幸福のクソ王子

王子

前編

 その国の王子はわがまま放題し放題、贅沢三昧、食い放題、ヤリ放題(意味はパパやママに訊きましょう)のパケ放題(月額制データ通信量無制限サービスのことではなく非合法な薬物の乱用を指します)で、国民からは大変嫌われていて畑を肥やすだけ牛のクソの方がずっとマシとさえ囁かれていましたが、そんな囁きさえも王子が町に放ったスパイの耳に入れば不敬罪として処刑対象になり、わざわざこしらえさせた処刑場では毎日いくつもの首が締め上げられたり転がされたりしていました。

 国王は大変な小心者で、側近の言いなりで国を動かし外交の場ではいつも曖昧な笑みで頷くばかりだったので他国からは『極東の水飲み鳥』と呼ばれていました。一方的な関税の引き下げ要求を受け入れ他国の安価ながらも粗悪な食料品や工業品が出回り国内の産業は衰退の一途をたどり、同盟国の軍人とその家族が駐留するための莫大な費用をまかなうために国民は過重な税負担を強いられることになりました。外国人にとっては住みやすくなった国内は今や人種と文化のサラダボウルどころかミックスジュース状態でした。良く言えば国際色豊かな、悪く言えばウェイ大学生が食材(でない場合もある。しかもそれがウケると思い込んでいるのでマジで頭がチンパン以下)を持ち寄ったクソ面白くもない闇鍋みたいなものでした。どちらかといえば後者でした。そんな国になるまで放っておいた王が息子の暴走を止めることなどもちろんできないのでした。

 王子はクソ以下のくせに日曜礼拝を欠かしませんでした。幼い頃に、牧師の長ったらしい説法に嫌気が差して背後からドロップキックを食らわせてやろうと忍び寄り、段差に躓いてすっ転んだのを大勢に笑われた挙げ句、牧師から「バーカバーカ! 天罰!! てーんばーつでぇーす! 見て見てみんなクソガキに天罰下りましたー!」と罵られ屈辱を味わい(処刑場の建設が始まったのはこの直後ですが身の危険を察した牧師は教会の有り金全部とフィリピン女を連れて高飛びしてしまいました)、天罰ではないのは明らかとはいえ幼い王子の心には小さなトラウマとして残ったので、気休め程度のリスクヘッジとして日曜礼拝を欠かさずにはいられないのでした。

 ある日のことです。教会のトップである主教様(プロテスタント教会は表向き序列を持っていないことになっているのですが実際のところ有能な主導者がいないとこの国みたいにボロボロになってしまいますし資金面で国となかよしするためには代表者がいた方が都合が良いので便宜上トップに主教様を据えていました)が神のお告げとして声明を出しました。

「国王と王子死すときこの国にドチャクソヤバいハッピー来たる」

 国王は怯え王子は鼻で笑いました。いやいや国に楯突くにしたってもっとマシな嘘があるだろ、とりあえず主教は粛清だな粛清、という具合でした。

 ところが国民はこれを契機に動き出しました。神のお告げならばしかたない、国王と王子の命を奪うのは忍びないが(申し訳程度の善人アピ)ドチャクソヤバいハッピーが訪れるならやるしかない、祭じゃ祭りじゃ、血だぁ王族の血をよこせぇなどなど反応は様々でしたが今までの鬱憤を晴らすべく暴動が起きました。

 王宮の周りには手に手に農具やナイフや朝星棒モーニングスター大鎌サイズを持った国民が群がりました。国王はすぐに外へ引きずり出され処刑場に連れて行かれましたが、王子はなかなか見つかりません。それもそのはず、変装してこっそりと王宮から脱出していたのでした。

 探せぇ見つけ出して眼球を抉り出せぇ臓物を大地にぶちまけ生き血を啜るのだぁと、さながら悪鬼族デモンズのような言葉を口にしながら国民達は血眼で街中を駆けずり回り山狩りをしましたが王子はもう国内にいませんでした。逃げること風の如しです。どの国にも属さない森で洞穴を見つけ身を隠していました。

「もぅマヂ無理。。。シエスタしょ。。。」

 王子が身を横たえようとしたその時です。突如、頭上で閃光が弾け、辺りは眩い光に満たされました。

「へあぁぁぁ~! 目が、目がぁー!!(伝統芸)」

「王子……王子よ……恐れることはありません。私は神に使わされし聖霊です」

 聖霊と名乗ったそれは光の中から現われました。背中には透き通った羽を持ち、手のひらサイズの三頭身で、幼女の姿をしていました。神の使いであることを証明するかのように、身を包む純白の衣服キトンは汚れなく輝いています。

「あなたは将来、地獄に堕ちるよう定められています。しかしながら神の御慈悲により無事に王宮から救い出され、善行を働く猶予が与えられました。あなたは一応、礼拝を欠かしませんでしたから。数々の悪行や形だけの礼拝を見るに私の目からは救済の余地など無いように思うのですが、神には神なりの考えがあるようなので」

