第4話 基礎の基礎

「とりあえず、ポーカーでいいだろ」

 了承の返事を待たずに、シオは札をくばりはじめた。

「なんで」と千颯ちはやは問いかけた。


「なんでゲーム機のことを知っているか? 知ってるわけじゃない。けど、まあ、結果的には知ってるってことか。観察から導き出される結論だよ」

 カードが五枚ずつ配られ、残りは机の真ん中に置かれた。

「この時点で」手札を扇状に広げながら、シオが言う。「勝負は決まっている、ともいえる。場の札も順序は固定された。俺たちが交互に引いていくカードだって、選択の幅としては狭い。さ、渡辺から引けよ」


「いや」と千颯ちはやは距離を取り直すように、背中を伸ばした。

「後攻でいい」

「と、きみが言い出すことも予想済み」


 笑いを口元にたたえたまま、手札をほとんど見もしないうちに、シオはカードを一枚を捨てた。山札から一枚を抜きとる。入念なリハーサルを経てきたような、迷いの無さだった。

 なにもかも見透かしたシオの態度が、馬鹿にされているようで、千颯ちはやは手札を机に伏せて置いた。

「待ってよ、トランプより先に」

 先生に気づかれないよう、すこし声をしぼって、千颯ちはやは聞いた。

「ネタバレ平気派?」

 からかい混じりに問いかけたあと、シオも諦めたように手札を机に伏せてから、たねあかしを始めた。


「名探偵を特徴づける手法のひとつに、服装やら癖なんかから、その人物の情報をずらずら並べていく、っていうのがある。有名どころだとシャーロック・ホームズだけど、あいつ固有の能力ってわけじゃない。細部を観察することで、その人となりを読み解くのは、探偵ものの基礎の基礎だ。だから、もったいぶるほどの話じゃない」


 言葉と裏腹に、シオはいかにももったいぶるふうに間をおいた。


 まだなにか情報を引き出してやろうというふうに、千颯ちはやをじっと見つめたあと、シオは突然、まぶたを閉じた。そして、暗記しておいた文章を読み上げるように、こう語った。


「渡辺はゲームクラブに興味を持った。一組からの見学組はひとりで、別のクラスの友人に誘われたふうでもない。教室に入ってきてきょろきょろしていたど、知り合いを探すふうでもなかった」

 さっきまでの軽やかで小馬鹿にした口調とはずいぶん違う、おだやかで、乱れるところのない語り方だった。

「ボドゲに興味があって門を叩いた可能性? きみの目線はちっとも机の上のゲームに向いてなかった。それに、目をやたらと細めていた。視力に乱れがあるって感じで。でも、眼鏡をかけてはいない。最近になって視力がガクンと落ちた、と考えられる。こういった事実と推測を積み重ねていって、春休みにゲーム機を取り上げられボドゲに救いを求めた、って物語ができた」


 物語、という言葉に千颯ちはやは眉をひそめた。目を開かないままのシオは、まだなにか続きを言うつもりか、口を開きかけた。と、そのとき、教室前方でよろこびの声があがった。



「よっしゃあ!」


 千颯ちはやは思わず顔をあげた。

 将棋を指していたふたりのうち、さっきの二人組みに注目されていたほうが立ち上がって、右手をつきあげていた。そちらを見もせず、シオは言った。

「あのふたりは好敵手というやつで、去年までは同じくらいの強さだったんだけど、二月ごろから状況が変わった。勝ったの横山だろ? でかいほうな」

 千颯は、うん、とうなずいた。

「で、俺の推理は、ご名答ってことでいいか?」

 視力のこと、ゲーム機のことだと、千颯ちはやは理解した。

「あたってる」

「正直なんだな」

 シオはやさしく言った。

 しかし、すぐにまた皮肉っぽい顔つきになった。


「違うって言い張れば、真相なんてわかんないのに」


「くそ!」と横山の対戦相手が将棋盤を駒ごと机から払い落として、おおきな音が教室に響いた。

「こら」と加茂先生が声を荒げる。「学校の物だぞ」

 千颯ちはやは思い出したふうに黒板を見た。


「いないんだろ」とシオが聞いた。


「え?」


「勝負がついたから、もういない。あのふたりはいつもそうなんだ」


「いつも、って……。あの、あのさ、さっきから聞こうと思ってたんだけど、あ、あいつらが、見えるの?」

 戸惑いまじりに返しながら、千颯ちはやは椅子に座りなおした。


「はあ? なんでそんなこと、って、おい、もしかして」

 一度言葉を切ったシオは、眉根に力をこめて尋ねた。


「見える人間に会うの、はじめてなのか?」

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