釣り好き令嬢。公爵令嬢さまは釣りのためなら何でもしますわ!

天笠すいとん

釣り好き令嬢。公爵令嬢さまは釣りのためなら何でもしますわ!

 

「中々釣れわないわね……」


 潮の香りがする海。船が行き来する港の端にある堤防に私は立っている。

 視線の先にある浮きはピクリとも動かない。

 どうやら今日は坊主で終わりそうね。


「メイリアお嬢様。そろそろお時間でございます」

「もうちょっとだけ…」

「駄目です。先程から見ていましたが、全く釣れていません。時間の無駄ですよ」

「……サラのいじわる」


 幼い頃から私に仕えているメイドのサラから強い圧力を感じる。

 この私、メイリア・スコットノードは名門であるスコットノード公爵家の人間だ。本来ならばこんな場所でズボンに長靴、麦わら帽子を頭に被って釣糸を垂らしている場合ではない。

 貴族の令嬢として音楽や美術、マナーについての勉強を沢山しないといけない。

 だけど、このまま引き下がる私ではない。


「ーーきたっ!」


 サラが周囲の釣り道具を片付けようとした時、私の竿に確かな手応えを感じた。

 視線先にあった浮きが沈んでいる。


「よっしゃああああああ!」


 こんな声を知り合いに聞かれたら真面目でお淑やかな貴族令嬢としてのイメージが下がってしまうだろうが、残念ながらお気に入りのこのスポットには私とサラ、後はこの近所に住んでいる暇人のおじさん達しかいない。


 ビクッ…ビクッ……!


 震える竿をしっかりと握り、リールを巻いて手繰り寄せる。

 貴族特権で高いお金を払ってオーダーメイドした釣竿は大物相手でも壊れない。

 私の釣竿は伊達じゃない!!


「おりゃあ!」


 ダンスや馬術で鍛えた筋肉を使って野太いかけ声と共に釣り上げる。

 これはかなりの大物が釣れたはずね!


「……お嬢様。フグですね」



 プーッ…プーッ…!(ビチビチ)



