第36話 毒と血

 ネネとトトとジューゴの三人は、露店裏で待機していた。もうすぐシクティアスが戻ってくるとジューゴが言っていたので、子どもたちはカウンター用にあった布を地面に敷いて、果実ジュースやクッキーを用意した。パーティーなのだと二人は言った。


 タマゴはパーピーの命令によって、アヒルの羽休めダック・レストの露店は閉め大量のクッキーを子どもたちにプレゼントした。「ゼンブ、いカガ? あゲル、プレゼント」そう言って与えられたクッキーに子どもたちは大喜びした。タマゴはジューゴ同様子どもたちを守るように、街から子どもたちの姿を隠すように、露店のカウンター側に立っていた。


 もしスィーが帰ってきて、ダダンたちも戻ってきたら、もっと豪華にするんだ、と二人は意気込んでいた。ジューゴはそんな二人を、よく分からない気持ちのまま見守っていた。


 既に夜の帳は降りている。街中の魔族が血のようなワインに酔いしれ、夜という事も相まって気分が高揚しているのだ。喧嘩する声や意味の無い遠吠えは途切れること無く聞こえてくる。獣の魔人であるネネとトトだって充分狙われる可能性はある。姿は多くの者に見られているのだから。

 ジューゴは宿屋へ戻ろうと提案したが子どもたちは頑として首を縦に振らなかった。


 仕方ない、シクティアスに説得してもらおう、ジューゴは諦めて帰りを待っていた。


 ジャンクの解析した魔法陣には色々な罠が仕掛けてあった。有象無象を操る理由、転移させた場所、個々が持つ貴族特有の癖。魔力にも出来うる限りの誤魔化しが施され、それぞれにたくさんの嘘が散りばめられていた。

 しかしジャンクの腕に掛かればこの程度、朝飯前である。


 ジャンクの中で唯一の不安といえば、自分の感覚を誤魔化せるほど悪臭の消えた罠を用意したのは誰なのか、という事である。有象無象を扱った魔人とは別人だとは分かりきっていたが、じゃあコイツだ、とはならなかった。貴族に手を貸す者は総じて貴族と同じ様な臭いがする物なのだ。


 その不安を自分の物だけにせずしっかりと周りに共有したのは、才ある者の行動だろう。皆、得体の知れない者が関わっているのだと心して掛ることとなった。


 シクティアスにはスィーが転移した可能性の低い場所を回って貰うことになった。


 最初に降ってくる雨粒を落とす雲の中や、森の中心に生えた大樹の根っこ、王城の屋根が反射した朝日を浴びた鏡の中など訳の分からない物も、何かあるかも知れないと万が一億が一に備えて潰すことにしたのだ。座標はジャンクが完璧に捉えた。シクティアスは偵察能力の高いビトとペアになって、そういう向かうのが難関な場所も担当していた。


 ビトは知っての通り怪力でシクティアスを易々と持ち上げ四枚の羽を広げ文字通りあちらこちらへと飛び回った。


 レオンとダダン、ジャンクとダグ、それぞれがペアになって行動した。シクティアス曰くこれが戦力と知能のバランスが一番良いとの事。顔の広いパーピーは街中をそれとなく巡り情報収集をしている。何か分かれば直ぐにジャンクとレオンへ報告がいく。


 パーピーは怪しい場所の目星が付いていた。その場所へ直接向かうのは危険が伴うし、その場所について聞き回るのも危ない。色々な噂話を織り交ぜながら少しずつ欲しい情報を聞き取っていったのだった。


 各々がスィー奪還に奔走していた。


 そうしてジューゴの言う通り、シクティアスとビトが露店へと戻ってきた。ビトもシクティアスも疲れなど微塵も感じさせない、至って普通な様子だ。子どもたちは二人の姿が見えた途端、ジューゴが止める隙もなく走り出してぎゅうっと抱き着いた。


「おかえり!」

「おかえり!」

「あはは! ありがとう、二人とも」

「ああ、ただいま。良い子にしてたかの?」

「してた!」

「ぱーてぃー、じゅんび、した」


 シクティアスがネネをビトがトトを抱っこして露店裏へ。子どもたちがパーティー、と称した物を見た時、二人は胸の辺りがぽかぽかと温まる感じがした。何度も何度も変な所へ赴き、時には馬鹿にしたような罠を潰しながら居ないであろうスィーを探す。物理的な危険はほぼ無いが精神的なダメージや疲労はかなり溜まっていた。

 それが、どうだろう。ネネとトトが迎えてくれた事で疲れが吹っ飛ぶなど、思いもよらなかった。さらに言えば、ジューゴが大人しく待っていてくれたのも、シクティアスは非常に喜ばしく思った。やはり、子どもたちと関わる事でジューゴは成長する、そう確信した。


 子どもたちが指示する場所に、シクティアスとビト、ジューゴが座り、プチパーティーは始まった。大量にあるクッキーはタマゴがくれた時から一枚も減っていない。子どもたちはずっと我慢していた。ジューゴはそれをちゃんと知っている。


 何処と無く、子どもたちを見るジューゴの瞳が優しくなっている事に、シクティアスは気づいていた。そしてビトも何かを感じ取ったのか、ふふっと優しく笑っていた。


 プチパーティーは和やかに始まり、美味しいクッキーに宝石のようなジュースは相性抜群だった。子どもたちがもっと飲んでもっと飲んでと勧めるのが可愛らしく、ついつい飲みすぎてしまった。

 戻ってくるダダンたちの果実ジュースをビトとジューゴが追加で買いに行った時。つい先程までジューゴたちにジュースを勧めていたとは思えない程、子どもたちはしゅんとしていた。ネネはもじもじと指先を絡め、トトはちらちらシクティアスとネネを見ていた。子どもたちは意を決してずっと気になっていた事を、シクティアスに聞いた。


「しーの、からだ、どく?」


 ネネのその言葉にシクティアスはとても驚いていた。それを微塵も表情に出さず、子どもたちを不安にさせないようにっこり笑みを浮かべた。


「何故そう思うのじゃ?」

「……」

「ぼくたち、しー、たべた。むしの、どくも、たべた。だから……えっと」

「どくと、しーのにく、にてるの」

「そうじゃのぅ……」


 どう答えたら良いのか、シクティアスには分からなかった。毒では無い。じゃあ何か。それはシクティアスにも分からなかったが、きっと、良い物ではないのだろうと感じていたのだ。子どもたちも同じだろうとシクティアスは思った。


 だが、良い物ではない、とは誰にとって、何にとってなのか。


 考えても分からないのなら、今分かる事を正直に言う事が、子どもたちの勇気に向き合う手段だろう。


「そうじゃのう、毒ではないぞ。もし毒じゃったら、今頃ネネやトトだけでなく、レオンやダグ、ビトも倒れておろう。それにじゃ、スィーは二人のことをとても大切に思うておる。毒なぞ喰わせる訳が無かろうて」


 シクティアスの言葉を聞いて、子どもたちはほっと息を吐いて安堵した。お互いに「よかったね」と言い合い、ぺろぺろと頬を舐め合っていた。


 そうして、大量の果実ジュースを買ってきたビトとジューゴによって、プチパーティーは再開された。


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