第6話 攻防
こわっ!
なぜか急に話しかけてきた委員長への第一印象はそれだった。
なんか妙に目つきが鋭いというか最早血走っているし、声色にはドスが効いている。
「あ、あら、奇遇ね。あなたみたいな人種が本屋に来るなんて意外だわ」
しかも話しかけてきたその内容は喧嘩でも売ってんのかと思うほど棘があり、次の瞬間にはぶん殴られるんじゃないかと本気で疑ったほどだ。
ただでさえ敵意を向けてくる女子ほど恐ろしいものはないのに、委員長クラスの美少女が向けてくる殺気をチキンな男子中学生が受け止めきれるわけがない。
いますぐこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
だが……。
俺は委員長から目を逸らしつつ、その細くて綺麗な腕が抱えている雑誌に目をやる。
ハローリボン最新号。
わざわざ隣町まで買いに来た至宝が、いま目の前にある。
これはもしや、この後の流れによってはハローリボンを読むことができるのでは……?
一瞬、そんな考えがよぎる。
けど同時に、
(いやまてこれはきっと罠だ。あの委員長の邪悪な微笑みを見ろ。あれは俺が焦がれてやまないハローリボン最後の一冊を横取りして勝ち誇る悪魔の顔。もしくは俺がハローリボンを欲していることを内心で確信しており、俺が委員長に直接「ハローリボンを貸してほしい」と決定的なひと言を漏らしてしまうのを待っている顔だ。きっと録音とかしているぞ!)
そんな懸念もまた、怒濤の勢いで脳裏を駆け巡る。
ここは一時撤退したほうがいい。確実に。
俺の中の理性が全会一致でそんな結論を下す。
だが――。
どうしても、一刻も早く初恋ファンファーレの続きが読みたい!
他の作品の続きも気になる! あと1日だって待っていられない!
そんあ想いが俺の理性と恐怖心を吹き飛ばしていた。
「……お前こそ、漫画雑誌のコーナーで買い物するなんて意外だな」
なんとしても、委員長の持っているハローリボンを読ませてもらう。
俺が少女漫画を愛読しているのだと悟られないよう、最新の注意を払いつつ!
ハローリボンへの想いに突き動かされるまま、俺は無謀な戦いに身を投じた。
●
「……お前こそ、漫画雑誌のコーナーで買い物するなんて意外だな」
こちらから声をかけておいてなんだが、不良は意外にも普通に応対してきた。
もっと敵対的な態度を予想していたが、なんだか拍子抜けだ。
とはいえ、不良の表情はむっつりと固く、いまにも人を殺しそうな眼光がじっとりとこちらを見据えている。声音もしゃがれていてなにを言っているのか聞き取りづらいし、クラスを超えて学校中から怖がられているのも納得だ。
しかしここで臆してしまっては相手がつけあがるだけだ。この手の人種には必要以上に強気な態度でいく必要がある。空気がかたちづくる上下関係。そこで下に見られた時点で、交渉もなにもなくなってしまう。
「……私が漫画雑誌コーナーにいるのがそんなにおかしいかしら」
少しだけ語気を強めて不良に応じる。
「……別に」
すると不良はうっとうしそうに顔を歪め、私の横をすり抜けていってしまった。
白子のテニスを持ったまま!
「ちょっ、ちょっと!」
咄嗟に。反射的に。
私は不良へと手を伸ばしていた。
いや正確には、不良が手に持っていた白子のテニスへ。
ぱしっ。
私は白子のテニスを掴んで不良の動きを止めると、必死に頭を巡らせて言葉を紡いでいた。
「あなたみたいな文字もまともに読めなさそうな人間がどんな本を好むのか興味があるわ。少し、そこの喫茶店で話さない?」
●
「……私が漫画雑誌コーナーにいるのがそんなにおかしいかしら」
殺される……!
俺はなんの変哲もない本屋の一角で、自分の命が脅かされる感覚を味わっていた。
な、なんなんだよマジで。
ちょっと失礼な声のかけ方をされたから、似たような言葉で返しただけなのに!
委員長は明らかに殺意のこもった目とヤクザみたいにドスの効いた声で過剰に応戦してきやがる。
あまりにも怖かったのでハローリボンを読むことよりもこの場から逃げ出すべきだと本能が再度判断。俺はほとんど反射的に逃げの一手を打ち、委員長の横を通り過ぎていた。
……いやまて!
委員長は確かに怖い。怖すぎる。なにをそんなに怒っているのかわからないが、このまま一緒にいたら絶対に良くないことが起こる。
けどそんな恐怖に負けないくらい、初恋ファンファーレの続きが気になる……。
ここはどうにか、恐怖心を抑え込んで委員長と向き合わなければ……昼ドラも真っ青な青春を力強く生きている初恋ファンファーレの登場人物たちのように!
そう思って振り返ろうとしたときだ。
手に持っていた漫画単行本にぐっと力が入る。
「……え?」
なんだ? と思って振り返ると、
「あなたみたいな文字もまともに読めなさそうな人間がどんな本を好むのか興味があるわ。少し、そこの喫茶店で話さない?」
俺をボコボコにするための仲間でも待機しているのだろうか。
そんな不穏な未来がありありと想像できる凶悪な笑顔の委員長が俺を引き留めていた。
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