 丸々と大きく膨らんだ猛毒のあるフグが釣れた。

 間違いなく私が今までに釣ったフグの中で一番の大きさなんだけど……これじゃない。


「リリース」


 食べれないのならば用は無い。

 私は釣り針からフグを解放して海へと投げ捨てた。

 海へお帰り。でも、決して私の前に二度と現れないでくれ。

 元気にピチピチと泳ぐフグの姿はあっという間に海中深くへと消えて見えなくなった。


「ではお嬢様。帰りましょう」

「へーい」


 やる気を失くした私はサラの指示に従って釣り場を後にした。

 荷物をまとめて馬車に乗せ、自宅へ向かって移動する。

 一時間もしない内に屋敷に着いたので、お風呂で体についた磯の香りを洗い流す。

 全身がさっぱりした後でサラに髪を乾かしてもらいながら今後の予定を確認する。


「釣りなんてするから、今日はお城で王子の誕生日会だというのにギリギリの到着になってしまいますよ」

「釣りは私にとって大事な趣味なの。デュークもそこは理解してくれているわ。婚約者の我儘くらい目を瞑ってくれるわよ」


 デューク王子。この国の次の王としてみんなに信頼されているイケメンだ。

 私と彼は親戚で、幼い頃から親同士が決めた婚約者になっている。

 そのせいで私は次期王妃として恥ずかしくないように教育を施されてきた。

 私の釣りの師匠でもある庭師のお爺ちゃんがいなかったら今頃私は泣いて逃げ出していたかもしれない。


 餌を撒いて獲物を釣り上げる事に快感を覚えたからこそ私はいきいきと毎日を過ごせているし、釣りのためならどんな苦難も我慢して乗り越えられる。


「お嬢様。今夜の誕生日会には国中からお祝いをしに沢山の貴族が集まります。くれぐれも気を抜かないようにしてください」

「大丈夫よ。私は猫を被るのは得意だから」

「それは存じ上げていますが………気をつけてくださいね」


 心配そうな顔をするサラに笑顔で大丈夫だと相槌を返したところで準備完了。

 休む暇もなく馬車に乗ってお城へ向かう。

 途中でいい感じの川を見つけたので、不完全燃焼の釣り欲が出てきたけどぐっと我慢する。

 釣りというのは獲物がかかるのを想像したり待ったりするのも醍醐味。忍耐強さが求められるのよ。


「……釣りしたい」

「もうすぐお城着きますから!」


 うっかり口に出してしまった本音を聞いたサラに怒られながら立派な門をくぐってお城に入る。

 使用人達は別室での待機になるので、私はお城の騎士達に案内されてデュークの元へと進む。

 会場となる大きなダンスホールには煌びやかドレスやスーツに身を包んだ貴族達が大勢いた。

 その中でも一番人が集まっている場所から金髪碧眼のイケメンがこちらへ手を振って近づいてきた。


「やぁメイリア」

「ご機嫌ようデューク。今日も素敵な笑顔ね」

「メイリアの方こそドレスがよく似合っているよ。城に来るのがちょっと遅かったみたいだけど、何かあったのかい?」

「えぇ……道が混んでいて」


 どうしても釣りがしたくて遅れましたとは口が裂けても言えないので適当に誤魔化しておく。

 他の貴族達もデュークの婚約者である私に気づくと挨拶をしてきた。

 公爵家は王家に次ぐ権力があるからね。挨拶をする人間も多くて捌くのが大変だ。

 ……魚だったら釣ったその場で解体して刺身にして食べるのに。

 愛想笑いで挨拶返しをしていると、目の吊り上がった人相の悪い男が近づいてきた。


「おやおや。遅刻かよメイリア」

「ご機嫌ようカイン。ちょっと道が混んでいて遅れてしまったのよ」

「はっ。それなら道が混むのも計算して早く来るべきじゃないのか?随分と甘い考えだな」

「えぇ。次からは気をつけるわ」

「次からねぇ……次があればいいがな」


 嫌味ったらしい口調で話しかけてきたのはカイン・スコットノード。

 私の従兄弟で、分家の次期当主である。

 私の父親とカインの父親は仲が悪く、後継争いではかなり揉めたそうだ。

 スコットノード公爵家は私の幼い弟が継ぐ事になっているが、カインはそれが気に入らないらしい。

 私が王妃になる事が決まった時も、本家の娘が更につけ上がると影で言っていたらしい。


「彼は相変わらずだな」

「無視していいですわよ。本家が分家を下に見ているのは本当ですし、父は分家に対する支援を打ち切っていますから」


 金遣いも荒ければ、貴族としての義務すら果たせていない厄介者達だと父は口癖のように言っていた。

 身内でのごたごたに巻き込むのは勘弁してほしい。私はただゆっくりと心置きなく釣りがしたいだけなのだから。


「デューク様〜」

「げっ…」


 顔を合わせたくない従兄弟がいなくなると、入れ替わるように私が一番嫌いな奴がやって来た。

 胸元が大胆に開いたドレスに過剰なくらいつけられた装飾品の数々。なにより口紅が濃い。

 こんな見た目なのに男性の目線が集中しているのは無駄に大きな胸のせいかしら?


「こんな所にいらっしゃったんですね。ティオ、寂しかったですぅ」

「あぁ、すまないねティオ嬢」


 私とデュークの間に割り入ったのはティオ・ノルアド男爵令嬢。

 本来なら男爵家の令嬢なんかが王子に気安く話しかけてはいけないのだが、彼女は例外だ。

 ノルアド男爵家の領地から新しい鉱脈が発見されたのだ。

 元からあった国内有数の鉱山が廃坑になりかけていた事もあり、ノルアド男爵家は今一番国にとって重要な立ち位置にある貴族なのだ。

 装飾品の数々も掘り出した鉱石を売ったお金でとりあえず高い物を買い集めた成金趣味だ。


「そうだ。このパーティーの後、ティオと一緒に二人だけでお話ししませんか?誰にも見つからない場所を見つけたんですぅ」


 婚約者が目の前にいるのに逢い引きのお誘いとはいい度胸をしているわね。

 他の貴族令嬢達の冷たい目線が見えないのかしら?


