第8話 頭がフットーしそうだよおっっ

「今日買った、この、白子のテニスも……あれだ、主人公の白子が消える魔球で単身、全国制覇を目指す様がかっこいいんだよな」 


 ……………………………は?


 不良の口から紡がれた言葉を聞いて、私は痛烈な違和感を抱いていた。 


 白子のテニスの主人公が、単身で全国を目指す姿がカッコイイ……?


 いやたしかに白子は最初、圧倒的な個の力で全国制覇を目指す孤高の天才プレイヤーだったし、実際にそれで無双していた。最初の頃は。

 しかし次第に仲間との絆やそれがもたらす別種の強さに気づいていき、より高みへと駆け上がっていく。


 さらに前巻では仲間と支え合うことで成長した白子と、孤高のまま上り詰めてしまったイクラとの決勝戦がスタート……というところで話が切れ、今日の最新刊へと繋がっているのだ。


 人によって作品のどこがどういう風に好きかが異なっているというのはよくある話である。カプ争いや解釈違いでの諍いが絶えない腐女子業界に身を置く者としてはそれくらい熟知している。


 しかし白子のテニスの最新刊まで購入するような男が、こんなズレた感想を抱くものだろうか……? まさかこいつ、白子のテニスをまともに読んでいないのでは……?

 

 そんな疑いが脳裏をかすめる。

 しかしそれならわざわざ隣町にまで来て白子のテニスを買う必要があるだろうか。


 万引きの疑いを晴らすため……?

 いや、この不良がそんなことを気にするか? 


 私のように兄弟か誰かから代理で購入するよう頼まれた……? 

 いやそれなら白子のテニスを読んでいるなんてアピールをする必要はないはず。


 それとも、単に読解力がないだけか?


 問いただしたい。

 あの仲間との絆を重要視し、それゆえに我々腐女子の心を掴んで離さない白子のテニスを読んでどうしてそんな感想を抱くのか。小一時間問い詰めてやりたい。


 しかしそれを指摘するということはつまり、私が白子のテニスを愛読していると知らせるのと同義……!


 下手なことは言えない。 


 だが目の前の男が名作「白子のテニス」に関して適当な発言をしているのではないかという不快な疑念を抱いたまま平静でいられる自信がない。

 さてどうしたものか……と考えを巡らせていると、私の脳裏にひとつの解が浮かび上がった。


 クラスの女子が話していた、男と会話するときのテクニック……そう、質問責めだ。

 男という生き物は女に話を聞いてもらいたがる傾向にあるという。

 なのでこちらから質問を重ねていけば自然と会話が続くし、やりようによっては相手に違和感を与えず聞き出しにくい情報を聞き出すのも可能なのだとか。


 男子への質問責めなんてやったことはないが、しかしいまはこれしか手がない。


 私は目の前の男がにわかなんじゃないかという義憤にも似た感情とともに、頭の中で質問項目をリストアップする。

 そして、早速質問責めを開始した。


「なるほど。私は少年漫画について専門外だからよくわからないけど、面白い漫画みたいね」


 コーヒーを口につけつつそう前置きしてから、


「その主人公の白子? という子がカッコイイのね。……少年漫画といえば必殺技というイメージがあるのだけど、スポーツ漫画にもそういうものがあるのかしら」


「……ええと、ああ、ある」


 不良がオレンジジュースに口をつけつつぼそぼそと答える。


「へえ。そうなのね。たとえばどんなものがあるのかしら」


 白子の必殺技といえば「消える初手」「白線消失ラインアウト」「永遠インミス盲目トラリー」の三つだ。


 特に「永遠の盲目」は仲間との猛特訓の末にヒントを掴み、一度は敗れた因縁のライバル、カズノコとの準決勝戦でようやくものにした白子の集大成ともいえる必殺技。

 これを答えられないようではにわか以前の問題だ。

 果たして……。


「ええと、あれだ、「消える初手」っていって、最初に打った球が消えるんだよ」

「他には?」

「え……?」


 不良の目をじっと見つめたまま、私は続きを促す。


「まさか二十冊以上も出ている漫画で必殺技がひとつということはないんじゃないかしら。他にもあるのでしょう? いや私は少年漫画に詳しくないから、素人質問かもしれないけれど」

「ええと、そうだな、あるよ、他にもたくさん」

「具体的には?」

「……」


 私の質問に、不良はむっつりと黙りこんでしまう。

 やはりこの男、白子のテニスをまともに読んでいない……!

 だとしたらなぜわざわざ白子のテニス最新刊、最後の一冊を私の目の前でかっさらう必要があったのか!


 こんな男に白子のテニスを奪われたのだと思うとはらわたが煮えくりかえる。

 なんとしてもこの男から白子のテニスを救い出さなければ。

 沈黙が支配するテーブルで私が次の一手を模索していたときだった。


「…………なあ、お前さぁ」


 いまから人でも殺しに行くのかというほど目つきを鋭くした不良が、ぼそりと呟いた。


「カフェに誘ったり、質問しまくったり……もしかして、その少女漫画に載ってるテクニックってやつを参考にしてるのか……?」


 はあ? いきなりなにを言っているんだこの男は……と、私はソファーに立てかけておいたハローリボンを見た。

 そこで私は気づく。

 ビニール越しにうっすらと浮かび上がるハローリボンの表紙にでかでかと書かれた文章に。


『草食系男子のオトし方はこれ! 強引にでもお洒落なカフェや公園デートに誘っちゃおう!』

『男の子は自分の趣味に興味を持ってくれる子が大好き! 男の子の好きなものについて色々と質問して、一気に距離を縮めちゃおう!』


 頭がフットーするかと思った。


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