第10話 大家と店子の間柄。

 この家は二階建てで。

 一階は玄関ホールと食堂とキッチン。

 一番奥に広い部屋がある。

 おそらくは家主が使っていたんだろうね。

 それに風呂場とトイレがある。

 ここの風呂は凄いんだ。

 俺が足を投げ出しても、余裕で届かないくらい広い湯船があるんだよ。

 それで決めたようなものなんだけどね。

 二階には、通路を挟んで両側に三部屋ずつ。

 俺の部屋は一階の一番奥。

 二人の部屋は一番手前の両側。


 部屋のドアを開けると、窓が開けてあって、最初にあった嫌な匂いが消えていた。

 俺は身長があるからクイーンサイズのベッドを注文した。

 文机と簡易的なテーブル。

 とりあえずそれだけの部屋だな。

 真新しいシーツが敷いてあって、ベッドも柔らかい。

 俺はベッドに身体を投げ出すと、やっと人心地ついた。


「……ふぅ。色々あったけど。なんとか住める場所ができてよかったな」


 歳をとると独り言が多くなるというから、気を付けないといけない。


 あ、気を抜いたら寝ちゃってたみたいだな。

 ジェラル君と同じじゃないか。

 それにしてもこのベッドいいわぁ。

 低反発マットレスまではいかないけど、よくできた職人の技みたいな。

 そんな感じがするよ。


 俺は窓際に来てみた。

 この家があるところは、ちょっとだけギルドの場所より高い位置にあった。

 窓から見下ろすと、町明かりが綺麗で、なんとも言えない景色だ。

 いい風が入ってくるな。

 今は季節が秋なのか、それとも春先なのか。

 聞くの忘れちゃったな。

 あとで聞いておくか。


 コンコン


 ノックの音が聞こえる。


「入っていいよ」

「お邪魔します。ごはんの用意できましたけれど」

「あぁ。今行くよ。ジェラル君、起きた?」

「これから起こしに行くところです」

「大変だね」

「いいえ。小さい頃から面倒をみていますので」

「……そっか。やはり従姉弟ではないんだね」


 クレーリアちゃんは、『あっ』という表情になってしまった。


「わかってましたか?」

「なんとなく、だけどね」


 髪の色は同じだけれど、顔立ちは全くといっていいほど似てはいない。

 それに、ジェラル君はクレーリアちゃんのことを『クレーリア姉ちゃん』と呼んでいた。

 それにクレーリア姉ちゃんの服装。

 違うと思っちゃうだろう?


「あの、実は私……」

「いいんだよ。話したくなったら話してくれたらいいから。少しでも余裕のある生活しようね。心が休まってからでいいから」

「すみません……」


 やっぱりひとりじゃない食事っていいもんだね。

 買ってきただけのものかもしれないけど、これ、結構美味い。

 何の肉かわからないけど、薄切りにした肉を何かのたれに漬け込んで焼いてある。

 それを生で食べられるレタスに似た葉野菜と一緒に、パンに挟んで食べる。

 それと、クレーリアちゃんが気を利かせて買ってきてくれた、ちょっと薄い味だけどビールに似たお酒。

 酒自体久しぶりだな。

 病気になる前には毎晩飲んでたけど、もう何年だろう。

 これが結構冷えてて、悪くない。


「くぅっ。旨いな。俺ね、病気で暫く寝込んでたんだ。だから久しぶりなんだよ。酒って。冷えてて旨いわ」

「よかったです。もしかしたら飲まれるかと思いまして」

「うん。ありがとう。この肉も悪くないね。柔らかくて、味が濃くて」

「はい。お金が入った日だけ、食べてたんです。毎日ではありませんでしたが」

「あぐ。んぐっ。んまっ」


 ジェラル君はひたすら食べてた。

 あのレストランでは行儀よくしないと、クレーリアちゃんが怒ると思ったんだろうな。


「クレーリアちゃんも、ジェラル君も聞いてくれ。ごはんだけは毎日、腹いっぱい食べていいから。遠慮なんてするなよ? 二人はちょっと痩せ気味だから。もう少し栄養とらないと駄目だね」

「ほんと? 毎日肉食べていいの?」


 ジェラル君、本当に嬉しそうだな。


「あぁ。その代わり、しっかり仕事するんだぞ? それと、俺だってな、こんなに細くても、これくらいはあるんだぞ?」


 俺は二の腕まで袖をまくって、筋肉を浮き上がらせて見せる。


「うわ。すげぇ。おっさんなのに」


 おっさんいうなし。


「俺は身長はあるけど、身体は大きい方じゃない。でもな、最低限の運動はしてたから、この歳でもこれくらにはなるんだ」


 嘘だ。

 毎朝走ってたし。

 筋トレも欠かしたことはない。

 それでもこれ以上、筋肉つかなかったんだよなぁ。

 シックスバックじゃないけど、それなりに腹筋もあるんだぞ?

 入院中に半分くらいになっちゃったけど、こっちきて戻ってたから驚いたわ。


「あ、そうだ。この国って、成人は何歳なんだ?」

「はい。十八歳です」

「そうなんだ。あっちとあまり変わらないんだね。俺が住んでたところは二十歳だな。だからクレーリアちゃんも、ジェラル君も。まだまだ子供だ。だから甘えてもいいんだよ。辛いときは辛いって言ってくれ。そんときゃ、近くにいる大人が何とかするもんだ」

「はい」

「うん」


 うんうん。

 いい返事だ。

 おじさんは嬉しいよ。


「この家は風呂もついてる。毎日ゆっくり浸かって、身体を休めて。頑張って仕事をすればいい。だがな、今日からは毎日生きるだけのことを考えなくてもいい。七日の内、一日はゆっくり休め。仕事はしなくていいから」

「いいんですか?」

「あぁ。身体を休めないと。まともな仕事もできやしない。俺だって休むぞ? 仕事漬けの日々だけなんてまっぴらごめんだ」


 旅館業のときだって、週一できっちり休んだ。

 トーナメントがあるときは二日休んだときだってある。

 ブラックな生活なんて死んでも嫌だわ。

 死んだんだけどな。


 食後はゆっくりと風呂に入り、残ってた酒を飲んで部屋でゆっくりしていた。

 この世界、冷蔵庫みたいなものあるんだな。

 家具屋に勧められるまま、知らないで買ってたけど。

 あれ、冷蔵庫なんだな。

 この冷えたビールもどき。

 風呂上りはたまんないわ。


 いい感じにリラックスできて、そろそろ寝るかと思ったときだった。


 コンコン


「あぁ。開いてるよ」

「失礼します」


 入ってきたのはクレーリアちゃんだった。

 寝間着に着替えた彼女は寝る前の挨拶なのかな?


「どうしたんだい?」

「はい、あの。少々おはなししても、よろしいですか?」

「構わないよ。そこに座るといい」


 俺はテーブルのソファーを指差した。


「はい。失礼します」


 旅館業をしていたときは、副支配人をしていた。

 基本的な接客を全て管理するのは女将さんだった。

 旅館の業務の表舞台は女将さんが率いる仲居さんたち。

 俺の仕事は、フロント業務から厨房、予約の業務に至るまで裏方を全て統括するものだった。


 そういうこともあり、人を見る目だけではなく、従業員たちが円滑に、気持ちよく仕事ができるよう配慮するのも俺の役目だった。

 要は女将さんたち表の顔の人たちを支える裏方だわな。

 だからこそ、人の顔色を見て、その人が今どういう感じか。

 ある程度までは表情だけで読み取ることができる。

 気配りができないと、統括なんてやってられないからな。


 クレーリアちゃんは、俺から言わせてもらえばまだまだ子供だ。

 そんな彼女が、何やら思い詰めている表情をしているのはもうわかっていた。

 おじさんはね、気づいてるんだよ。

 無理してきたんだろうなぁ。


「あのね。俺はこの家の主。クレーリアちゃんたちはこの家の住人。俺のいた世界では家主は大家。借り手は店子というんだ」

「はい」

「俺には嫁さんがいなかったから。俺は君たちの親にはなれないかもしれない。だけどね、こういうことわざがあるんだ。『大家と言えば親も同然。店子と言えば子も同然』ってね。俺くらいの歳になれば君たちくらいの子供がいてもおかしくはない。だから親にはなれないかもしれないけど、おじさんくらいには思ってくれてもいいよ」

「ほ、本当ですか?」

「あぁ。俺は嘘は言わない。できるだけの力にはなってあげられると思う。じゃなければ、俺自ら厄介ごとに顔を突っ込んだりしないでしょうに?」


 何やら思い詰めていたクレーリアちゃんの表情が、やっと明るくなってくれたよ。

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