第2話 くちゃいところからの脱出。

 『不幸』のパラメーター、半端ないわ。

 いきなり食われるとか……。

 はい、あっという間でしたわ。

 これといった抵抗なんてできるわけない。

 俺は勇者でも英雄でもない。

 一般人だよ?

 無理無理。


 腹部と背中に声にならない激痛が走ってところまでは記憶あるけど。

 そこからあっさり気絶してました。

 おはようございます。

 起きたら、まるのみされてました。

 とても不快な目覚めです。

 生臭いし。


 女神様が加護を貸してくれると言ってたけど。

 あの時言ってた『不死』という言葉ね。

 やっと実感してますよ。

 さっきまであった、腹部と背中の痛みはもう感じない。

 真っ暗で何も見えないけど、手は自由に動くから触ってみた。

 したら、傷なんてないんでやんの。


 息苦しいけど、死ぬほどではないね。

 ていうか、『不死』なら死なないんでしょ。

 不幸パラメーターと不死パラメーター。

 プラスマイナスゼロで、これなら大丈夫でしょうって。

 適当すぎる……。


 普通だったら呼吸困難な状態だろうけど、身体がそれなりに対応してくれているみたいだ。

 喰いつかれた腹の部分から下。

 足があるってことは、噛まれた瞬間から傷が治ってたのかもしれない。

 あの大きさだ。

 噛まれたあとすぐ、丸飲みだったんだろうな。

 実に便利な加護を貸してくれたみたいだ。

 今回ばかりは女神様に感謝だわ。

 女神様、とりあえずありがとう。


 ただ困ったことがあった。

 今、猛烈に腹が減ってるんだ。

 もしかしたら、傷が回復した副作用でもあるんかな。

 よく言う『おなかと背中がくっつくぞ』的な。

 猛烈な腹減り状態。


 俺が目を覚ましたのは、多分こいつの喉。

 食道あたりを通ってたのかもしれない。

 ぐねぐね、ぬめぬめ。

 どろどろ、ぬちょぬちょ。

 気持ち悪いったらありゃしない。


 今やっと、多少動けるくらいの広さ。

 あ、やっと広い場所に抜けた。

 これ、胃なのかな。

 あれだけでかい身体だったんだ。

 俺一人くらい余裕で動けるくらいのスペースはあってもおかしくはないだろうね。

 人が乗れるコクピットが内蔵されているくらいの、巨大なワニの化け物だからなぁ。


 さて、ポーチには金貨しかなかったよな。

 食い物なんてあるわけがない。

 あるとすれば『こいつ』。

 目の前はこいつの胃なんだよな。

 胃壁。

 これ、食えるのか?


 ワニは鳥みたいな味がするって、テレビで見たような気がするけど。

 胃って、内臓だろう?

 焼き鳥のハツとかそういうものなら、食えなくもないだろうけど。

 豚の胃って『ガツ』って言ったっけ?

 ようはモツみたいなものだ。

 でも……、生、だからなぁ。


 今の猛烈な空腹感には耐えられない。

 ……どうやって食えばいいんだ?

 ナイフとか持ってなかったから切ることもできやしない。


 とりあえず、胃壁を掴んでみた。

 ぬるっとするけど、なんとか掴める。

 掴めるだけだけで、引きちぎったりできるような力は貸してくれなかったみたいだ。

 女神様。

 使えねぇよ、この身体。


 ……あ。


『美味しいもの食べたいというなら強靭な顎と、あとは適当に』


 そんなこと言ってたような気がするけど。

 強靭な顎?

 とにかくやってみるか。


 よくも出オチみたいに食ってくれたな?

 今度は俺がお前を食ってやる。

 ……なんて。

 生はちょっと気が引けるけど。

 背に腹は代えられない。


 そういえば、あっちで最後に食べたのいつだったっけ?

 ずっと点滴だけだったからなぁ。

 俺は両手でぎゅっと胃壁を掴む。


「いただきます」


 お。

 さくっと噛み切れるぞ。

 昔食べた、焼き肉のミノより柔らかいな。

 うぇ……。

 口の中に広がるなまぐささ。

 鼻に抜けるなまぐささ。

 まっず。

 でも、噛み砕けるし。

 奥歯ですり潰すこともできる。


 すげぇ。

 この歯、この顎。

 とにかく飲み込んだ。

 まずいけど、食えないこともない。

 いや、まずいけど。

 ひたすらまずいけどね。


 ひと口。

 またひと口。

 気が付いたら、俺一人通れるくらいの穴が手探りでわかるくらいに開いていた。

 ……ふぅ、うん。

 とりあえず、空腹感はまぎれたかな。


 さて、これからどうしたものか。

 このままう〇こになるまで待つのもあほらしい。

 せっかくだから胃壁の外に出てみるか。

 明かりがないから手探りで。

 よっと……。

 両手でぐにーっと広げられる。

 お。

 なんとか出られた。

 うん。

 生臭い。

 俺よく、呼吸してるな。

 いや、呼吸してるかどうかわかんないだけ。

 死んでないだけなのかもしれないな。


 胃壁に結構穴が開いてるけど。

 恐竜の類って、痛みに鈍いとかテレビで見たっけ。

 俺たち人間は、胃に穴が開いたら痛くて悶え苦しむんだけどなぁ。

 胃潰瘍穿孔いかいようせんこうだっけ?

