第12話 結び直し

「そが結び直しの供物であるな」


 密室に響くような、重く、たわんだ声で言い、キツネは袖を持ち上げるように腕をあげ、美しい銀色に輝く手で、千颯ちはやの持つ油揚げを指した。

 及び腰になりながら、それを渡そうとする千颯ちはやだが、キツネは手をさらに上げて、灯りの道の先にある小さな社を示した。

 あそこに置け、ということか。

 そう理解した千颯ちはやは震える体の向きを戻し、先に進んだ。

 すると、鳥居の脇に控えていたキツネたちが音もなく動きだし、千颯ちはやの前まで来て、並んで、止まった。


「たすかりました」

「たすかりました」


「これでととのいます」

「ととのいます」


 声がふたつ、重なって聞こえる。


 油揚げを袋ごと差し出すと、キツネたちのあいだに、それは消えていった。


「およろこびを」

「およろこびを」


 キツネたちは、頭をさげた。


 シャン、シャン、と、音が降ってきた。

 すると、キツネたちも姿を消した。

 灯りはついたままだが、振り返ってみると、大きなキツネもいなくなっている。


 千颯ちはや一目散いちもくさんに参道へ戻っていき、大鳥居をくぐって、表の道路に出た。

 震える手でハンドルを握り、スタンドを蹴り上げ、サドルにまたがろうとした。


 そのとき、今度は二車線の車道の向こうから、青白い光の塊が近づいてくるのが見えた。


「これは壮麗だ」

 千颯ちはやを恐怖でぺしゃんこにつぶしてやろうとするみたいに、背後から、声が聞こえた。


 びっくりして振り返ると、オタケギツネが立っている。

 立っているのだが、しかし、二階を訪ねてきたときと違い、着物ではなく、細身のダウンジャケットを着込んでいた。

「間に合ったな」

 そう言うと、オタケギツネは右手を顔の前に持っていき、お面をはずした。現れたのは、シオだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る