第33話 格下
不機嫌なジューゴをよそに、シクティアスは淡々と説明をした。ダグが謹慎中であると聞き、良い機会だからと秘密で宿屋に招いていたところ、森が騒がしくざわめき出した。丁度良くビトが、部屋から抜け出した改め抜け出させられたダグを連れ戻しに来た為、三人で森へ向かった。
「森の入口はほぼ壊滅状態じゃったよ。蟲が蹂躙しておった。森全体で見れば小さな事じゃが……時期に大事になるじゃろうて」
「森と蟲は共存していたはずでは?」
レオンが首を傾げながらそう聞いた。それに答えたのはビトだった。
「蟲の王が反逆に出たようです。そもそもは森が蟲を裏切っていた様でして、その被害者とも言うべきが彼らです」
ビトはダダンの腕に抱かれたままの子どもたちを指した。子どもたちはダダンに甘えていた。それから、ダダンを慰めるつもりでもあった。スィーを助けに行きたいというダダンの焦りを一番感じ取っていたのは、同じ気持ちである子どもたちなのだ。
恰幅の良いシクティアスやタッパのあるダグ、そもそもダダンやレオンが居ることで飽和手前だった露店裏のスペースは彼らが来たことでより窮屈に感じられた。
ジャンクやパーピーは仕切りを移動させて、パーピーの露店裏で作業をしていた。タマゴも触手を使って手伝っている。
ダグは難しい話が苦手な様で、更に謹慎中であることも加わって隅の石段にちょこんと座っていた。ジューゴを呼んで話し相手にしている。ダグとジューゴは気が合うようだ。
「森が蟲を裏切る……? そもそもお互い弱いから手を取り合った、そうじゃなかったのか? 蟲の王は唯一の魔人だろう、裏切られても負けるように思えない」
森の事情は粗方レオンの耳に入って来ていた。街に隣接している森をどう扱うかどのように関係を築くか、守護兵団として、街のこちら側を預かる隊長としてとても重要な事だったのだ。蟲の王とも言葉を交えた事がある。
「じゃからのう……、貴族様が関係してるんじゃないかとワシは思うとるんじゃ」
「なっ……また貴族……」
「……あの、隊長、スィー殿はどこへ?」
きょろきょろと辺りを見回しながらビトが尋ねた。隣の露店、パーピーの方を見てもスィーの姿は見当たらない。会ったら先ず謝罪と、肉を喰わせた事の文句を言いたかったのだ。
言葉に詰まったレオンに代わりダダンが答えた。子どもたちを抱いている腕に力が籠った。
「攫われた。……お前そう言ったよな? なのに何で直ぐに探しに行かねぇんだ!?」
最後にはジャンクやレオンに向かって叫んでいた。ダグやビトは目を丸くしていた。あんなに強いスィーが攫われた、など信じられない。だが、ダダンがこんな嘘を言う理由もない。自分達の信頼のおけるレオンが言われっぱなしな事も、ソレが事実であると突きつけた。
シクティアスは険しい顔をして考え込んでしまった。
ダダンに怒鳴られたレオンは苦々しい表情を隠すこともせず言葉を返した。
「そう、したいが、意味が無いんだ」
「何でだ? 魔法は使用されれば探知出来るって、お前ら魔人だろ? 出来るだろ!?」
「ああ、出来るさ! だが魔法を使ったのは貴族様だ! しかも、有象無象を使いやがった」
「だから何なんだ!」
貴族や有象無象など聞いたことの無い言葉で、そんな物スィーを探すことには何も関係ないとダダンは思っていた。それらが何なのか少しも知らないからだ。
ヒートアップしていく二人を冷ましたのは、隣の露店から様子を伺っていたパーピーだった。魔法陣や使われた魔法の解析は終えたらしく、ジャンクは難しい顔をしていた。
「まあまあ、そう熱くなりなさんな。分かる事も分からなくなるわよ? ラージ・ジェイド、私とお勉強しましょう。貴族とは何か、有象無象とは何か」
