第13話 善行

「な!」

 声をあげようとした千颯の前でシオが「しーっ」と人差し指をたてた。

「さて千颯ちはや様、うまくいきますでしょうか」

 からかうような、楽しみをおさえきれないふうな声で、シオが前を見るよう、あごでうながした。


 青白い光の塊は、自宅の窓から見たキツネの行列だろう。二列に並んだキツネたちは、半纏はんてんのようなものを羽織り、提灯を持つ者を先頭に、ゆっくり、こちらへ進んでくる。道幅いっぱいに光はふくらみ、行列というより、光の車両にのりあわせたように、整った列を乱すことなく、しずしずと動いている。


 息をひそめて、車道から目をそらさずに、ふたりはその光景を見ていた。


 行列の先頭が千颯ちはやたちの前に差し掛かったとき、列の後方で光が高さを増した。


 ず、ず、ず、と、キツネたちの一糸乱れぬ歩調とあわせるかのように、光は、段階的に高さを増していき、やがてそこに巨大な神輿みこしが姿を見せはじめた。

 高さにして五メートルはあるだろう。

 神輿みこしというよりは、祭の山車だしのような、荘厳そうごんな造りだった。神社の本殿を思わせる土台の上に、背もたれの長い椅子のようなものが設置されており、そこに、白無垢姿しろむくすがたのお姫様が座っている。


 千颯ちはやは、息を呑んだ。

 そのまま、のどが詰まってしまいそうだった。


 整然と進む行列に圧倒されながら、なにを考えることもできなかった。


 すると、神輿に腰掛けたお姫様の頭が、角隠しとともに、すっ、と横を向いた。その目は、千颯ちはやを見下ろしていた。

 目の前にその顔が近づいてきたかのように、くっきりと、お姫様の顔が見えた。


 長い列が、千颯ちはやとシオの前を通り過ぎて、参道に曲がって入っていく。

 鳥居をくぐるや、行列はどこかに消えていった。神輿みこしも、鳥居にぶつかる手前から宙に溶けるように消えていった。

 そして、いよいよ、最後の列が、ふっ、と消えた。





「帰るか」

 シオはどうということもなさそうに言った。千颯ちはやいきどおった。


「なんなんだよこれ!」

「ん、善行」

「ちゃんと説明しろよ!」


 なおも怒りつづける千颯ちはやに、シオはキツネのお面を顔の前に重ねて、こう答えた。

「では、千颯ちはや様、歩きながら、ご説明を」


 駅のほうに自転車を置いてきたというシオは、先に歩き出した。千颯ちはやも自転車を押しながら、あとを追いかけた。ふたりが歩きだすのを待っていたみたいに、うしろから、猛烈な風が吹いてきた。

 風は、キツネたちの宴が行われているであろう、北峰神社きたみねじんじゃの方角からだった。

「花嵐だな」

 シオは、万事を理解しているふうに笑った。

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