第9話 一触即発

 なんなんだよこの状況は!

 委員長がいきなり白子のテニスについて質問……いや尋問を始めて、俺は大いに焦っていた。


 なにかがおかしい。


 なんで委員長は主人公の必殺技についてこんなにも掘り下げてくるんだ。


 少年漫画にはあまり詳しくないとのことだが、たとえばここで俺が適当な技を喋って、録音したその内容をあとで精査されたりすれば、俺が白子のテニスを読んでいないことなど時間差で簡単にバレてしまう。

 そうすればなんのためにわざわざ隣町にまで来て白子のテニスを買ったんだという話になるだろう。少年漫画を読むんだと公言してしまっている以上、家族の代理で買いに来たから白子のテニスの内容に詳しくないんだという言い訳も信憑性に欠ける。


 結局のところ、なにかを誤魔化すために白子のテニスを買ったのではないかという疑念は残るし、俺が少女漫画を買いに来ているのだと疑っている委員長はその確信をさらに強めるだろう。


 どうする。

 どうすればこの委員長の尋問から逃れることができる……?


 ぐるぐると考えてみるが、委員長から発せられる謎のプレッシャーからくる焦りでまともに頭が回らない。


 うう、くそ、どんな修羅場でも咄嗟に頭を回して色々な危機を回避してきた初恋ファンファーレのみんな……俺に力を……。


 神にもすがる思いで、俺は委員長の隣に鎮座するハローリボンに目をやった。

 そのときだった。

 ビニール越しにハローリボンの表紙に印字された煽り分が透けて見えたのは。

 そしてそこに書いてあったのは……。


『草食系男子のオトし方はこれ! 強引にでもお洒落なカフェや公園デートに誘っちゃおう!』

『男の子は自分の趣味に興味を持ってくれる子が大好き! 男の子の好きなものについて色々と質問して、一気に距離を縮めちゃおう!』


 いままでの委員長の行動にぴたりと当てはまるピンク色の情報だった。


      ●


 ハローリボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 ちょっと! あなた確か小学校高学年から中学生の女子向けの漫画雑誌じゃなかった!?

 なんでそんな頭の悪い女向けの恋愛テクニック指南書みたいな内容を、しかも表紙で全面的に押し出してるわけ!?


 少女漫画を読まなくなってかなり経っていたこともあり、凄まじい衝撃だった。白子のテニスが売り切れていたショックで雑誌のタイトルくらいしかちゃんと確認していなかったからまるで気づかなかった。


 妹には帰ったら色々と話をしなくては……いやそれよりいまは、いまこの瞬間目の前に出現した最悪の状況にどう対処すべきか考えるべきだ。


 ただでさえクラスの男子を強引にカフェへ引きずり込んだ尻軽行為に自己嫌悪していたところへこれだ。私が意図的にその淫乱テクニックを使用したわけではないとはいえ、客観的に見れば私がこの不良を口説き落とそうと少女漫画の記事を鵜呑みにした……という状況になってしまっている。


 しかも不良はそれを直接口に出して指摘してきた。

 恥ずかしい……っ!


 こんな頭の悪い尻軽テクニックを鵜呑みにしていると思われるのもそうだし、目の前のクソ不良に恋愛感情があると勘違いされるのも我慢ならない。

 だから私はほとんど反射的に、全力で叫んでいた。


「ちがっ、私はこんな淫売雑誌に目を通したことなんてないわ! この雑誌は、妹に買ってくるよう頼まれたの!」


 我ながら平静さを失っているのが丸わかりだ。きっと顔も赤くなっている。

 これは説得力に欠ける……。

 むしろ不良の勘違いを助長させるだけなのでは……と冷静さの残った頭の片隅で考えながら、どうすればここから挽回できるか必死に頭を回していた、そのときだった。


 ダンッ……!


「淫売雑誌……?」


 ゴゴゴ、と少年漫画のキャラクターが怒ったときの擬音が聞こえてきそうな気迫とともに、不良がぼそりと呟いた。

 その様子に私はぎょっとする。


 だがしかし。


 そんな不良を前にして、私の視線はもっと別の、捨て置くことのできない蛮行を捉えていた。

 不良が謎の怒りに任せて振り下ろした結露だらけのコップが、白子のテニス最新刊を下敷きにしていたのである。


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