第7話 認知は歪み、理を崩す

 時代にそぐわなくなり、陳腐化している。だけど知名度も恐怖度も充分にある都市伝説、メリーさんからの電話。わたしはこれを利用することにした。少しアレンジを加えて。

 じゃないと、私がお人形の騎士様に真っ先に殺されてしまうから。愛するあまり殺しちゃうのなら全然構わないけど、怨みで殺されるのはちょっと違う。

 望む認知の形はこうだ。捨てられた人形が意思を持って動き、喋れるようになって、獲物を求めて彷徨う。

 ここまではいつも通り。そこに原典にはない、現代らしいアレンジを加えて流布していく。

 それは、被害者の携帯の中にあるアドレス帳から次の被害者が選ばれるということだ。

 都市伝説らしい、理不尽極まりない殺され方。

 新説メリーさんを広めていく過程で、多少の手は加えるかもしれないが、方向性は決まった。

 このお話であれば、お人形の騎士様がわたしに辿り着いた時、確実にお母さんたちを殺してくれるから。

 なぜなら、わたしは携帯を持っているけど、それはお母さんたちによって管理され、位置情報などで監視するために持たされているだけ。アドレス帳にはその二人しか登録されていないし、他人のアドレスを登録しようものなら怒られる。

 自由のなさに辟易していたけど、そのおかげでわたしのアドレスは世界中に最も死んでほしい二人しか知らない。 

 わたしを縛るお母さんたちを先に殺してからじゃないと、わたしのアドレスには辿り着けない。

 でもこれだけじゃ、お人形の騎士様は、遠い何処かに殺戮旅行に行ってしまうかもしれない。

 原点の性質にあるような気がするけど、万が一があってはいけない。だから、この一説も加えて広めないと。


 メリーさんは携帯のアドレスを辿って、持ち主の元へ帰ろうとする。



「呪いに相当する認識にするのね」

 影の少女に最も現実的と思われるこの案を話す。わたしは彼女の言う能力を当然、把握しきれていない。だから助言を求めた。

「だとしたら、呪いはあって当然という共通認識があった方がいい。世界を滅ぼすとかじゃない貴女の場合なら、この地域は特に呪いが成就しやすいって、こじつけでもなんでもいいから、そう思わせる話を流布すれば、そのメリーさん? なる怪談が成就する確率は上がる」

「……そうした方がいいの?」

「呪いの成り易い地域っていう共通認識があったほうがより確実になる。捨てた人形が絶対に呪われてくれないと、ただ想い人を捨てただけになる。それは困るでしょう?」

「うん……」

 影の少女の言うことは最もだった。原点からしてメリーさんは、捨てた人形全てが呪われてくれるわけではない。あまりに条件が不明瞭だ。だから補助の必要がある。

 でも、そうは言われても、この地域は呪いが生まれやすいなんて、そんな話都合よくあるわけがない。

 ただの町なのだ。樹成町。何の変哲もない。ただそれだけの。

「貴女の住む町に名前はある」

「えぇ、樹成町って言うの……名前のない町なんてあるの?」

「私の住んでた村にはなかった」

「そう……」

 そこに何か強い感情が込められていたわけではなかった。強いて言うなら諦観だった。

「樹成町……じゅせいちょう……現代語には明るくないのだけど、呪成町と当て字に出来るわね」

「それ、あんまり面白くないよ」

「そう言わないの。意外と効果があるから。昔はこの辺りは処刑場で、ある時から周辺の人々が変死するようになった。それ故に元の名は呪成町。と、それらしい話を添えてやれば、らしくなるよ」