「えぇと、僕にはメイリアという婚約者がいるから」

「えー。ちょっとくらいいいじゃないですかぁ?」


 よくねーよ!という罵倒は口には出さず、無言の圧力でティオに微笑む。

 私の怒った顔を見た他の人は怯えて遠くへ離れていった。

 公爵家の人間から睨まれたらどんな目に遭わされるか

 わからないからね。


「……うぅ…デューク様ぁ…」


 わざと潤ませた瞳で胸をデュークの腕へと押しつけるティオ。

 流石に私のイライラも限界に近いので、それとなくデュークの方にも笑顔を向ける。


「わ、わかった。また今度、時間が空いたらね。その時はお茶でも一緒にしようか」

「本当ですか!?約束ですよデューク様ぁ」


 目的の約束を取り付けて満足したのか、ティオは私へと勝ち誇ったような顔を見せつけてその場を離れていった。


「随分と鼻の下が伸びていましたねデューク」

「……すまないと思っている」


 申し訳なさそうな顔をして謝るデューク。

 こういう素直な所は婚約者として評価が高いのだけど、胸に目が眩んでニヤニヤしていたのは忘れないわよ。

 別に私がスレンダーな体型でドレスがすんなり着れるからティオに嫉妬しているわけじゃない。

 釣りの時だってスリムな方が肩が疲れなくて楽だからね。


「今日はあなたの誕生日で大事な日なんですからしっかりしてくださいね」

「メイリアの方こそ、しっかり頼むよ」


 親に決められた婚約者同士だが、私はこの青年のことがそんなに嫌いなわけじゃない。

 きっとそれはデュークも思ってくれているはずだ。

 そうじゃなきゃ、こんな所まで一緒について来てくれるわけないから。


 食事や談笑をしながら貴族達と挨拶をしていると楽器隊が音楽を奏で始めた。

 曲に合わせて男女が踊り出し、私もデュークに手を引かれて会場の中心で踊る。

 音楽やダンスについては得意ではないけど、王子の婚約者に相応しい最低限のラインは保っているから見栄えも悪くないはずだ。


 最初の一曲が終わると、他の令嬢達がデュークに声をかけてきた。

 私も他の男性陣から声をかけられたので、何曲か踊る。

 途中でティオが再びやって来てデュークと踊り、わざと彼に倒れかかっていたのを見かけた。


「……ちっ」

「ごめんなさい!オレなんかがスコットノードさんなんかと踊ってごめんなさい!」


 どうしてか踊っていた相手に謝られたけど、何かあったのかしら?

 ティオの乱入以外は特に問題も無く、最後にまたデュークと一緒に踊ってダンスは終了した。

 やっぱりお互いに他の相手よりも、幼い頃から踊り慣れた相手の方が気楽で踊りやすいという結論になった。

 本日の最後のイベント。デュークからの締めの挨拶と私と彼との結婚についての話でお開きになる。





 ……その予定だった。





「おいおい。どの口が結婚だなんて言うんだ?」


 デュークと私が前に出て挨拶をしようとすると、人混みの中からカインが割って出て来た。


「その女、メイリアはとんでもない悪女だぜ」


 いくら分家とはいえ、こんな公の場で私を指差して悪口を言うのは失礼だ。横にはデュークもいるし、本来なら有り得ない事をしている。

 でも、そんなカインの口元はニヤニヤしていた。


「何を証拠にそんな事を言っているのよ」

「証拠ならあるぜ」


 そう言うとカインはいくつもの書類を取り出して読み上げた。

 それは私の父であるスコットノード公爵が行っている不正の数々を暴露するものだった。


「まだまだあるんだぜ?なぁ、お前ら」


 カインに呼ばれて出て来たのはティオを初めとする複数の令嬢達だった。


「わたし達はメイリア・スコットノードさんにいじめられていました」

「ひどい仕打ちを受けたのですわ」

「ティオなんてデューク様に近づいたら殺すなんて脅されたんですぅ…」


 次々と令嬢達は私にされたいじめについて話す。

 曰く、お茶会に一人だけハブられたり、わざと服を汚されたり、生意気だと頬を叩かれたりしたと。



 ……一体、誰の話をしているのかしら?

 私と全く同じ名前の人でもいるのかと思うくらいに心当たりが無かった。

 だって、日頃から王妃になるための勉強で忙しくて、空き時間があればこっそり釣りに行くような人間なのに、どうしてそんな事が出来るのだろう?