 やだやだ。

 痛い痛い……。


 狭い中を匍匐前進ほふくぜんしんするように、あちこち移動してみた。

 すると、指先に何やらびくんびくんと動くものが感じられた。

 これ、心臓じゃね?

 こんな化け物だって、心臓やられたらたまらないだろう。

 よし、何事も待ってるだけじゃ駄目だ。

 このままじゃう〇こになる未来しかない。

 消化はされないだろうけど。


 俺はその部分まで、匍匐前進。

 なんとか顔をねじ込んで。

 迷わずかじった。

 かじってかじって。

 ずたずたにしてやった。


 ……まずっ。

 お腹すいてないから、ぺっ、と吐き出したけど。

 すると、そのうち何やら生暖かいものが顔に噴き出してきた。

 血、なんだろうな。

 お前の血は何色だぁ?

 なんて冗談言えるほど、前が見える状況じゃないんだな。

 物凄い勢いだったけど、徐々に弱くなってきてる感じがする。


 そのときだった。

 こいつ、暴れてないか?

 もんどりうってるような。

 物凄い振動を感じる。

 振動と一緒に、『ドスン、ドスン』と音まで聞こえるような。


 あれ?

 何やら震えのような、そんな振動が。

 暫く痙攣してるような、振動が続いたと思ったら。

 ぱったりと動かなくなったような気がする。


 これ幸いと、俺は匍匐前進でさっき来た方向へ戻る。

 ちょっと。

 いや、かなり迷子になりそうだったけど。

 胃の部分を手探りで探り当て、胃に戻ってまた匍匐前進。

 ちょっと狭いところを通って。

 匍匐前進。

 匍匐前進。

 ……あれ?

 余計に狭くなってきてる。

 あ、こっちもしかして、う〇こ一直線じゃないか?

 あぶね。

 反対に戻って、と。

 また匍匐前進。

 その先の明るく感じるところへ。

 口が開いてるのか。

 その隙間から這い出ることで、やっと外に出ることができたよ。


 しばらくぶりに感じる外の空気。

 あのまずい胃壁よりも、生臭い腹の中よりも、美味しい空気。

 最高の贅沢だね。


 そいつが倒れている場所は、湖の浅瀬みたいだった。


「うわ。血なまぐさっ!」


 俺は全身、返り血で血まみれだった。

 その化け物を見ると。

 目玉が白目をむいていて、ぴくりとも動かない。

 運よく倒せたみたいだな。

 そりゃ心臓らしいとこを食いちぎられたら、こんな化け物でも駄目だろう。

 外側はこんなに固いのに、中かから攻撃されるとは思ってもなかっただろうな。

 化け物の口から血が染み出してるよ。

 こいつの血も、赤かったんだな。

 胃あたりから逆流したんだろう。

 お前の運も悪かったんだな。

 こんな得体のしれないやつを喰っちまったんだから。

 まずかったけど、とりあえず。

 ごちそうさまでした。

 生まれ変わって美味しい食材になってくれよ。


 さてと。

 俺は今、全身血まみれだ。

 こんなところにいて、またワニに見つかったら相手してられん。

 湖から離れないと。


 ……ってなんだこれ?

 あちこちから何かの気配、ってちょっと待て。

 うぁああああああっ!

 俺はとにかく走って逃げた。


 ドンッ!


 はい。

 俺、空を飛んでます。

 いや、飛ばされたんだけどね。

 バカでかい猪に追突されましたよ。

 『ぺしゃ』って音をたてて顔から着地。

 はい、首から嫌ーな音がでました。

 あちこち骨折してるっぽいな。

 うわ、なにこれ気持ち悪い。

 『めきっ』とか『ごきごきっ』とか音しながら、骨が元に戻っていく感じがするよ……。


 やっと動けるようになった。

 おい……。

 これ、山犬の子犬かなんかか?

 立ち上がったら俺の尻にかぶりついたまま、ぶらーんぶらーん。

 もういいよ。

 どうせお前じゃ喰いちぎれないから。


 林の中は危険だ。

 俺はとにかく街道近くまで歩いて戻って。

 斜面になってるところに寝っ転がった。


「ふぅ。疲れた」


 綺麗な世界みたいだけど、やっぱり物騒な部分もあるんだな。

 スローライフを期待していた俺が馬鹿だった。

 女神様は『そこそこ過酷な』って言ってたけど。

 どこがだよっ!

 いきなりクライマックスだったじゃないか。

 あぁ。

 俺の足にまだ齧りついてる。

 ……てか、数増えてないか?

 無視しよう。


 不死だけに、不思議な身体をもらったんだ。

 気にするな。

 駄洒落はおじさんの特権だから。

 誰も聞いてないから気にしない。

 気にしないけど、なんか、寂しい……。

 まぁ、それで良しとするしかないんだろうな。

 俺は目を閉じて、これからどうするか考えようと思っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る