第11話 従姉弟だと思っていたけど。
やっと明るい表情になってくれたクレーリアちゃん。
重たそうな唇を開いてくれたな。
「怒らないで、最後まで聞いてくれますか?」
「いいよ。大見得を切っちゃったんだ。二言はないよ」
「ありがとうございます。……私の母は、小さな教会のシスターでした。そこで小さな孤児院のようなこともしていたんです。ジェラルですが、あの子はうちで預かっていた子なんです」
「なるほどね」
「ですが、昨年。母は病で亡くなってしまいました。魔術は万能ではないんです。私の治癒では、母の苦痛をとってあげることしかできませんでした」
「そうだったんだ」
「はい。教会の本部にいる大司祭様のような、高位の魔術を使えば助かったかもしれません。ですが、寄進するほど余裕はなかったんです。私たちのいた教会はあくまでもお借りしていただけの場所でした。その教会に、新しい司祭様が派遣されてきたのです」
クレーリアちゃんは、自分の寝間着の裾をぎゅっと握っている。
辛い記憶なんだろうな。
「君のお父さんはいまどこに?」
「はい。父は、司祭でした」
「そっか。亡くなったんだね」
「はい。私が十歳のときでした。母と同じような病で……」
ありゃぁ。
俺と同じ境遇かよ。
まいったな……。
「父と同じように、優しい司祭様でしたら、手伝いながらうまくやっていけると思っていました。ですが……」
「うん」
「その男は」
ありゃ。
読めちゃったよ。
司祭様から、男。
だもんな。
「君を妾でもにしようとした。そうなれば、ジェラル君も置いておいても構わない、って言ったんだろう?」
「……はい。大筋は間違っていません。よくおわかりになりましたね?」
「言っただろう? 俺はそういう人を見る仕事をしてきたんだ。話の流れですぐにわかっちゃったよ」
ふっと、クレーリアちゃんの表情が緩んだ感じがする。
「そうでしたね。そのようなことがありまして、私はその晩、ジェラルをたたき起こして逃げ出してきたのです。そのまま母と交流のあったエライジェアさんにお願いして、匿ってもらいました。エライジェアさんに仕事として探検者になることを勧められたんです」
そういう経緯があったんだ。
あのおばちゃん。
だからあんなにやさしい目をしてたわけだ。
「なるほどね。うん。ここまでは理解したよ」
「ですが、大人と同じように食べていくことは簡単ではなかったんです。あのときソウジロウさんに出会って、助けていただいて。感謝しています。してもしきれないと思っています。私には、その。このから──」
「はいそこまで。言いたいこと全部わかってしまった」
「でしたら」
いくら世界が違うからって、淫行はだめでしょ?
俺にはそういう趣味ないし。
おじさん泣いちゃうよ。
「あのね。俺はあのシルヴェッティさんの魅力的な誘惑にも負けない男だよ? それにね。俺はクレーリアちゃんは、姪っ子くらいにしか見えないんだ。それはきっと、何年経ってもだろうね。それとも、俺にその司祭のようになってくれっていうのかい?」
優しく、諭すように言うしかないだろう?
