第6話 見える人

 校門の手前でシオに追いつくと、まっさきに質問した。


「おはらいって、なに」


「言っただろ、あやかしのこと、見すぎだって。裏のお稲荷様が、わりに強いから、おまいりしとこうって話だよ」


 すらすらと語られる言葉は、しかし、千颯ちはやには意味がわからず、あ、とか、えっ、とか、意味をなさない声しか出てこなかった。

「ほ、ほかにも見える人がいるの?」

 ようやく、まともな質問が口から出てきた。

「そりゃいるだろ」

 こともなげに、シオは答えた。校門を出て左に曲がり、学校のフェンスが途切れるところをまた左に曲がった。さっきの通り雨の名残なごりか、車道は普段よりも黒ずんでいた。


「きみは? あやかしって、なに? 妖怪じゃないの?」

「妖怪って、普通じゃん」

 不服そうに言いながら、シオはリュックのストラップを右肩にだけ引っ掛けた。

「普通? 妖怪が?」

「メジャーすぎるっていうかさ、アニメとか漫画とかに使われすぎて、もう、おそれもなんにもなくなってるだろ。友達とか使い魔とか。そういうの、違うと思うんだよな」

 不満げな口調に、千颯ちはやのほうが困り顔になった。

「だから俺は『あやかし』って呼ぶ。渡辺も生まれたときから見えてるのか?」

「わからない」正直に、千颯ちはやは答えた。「よく、おぼえてないんだ。小学校に入るころには見えてたから、多分、生まれつきなんじゃないかと思う。左目だけ、だけど」

 シオは千颯ちはやの前にまわりこみ、腰を落として目をまっすぐに見てきた。

「片方だけ? 右目は? 見えない? ああ、さっき手で隠してたもんな」

 そこは見抜かれていなかったのだと思うと、すこしだけ、千颯ちはやは胸がすく気がした。

「片目でしか見えないって、どんな感じなんだ? 距離感とか狂うだろ? いや待てよ、あやかしはもともとこの次元にいないんだとすれば、見え方は普通なのか?」

 でも渡辺の目そのものは三次元の構造になっていて……とシオはぼそぼそと考えを声に出しつづけた。そして、とつぜん「ふうん」と声を大きくした。

「あの、あのさ」

 身長の差はそのまま歩幅の差にもなり、どうしても一緒に歩くのではなく、千颯ちはやが追いかける格好になってしまう。


「渡り廊下の、あ、あ、あやかしは」

「三階のだろ。あれ、ぞっとするよな」

 その反応に、千颯ちはやは思わず表情をほころばせた。

 三階の渡り廊下の真ん中あたり、床に張り付くようにして、おおきな顔が・・いる。


 初めて気がついたのは、入学してすぐのときだった。先生が荷物を運ぶのを手伝ってほしいと声をかけてきて、友人たちと三階まであがった。渡り廊下に出るなり、千颯ちはやはおおきな叫び声をあげ、手に持っていたガラスのビーカーを落として割ってしまった。


 三階建ての校舎と校舎をつなぐ渡り廊下の一面に、巨大な、長い顔が、いたのだ。


段ボール箱をかかえていたおかげで、すぐには気づかなかったが、なにか動いた気がして、ビーカーの詰まった箱をずらすと、巨大な顔が見え、その目が動くところまで目撃した。千颯ちはやを、睨んでいた。逃げたかったが、怖すぎて動けず、箱ごとビーカーを落として、友人たちが肩を支えてくれるまで、その場立ち尽くした。

 以来、三階の渡り廊下には近づかないようにしている。


「もしかして、絲川いとかわ君も、あれが嫌で」

「いや。不気味だとは思うけどさ、あれもべつに悪さしてるわけじゃなさそうだし、見た目であれこれ決めつけてやるなよ。俺もできるだけあそこは通らないけど、それは、あいつを踏むのが申し訳ないからだよ」

 思いがけない返事に、千颯ちはやはうつむいた。

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