第5話 帰路

 千颯ちはやの頭には質問が泡のように次から次へとわいて出てきた。

 しかし、それを声に出すより先に、「おい、そっちの一年生二人。新しいボードゲームに加わってみないか。」と加茂先生が話しかけてきた。ポーカーは一度も手札を見ることなく終了した。

 結局、その後もクラブ活動の時間にシオと話すチャンスはめぐってこなかった。チャイムが鳴ると先生は見学組を前に集め、ゲームクラブに入る際の注意事項を伝えた。長い説明を聞きながら、千颯ちはやは教室をぐるりと見渡したが、シオも白と黒の二人組も、どこにもいなかった。



「見える人間に会うの、はじめてか?」


 まるで、そういう人間がいくらでも存在するみたいな言い方だった。


 すくなくとも、シオは見えるのだ。自分の春休みの事件(つまり視力の悪化からの携帯ゲーム機の没収のこと)を見抜かれたことにおどろいて、白と黒の二人組について問いただすのが後回しになったが、シオの態度は「見える」どころか、対処の方法まで知り尽くしているふうだった。


「見すぎるとろくなことないぞ」とシオが言った。

(どういうことなんだろう。)





 教室に戻り、帰りの会が進むあいだ、千颯ちはやはシオのことばかり考えていた。早く三組へ行っていろいろと聞かなくては。そう思うのだが、一組がいつものとおり、最後になった。帰りの挨拶を済ませて千颯ちはやは三組の教室へ急いだが、シオはもう帰ったあとだった。


 仕方なく、千颯ちはやも帰り支度を済ませて教室をあとにした。シオを探しに行ったあいだに、ほかの友人たちも教室を出てしまったらしく、千颯ちはやはひとり、薄暗い階段を小走りでおりていった。大人たちのいう「少子化の影響」で高島台中学校も教室は余っており、放課後も、すぐに静かになる。無人の教室と長い廊下を見るのも、千颯ちはやは好きではない。運が悪ければ、誰もいないところに誰かを見てしまうからだ。

 小走りで一階にたどりつくと、あとは全力で靴箱まで走った。


すると、そこにシオが待っていた。


「転ぶぞ」


 濃い緑色のリュックを右手にぶらさげているシオは、親しい友人のように笑った。注意を促す言葉であることは理解できるのだが、シオの声で聞かされると「転ぶぞ」という予言にも思えた。

「ほら」

 シオは千颯ちはやの靴箱からスニーカーを取り出し、地面に置いた。どうして靴がわかったのか、と、千颯ちはやの頭に一瞬、疑問がよぎるが、教室を出たのが最後なのだから、スニーカーだって最後の一足だったはずだと、理解した。

「おまいり、行くよな」とシオは言った。

「おまいり?」

「早くしないと日が暮れるぞ」


 先に歩き出したシオを追いかけるため、千颯ちはやはあわてて上履きを脱ぎ、スニーカーに足を突っ込もうとした。あわてすぎたせいか、その場でバランスを崩し、地面に手をついて、なんとか転倒はまぬがれたが、てのひらがじんじんと痛んだ。


「ほら」


 振り返りながら、シオがあごをあげた。


「大ケガする前に、おはらい行っとこう」


 前の日におろしたばかりの白いスニーカーに足を突っ込んで、千颯ちはやは焦らないよう気をつけながら、校舎を出た。

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