちいかないでぇ」


 転がる方向に、声が遠ざかっていく。

 そりゃそうだ。

 喋ってるのは、頭の方なんだからね。


 その進行方向にいた人からは『ぎょっ!』とか『うぉ』とか驚きの声が上がるが。

 滑稽なシーンと、可愛らしく和んでしまうような音で、皆、ほっこりしてしまって。

 騒ぎはうやむやになってしまった。


 きっとこれが『不幸』だったのかもしれないな。

 でも可愛いからいいか。


 珍しく微笑ましかったギルドを出て、家に向かう途中。

 デイジナさんに、着替えの服はあるのか聞いたら。


「申し訳ございませんでス。これ一枚しか……」


 がらがらと動く滑車のついた大きな鞄を引いているから、着替えはあるものだと思っていた。

 聞くと、使い慣れた包丁やら、必要な道具が入っているらしいんだ。

 そういうことだったから、途中で買っていこうとしたんだけど。


「自分で縫えるので、布などがあれば大丈夫でス」


 そういうことだから、その辺の店で裁縫関係の問屋の場所を聞いて寄っていくことになった。


「必要なものでしょう? 好きなだけ買っていいから。本来なら制服くらいは用意しないと駄目だったんだけど。申し訳ないね」

「いいえ。大丈夫でス。では、お言葉に甘えさせていただきまス」


 そしたら買うこと買うこと。

 もちろん全部俺がしまい込んだんだけどね。


「もしかして。旦那様は流浪の民なのでスか?」

「大きな声では言えないけど、そうみたいだね。俺もよく知らないんだよ。デュラハーヌのデイジナさんも知ってるんだ?」

「わたしのことは、デイジナとお呼びくださいでス。旦那様」

「あぁ。ごめんね。プライドもって仕事してたんだね。俺も大きな宿の支配人をしてたことがあるから、その辺はよくわかるんだ。ん……。デイジナも知ってるんだね?」

「はい。以前働いていたお屋敷で耳にしたことがありまス」

「そうだったんだね。俺は普通の人とちょっと違うから、もし変なところがあっても驚かないでくれると助かるかな」

「かしこまりましタ」

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