第9話 誓い
コン、コン。
窓を叩く音で、
暗がりの中、ベッドの中から、机に置いたデジタル時計を確かめる。午前一時をまわったところだった。
音は、気のせいだろうと決めつけ、
布団と毛布を手繰り寄せて、
ちはやさま
ちはやさま
おたすけください
男のものとも、女のものともつかない、澄んだ声を聞きながら、シオの予言が耳に蘇ってきた。
「おキツネ様に、目をつけられた、ってことだよ」
ちはやさま
ちはやさま
ときがせまっております
おたすけください
誓いを果たすときです
誓い、という一言に、
逃げようもないのだとあきらめて、
裸足に、冷たい空気が触れて、その寒気が背中をじわりとのぼってくる。おそるおそるカーテンに手をのばすが、指先もふるえていた。
ゆっくりと、厚い布地を横へずらしていくと、窓の外に、キツネがいた。
青白い着物をまとって、月明かりに照らされるキツネは、斜めになった屋根の上でじっとしゃがんでこちらを見ていた。色素の薄い髪が風に揺られている。
「ああ、ちはやさま」とキツネは、鼻先をつん、と上に向けた。うながされるままに、
「夜分の訪問、まことに申し訳ありません。なにぶん急いでおりますゆえ」
キツネの声は聞こえるが、口は動いていない。どうやら、顔は、お面のようだった。
「真の顔をごらんになると、ちはやさまがおどろかれるかと思い、今宵はこのような面をつけております」
「わたくしは
そう言ってキツネは、川の方を振り返った。
「今宵、我らが姫様の嫁入りの
事情が飲み込めないまま、
「さあ、まずはお着替えください。春の夜はまだ寒うございます。しかし、お早く、お早く。嫁入りのこし輿はすでにお婿様のもとへ向こうております。そちらが到着する前に、お婿様の元へ、油揚げをお運びください。ご存知でございましょう、
「き、きたみねいなり?」
「さあ、道をつなぐのです」
そう言うや、オタケギツネは姿を消した。リーフレットを見ていた
川沿いに立つ
まさかと思いながら、
こんどは右目を閉じ、左目だけで見つめてみた。意識を集中して凝視していると、青白い光のなかに、ぼんやりと、人の姿が浮かびあがってきた。
いや、人ではない。
キツネの行列だった。
――狐の嫁入り
午後のにわか雨を見て担任が口にした言葉が、耳によみがえる。
思わず、空を見上げる。
満天の星空だ。
雨の気配どころか、雲ひとつ見当たらない。
しかし、迷っている暇はなさそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます