第30話 大騒ぎ
夕暮れ時に差し掛かった頃、街は大騒ぎになっていた。祭りの日はいつも大騒ぎになるのだが、今日は少し様子が違っていた。どいつもこいつも片手に血のようなワインを持ってヘロヘロに酔っている。
ぐでんぐでんになり道端に座り込んだり、寝そべったりする魔族もチラホラ見受けられた。守護兵団は全員駆り出され、対応に追われていた。暴力沙汰になるのでは、と兵団の誰もが危惧していたが、気分良く酔っている魔族は思いの外素直に言う事を聞いて家へと帰って行った。
「報告致します! 飲み物の正体は『血のようなワイン』、売り場は城下B地区
街に出て団員たちに指示を出していたレオンの元に、兵団の一人が早口で報告した。「ご苦労」とレオンが告げると「ハッ!」と敬礼し、また街へと駆け出していった。
城下B地区鳥区画、まさかの場所が上げられレオンは頭が痛くなった。そこには一大拠点の露店が出ている事をレオンは知っていた。ジャンクというぶっ飛んだお貴族様が雇い主の、これまた規格外の魔族である大きな鳥、通称パーピーが出している露店。
「ダック・レストか……」
下手に役なしの団員が訪ねていっても、カモにされて終わりだろう。ダック・レストは安くて絶品のお菓子を取り扱っており、守護兵団でも人気だ。ワインのような飲み物を提供するのは珍しい事だった。問題を起こす事も珍しい。
だが、ここまで騒ぎを起こされると『血のようなワイン』の正体を掴まなくてはいけない。一昔前に裏で流行ったドラッグや中毒性のある寄生蟲が入っている場合は即刻取り締まらなければいけないのだ。街を壊滅させたとなれば、魔王が黙っていない。責任を取らされ殺されるのは御免だった。
ダグは謹慎中、ビトは鳥魔族と相性が悪い。答えは決まっている。
やる事が多すぎる、それでも、全てを解決しなければならない。城のこちら側を任された以上は、それが義務なのだ。
本来ならば、今夜から明日の後夜祭に掛けて闇市や非公式なオークションの取り締まりに力を注がないといけないのである。お貴族様は祭りを楽しむふりをして、いつだって狡猾に弱い者を喰おうと伺っているのだから。
迷っている暇はなく、レオンは足早に目的地へと向かった。街中に微かな血のような香りが漂いクラクラした。なるほどこれは、誘われる。
「マイドアリ!」
「マイドアリ!」
「マイドアリ!」
目的地へ近づいていくと、ヘンテコな声が耳に届いた。並んでる客たちを押し退け進んで行く。
「兄さん、こっちにも!」
「マイドアリ!」
「ひとつぅー、くれぇい」
「マイドアリ!」
露店がはっきり見える所まで来れば、それがダック・レストではなくその隣の露店だと分かった。看板には『血のようなワイン』と書いてある。そうして、売り子は見た事のある大柄のキングリザードマン、せこせこと働き回っているのは獣の魔人の子どもたち。
レオンは嘘だろう、と呟いた。また、この連中だ。
「あらまあ、レオンさん」
声を掛けられ振り向くと、パーピーが自身の露店の奥から羽を振っていた。こちらも隣りには負けるがだいぶ繁盛している。紫色のタマゴが無数の触手を操り、沢山の客にクッキーを売り捌いていた。
レオンは渋々パーピーの元へ歩いていった。無下にできない位には、パーピーは力があるのだ。
「やあ、パーピー。あそこは別の店だったと記憶しているんだが」
「あらあら、あたしが貸したのよ? ジャンクも了承済みで、手伝いもしてるねぇ」
「スィー殿は何処に?」
「まあ、知り合いなのねぇ。あの仕切りの中に居るわよ? けれどもお仕事中だからねぇ、うふふ」
何か知っているのか何も知らないのか、読めない鳥だ。それにしても、まさかジャンクやパーピーまでスィーと知り合いになっているとは思わなかった。一層面倒くさい事になった、投げ出したくなる。
これ以上ワインを売るのは辞めてもらおうと言いに、取り敢えずダダンの元へと重い足を動かした。
店の前まで来ると、客たちが顔を
「ゲッ、レオンだ」
「なーんで、兵団様が来るんだっ」
「静粛に! お前達も騒ぎの事は知っているだろう。もう皆充分堪能したと判断し、『血のようなワイン』はここにある物を
「ヒェッ」
一方的な物言いだが、街を守護する者として譲れないラインがあるのも理解している街の者たちは、ブーブー言いながらも従っていた。ダダンはレオンが恐ろしいのか何も言わず、覇気のなくなった声で「マイドアリ!」と言いながらワインを渡していた。
反抗したのは子どもたちだった。
「なんで!」
「ひどい!」
ダダンの身体をよじ登りそう叫んだ。喉を鳴らして威嚇しながら今にも飛びかからんばかりにレオンを睨みつけるネネとトト。ダダンは諌めようとしたが、子どもたちの威嚇は止まらなかった。
「これ以上、魔族が惑わされたり魔人族までもが酔い潰れたら、いよいよ取り返しがつかなくなるんだ。分かって欲しい」
「でも、でも」
「まだ、わいん、ある」
「どの位残っているんだ?」
「すこし、だけ」
「じゅう、ふたつ」
少し前からスィーが休憩していた為、あと二十本ほどで完売するようだ。丁度、スィーが血を足そうとしていた時にレオンが訪れたのだった。ナイスタイミングである。
「かっ、カウンターの分と、残り二十本! 全部売れたら終わりでどうだ!」
子どもたちとレオンの話を聞いていたダダンが、思い切ってそう言った。目はぐるぐると泳ぎまくっている。
「どうだ!」
「どうだ!」
子どもたちも加勢した。話が聞こえてた客たちも「よく言った!」などと囃し立てていた。
「了解した。スィー殿と話がしたい」
「よんで、くる」
「まってて」
子どもたちはそう言ってダダンから飛び降り、仕切りの方へ向かった。が、呼ぶ手間は必要なかった。
「何の用だ?」
話を聞いていたスィーが薄ら笑いを浮かべて出てきたからだった。
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