しかしあやかし(1)狐の手伝い

塩川めた

第1話 キツネ

 ちはやさま


 ちはやさま


 おたすけください



 真夜中に、二階の窓をたたいてたずねてきたのは、キツネだった。

 渡辺千颯わたなべ ちはやは、それが夢だとは、ちらりとも思わなかった。

 なにしろその日は、奇妙きみょうなことの連続だったからだ。






 四月の金曜日、校庭に雨が落ちてきたのは、五時間目の終わる、ほんのすこし前のことだった。

 ここ数日、気温が急にあがって、なかなか咲かないといわれていた学校裏の桜も見事に満開まんかいになっていた。

 給食でお腹はたされ、昼下がりのやわらかな空気と、担任ののどかな声とで、子どもたちの頭にはあたたかな毛布もうふのように、眠気ねむけがかぶさっていた。


「あめ」と、窓辺の女子がいうと、子どもたちが一斉いっせいに目を外に向けた。

 遠くの空は青いのに、高島台たかしまだい中学校の上にだけ、雨がぱらついていた。

 担任も、窓に目をやった。


「ああ、きつね嫁入よめいりだ」


 千颯ちはやは教室のいちばんうしろ、窓側の席から、天気雨をながめていた。


 見る間に、景色がぼやけていき、雨の校庭を叩く音が、教室に満ちていく。

 おろしたばかりのスニーカーのことが、千颯ちはやは、気になった。

 五時間目の終わりをつげるチャイムが鳴ると

「六時間目は、クラブ活動か」思い出したように、担任が言った。

「各自、プリントで教室を確認して、それぞれのクラブに行くように」


 みんなが消えるのを待ってから、千颯ちはやもプリントを手に机を離れた。


 廊下に出ると、窓の外のもう雨はやんでいた。

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