第11話 今宵がついに

 しかし、本殿の前に来ても、キツネたちの姿は見当たらなかった。宴をやるといっていたのに、どこにも、そんな様子はない。境内に油揚げだけ置いていけばいいのだろうか。それとも、化かされたのだろうか。


 そう思ったとき、鈴の鳴る音が聞こえた。

 ひとつではなく、複数の鈴がいっしょに、シャン、シャン、と。

 天から降ってくるような響きだった。

 千颯ちはやは参道をふりかえった。音のする方角だ。

 大鳥居の手前、左側に建つ社務所の奥に、薄明かりが灯っている。


 そこで、また、シャン、シャン、という響きが、千颯ちはやを誘うように届いた。

 石段を下りて、社務所に近づいていく。ぬるい風が、表の道路から参道を伝って吹いてくる。

 社務所の建物の途切れたあたりに灯る薄明かりが、風に吹かれて、ゆらいだ。

 ついにそこまで行き着くと、空気があたたかくなった。


 社務所をまわりこんでみると、奥に向かっていくつかの灯りが点々と宙に浮かんでいた。

 道を示すように、等しい間隔をおいて浮かんだ灯りが、あたりをだいだい色に染めている。


 光の示す道の先に、小さな鳥居と社があった。


 あんなもの、あっただろうか。


 以前に北峰神社きたみねじんじゃを訪れたときのことを思い出してみるが、こちら側にまわったことはないと千颯ちはやは結論づけた。

 あるいは、ここは、現実の世界じゃないのかもしれない。


 いつのまにか、鳥居の横に、着物姿のキツネが、右と、左とに、ひとりずつ、佇んでいる。

 オタケギツネと違い、ふたりの顔はお面ではなく、生きたキツネで、やわらかな表情ながら、細い目にはするどさがうかがえた。



 シャン。

 シャン。



 鈴の音に、千颯ちはやは、一歩、あとずさった。


 どん、と何かに背中がぶつかった。


 振り返ると、身の丈が二メートルはありそうな長身のキツネが、立っていた。

 紺の着物に、家紋のような模様がほどこされた羽織を着て、どうやら、二本足で立っている。


「やあ、今宵が、ついに」


 キツネは、にいっと笑った。口が動いてはいるのだが、聞こえてくる声と、口の動きとが、あっておらず、そのずれと、キツネの顔の怪しさとが混じって、いままでに感じたことのない怯えが全身を包んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る