第2話 二人組

 中学二年に上がったばかり。


 窓に映る自分を見て、千颯ちはやはため息をつく。

 高くも低くもない平均的な身長に、平均的な顔が乗っかっている。客観的きゃっかんてきにみても、そんなにブサイクではないと思いつつ、図工の授業で友人と向き合って絵を描くときには、決まって「何描けば渡辺になるのかわからん」という評価がくだる。特徴とくちょうのない外見と、一〇〇人いたら五〇番、二〇〇人いたら一〇〇番の学力。それが自分の全部だ。

(髪は伸びるのが早くて、すぐにボサボサになるし、来週からはメガネもかけるのか。)


 西校舎の空き教室に向かうため、千颯ちはやは階段を下りていった。階段の踊り場で、背の高い男子がひとり、千颯ちはやをひゅっと、追い越していった。



 制服に校則違反のグレーのパーカ、金色の髪。


 二年三組の絲川いとかわ シオだ。

 父親がイギリス人、母親は日本人のハーフだが、外見は日本人の血など一滴も流れていそうにない。瞳も、作り物めいた水色だ。


 小六の始めに転校してきて、しばらくは彼の話題でもちきりだった。その整った顔立ちから、東京のモデル事務所からスカウトが来たとか、イギリスで子役をしていた、などという噂もたった。しばらくすると、日本語がやたら上手だとか、とにかくめんどくさい性格だとかいった、現実的な内容に噂も変化して、中学に入る頃には「変人」という評価で落ち着いた。千颯ちはやにとって確かなのは、背の高さも、きれいな顔立ちも、堂々とした立ち振舞いも、どれも同い年にはとても見えない、ということだった。


 夕暮れどきの影みたいに細く長い足で階段を三段飛ばしに下りていったシオは、二階に着地するや九十度の方向転換を華麗に決め、渡り廊下のほうへ姿を消した。


 シオのあとを追うように渡り廊下から西校舎に入った千颯ちはやは、階段を三階へあがっていった。一段のぼるごとに、上から聞こえる声がにぎやかさを増していった。






 カードやボードゲームなどで遊ぶ「ゲームクラブ」は多目的室Bで行われていた。後ろのドアから入ると、クラブのメンバーたちがいくつかのグループにわかれ、それぞれに遊び始めていた。


 真っ先に目に入ったのは、教室の左前方、窓際に置かれた机のひとつに腰掛けたシオの姿だった。電柱の上から人間どもを見下ろすカラスのように、全体を観察している。目をあわせるのが嫌で、咄嗟に視線をよそに向けた千颯ちはやは、シオに負けないほど目を引く二人組に気がついた。

 黒板の前に立つ彼らは、片方が頭の先から爪先まで全身真っ白で、もう片方は真っ黒。お揃いの色違いを着た奇妙な大人だった。背丈も、髪型も、よく見れば目鼻のつくりまでそっくりで、一卵性いちらんせい双生児が色違いコーディネイトを楽しんでいるかのようだったが、千颯ちはやは彼らが人間ではないことを、すぐに理解した。



 ためしに、左手で左目を隠してみる。

 右目だけでみる風景に、やはり、二人組は、いない。


 まぶたをこするふりをしたあとで、左手を目から離してみると、……彼らはそこにいた。


 口をすぼめて、千颯ちはやはゆっくりと息を吐き出した。

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