「把握。続けて」

「他人に与え、他人に施し、他人の益を図るならば、ゲヘナ(永遠の地獄)行きを回避してハデス(最後の審判を待つ黄泉)へ行けるかもしれません。私はそのサポート役として使わされたわけです」

「おk。やる」

「妙に物分かりがいいですね」

「こういうのは素直に従っておいた方が心証良いだろ」

「そういう思惑を口に出すのは心証悪いですけどね」


 * * *


 王子は聖霊の力により、丈の長いローブとそれっぽい杖で賢者風の姿に変えてもらい、パケ放題しなくても精神が崩壊しない体にしてもらい国に戻りました。

「そういえばお前、名前あんの」

「地上では必要無い情報でしょうが、天界では『ララ』と呼ばれています」

「ってことは、『キキ』もいんの」

「何の話ですか。おや、あの畑にいる少年、何か欲しいものがあるようです。話しかけてみましょう」

「そんなの見ただけじゃ分かんねーじゃん」

「私は神の使いですよ。ほら早く。ちなみに私の姿はあなた以外に見えませんので」

 王子は不服そうに少年に近付きました。

 その身丈に不釣り合いな大きめのくわを必死に振るっていました。服をぬいだ上半身は日に焼け、筋肉質な体つき。肌理きめの細かい肌をつるりと滑る幾筋もの汗。半ズボンから伸びる小麦色の両脚、太ももの半ばから覗く白が眩しい。土にまみれた素足は大地を捉え、力を込めるたびに指の一本一本が独立した生き物のように各々小さな穴を穿っていく。少年が逞しく振り下ろす鍬に耕され少年から滴る汗を吸い少年の足裏に踏みつけにされ少年の足指に穿たれた肥沃な土は種を蒔かれるのに十分過ぎるほど柔らかくなっていた何をしているんですかねこれは。

 土がはねて汚れない距離を保って王子は声を掛けます。

「(おいそこの小汚いガキ)少年よ。少しお話しを聞きたいのですが」

「誰」

「(賢者様だよ頭が高ぇよひれ伏せ)私は賢者、あなたに施す者です」

「ふーん、で?」

「(生意気なクソガキだな少し待ってろ)しばし離れます、お気になさらず」

 ララ集合、と言って王子は少年から少し離れました。

「何これ」

「あまりにも口汚いので浄化変換しています」

「余計なことすんなクソ聖霊」

「ゲヘナ」

「ごめんなさい」

 おとなしく少年と話すことにしました。

「(で、何か欲しい物とかねぇの)何か欲しい物はありませんか」

「勉強したい。知識が欲しい。なんとか、読み書きだけはできるようになりたい」

 詳しく聞けば、家が貧しいために親から学校に通うことは許されず毎日農作業を命じられているのでした。

「(読み書きできないとか猿と同レベかよ)では私が教えてあげましょう」

「本当に!」と少年は目を輝かせました。

「(そんな目で見んなクソガキが少し待ってろ)しばし離れます、お気になさらず」

 ララ集合、と言って王子は少年から少し離れました。

「今のは変換じゃねぇ捏造だ。【聖霊が人間をおもちゃにしてみた】ってか、おいコラこのクソ迷惑ユーチューバーが」

「ゲーヘーナ、ゲーヘーナ、ゲーヘーナ、ゲーヘー」

「やればいいんだろぉ!!」

 王子が文字を書き読んで聞かせると、少年は聞き返すこともなく全て会得しました。数字の使い方も教えてほしいと少年がせがむと、王子は表情筋を総動員して拒絶を示そうとしましたがララの目が「ゲヘナ」と言っていたので無理矢理作ったぎこちない笑顔で少年の要求に応じました。

 少年は数字を覚えるどころか、王子が意地悪のつもりでひけらかした高度な数学をも吸収し、自然科学、政治、諸外国の情勢にも前のめりになって知りたがりました。

 王子は幼い頃から将来国王になるために教育を受けていたので、国内の学者達以上に幅広い知識を持っていましたし、人に教えることにかけては右に出る者はいないほど優秀な教育係から教わっていたので、図らずも少年は最高の教育を受けることができたのでした。

 とっぷりと日が暮れて、王子はようやく少年から解放されました。

「クッソ疲れたわ」

「あなたが確かに、他人に与え、他人に施し、他人の益を図ったのを見届けました」

「これでゲヘナ回避か、余裕だわ」

「何を言っているんですか。この程度であなたの悪行が帳消しになるとでも? 明日も明後日も善行を働いてください」

 おい冗談だろ、と王子は膝をつき天を仰ぎました。

「でも、楽しそうでしたね」

 少年も、あなたも。ララは小さく付け足しましたが王子には聞こえませんでした。

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