第40話 ばななばふん

 街の喧騒に負けず劣らず、子どもたちの働きによりパーティーはかなりの盛り上がりを見せた。始まるまで不機嫌そうだったダダンも、そのダダンの身体にすっぽりと包まれているスィーも、楽しい時間を過ごしていた。


 レオンとジューゴはぎくしゃくした雰囲気がまだあるものの、子どもたちが察知して上手く場を回してくれていた。


 今はもうアヒルの羽休めダック・レストに帰ったが子どもたちのお願いでタマゴも少し参加していた。クッキーの美味しさをカタコトの言葉で語り尽くし、皆がほうと感心する中パーピーと一緒に帰って行ったのだった。

 ジャンクも、今回の騒動でパーピーの羽の新たな可能性が閃いたと言って一緒に帰って行った。どうやらパーピーの羽に惚れ込んでいるらしい。

 犇めき合っていた露店はぽつぽつと閉まり、それでも街は少しの寂しさも見せない。


「さて、そろそろ時間じゃ」


 シクティアスがそう言った。あと少しで今日最後のイベントである街中を使った大バトルが始まる。何をしても良い事になっている大乱闘。街という規制の多い場所で暮らす魔族たちへのささやかな褒美だ。自分の店を壊されたくなくば、店側が自衛をしなくてはいけない。

 知らずに露店など出していたら跡形もなく潰されてしまうだろう。それでも、露店を出し続ける強者もいる。本能的に触れてはいけないと思わせる程強ければ、大乱闘も稼ぎ時に思えるのだろう。


「ネネ、トト、ありがとう。お陰で楽しい時を過ごせたよ」

「ありがと、れお!」

「今度は二人と戦ってみてぇな」

「まけ、ない」

「ダグは謹慎中だろ~? これからお叱りの時間になるのに大丈夫なの?」

「ゲッ!? 何で今そういう事を言うんだよビト!」


 あはは! とビトが楽しそうに笑った。それに釣られ、ネネとトトが笑うと、ダグも 笑い出した。レオンはがっくりと肩を落としていた。


「いっしょ、いく」

「おみ、おく、り」


 子どもたちがそう言って、何故かダダンにひしっとくっついた。きっともうクタクタに疲れているが、最後までちゃんと主催者として全うしたいのだろう。ダダンに足になって欲しい、という事だ。


 いつものダダンなら良いぜと言って快く引き受けていた。しかし今は何よりもスィーを一人にさせたくなかった。


「ほっほっほ。スィー殿はワシにお任せあれじゃ」

「けど……」

「だだ、いこ?」

「だだも、おみ、おく、り!」


 ゆさゆさと子どもたちに身体を揺さぶられた。シクティアスの瞳からは優しさが感じられる。スィーはダダンを見なかった。


「分かったぜ、行こう。待っててくれよスィー」

「……ああ」

「気をつけて行くのじゃぞ」


 ダダンは子どもたちを抱えて、レオンたちの見送りへと向かっていった。露店裏から道へ出ると、その騒がしさに祭りと言うもので身体中を貫かれた気がした。魔族たちのテンションは朝や昼、夕方よりも一層上がっていた。


 しかし守護兵団の本拠地は嘘のように静かだった。驚いてレオンの方を見ると、眉間に皺を寄せ変な顔をしていた。安堵しているような苛立っているような、そんな顔だ。


「大丈夫か?」

「大丈夫、大丈夫」


 ダダンがそう声を掛けるとビトが軽く答えてくれた。ダグは瞳が爛々と輝いている。


「ダグぅ? 君のせいなのに、何楽しそうにしてるの!」

「良いだろ! これで全部チャラになるんだから」

「反省してないって事かなあ?」

「違う! それは違う! もうしない! すっげぇ反省してるから!」

「はあ……」


 どうやら団員に謹慎中のダグが部屋を抜け出して、祭りに出向いてるとバレてしまったらしい。本来なら団員たちは街の守りが薄い場所と本拠地を守る為に配置されているのだが、本拠地には誰の気配も感じられなかった。

 なので、これから起こる大乱闘に対しこの広い本拠地全てを三人で守らなくてはいけない。


 それが、団員たちの望む罰で、それで許しくれると言うのだ。


 レオンの頭の中に何枚も何枚も始末書が振り積もったが、もういい、と全て燃やした。今日起こったことはもう魔王関連だけまとめよう、他は祭りという事で無しにしよう。それで良いんだ。と、レオンも考える事を放棄した。


「がんばってね!」

「またね、ばいばい!」

「頑張れよ!」


 三人は別れの挨拶をしてお見送りを終えた。


 戻る時、ふと露店を見てみると、なるほど大概の売り子が魔人だった。

 うねうねと動く生の蛇を売る妖艶なお姉さんは、ダダンと目が合うと「はあい」と声を掛けた。ゾワリと寒気が背中を走り、直ぐにそこから離れようとしたが、子どもたちは興味をそそられたらしい。二人がその露店の方へぐいと身を乗り出した為、ネネが落ちそうになった。


「お、おい! ……ヒェッ」


 驚いてダダンが片腕を延ばしキャッチしようと足を踏み込むと、何かを踏んでツルンと滑り派手に転んだ。ネネもトトも軽々とダダンの腕から抜け出し、綺麗に着地する。大柄のダダン一人だけが、地面に転がっていた。


 足元には黄色い皮が落ちていた。手にはコンクリートとは違う柔らかい感触がある。


「だいじょぶ?」

「ばなな、かわ、すべる」

「あ、ああ……」

「お兄さぁん、ドジっ子なのねぇ?」


 恥ずかしさに塗れる中露店のお姉さんに声を掛けられ、また背中がゾワリとした。ドキドキしてる感覚にも近い。お姉さんの顔を見たい、姿を見たい、欲しい! そう思う欲に抗い、ダダンは起き上がってもずっと背を向けていた。


 手には、何やら臭い黒い物が付いていた。そこら辺に生えてる大きな葉っぱをちぎり取り、大雑把に汚れを拭いた。


「ネネ、トト。行くぞっ」


 恥ずかしさに身悶えつつも、強がって大きな声を出した。


「う、うん」

「だだ、くさい……」


 ダダンが二人を抱えようとした時、顔をしかめられ拒否された。ダダンの手から異様な臭いが漂ってくるのだ。子どもたちはその臭いを知っていた。


「ばふん!」

「ばふん! だだ、ばふん!」


 そう言って子どもたちは、どこにそんな体力があったのかキャーキャーと走り出す。ダダンはばふん、の意味が分からないまま「待てよ!」と子どもたちを追った。



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