 だが、会場の雰囲気はカイン達に傾いていた。

 誰もが同情の目で彼女達を見ている。

 こうなる事も想定していたのね。


「デューク王子。悪い事は言わないが、その女と婚約破棄した方がいいぜ」

「ティオはいつでもデューク様と添い遂げる準備が出来ていますわ」


 犯罪者の娘で、意地悪な悪役令嬢の私なんか見捨てろとカイン達はデュークに訴えかける。


「僕は………」


 どうしたらいいのかという顔で私の方を見るデューク。

 今の私は追い詰められた魚のようだ。

 罠が仕掛けられて、あと少しで仕留められてしまう。





 





「失礼いたします」


 凛とした声でやって来たのは私の信頼するメイドのサラだった。


「あぁ?てめぇはメイリアの、」

「スコットノード公爵家のメイドサラと申します」

「メイドなんてお呼びじゃねぇ。うせろ」

「いいえ。わたくしはメイリア様ではなくカイン様に用があるのです。……こちらへ来てください」


 サラが呼ぶと涙を流しているお城で働いている幼いメイドの少女がやって来た。


「このメイドはつい先程、人のいない場所に連れ込まれてカイン様に乱暴をされたと言ってます」

「何の事だか知らねぇな」


 しらを切るカイン。

 メイドの少女は涙を流しながら必死に話してくれるが、聞き耳を持たない。


「では、お次の方どうぞ」

「は?」


 泣く少女をサラが宥めながら、会場の入り口に呼びかけると次から次へと使用人や町娘達がやって来る。


「こちらは全員、カイン様に迫られた女性陣です」


 その数の多さに会場内がドン引きする。

 悪い噂は聞いていたけど、ここまでくると気持ち悪い。クズね。


「それがどうした!メイリアが最低な野郎だって事に変わりないだろ!!」

「そう言うと思ってこちらをご用意しました」


 サラが次に出したのはスコットノード公爵家の帳簿だった。

 全てお父様の直筆でサインしてある本来なら持ち出し厳禁の。


「こちらを見ていただければ分かりますが、スコットノード公爵家は厳しいチェックを二重、三重にも行っていますし、お嬢様が王族になる以上は身の潔白を証明するために外部からの監査も受け入れています」


 財務卿や領主として経営に関わっている人達が次々に帳簿を覗き込んで確認する。

 そしてみんなが頷きながら不正がない事に納得してくれた。

 後でこの事を知ったお父様が激怒しそうだけど、そこはこっそり持ち出した私の方から謝ろう。


「テ、ティオ達はメイリアさんからイジメを……」

「あー、それね。貴方達もういいわよ」


 私の足をすくおうとするティオ達に対して私が一言命令すると、嘘の発言をしていた令嬢達が全員膝をついて頭を下げた。


「申し訳ありませんメイリア様!」

「お金と引き換えに協力するように言われました」

「契約書も全員分用意してありますから、証拠にどうぞ!」

「え?あなた達…何を……」


 自分以外の全員が突如として寝返った事に目を白黒させるティオ・ノルアド。


「デューク」

「はいはい」


 私は隣に立つ王子に声をかける。


「ここにノルアド男爵家の裏帳簿がある」

「どうしてデューク様がそれを!!」

「流石にノルアド男爵家が急成長しているとはいえ、金の使い方が荒すぎてね。密偵を忍ばせていたんだ」


 帳簿からは脱税や不正の証拠が次から次へと出てきた。

 再び財務卿達が顔を覗かせるが、今度は全員苦い顔や呆れた顔をしている。


「な、何が起こっているんだ!」

「カイン様!これはどういう事ですか。ティオとカイン様が手を組めば欲しいものが手に入るって……」


 形勢は逆転。

 会場にいる全員がカインとティオに目を向けている。


「ネタバラシしてあげるわよ」


 私は一歩前に出て彼らに教えてあげる。


「カインがでっち上げた不正の書類を作ったのは私の息がかかった人間よ。それと、そこの令嬢達には私がしてあなた達から何か言われたら素直に協力するように言ってあるの。あとはそうね、二人で行った王都のホテルは楽しかったかしら?あのオーナーは知り合いできっちり二人が泊まった証拠を用意してもらっているのだけど?」


