第37話 赫貸一枚
パーピーは漸く最後のピースを掴む事に成功し、全てを当てはめて一枚の絵を完成させた。
噴水の形の移り変わり、それがオークション開催を示し、また開催場所を示しているのだった。
ジャンクお手製のパーピーの羽を加工した魔道通信機をジャンク、レオン、シクティアスが持ち、それぞれやり取りをしていた。シクティアスからは次々と辺鄙な場所を突破している事が報告されていた。
それを使ってジャンクとレオンに噴水の事を伝えると、二人はそれぞれの居場所から噴水を観察し、魔法反応を解析、今回のオークションは日が暮れてから場所は闘技場地下、という事を導き出した。
何故、パーピーが噴水を疑わしく思ったのか。それは、スィーたちと出会った時に遡る。
ジャンクが魔法で寄越した走り書きにはざっくりとしたスィーたちの見た目、それから接触して欲しいという事があった。換金したのなら買い物でもするのだろうと思い、ジャンクの店から出たら通るであろう道をゆっくりと歩いていた。
すると、道の途中からぱったりと生活音がしなくなった。不審に思い慎重に進み噴水の見える所まで行くと、雰囲気に似合わずワーキャーはしゃぐ声が聞こえた。
そうして、噴水に入って遊ぶ獣魔人の子どもたちとそれを止めさせようとしている大柄なキング・リザードマン、傍らで見ている小さな魔人の少女、それらを殺さんとするボロ布を纏った
小さな少女はそれに気付いている様子だったが止める素振りは見せず、大柄のキング・リザードマンは全く気付いていない。一番最初に殺られるのは、彼だろうに。
だから、パーピーはわざとらしく声を掛けた。お貴族様の奴隷に対する牽制だ。奴隷はパーピーを見て驚き、それから、少し安堵している様などこか哀しそうな表情をした。その表情からパーピーは彼女の運命を悟った。しかし、してやれる事は何も無い。掛ける情も持ち合わせていなかった。
不自然に思われないようどっしりと構えて、驚き飛び上がりそうな
あの時の奴隷は、貴族の焦りの表れだろう。捨て駒の調度良い活用法とも言えるかもしれない。暗号を知った部外者なのか噴水を壊そうとする者なのか、そのどちらでもなくとも、殺れと命令されていたはずだ。貴族は揃って悪趣味だから。
噴水を眺める者は多く居るだろうし、だからこそ噴水を選んだのだろう。飛び込んだり触れる者だって居たかもしれないが、時が悪かった。きっとあの時あの瞬間、暗号が流れていたのだ。
パーピーも噴水が珍しく高く舞い上がっていた事を覚えている。陽の光によってキラキラ輝き綺麗だとしか思わなかったが、なるほど暗号だったのだ。
噴水には微かな魔法反応しかない。何故ジャンクとレオンが解析成功に至ったのかパーピーには分からなかった。ジャンクは何も答えなかったし、レオンも「経験値だ」としか答えなかった。
会場に乗り込むのはレオン、ジャンク、ダグ、ダダンの四人だけだそうだ。せめてビトだけでも追加してはどうだ、とパーピーが聞いたが、万が一捕らえられた時一番危険なのはビトだから会場には絶対に入らせない、とレオンが答えた。
「あらまあ、みんな同じでしょう?」
『そうだな。だがビトは違うんだよ』
同意した癖に、やはりビトだけは違うのだとレオンは頑なだ。
『時間がねぇから、パーピーは露店の方へ戻ってな』
『ネネとトトの事頼んだぜ! ぜってぇ帰るからって言っといてくれ!』
ジャンクに続き、ダダンの声も聞こえてきた。何だか
「行ってらっしゃい」
そう言葉を掛けて、パーピーは露店へと歩いて行った。
オークション会場は稀に見ぬ程、盛り上がりを見せていた。それは血のようなワインを飲んだせいでもあるのだが、スィーの値段がどんどんと釣り上がっていくせいでもあった。この興奮具合は、人魚や吸血鬼など希少種がオークションにかけられた時と同じだった。