俺は営業スマイルの決定版を使うよ。
対小さなお子さん用のフェイバリットウェポン。
こんなときにしか役に立たないけどね。
あ、クレーリアちゃんの目から涙が溢れてきちゃってる。
効果ありすぎたな……。
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
あまりやりたくないけど。
なんか、小さな女の子が泣いてるような気がして。
これ、日本でやったら事案発生案件なんだろうな……。
俺は立ち上がって、クレーリアちゃんの頭だけを胸に抱いた。
ゆっくり、優しく頭を撫でてあげる。
「俺のことをさ、おじさんって呼んでくれて構わないよ。こんなことしかしてあげられないけど。君たちを追い出すようなことはしないから。安心して早く、大人になってくれるかな? 俺は君たちが一人前の大人になってくれる方のが嬉しいんだよ」
「はい。がんばり、ます……」
「うん。いい子だ」
「あの、今晩だけでいいんです。その、一緒に寝てもいいですか?」
うわ。
ギガトン級の破壊力来ちゃった。
どうしよう。
まいったな……。
「俺はベッドには寝ないけどそれでいいなら。可愛い姪っ子のためだ。仕方ないわな」
「はい。それでいいです。ソウジロウおじさん」
「泣いた子がもう笑って。困った子だよ。本当に」
身体は大きくても、中身は子供みたいなもんだ。
本来はまだ親に甘えたい年頃なんだろうけど、こんなに過酷な世に出ちゃったんだ。
少しくらいは甘える必要もあるだろうよ。
「ほらよっと」
俺はクレーリアちゃんを抱えあげる。
ベッドに下ろして、俺はテーブルに戻る。
腕を横にして、ぽんぽんと叩いてやった。
「ほれ。可愛い姪っ子のクレーリアちゃん。俺はこっちのソファーで寝るから」
「……はい。おやすみなさい。ソウジロウおじさま」
目を閉じたと思ったら、もう寝息を立てていた。
……おじさまだって。
可愛いじゃないかい。
俺に娘がいたら。
こんな感じなんだろうか?
俺はずっとひとりで生きてきた。
こんな娘がいるような生活を夢見たことは確かにある。
ただ、そんな余裕は俺にはなかったな。
あんな最期を迎えちまったから。
でも、『お父さんのパンツと一緒に洗わないで』とか言われるの、怖いよな。
反抗期の娘の話、嫌って程聞いてたし。
そんなことを思いながら、俺も眠ることにした。
▼▼
朝起きると、隣にはもうクレーリアちゃんはいなかった。
洗面所で顔を洗って、食堂へ行くと。
「あ、おはようございます。『ソウジロウおじさま』」
昨日の話の通り、俺のことをおじさんと呼んでくれている。
元気いっぱいのクレーリアちゃんが、朝食の準備をしていた。
「おはよう。昨日はよく眠れたのかな?」
「はい。ご心配おかけしました」
「ならよかった。あ、ところで今って季節はなんなのかな?」
「はい?」
そりゃ驚くだろうな。
「いや、俺。こっちに来たばかりだからね。涼しいとは思うけど、春先なのか、秋なのかがわからなくて」
「そうでしたね。もうすぐ冬になります。こちらは雪深いので、冬場はギルドの仕事が大変だったんです……」
「まぁ、アドバイスはするつもりだよ。とはいっても、俺も調べながらになるだろうけどね。本来ははほら、まだ新人だから」
「あ」
笑顔を見せてくれた。
とりあえず一安心。
俺はテーブルに座った。
うん、昨日とはちょっと違うけどいい匂いがする。
ほほぅ。
こっちでも目玉焼きって作るんだな。
まぁ日本とは違って、ターンオーバーという両面焼きなんだけどね。
あくびをしながらジェラル君が起きてきた。
「ふぁぁあ。おはようごじゃいます」
「お、ジェラル君おはよう。よく眠れたかい?」
俺の声で目が覚めたのか、それともクレーリアちゃんがいたから目が覚めたのか。
「は、はいっ。一人部屋最高だよ。生まれて初めてだから。もう、嬉しくて嬉しくて。夜遅くまで眠れなかっ……、た」
何やら熱く語ってるわ。
そうだよな。
思春期の男の子には『いろいろ』あるからな。
義理の姉とはいえ。
朝、おっきしてるの見られるの嫌だろうなぁ。
他のことも、もう。
猿みたいになる年頃だし。
そのあたりには触れないでやっておこう。
「クレーリア姉ちゃん。朝から機嫌が良さそう、だけど。何かあったの?」
「何もないですよ。ねっ。ソウジロウおじさま」
「あぁ」
「えっ? 何それ?」
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