 事実はこうだ。

 カインはスコットノード公爵家を自分の物にするために私やお父様が邪魔で嵌めようとした。

 ティオはデュークの婚約者である私が邪魔でどうしても排除したかった。


 それに目をつけた私はこの二人が仲良くなるように手を回して、二人が付き合っている決定的な証拠を掴んだ。

 そして国中の貴族が集まる今日この場で二人が動くと踏んで準備をして来た。

 年単位での大掛かりな仕掛けは見事に作動してくれたのだ。


「あ、あぁ……」

「メイリアてめぇ!よくも俺達を騙してくれたな!」


 崩れ落ちるティオと、私に殴りかかろうとして騎士達に拘束されるカイン。


「この者達を捕まえて牢に入れておけ」


 最後はデュークの命令で二人は縄で縛られて、お城にある牢屋へと連れて行かれる事になった。

 こうして、デュークの誕生日会で起きた騒動は幕を下ろしたのだった。









 それからしばらく経った頃。



「分家は取り潰しでノルアド家は家督を剥奪ですか」


 構えた竿を振り下ろして遠くへ仕掛けを投げる。

 心地いいポチャン!という音がした。


「ノルアド家が保有していた鉱山は今後、国が管理する事になった。おかげで国庫が潤うよ」


 隣に立つ男性も竿を持って釣りをしている。

 こちらは私と違って防波堤の手前に餌を投げてサビキ釣りをしている。


「まぁ、こっちも帳簿を持ち出して怒られた以外は順調でしたよ。分家問題が無くなってお父様も喜んでましたし」


 たまに竿を動かしてリールを巻く。

 まるで生きているかのように針のついた擬似餌を動かして獲物を狙うのだ。


「サラさんもご苦労だったね」

「デューク王子にそう言ってもらえて光栄でございます」

「本当にサラはよく働いてくれたわよ」


 計画を立てて指示を出したのは私だけど、それを全部動いて実行してくれたのはこのサラだ。

 流石は幼い頃から私に仕えているだけはあるわね。


「デュークもお疲れ様」

「大変だったんだよ?ティオ嬢は僕に薬を盛ろうとした事もあったし、何かあればすぐに既成事実を作ろうとするし」

「鼻の下伸びていたわよ」

「……それはもう言わないでくれ」


 この作戦で一番大きな助力をしてくれたのは王子であるデュークだった。

 カインは一人だけでは動かなかっただろうし、ティオも正攻法では私に敵わないと認識していたから、どうしても二人をくっつける必要があった。


 だからサラ以外にもデュークに事情を話して協力者として付き合ってもらった。

 ティオにデレるような演技をして調子に乗せたり、カインに「実はメイリアとの関係が上手くいっていない」という嘘の情報を流したり。

 大きな餌として活躍してくれたのだ。


「折角の誕生日会を邪魔して悪かったわね」

「そのお詫びとして僕用の竿やこうしてデートのお誘いをしてくれて嬉しいよ」


 デュークの浮きが沈んで、針に獲物がかかる。

 釣り上げたのは小さなアジ。それも複数だ。


「はじめてやったけど楽しいね」

「小物で満足しているようじゃまだまだね。やっぱり釣りは大物を釣り上げてこそなのよ」


 暴れるアジに苦戦しながらも針から外して持ち帰り用のバケツへ入れるデューク。

 この後はお昼に私が魚料理を振る舞う事になっている。


 私の手料理を楽しみにしてくれるデュークの横顔を見ながら、私は今回の件で残った一つの疑問について考える。

 どうしてデュークは私の持ちかけた話に乗ってくれたのか?囮の餌役なんて普通は断ると思うけど。


 やっぱり、国のために不正を許さないって理由かしらね。

 真面目だし、次期国王としては可能な限り問題を解決したいと思っているだろうし。

 小声を漏らしながらそんな事を考える。



 ………………それだけじゃあないんだけどね。



「え?今何か言った?」

「いいや。僕は何も言ってないよ。気のせいじゃないかな?………気のせいさ」


 とにかく、デュークがいたから今回の仕掛けは大成功した。

 一歩間違えれば私は婚約破棄されてスコットノード公爵家は乗っ取られていたと考えると危ない橋だった。


「僕はメイリアに聞きたい事がある。どうして君はこんな危険な賭けに出たんだい?」

「それは私が釣り好きだからよ」


 針に餌をしかけて獲物を釣り上げる。

 その快感が堪らない。

 準備する時も釣り上げた時の事を考えて楽しめる。


 何かを釣り上げるのが私の生き甲斐だ。



「今後もずっと付き合ってくれるかしら?」

「えぇ、どこまでも。僕の婚約者愛しい人














 デュークに偉そうな事を言った私がこの後釣り上げたのはいつぞやのフグでした。

 サラとデュークに笑われて恥ずかしかった。


 ……魚の方が人間より賢いのかしらね?




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釣り好き令嬢。公爵令嬢さまは釣りのためなら何でもしますわ! 天笠すいとん @re_kapi-bara

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