「何でそんな、」
「無知は罪よ?」
「っ!」
「その間に、ジャンクたちは作戦を考えておいでよ」
ダダンと子どもたち、それと何故かジューゴもパーピーの露店裏へと付いてきた。こんな時もタマゴは「おヒトツいカガ?」とクッキーを差し出してきた。どうやらお代は要らないらしく、ダダンも子どもたちもジューゴも、クッキーを押し付けられた。
子どもたちはクッキーを手にすると、漸くダダンの腕の中から抜け出した。石段にダダンとジューゴが座ると、ネネはダダンの膝の上に、トトはジューゴの膝の上に座った。ジューゴが抵抗する前に、四人の前に立っているパーピーが話し始める。
「貴族とはねぇ、魔人族の中でも指折りの強者たちに与えられる地位のことよ」
「……誰から?」
「魔王」
「!!?」
パーピーは事も無げに言ってみせたが、ダダンは酷く驚いてクッキーを喉に詰まらせた。ゲホゲホと咳き込んでいる間もパーピーは追い打ちを掛けた。
「ちなみに、ジャンクも貴族よ?」
「グェッ!?」
咳き込みながら驚いて変な声が出た。パーピーは我関せずと話を続けた。ネネが優しくダダンの背中を叩く。
「まあ、ジャンクは欲しくないって突っぱねてたけどねぇ。でも、その地位は役に立ってしまったから……。あら、余計な事を言っちまったねぇ」
パーピーの呟きはダダンの咳き込む声に殆ど掻き消されていた。ダダンが平常を取り戻すと改めてパーピーが説明を始めた。
「貴族はみぃんな、魔王に成りたがってるのよ。魔王もそれを分かって地位を与えてるのさ。『魔王もお前らを認めてるぞ』って証かねぇ。貴族も周りとは一角を期す存在だ最強に認められ、
それこそ魔王の思う壷よねぇ、などと
「次期魔王候補の貴族様が怖いから、スィーを探しに行かねぇって事かよ!?」
ダダンがそう吠えた。膝の上に座っていたネネはびっくりして獣耳をピンと立たせ、ジューゴへとしがみついた。トトがネネをぎゅうと抱きしめるので、ジューゴはまたも文句を言うことが出来なかった。
「あらまあ、まさか! 貴族様は次期魔王候補じゃないわよ?」
「えっ?」
「そう思わされてるのよ。喰えないわよねぇ、魔王様。でも、他の魔人より強いのは本当よ? ただ、怖いと思ってる者はここには居ないわねぇ」
パーピーはうふふと笑みを浮かべて隣の露店に視線をやった。ダダンも釣られてそちらを見た。レオン、ダグ、ビト、シクティアス、ジャンクが円になり真剣な表情で何やら話し込んでいた。
誰も顔に恐怖を浮かべてなどいない。ダグは頭を使うのが苦手なのか、渋顔を臆面も無く晒していたが。
「じゃあ、何で……」
「有象無象に手を出したからよ」
「有象、無象……」
「何処にでも存在して、何処にも存在しない。触れてはいけない禁忌、忌み嫌われる者。魔王にのみ扱える、虚無、又は有象無象。なぁんて言われてるけどねぇ、魔王の様に強い魔力で魔法を扱うと出てくるものなのよ」
「ん、うん? ……その強い魔力を、貴族が持ってるから……?」
「そうねぇ……、それよりも、魔王を倒しに動き出したからって言う方が正しいかしらね。今代の魔王は有象無象を扱う事を禁止していたのよ」
「じゃあ……えっと……」
ダダンは考えた。パーピーはダダンの言葉を待っていた。ダダンは魔族にしては、考える、という事に関してずば抜けている。そもそも魔族は知恵がない故に力を有しているのだ。
パーピーの瞳にはダダンという魔物は不思議な色で映った。スィーという規格外な存在と一緒に居るから? それともこの子が特別だから? だから、魔物なのに魔人の様な思考をするの? そんな事を淡々と考えていた。
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