第38話 邂逅

 会場の騒ぎは収まる所を見せず、殺し合いと言えど腐っても貴族。忖度そんたくし爵位を見て庇い立てたり、わざとトドメは刺さなかったりしていた。全くもって面倒くさい生き物である。


 乗り込んで来たジャンク、レオン、ダグ、ダダンは、黒兎仮面が呆気なく姿を消した事に驚いていた。アイツが闇オークションを持ち掛けた外の魔人に違いなく、手こずるだろうと考えていたからだ。

 ジャンクの言う唯一の不安であるとも、思っていたのに。


 ジャンクに対して恨みや妬み嫉み、不都合を感じる者は割と多く、また本気で殺りに掛かってくる為捌くのが大変だった。スィーを巻き込まないよう、ジャンクたちはステージから少し離れていった。ダグは漸く身体を動かす事得意分野になり、一層張り切っていた。


 レオンは頭の片隅で、始末書が大変な事になりそうだ、と考え溜め息を吐いた。ダダンを庇いつつ、全体の流れを見ていた。扉はまだ開かない。黒兎仮面が逃げる遂せるまで、閉まったままなのだろうか。


 ダダンはどうにかスィーの元へ行けないかとジャンクの元から離れつつ、流れ弾を寸前の所でなしながら画策していた。近寄ろうにも少しでも気を逸らすと、流れ弾で命を落としそうだった。魔人とは、恐ろしく強い。痛い程肌で感じ取っていた。


 スィーは身体が自由になったにも関わらず、目の前に立っているボロ布のフードを被った男を見ていた。貴族らしい雰囲気は全くなく、だからと言って弱いとも思えない。

 スィーは首を傾げた。


「世話になった」


 男は左手を横に広げ右手を身体に添え、右足を引いてお辞儀をした。ボウ・アンド・スクレープスと呼ばれる、人族の貴族社会におけるお辞儀。とても洗礼された所作だと見て取れた。着ている物が揃えば、紳士と言うに相応しいだろう。


「お前など知らん」

「そう言うな、きっとすぐに分かる。……これを」


 男はスィーの前に跪き何かを差し出した。それは、あの時見せていた赫貸一枚だった。間近で見るとその美しさに目を奪われそうだった。お礼の品だとでも言うのか、硬貨から視線を離し男を見上げると、じっとスィーを見つめていた。


「、」

「スィー!!」


 スィーが何か言おうとした時、スィーの名前を呼ぶ声が男との間を切り裂いた。スィーはふっと笑みを零し、椅子から立ち上がると白いワンピースの裾を両手で軽く持ち上げ、右足を斜めに引いて膝を曲げて見せた。カーテシーと呼ばれる、こちらも人族の作り出した挨拶だ。


「さようなら」


 男はスィーの一挙手一投足に見惚れ、未だ手の中にある赫貸をグッと握りしめた。焦らずとも良い、いずれ出会うのだから。ボロ布を大袈裟に翻すと男は音もなく姿を消した。


「スィー!!」


 漸くダダンはスィーの元へ駆け付けた。先程攻撃の隙を見てチラリと見た時はボロ布のフードを被った男がスィーに何かしていた。しかし今はもうその姿はない。見間違いだったのか、ダダンは混乱しつつも、特に怪我もないスィーを見て心底安心したのだった。


 勢い良く抱き締めようとして思い留まった。スィーの身体はダダンの硬い鱗で簡単に傷付いてしまうのだ。スィーの頬に優しく手のひらを当てた。ちゃんと温かい。


 スィーは「何だ?」と言って微笑んだ。ダダンの手を振り払う事はなかった。良かった、良かった! ダダンは何度も頭の中で叫んだ。しかし口から出てきた言葉は全く違う物だった。ガッと両手でスィーの頬を包み込むと。


「このバカ!! 何で逃げようとしねぇんだ!! スィーは強いんだろ!? バカ野郎!!」


 そう吠えた。スィーは珍しく驚いた顔をしていた。まさか、ダダンにバカと言われるなど予想だにしない事だった。


 スィーが攫われた時はただただ心配だった。しかし心のどこかでは、スィーは強いから大丈夫だろうと思っていた。それが覆ったのは、パーピーから貴族と有象無象、それから外の魔人が開いているオークションの事を聞いた時だった。魔王にすら隠し通せる程の力を持つ者。規格外のジャンクすら騙せる者。


 ダダンの中で最強のスィーは、もしかしてその者たちには良い様にされてしまうのでは? もし、スィーが逃げようと抵抗して怪我をしたら? スィーは回復魔法が効かない。脚を切断されてしまえば歩くことが出来ない。舌を切り取られれば声を出して助けを呼べない。魔法だって使えなくなってしまう。


 恐ろしくて、早くスィーに会いたかった。助けたかった。護衛失格だと言われても良い、ただスィーが無事なら、何としても頼み込んで一緒に旅をしたい。


 そう願いながら、オークション会場に続く経路に侵入した。ジャンクとレオンの魔法によって、会場内を覗き見た時、安堵と同時に、別の感情が湧き上がった。


 スィーが怪我をしていない事。結果的に誰の物にならずに済んだことも、外の魔人が呆気なく逃げてくれたのも、全て良い事だ。


 ただ、スィーが逃げようとしなかった事が、もっと言えば諦めたような目をしていた事が、すごくすごく腹立たしい。


「行くぞ! スィー!」


 スィーの言葉を待たず、ダダンは怒った様子でスィーの腕を引っ張っていった。会場内はまだ混乱している。しかし、ジャンクによって抜け道はもう用意されていた。それにそろそろジャンクの見立てによれば、扉も開く頃だろう。


 ダダンは決して、スィーの手を離すことはしなかった。



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