第32話 集合
「スィー! クソッ、遅かったか!」
ジャンクは叫びながら仕切りの中へ飛び込み、中の状況を把握すると荒々しく言葉を吐き出した。
仕切りの中に発生した黒い空間は、虚無、又は有象無象と呼ばれる異形だ。人族でもなく魔族でも魔人族でもない。何処にでも存在して、何処にも存在しない物。触れてはいけないと忌み嫌われる物。
それ故に、魔王が強さの象徴として扱うとされる物。
「まさか魔王が……?」
「ちげぇ。クソ貴族の野郎共だ。俺が騙された!」
そう叫んで、ジャンクは仕切りを蹴っ飛ばした。仕切りは呆気なく倒れ、繋ぎの部分がピシリと音を立てて割れた。割れた部分から紫色の煙が仄かに立ち昇りすぐに霧散した。
ジャンクは各方面に顧客を持っている。パーピーもその内の一人だ。顧客は全員信頼が置ける魔族や魔人族で、尚且つジャンクが
今回、スィーの為に露店の準備をする時、足りなかった材料や魔法陣に組み込む文字の知識はたまたま手に入った物で補っていた。それが仕組まれた事だと気付けなかったのは、ジャンクの油断に他ならない。まさか山ほどあった露店で偶然見つけた本や材料が、貴族の息が掛かった物だとは思わなかった。
それに、有象無象が出てくるまで貴族特有の腐った臭いが一切しなかった。何処で間違えた、とジャンクは顔を険しくさせた。
「しー、どこ?」
「しー、いない!」
ダダンの腕の中で子どもたちが叫んだ。ワイングラスを貰っていたカウンター下の空間からジャンクが飛び出して来た事で、子どもたちは異変を感じ取り、仕切りの中へ飛び込もうとしていたがダダンが捕まえていたのだ。
ダダンもレオンとジャンクの不穏な空気を感じ、口を開いた。
「スィーは、何処に行ったんだ……?」
「……分からない、連れ去られたんだ」
レオンがダダンの問いに答えた瞬間、子どもたちがシルバーウルフに姿を変え、大きく吠えてレオンに飛び掛かった。
「クッ」
二人の鋭い牙がレオンの右腕を易々と傷つけた。深く刺さった牙は簡単には抜けない。レオンの腕からは血が流れ、地面を赤紫色に染めた。子どもたちが唸り声を上げながらそのまま喰いちぎろうとした時、子どもたちの首根っこを捕まえる者が居た。ジャンクだ。
「おいおい、違ぇよ、悪ぃのは俺だ、俺。だから、離せ」
子どもたちは聞く耳を持たず顎の力を弱めない。それどころか、ジャンクに抵抗し首を捻りレオンの腕を引きちぎろうとしていた。
「離せ」
「「!」」
鋭い殺気が身体を貫き、気付けば子どもたちは人型に戻っていた。咥えているレオンの腕からは未だに血が滴り、二人の口を汚した。細かく震える身体をどうにか動かし、ジャンクに首根っこを掴まれたままレオンの腕から口を離した。
ジャンクが手を離すと、子どもたちはダダンの腕の中に飛び込んでいった。初めて、恐ろしいと感じた。初めて、明確に自分の死を感じた。二人の身体はまだ震え続け、ダダンが困惑気味にもぎゅうと抱き締めてくれることが救いだった。
「あらまあ……、悪いのはそこのガラクタさんなんでしょう? 震えちゃって可哀想にねぇ……」
ジャンクが姿を現した事で様子を見に来ていたパーピーがそう言って、子どもたちをふわふわの羽で優しく撫でた。その言葉の裏は、『八つ当たりをするなんて大人気ない』である。
「……すまんかった」
「やー!」
「……だだ、ぎゅー、して!」
「お、おう、大丈夫だぞ? 大丈夫だ、大丈夫だ」
すっかり恐怖を植え付けられた子どもたちは、ジャンクに目も向けずダダンにしがみついていた。ダダンはドギマギしながらも優しく声を掛けていた。
ジャンクはバツの悪そうな顔をして、やっちまった、と猛省していた。殺気を使わなくたって子どもたちを引き離すことはできた筈だ、冷静なジャンクであれば。散々下に見てきた貴族らの罠に掛かった事が、想像以上にショックだった様だ。
パーピーはレオンの手当をしていた。今、露店はタマゴが一人で切り盛りしている。パーピーは当然スィーを探すつもりなので店は終いだ。それに元々日が暮れたら今日は終わりにするつもりだった。
パーピーは空を見上げた。もう日は随分と傾いていた。悲しげでいて毒々しい赤色は消え掛かっているにも関わらず街に幾つも影を作っていた。
そこに、思いもよらない者の声が降り掛かった。
「おい、何やってんだ?」
腹の底に響くような低い声。薄い紫色の瞳は細められ、見る者によっては睨まれていると感じるだろう。焦げ茶色の短い髪はくるくるしており、隙間からは短い巻角が覗いていた。両頬には鱗のような痣、腰辺りからは先の方がフサフサな尻尾。レオンに良く似た鋭い犬歯。
ジューゴだった。露店のカウンター越しにダダン達の方を覗いていた。ジューゴからはダダンの背中と、辛うじて、抱かれている子どもたちが見えるくらいだ。ダダンは驚いて振り返った。
「ジューゴ! 何で来たんだ?」
「先に質問したのは俺だろうが! 答えろ!」
「ヒェッ」
「つーか……」
カウンター越しなのがもどかしいのか、ジューゴは露店の裏へと入ってきた。そうして珍しく目を見開いた。
レオンが居たからだ。
「……チッ」
嫌悪を隠しもせず舌打ちをしてみせた。回復魔法を掛け終えたパーピーは気にした様子もなく、レオンの傍を離れて仕切りを調べているジャンクの方へ向かった。
ダダンは恐ろしく怖い雰囲気になったジューゴから子どもたち(と自分)を遠ざけるべく、カウンターにべったりと背中を引っ付けていた。喧嘩なんかどうでもいいから、スィーを今すぐにでも探しに行きたい。そう思ってるのは俺だけなのか? と苛立つ気持ちは確かにあったが、それが苛立ちだと自覚していなかった。
腹の奥底にモヤモヤが溜まっている、そんな気分だ。
「……久方振りだね、ジューゴ」
「うるせぇ、話しかけんじゃねぇよ。とっとと失せろ」
「……それは出来ないんだ、ごめん。あの、」
「喋んじゃねぇ! 糞野郎が! てめぇ、」
「これ、ジューゴ! 目を離せば直ぐ喧嘩しよって!」
不穏な雰囲気を切り裂いたのはシクティアスの声だった。ダダンも、ジューゴもレオンも、ジャンクもパーピーも顔をバッと向けた。子どもたちもそっと、顔を向けた。
恰幅の良いシクティアスの後ろに居たのは、ビトと、謹慎中のはずのダグだった。
ますますジューゴの顔が険しくなる。シクティアスはお構い無しに、ダグとビトを露店の裏に連れてきた。
ダダンは焦燥感を嫌という程味わっていた。
どうして誰も探しに行こうって言わねぇんだ、何でこの場から動く奴が居ねぇんだ!
みんな、俺より、強いのに!!
そう叫びたくて仕方がなかった。
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