「それくらいで本当に効果あるの?」

「存外ね。それくらい、人の認識は歪みやすい。なに、全員が信じる必要はないから。能力の起動が成立する程度に信じる者がいればそれで構わない」

 影の少女が微笑みながらそんなことを言う。

 呪成町と当て字にする。なんとかその話を広めつつ、新説メリーさんを流布していく。

 やったことのない作業だから、あんまり上手くやる自信はあんまりないけど……

「と、まぁ、乞われたから助言はしたけど……本質が呪いなんだから、このやり方だと貴女たち二人が苦しむことになるかもしれない、と忠告はしておくわよ」

「ありがとう。だけど、このやり方じゃないと、お人形の騎士様はわたしを拐えないから」

「それも理解している。だけどね、こんな呪物である私が肩入れしてあげてるんだから、幸せを掴んで欲しいの。ただの偶然だったとしても、貴女があの社から出してくれたのは事実だから」

 真っ当にわたしを思ってくれている影の少女を見ていると、複雑な気持ちになる。

 これほどまでに優しい彼女が、あんな場所に何千年も閉じ込められて、暴言を浴びせて暴力を振るって支配する人間がのうのうと生きているなんて、世の中ままならないなと思う。

「上手くやってね。人を助けて後悔するなんて経験……もうしたくないの」



 人の認識を誘導する。ただでさえ難しいことなのに、行動を制限されているわたしに出来ることは少なかった。

 携帯でインターネットに繋げても、お母さんたちに履歴を監視されているから使い辛い。

 学校にいる友達と呼べるかは怪しい子たちの家庭環境はわたしと似たような物で、口伝えで都市伝説を広げる効果は期待出来なかった。

 なんだか最初から詰んでいる気もするけど、出来ることをした。

 短い時間だけど、学校内のパソコンを使える時間に、少しずつ噂の種を蒔いた。

 黒猫を見かけると不幸になる。その現象が、樹成町……じゃなくて、呪成町を中心に広がっているのが役に立った。わたしの認識も影響されるんだから、ちゃんと呪いが成りそうな名前にして思い浮かべないと。