誰しもがスィーという小さな少女に夢中になり、手に入れようと必死だった。血の色からはその強さを、血の味からは内に秘めた美しさを感じた。
一向に決着がつかないのは、紺色の使い古された布のフードを被った男がずっと値段を吊り上げるからだった。あの、唯一血を飲まなかった魔人だ。対抗するのは、美しいボディラインを惜しげも無く見せびらかしている紫色のドレスを纏った妖艶な女の魔人と、ゴテゴテな装飾品を付けた服を着て七本ずつある指には全てギラギラ光る指輪をつけ、肥えた腹をさする豚鼻の男の魔人だ。
もう他の貴族が手を出せない程の金額になっているが、三人は涼しい顔をして淡々と事を進めていた。
会場の様子に黒兎仮面は気分良く嘲笑っていたが、スッと表情を落とした。経路への侵入者を感知したからだ。
その時、見計らった様に会場がどよめいた。フードを被った得体の知れない男のせいだった。
「
極めて赤色に近い色をした光沢が美しいコインを一枚、親指と人差し指で挟んで見せた。赫貸、魔王の血で作られているとされる、通過の中で一番価値の高い物。比喩として値段の付けられない物に赫貸一枚だよ、などと言う時はあるが実際に使われた所を見た者はいない。
本物なのか、何者だ、と色々な声が沸き立つ中、それを収めたのは黒兎仮面だった。
皆がボロ布のフード男に注目している間にステージの真ん中、スィーの座っている椅子の後ろに立ち高らかに声を上げた。
「お楽しみの最中ですが、ここで特別ゲストをご紹介致します! 貴族の異端児、稀代の天才、あのマドマ一派を潰して見せた規格外のジェントルマン! 本日はこちらのレディを助ける為に来てくださいました。その名もジャンク!!」
スポットライトがステージの袖から駆け込んで来たジャンクに降り注がれると、一瞬静まり返っていた貴族たちは更にどよめいた。悲鳴をあげる者や怒声を浴びせる者。会場内は混沌としていた。
ジャンク本人も驚き、直立不動で動く気配がない。会場に居る貴族たちを目に焼き付け記憶しているのだろうか。
「レディ、一体何者です?」
スィーにしか聞こえない小さな声で黒兎仮面は聞いた。スィーはニヤリと笑い答えた。
「私は、スィーだ」
「……スィー、オークションは終わりです。スィーに値段はつきませんでした」
「赫貸一枚だろう?」
「そうとも言いますね。全く、何故あのお方が? お休みになられていると思っていたのに。更にジャンクなどと……レオンも居ますねぇ」
はあ、と至極残念そうにため息をついた。心の底から憂いていた。この街を壊滅させられると思っていたのに、そうならなかったからである。
貴族たちは揉みくちゃになりながら我先にと外へ向かっていた。しかし、扉はビクともしなかった。押し合い圧し合い殴り合い、そのうち殺し合いになっていった。
ジャンクを殺ろうと攻撃する者も居たが、ステージ袖から現れたダグやレオン、ダダンによって尽く潰されていった。
「お前も血を飲めば良かったのにな」
「触らぬ神に祟りなし、とっても良い言葉です」
「そーかい」
「そうですよ」
ただ二人だけは和やかな空気のまま言葉を交わしていた。しかしそれも直ぐに終わりを迎えた。ボロ布を纏った男、赫貸一枚を宣言したあの男がステージに向かって来たからだった。
「残念です……。ですが私はまだ死ねません」
そう言って、黒兎仮面はスィーの拘束を解いた。それと同時に、自身の足元に黒い空間を作った。有象無象が黒兎仮面に絡み付き空間へと引きずり込んでいく。
「素敵なレディ、もう二度と会うことは無いでしょうね。……
最後に別れの言葉を残し、口元に笑みを携えて黒兎仮面は消えていった。
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