第3話 助けてもらっちゃった。

 俺は湖の浅瀬に転がっている、九メートルはあろうかという化け物の成れの果てを見下ろしてる。

 いきなりこんな化け物に喰われるわ。

 中から『いただきます』して、食ってしまったわ。

 こんな感じで始まった、俺のスローライフ。

 ……って、こんなハードなスローライフ。

 あるわけないわっ。

 まぁ仕方ない。


 ていうか、この子犬たち。

 どこから沸いたんだ?

 あっちかみつき、こっちかみつき。

 野犬っぽいから甘噛みじゃないんだよ。

 そこそこ痛かったりするんだ。


 すると、何やらこちらに近づいてくるような音が聞こえる。

 また化け物か?

 それとも犬か猪か。

 まぁいいや。

 喰われても死ぬことはないことがわかったし。

 俺疲れてんだ。

 なるようになれ、ってんだ。


 くぅ……。

 腹が鳴った。

 あぁ、がしがし子犬たちにかじられてるけどさ。

 これ、小傷が治ってるから腹が減ってきたよ。

 やっぱり回復と空腹って何か関係あるみたいだな。


 音が止まった。


「うわ、何だこの子犬の山は。しっしっ。どけって。……やっぱり倒れたのは人だったよ。おい、あんた大丈夫か? 生きてたら返事してくれよ」


 若い男の声だ。

 よかった、人間みたいだ。

 子犬たちもどけてくれたみたい。

 助かるわ。


 あれ?

 身体中だるくて指一本も動かせないぞ。

 返事も、瞬きする気力もない。

 あぁ、体力使い切ったのか……。

 傷は治っても体力までは無尽蔵じゃないってことか。

 ちょっと待って、もう少し休ませてくれないかな。


「この人、血まみれなんだ。悪い、クレーリア姉ちゃん。診てやってくれないか?」

「えぇ」


 同じくらいの若い女性も一緒みたいだ。

 俺の服のボタンを外して、身体をまさぐってる。

 ちょっとくすぐったい。

 目が開けられないから、感覚が鋭敏に感じる。

 変なとこ反応しなきゃいいけど。


「これといって傷はないみたいね。呼吸も正常みたいだし。疲れて寝てるだけなのかもしれないわ」

「そうか。それはよか──。うぁああああああっ!」


 男が叫んだ。

 あぁ、あれ見たんだな。


「どうしたの? ジェラル」


 女性はクレーリアさん。

 男はジェラルっていうのか。

 声から察するに、そこそこ若い人たちかもしれないな。


「クレーリア姉ちゃん。あれ見て。あれって、手配中のやつじゃないか?」

「……えぇ。緊急の依頼にあったはずよ。こんなに大きかったのね」


 まぁ、普通は驚くよね。

 俺だってビビったし。


「これ、金貨千枚以上の懸賞がかかってたはず。……かといって、この馬車じゃ積みようがないな。どうやって持って帰ったらいいものか」

「ジェーラール? あなた、この人のこと忘れてない?」

「いや、そんなつもりは……。そういえばその人。血まみれだけど、無事なの?」

「話聞かないんだから……。不思議と無傷みたいよ。多分これは返り血ね。この人が倒したのかもしれないわ。そうだとしたらあなたに権利はないわよ。恥をかくつもり?」

「うん。討伐したって嘘ついてもばれるよな」


 討伐?

 あれ、討伐対象だったのかよ。

 嘘をついてもバレるって、どういうことだろう?


「そうよ。そんなことしたら、私。あなたとのコンビ、解消するわよ? 私はギルドの一角借りて治癒するだけでも、ある程度は稼げるですからね」

「それは困る……」

「そうね。だったら馬鹿なこと考えちゃ駄目。とにかく浄化してみるわ」

「うん、頼むよ」


 治癒?

 浄化?

 なんだそれ?

 昇天させられちゃったりして。

 不死だけにそれはないか。

 いやまてよ。

 不死とかって、死なないんじゃなく、初めから死んでるからって意味じゃないよな?

 だとしたら浄化とか、まずいんじゃ?

 ちょっと不安になってきた。


「──大気の精霊よ。清らかなる風。清らかなる水のように。清浄へと導かん……。『浄化』」


 やっぱり今のって魔法か?