 樹成町専用掲示板に、黒猫の不幸が広がる中心がこの町である理由を、影の少女が言った話を根拠として、さりげなく書き込んでいく。

 それに合わせて、オカルト掲示板に新説メリーさんのお話を書き込む。

 あまりに些細な、蝶の羽ばたきにも満たない活動だけど、いつの日か実を結ぶと信じて。


 そんな活動を続けて半年が経過した時、夢の中にある空間に、一つの泡が浮かんだ。

 電柱に書かれた町の名前が“呪成町”に書き換わっている。そんな人々の共通認識が形になった泡が。

「思ったよりも早く結果が出たね」

「……もうあの人たちに付き合うの限界なんだけど……」

 影の少女が泡を破っているのを見ながら、思わず日々の苦痛を吐露してしまう。

「あと少しの我慢だから。だけど、もう耐えられないのなら……普通のメリーさんならいつでも現実に出来るよ」

 辛い時に寄り添ってくれる影の少女が、わたしを見兼ねてそんな言葉をかけてくれる。だけど……

「ダメ……ここまで頑張ったんだから、ちゃんと最後までやり通す」

「そうね。その方が賢明だと思う。あと少しで貴女の望んだ人形の騎士様がこの世に顕現するんだから」

 わたしの背中を相も変わらず押してくれる影の少女だけど……真っ黒で表情は読み難いにも関わらず、憂慮が隠し切れていない。

「……詰めの段階だから聞いておくけれど、最後に貴女は人形に襲われることになるけど、それはどう乗り切るつもり」

「どうしようね。ずっと悩んでた……愛の力で乗り切る! ってのはダメ?」

「奇跡を請うのは見逃せない。この超常は幾重にも必然を折り重ねてここまで持ってきた。最後の最後に博打を打つのは、看過出来ない」

「だよね。どうしようか……」

「何かないの? 誰もが信じていて、怪異に対抗出来るような存在は」

 影の少女はまたも無理難題をふっかけてきた。そう言われてみれば、候補はいくつかあるが、お人形の騎士様と過ごすお花園と同じくらい荒唐無稽な案しか浮かばない。

 それに、あまり簡単に誰でも実現可能だと、わたしに辿り着く前にお人形の騎士様が敗れてしまうかも知れない。それではダメだ。

「……魔法少女とかそういうのかな?」

「……本当にこんなのが一般的なのね。驚いた」

 そう言って影の少女は、可愛い衣装を身に纏った少女が怪物を打ち倒している。そんな認識が具現化した泡を差し出した。

「こんな荒唐無稽な認識が信頼出来るのか不安だったから、試してみたんだけど……貴女の運命を委ねるには充分なようね」

 彼女が言いたいことをなんとなく察する。呪いの人形に対抗する為、わたしに魔法少女になれというのだ。

「ほ、本気なの? こんな子どもの妄想を実現させるなんて……」

「貴女が子どもの妄想と口にするの? 確かに、この魔法少女? というのは人によって認識が違って安定していないけど、その分色々と都合がいい」

 彼女の生まれた時代にはなかった概念だからか、手探り感を匂わせる口調で、言葉を続けた。

「邪魔者を全部殺して貴女の元に辿り着いた人形に殺されず、呪いを浄化することも可能。つまるところ退魔師の亜流でしょう? 最適な認識じゃない」

「そうだとしても、魔法少女が溢れ返ったら、途中でお人形の騎士様がやられちゃうかも……」

「それなら、貴女に人形から電話がかかってきた直後に、認識を実現すればいい。これであなたにも人形にも危険はないでしょう?」

 影の少女は魔法少女という概念に先入観がないからなのか、何を疑っているのかという視線をわたしに向けている……気がする。

 上手くいくかはわからない。だけど、彼女のいうことは今までも的確だったし、わたしを気遣ってくれていた。

 認識の具現化という超能力を当たり前に行使してきた影の少女の思考に、単にわたしが着いていけていないだけ。

「この認識はすぐにでも実現出来る。だから、貴女は理想のメリーさんのことだけ考えていればいいから」

 影の少女はわたしのことを考えてくれているのだろう。

 だけど、呪いを浄化すると言う言葉に引っかかる……もし全てが上手くいったとして、魔法少女の力でお人形の呪いを浄化してしまったら……

 騎士様はわたしを傷つける人から護る力は残るのだろうか……


 朝起きて町の名前を確認すると、樹成町から呪成町へと変化していた。さも、今までずっと、こんな不吉な名前であったかのように。

 違和感を持つ人もいるようだけど、まぁそうだったかも、という程度の疑問しか抱いていない。

 自分の手で確かに世界を歪めてみせたという実績。誰にも信じてもらえない功績。だけど、限界寸前で折れそうな心を、添え木のようなか細さで支えてくれた。



 そうして一ヶ月が経った頃、ようやく地道な活動が報われて、新説メリーさんの認識が泡となった。

 あともう少しで、このうんざりするような生活から抜け出して、お人形の騎士様と添い遂げられる。

 だけどまだやらないといけないことがある。本当にこの呪いが想定通りに機能しているか。それを確認してからでないと、お人形を捨てられない。

 もしも捨てたお人形が呪われることなく、処分されてしまったら、本当に取り返しがつかないから。

 影の少女に泡を破ってもらい、少し様子を見た。町で捨てられた人形がメリーさんとして機能しているかを確かめるため。

 親に人形を捨てられたと嘆く同級生とその友人が数日後、自宅で惨殺死体で見つかったの聞いて、メリーさんが実体化したのだと確信した。

 それから私は人形を捨てた……いや、正確にはお母さんたちに捨てさせられた。他の思い入れのないお人形と共に。

 覚悟していたとはいえ……仮初めのお別れとはいえ、本当の離別になる可能性は捨てきれない。

 呪いが不発になったら……そんな不安で押し潰されそうになる。

 だけど、本当にいま苦しいのは、お人形の方だ。

 意識があるのなら、突然捨てられて、廃棄されるんだから。

 どうか、無事に帰って来て。そう願いながら、ゴミ収集車を見送った。

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