第7話 往還山

 高島台小学校をぐるりとまわりこむコースで、裏手にある往還おうかん山のふもとにたどりついた。

日はまだ高いのだが、うっそうとした木々のおかげで、アスファルトの山道は薄暗い。しばらくのぼっていくとアスファルトの舗装路とそうろが終わり、山の斜面しゃめんに沿って設けられた石段が現れた。いつからあるのか、形はでこぼことしており、あちこちにこけがむしている。大人同士ではすれ違うのも難しそうに横幅は狭く、上を見ると、軽く一〇〇段はありそうだった。


 シオは無言で石段をのぼっていった。

千颯ちはやもあとに続いた。

どうしてこんなところに来てるんだ、と思ったが、しかし、シオを無視して帰るつもりにもなれなかった。靴箱で転びそうになったときの手の痛みはとっくに消えていたが、てのひらにはいまもまだ不吉な染みが残って感じられたからだ。



 普段は緑色の木々に埋め尽くされた、おはぎのような形の、ちいさな山だが、往還おうかん山は季節になると、頂上近くが桃色の冠をかぶったように、桜の花で染まる。山の名前も、桜を冠にする「桜冠おうかん」からきているのだと、校長が新年度の集会で語っていたことを、千颯ちはやは思い返した。


 石段のくぼみに水たまりを見つけ、その段を飛ばしてのぼる。


 毎年見事な桜が咲くわりに、わざわざ山に入って花見を楽しむ人はいない。海の向こうであがる花火を見るように、街の人々も、山の桜は遠目に楽しむだけだった。

 石段が終わると、平らな石畳の道がのびていて、その先に、教室のドアよりも小さくて低い鳥居が、三つ、見えた。高さも古さもまちまちの鳥居の左右には、高さ一メートルほどの台座が置かれていて、その上にキツネの石像が設置されていた。

 シオは一足先に鳥居を抜けて、賽銭箱の前に立って千颯ちはやを振り返っていた。


「五円玉、持ってないよな」

 灰色のパーカのポケットに右手を入れながら、シオは質問した。

「お金なんて持ってきてないよ」

「俺が出してやるから、ほら、はやく」

 鳥居にわたされた注連縄しめなわには、白くて四角の紙を稲妻みたいに連ねた飾りが幾筋いくすじか垂れ下がっていて、千颯ちはやが下をとおるときに、頭上でゆらり、と揺れた。


「そうだ、渡辺、その紙、ちょっと下に引っ張ってみて」

 シオの頼みを、千颯ちはやは素直に聞いた。

 五本のうちの一本を、軽く引っ張った。

 すると、あっけなく、紙は上のほうでちぎれて、地面に落ちた。


「あ!」とシオが叫んだ。


「な、なに」

 怯えた声で、千颯ちはやは聞いた。


 賽銭箱の前にリュックを落としたシオは大股に千颯ちはやへと近づき、地面に落ちた紙を拾った。それから、犯人を追い詰める目つきで千颯ちはやの足下に視線を落とした。

「もしかして、渡辺、その靴さ」

「え?」

「朝じゃなくて、午後におろしたな」

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