 どういう効果かわからないけど、痛くないから大丈夫だと思う。


「──我がマナを用いて。この者へ安らぎを。『癒し』」


 お。

 身体に力が戻ってくる感じがする。

 ありがたい。

 やっと瞼が明けられるわ。


「あ、この人。目を覚ましたみたい。あの。大丈夫ですか?」

「……はい。助かりました。大変あつかましいお願いかもしれませんが。できたら水をいただけないかと」

「はい。今お持ちしますね」


 なんていい子なんだ……。

 言葉遣いも丁寧だし。

 シスターさんみたいな恰好してるから、どこかの教会の人なのかもしれないな。


 俺の背中に手を当てて、起そうとしてくれる。


「あ、血まみれだから、汚れますよ」

「大丈夫です。先ほど、『浄化』の呪文をかけましたので。もう、綺麗ですよ」


 じょうかじょうか。

 なんて、初対面でダジャレはまずいだろうな。

 ここは我慢。

 ほんと、おっさんて駄目だね。

 どっこいしょと、俺は身体を起した。

 あ、血まみれだった服が綺麗になってる。

 魔法が使えるのは羨ましい。


 身体を支えてくれて、水を飲ませてくれる。

 優しい人だなぁ。

 ……水って、こんなに美味かったんだな。

 この世界来てから一番まともなものを口にした気がする。

 いや、気のせいじゃないけどね。

 

「……ふぅ。ありがとうございます。俺は──」


 こっちだと姓が後ろになるのか?

 多分そうだよな。


「名が惣二郎そうじろう、姓はかつらといいます。ソウジロウでもソウジとでも好きに呼んでください」


 俺は素直に頭を下げた。


「これはご丁寧にありがとうございます。私はクレーリア。そちらにいるのが、従姉弟の従弟。ジェラルです」


 ジェラルはペコリと頭を下げただけ。

 従姉弟とバラされて拗ねてたりしないよな?


「クレーリアさんとお呼びしても?」

「えぇ。構いません」

「この度は、本当に助かりました」

「いえ。助け合うのが当たり前だと思っていますので」


 助け合うのが当たり前とは、クレーリアさんは嬉しいことを言ってくれるよね。


「それにしても、便利なものがあるんですね。血まみれだったのに、こんなに綺麗にしてもらいましたし」

「はい。『浄化』は便利なんです。旅先でお風呂に入れなくても、綺麗になるんです。ですが、疲れは取れないので、『癒し』の呪文に頼ることになりますが……」


 何やら最後、言い淀んでいるようだが。

 もしかして、浄化されちゃうのか?

 なんてことはないよね。


「何か、不都合があるということです?」

「えぇ。呪文と唱えることで、魔術の効果が発生します。その際に消費したマナ。人の体内にある魔術の源ですね。体力が戻ったとしても、マナは戻ったりはしないのです。結局、休まないと駄目なんです」


 なるほど。

 マナは体力みたいに減るということなんだね。

 お?

 クレーリアさんの後ろにいたジェラル君が、俺に何かいいたそうな表情してるな。


「どうしたんですか? ジェラル君でいいのかな?」

「あ、あのさ。ソウジロウ」

「こら、ジェラル。あなたよりも年上の人を呼び捨てにするものではありません」

「ごめんなさい。クレーリア姉ちゃん……。ソウジロウ、さん」

「何か聞きたそうですね?」

「湖に転がってるキングリザード。あれ、ソウジロウ、さんがやったのか?」


 クレーリアさんがじろりと睨む。

 あぁ、従姉弟のお姉ちゃんなんだっけな。


「えぇ。結果的にそうなった、としか今はいえませんけど」

「すげぇ。ソウジロウさん、すげぇよ。あんな化け物ひとりで倒したとか。おまけに金貨千枚以上だぜ?」

「ジェラルっ。お金の事ばかり言わないの」

「だってよぅ……」


 クレーリアさんが申し訳なさそうな顔をしてる。

 金貨千枚がどれだけの価値かがわからないから何とも言えないかな。


「あの、ですね。私たち、探検者をしているのです」

「探検者?」

「はい。依頼を受けて物を運んだり、護衛をしたり。依頼によっては、魔物を討伐したりすることもあります。ですが、私たちはまだ初めて一年目なので、大したことはできませんが。今も輸送の依頼を終えて帰ってきたところだったのです」

「なるほど」


 よくファンタジー小説にある、冒険者みたいなものだな。

 うんうん。

 読んでおいてよかった。


「それでですね。最近、緊急な依頼があったのです。あのキングリザードがここ、メロウリア湖に出没するようになり、周りの獣や人を襲う事件が発生しました。ですが、あのサイズでそれも高位の探検者でも相当数集めないと太刀打ちできないと言われていました」


 相当数の人数じゃないと倒せないとか。

 よく倒せたよな……。

 あ、誰も食われてからやり返すなんてできないか。


「そうだったんですね。しかし、俺が倒してしまったみたいですが、よかったんでしょうか?」


 しかし、いきがかり上とはいえ。

 偶然とはいえ、関係ない俺が倒しちゃったら、問題になったり……。


「問題はないと思います。失礼ですが。ソウジロウさんは、どちらかでこのような討伐をされていたのですか?」

「いや、それはないだろう。だってさ、キングリザードだぞ。ひとりで倒したなんて聞いたことないよ。こんな化け物、無理に決まってる……。それでも、倒したんだよなぁ……」


 詳しい話をしても信じてもらえないよな。

 さて、どう説明したもんかな……。

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