第2話 委員長は腐女子だと知られたくない

 あああああああああああああああああっ!

 わざわざ電車で30分以上かけて隣町の大型書店にまでやってきていた私は、心の中で悲鳴をあげていた。


 私が目当てにしている週刊少年漫画「白子のテニス」のコミックが置かれているまさにその場所に、見知った人物が立っていたのだ。


 クラスメートの男子。学校でも有名な不良だ。

 凶悪な顔つき、周囲を威圧するような態度。

 私が一番嫌いな人種である。


「ぐっ、なんでよりにもよってあんなやつとかち合うのよ……っ」


 知り合いに出くわすことを避けるためにわざわざ隣町にまでやってきたというのに、学校のクラスメート、それも私の趣味に一番理解のなさそうなDQNと遭遇するなんて、最悪もいいところだ。


 しかも不良はさっきからずっと少年漫画コーナーから動かない。

 そのうえなにやら周囲を気にしてキョロキョロしているため、死角からこっそり「白子のテニス」の最新刊を手に取ることも難しそうだった。


 いやまあ……本来なら、どんな本を手に取ろうが周囲の目を気にする必要なんてない。

 気にする必要はないのだが……女の子である私が超人気少年漫画「白子のテニス」を手に取るところを目撃されてしまうのは非常にまずかった。


 だってそんな場面を目撃されたら、確実にバレてしまう。

 学校での真面目な振る舞いは仮の姿、腐女子こそが私の本性なのだと。



 オタク文化の大衆化とネットの普及により、腐女子という存在はそこそこ広く知られるようになった。

 一般化したことによって多少市民権を得たような雰囲気もあるが、それと同時に特定の作品を好む女性=腐女子という図式も成立しやすくなってしまったといえる。


 腐女子趣味を特に隠そうとしていない層にとっては別に少年漫画を買うくらいどうってことないのかもしれないが、私のように周囲の目を気にしてしまうタイプにとって、腐女子という存在が一般化してしまっている現在の状況は結構やりづらい。


 一昔前なら、女の子が少年漫画を好んでいたところで、ちょっと変わってるなくらいに見られるだけで済んだのかもしれないが、いまは違う。

 一部の同士や店員さんだけでなく、大してサブカルに詳しくないパンピーなクラスメートでさえ、少年漫画を愛読する女子=腐女子ってやつ? みたいに察してくるのである。


 しかも私が今日購入しようとしている「白子のテニス」は某週刊少年漫画に掲載されている超人気作であり、いわゆる「腐女子の餌」と揶揄されるほどに腐女子人気の高い傑作。購入することはおろか、本棚の前で立ち止まっているだけで腐女子だと勘ぐられてしまうような代物だ。

 私がこの作品に手を伸ばしている場面は、決して顔見知りに目撃されてはならないのである。


 だって、恥ずかしいじゃないか。


 先程も述べたように、腐女子という存在は一定の市民権を得たような雰囲気がある。しかしそれは「男子がえっちなことに興味を示すのは仕方ないかな」程度のものであり、周囲に知られて恥ずかしいというのは変わらない。しかも私は結構ガチな楽しみ方をするというか、ぶっちゃけpix●vに18禁作品を投稿したり閲覧したりしているので、まあ正直後ろめたいところも結構ある。堂々と「腐女子ですがなにか?」と振る舞うには精神力も年齢も足りていないのだ。


 それに、教室でのイメージというやつもある。


 元々腐女子趣味を全開にしているか、オタク趣味のあるキャラでクラスに馴染んでいるならまだしも、私は学校で猫を被っている。真面目な委員長で通っているのだ。そんな私がガチの腐女子だと知られたら……まあ別に悪い反応はないだろうがとにかく恥ずかしい、気まずい。


 しかもいま少年漫画コーナーに陣取っているのは学校でも有名な不良。

 腐女子趣味に理解があるとは到底思えない。

 万が一私の趣味がバレれば嬉々として嘲ってくる……ような気がする。

 偏見かもしれないが、身を守るためには用心しておくにこしたことはないのだ。


「ぐっ、仕方ない。あの不良がどっかいなくなるまで、少し他のコーナーで時間を潰すしかないわね……」


 こんなことならコミックスが発売してすぐに買えばよかったと後悔する。

 発売してからしばらくはレジの奥にビニール包装されていない在庫が置いてあるから、人目を気にして本棚の周囲をうろちょろする必要もなかったのだ。

 

 けどまあ、今回の「白子のテニス」最新刊の発売はテスト時期とかぶっていたから、どうしても我慢しなければならなかった。最新刊など買ってしまえば新しい二次創作のネタが無限に沸いてしまうし、ネタバレありの感想漁りや二次創作漁りが止まらなくなってしまうのだ。

 自らの業の深さを痛感しつつ、私は店内をぶらぶらしはじめた。



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